スピーカー 2
なんで僕は、ビリビリなのかな〜
スピーカー 1
HFPって、生きてる間ずっとそんな気質なんだって
スピーカー 2
それは偶然、他のことも全部、多分全部、偶然
だったら、みんなが自分らしく、最後は笑えたらいいな〜
スピーカー 1
はい、よろしくお願いしま〜す
スピーカー 2
ごめんなさい、録音しま〜す
スピーカー 1
あ〜ロール!
はい、ぜひ、よろしくお願いします。
これMac、こんなに新しいのに、この間ローカルで撮ってたボイスメモが、途中で勝手に止まってて
スピーカー 2
えー、なんでだろう、なんでだろう、そんなことある?何時間くらい撮ってたんですか?
スピーカー 1
いやもう、序盤で2時間くらい撮ったんだけど、序盤で切れてて
もうだから、クレイグー
スピーカー 2
なんか、あれ、マイクの切り替えとかしたら勝手に止まる時ありますね
スピーカー 1
マイクの切り替えか〜、したのかな〜
USBが緩んだとかなのかな〜
スピーカー 2
とか、Bluetoothが一回切れたとか
スピーカー 1
いや、優先です、優先。あ、違うわ、優先じゃなくてこっちか、こっち、うん、マイクも優先です
お、大沢さん来てくれた
お、大沢さん、こんばんは
こんばんは、めちゃくちゃ嬉しい、本当に来てくれたんですね
スピーカー 2
9時から別の用事があって、それまでなかったけど
スピーカー 1
めっちゃ嬉しい、でも、すいません、お忙しいのに
スピーカー 2
いいえ、いいえ、本当ですね
スピーカー 1
今まだマイクが前回、マイクというかボイスメモが勝手に止まってたみたいな
しょうもない話しかしてないんですけど
スピーカー 2
はい、お疲れ様です
スピーカー 1
お疲れ様です
えー、大沢さんがいらっしゃるんだったら、じゃあテーマ早めに決めて
言った方がいいかな〜なんて
スピーカー 2
全然雑なんで大丈夫ですよ
スピーカー 1
一応ね、テーマの候補メモっていうスレッドを作って書いた記憶だけあるけど
自分で何書いたか分かりませんでした
いや、大輝くん気になるってスタンプ押してくれてるよ
スピーカー 2
リアクション
すいません、えー、なんだっけ
あ、はいはい、あったあったあった
スピーカー 1
お笑いチャンネルのサブチャンネルに
お笑い候補メモっていうのを作った
スピーカー 2
だからこそ子供の頃の価値観
スピーカー 1
これは弱いということの重要性
みたいな話なんですけど、これじゃあ何のこっちゃ分からないですよね
僕はそのテーマの候補メモの中に
弱いということの重要性っていうのを書いて
で、それのリプライ、自分で自分のリプライして
だから子供の頃の価値観が大事になるって書いたんですよ
スピーカー 2
はいはい
スピーカー 1
これにしますかね
これにしますかねとか言ってこれがどういうことか分からないですよね
ざっくり言っちゃうと
僕今の社会にいろんな観点で違和感持ってるんですけど
力の集中が起こりやすいことそのものに問題点を感じてるんですよ
人が力を持ちすぎてるっていう中でも
全体として力を持ってる分にはまだマシなんだけど
誰か一人に力を集中させることができてしまって
それぞれが一人分の力を持っている方が健全なんじゃないかっていう
ざっくりした僕の思いがあるんですよね
多様性みたいな表現で言われていることも
多様なのは最初からずっと全部多様なんだけど
多様な人それぞれがなるべく全員
ないがしろにされずにいた方がいいよねって思ったときに
重宝される人と重宝されない人がいたらそもそもバランス悪いと思っちゃうから
その意味で強い弱いで弱い人がいた方がいいって意味じゃなくて
大体の人がそんなに強くならずにある程度弱い状態がいいんじゃないかみたいな感覚
弱いということの重要性っていうふうに
スピーカー 2
もう一回お願いします大体の人が弱さの部分を持ってた方がいいみたいな感じですか
スピーカー 1
いや力を持ちすぎない方がいいってことですねざっくり言っちゃうと
力が集まらないような状態
弱さを持っているというよりはある程度そんなに強くなれないみたいな
強くなりすぎないね
そうそうめっちゃイメージの世界なんですけど
そういう意味でですね
教育とか子育てみたいなことがいろいろ大事大事っていろんなところで言われるけど
なんで大事なのかみたいなのの候補の一つにこれ入り得るんじゃないのとか僕思っちゃって
めっちゃ喋っちゃってるなざっくりのくせに
弱いっていう重要性っていうものの中に
些細な喧嘩とか失敗とかやらかしちゃってみたいなのは
それを全部ないみたいなのは逆に不自然に感じちゃうけど
戦争みたいなことまでになっちゃうともうシャレにならないから
ダメだよねーって思ってるわけですよ
それはだから大人になってその何て言うんですかね
強さが行使できてしまうとそういうシャレにならないことになってしまうから
子供の頃はそもそもそれぞれが弱いじゃないですか
スピーカー 2
相対的にってことですね
大人党の相対的に
スピーカー 1
大人というか社会全体の中でのっていう感じイメージなのかな僕の中では
だから別にそんなに子供の頃の喧嘩で相手が死ぬようなことは絶対ないし
みたいな意味で言うとそこでこれ以上やっちゃダメなんだなみたいなことを学んどける人に
ちっちゃいうちになっとかないと大人になってから学ぶって言ったって取り返しがつかないことが起こりやすいなーとか思って
だから子供の頃の価値観が大事になるって浮かんだから書いておいたみたいな
そんなメモでした
スピーカー 1
血管が詰まるコレステロールが固くなってね
ラークリューって言うとその弟の話も交えつつ結局なんか全部がこれも本当にまたぴょーんって僕の癖でぴょーんって飛びますけどすっごい抽象的な表現にぴょーんって飛ぶとなんか結局全部が流れるっていうことが一番大事だよねって話をしたいみたいな感じですかねもう一個のテーマとしては
どっちがいいですかお二人
スピーカー 2
弱者の
弱者の話は僕が思ってただけだ弱いことの感覚みたいな話
スピーカー 1
はいはいはいはい
スピーカー 2
上野千鶴子さんってわかります?
