四月の曇り空の下、アルケミラのハウスを開け、わずかに換気の戸を開ける。晴れ間が差し込んで苗が蒸し焼きになることを防ぐための、ほんの小さな隙間だ。昨日は病気疑いのセダムを廃棄し、路地から掘り上げた健康な株をハウスへと補充した。その作業のなかで中島が気づいたのは、妻の掘り上げの腕前だった。手際よく苗を引き抜いていく姿に、「掘り師」という呼び名が自然と生まれた。
今日は畑を休む。娘がバレエ教室に通い始めた。その様子を見たい、という単純な気持ちと、家族で時間を使いたいという意志が、今日の路地作業を括弧に入れた。決断とは切り捨てることだ、とどこかで誰かが言っていた。畑を進めたい気持ちと、仕事を口実に家族の時間を避けることへの自戒が、中島の中で静かにぶつかった。
農業をしていると、手を動かしている時間だけが真っ当な仕事だという錯覚に陥りやすい。だがお金が発生しないことは、仕事でないことを意味しない。子を産み、育て、毎日の暮らしを支えることは、それ自体が途方もない仕事だ。妻と娘を見ながら、中島はそのことをうまく言葉にできないまま、ただ感じている。
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