スピーカー 1
響きは聞けばよるけどどんな方でしたっけ
スピーカー 2
社会学者のフェミニズムで有名というかフェミニストの方なんですけどその人が男嫌いっていう本の中で女嫌いだったかもしれない
女嫌いです
スピーカー 1
全然違うイメージ
スピーカー 2
女嫌いでしたの中でその弱者が弱者のまま尊重されることがフェミニズムの根幹だって言ってたんですね
なるほど
それをめっちゃ思い出して
人間生まれた瞬間って赤ちゃんだから相対的に弱者で
死ぬときは大体の人が死ぬときは老いたり病になったり相対的な弱者の状態で死ぬから
強者な状態のことの方が不自然だみたいな
強者って強者であり続けるためになんかその
強者性を保たないといけないじゃないですか強者のところにアイデンティティを置いていたら
それってなんか常にその不安というか強者じゃなくなる可能性と取り合わせと隣り合わせだから不自然な状態だから弱者が弱者のまま尊重される社会が
まあその時は女性にとってって言ってたんですけども女性に限らず
女性にとってって言ってなかったのかなちょっと覚えてないけど社会にとってそれがいいよねっていう弱者を認めることが
強者にとっても勝ち続けなくていいだから男でその勝ちにこだわっている呪縛から解放されるんだよっていうような話を思い出しました
スピーカー 1
そうですねワード的には似てるって思いました
スピーカー 2
僕も介護の世界にずっといますけどバリアフリーってそういう意味なんですよね
スピーカー 1
そうなんですか全く誤言しなかった
スピーカー 2
例えば赤ちゃんお年寄りって今例でましたけど当然障害のある人とか
スピーカー 1
やっぱりそういう障害がある人とかでも
スピーカー 2
なんだろう自分ができる範囲の工夫で
映画に行ったり買い物に行ったり電車に乗ったりタクシーに乗ったり
僕らが普通にできていることを普通にできるような社会が
当然あるべき社会だよねということでバリアフリーっていう言葉が生まれてるんですよね
だから段差とか階段をなくすっていうのがバリアフリーというわけじゃなくて
どんな状態の人でもいわゆる一般的な僕たちのような人と同じように暮らせる生きれる
そういう社会を目指しましょうというのがバリアフリーの言葉の元というか
それはもうその通りだなと思うし
例えば人間社会も多分そういう目的もあってこういう社会が作られてると思ってるので
スピーカー 1
その中でやっぱり強い人が生まれる弱い人がいるっていうのはある程度当たり前のことかもしれないけど
スピーカー 2
強い人はやっぱり弱い人に手を差し伸べたり助けたり
っていうことができないとダメなんじゃないかなって僕はちょっと思ってて
それも込みで強くならないと
要は何か強く今、しゅうさんが問題にされてる強さってすごい歪な強さだと思うんですよね
ただその個人だけが強くなるっていうか
社会のためには一切あんまり良くないっていうか
なんだろうな
やっぱり力を持って強い状態であるっていうことはやっぱり
なんて言ったらいいやろう
なんか上手い言い方が思いつかないんだけど
それをやっぱり全体の利益につなげていかないと
だってその人一人で生きてるわけじゃないじゃないですか
全体、社会全体の中で生きてるわけだから
やっぱりその人より力が強い人がいるんだったらやっぱり
力仕事なりそういうところで頑張ってもらったりとか
一方で弱いからが弱い人は
そんな苦手なことをしなくても
その人ができる得意なところで貢献できる社会
今って多分いろんなことが標準化されて効率化されてるから
いろんな個人多様性って言ってるのに
いろんな個人の
うぐれてる部分を生かしきれない社会の到達点だと思うんですよね
なるほど
多分全部の人のいいところをちゃんとうまく
マッチして生かせるような振り組みが
僕できると思ってるんですよ
動物もそうだけど人間一人一人もそうだけど
必要のない人間は絶対いないと思ってる人なので
必要な人間はこの世に存在してないはずなのに
活躍できる場が提供されてないのは
この社会の作り方がおかしいっていうふうに思ってるんですよね
なるほど
遅れてんのかどうかはちょっとよくわかんないんだけど
とにかく何かがおかしいから
生きにくかったり活躍しにくかったり
能力を発揮できない人が出てきてると思ってるので
これは多分しゅうさんが言ってるような
今のこの世の中で強い人たちが
なんでやってないからだと思ってるんですよね
ちゃんとやるべきことを強い人たちがね
スピーカー 2
今もやっててこんな社会になってんだ
道徳なかったらどうなるんですかね内容とかが全く一緒かはわかんないけど道徳っていう授業はありますね
いやだって僕らの時ってお年寄りとか弱い人を守りましょうっていうそういう教育って多分道徳とかそういうところで教えてもらったと思うんですよ
家族とかね一般常識とか
スピーカー 1
でも僕は感覚的には道徳の時間のおかげでとは思ってないんだよな
僕の個人的な感覚で言うと他の道徳以外のところでこそ道徳は身についたと思っていて
それはあくまでやっぱり自分の失敗を通して学んできたと思っているのが今回このテーマに書いた子供の頃の価値観
子供の頃にその価値観をちゃんと
スピーカー 2
どっちもあるんじゃないですか
スピーカー 1
道徳の時間が無意味って言ったわけじゃないですよ
スピーカー 2
わかりますわかります
道徳の時間がないとみたいな文脈には逆に違和感感じることが多かったんですよ僕
僕も小学校の時同じクラスに障害のある子が何人かいて
その子たちと一緒に成長していく中でいろいろ道徳の授業も含めていろいろ学んできたかなっていう実感があったので
だからそういうね一見勉強ついてこれなさそうな子だけど
それでも一緒に生きてるわけだから
みんなが楽しく生きていけたらいいなみたいな感覚
その中でやっぱり僕は普通にできるけどその子たちはなんかすごい頑張らないとできないようなことっていろいろあって
そういうのを別に助けてあげたり手伝ってあげたりするのは
僕は苦にもなんなかったし
できる人がそういうふうにやればいいのかなみたいな感覚で生きてきたんですけど
今の高齢者なんかいらないから死んでしまえみたいな風潮あるじゃないですか
あと障害者とかね生産性がないから
風潮とまででかいものかわからないけど
一部の人で特にそういう人って発言力があるっていうか拡散力があるっていうか
なんかそういうテレビとかで言ってるじゃないですか
だからねそういう人が大きな声でメディアが取り上げてしまうこの流れを感じたときに
なんかすごい道徳感が変わってきたのかなってすごい思ってて
それで道徳の授業っていうのをちょっと出したんですけど
でも道徳感というか道徳の授業スタイルはだいぶ
僕の頃と今自分の子供が受けてるのは結構違う感じしますね
そうなんだ
スピーカー 1
あのね文部科学省と俺たちっていう番組
議事館の人間さんの米さんって方がやってらっしゃって現役の教師なんですよ
僕も何回かちょっと一緒に飲ませてもらったりした関係でたまに聞いてるんですけど
この間道徳の授業のことを喋られてて
僕らが受けた道徳の授業のときには教科書ってなかったらしいんですよ
道徳の教科書って
今あるらしいんですよ
スピーカー 2
そうなんだ先生次第だったんだ僕らのときは
道徳の教科書
スピーカー 1
あるらしいですね
スピーカー 2
心のノートみたいなでも道徳の教科書覚えてないあった気がしたけど
スピーカー 1
じゃあすいません僕52なんでその観点での僕ら
スピーカー 2
いやちょっと覚えてない
大沢さんも一緒だよ
ただね僕もなんか道徳の授業のときにちょっと分厚めの
なんかね人間だったかなんかね
なんかそんなたいそうなタイトルの雑誌かけお菓子かちょっと覚えてないけど
そういうのはなんか開いてた記憶はあるんですよね
スピーカー 1
いや僕も毎回先生が用意したもの
それが本かもしれないし
印刷してきたものかもしれないし
スピーカー 2
それが確かに
そういう感じなんですが
心のノートっていうやつとなんか雑誌でしたね
スピーカー 1
だからそれは先生に委ねられてたし
めちゃめちゃ時間かかってたらしいんですよ
スピーカー 2
先生の負担が
スピーカー 1
そう負担が
スピーカー 2
それはそうだ
スピーカー 1
確かに今軽減されたんだけど
その先生の心からの思いに沿ってるとは限らないわけですよね
スピーカー 2
でもね僕の話聞いてて僕思ったのは
確かに教師の先生の負担ってすごいから
減らすのはすごい大事だと思うんだけど
僕らが学んできた
道徳の授業かどうかわかんないけど
そのときの先生の苦労とか
しんどさがあるからすごい
なんかが伝わってきてたんだと思うんですよ
スピーカー 1
そうかもしれないですね
スピーカー 2
それだけのもんが
小学生子供なりにすごい
そのときはあんまり実感してなかったかもしれないけど
すごい残ってる気がするんですよね
言葉とかあんまり覚えてないけど
イデオロギー的なもの
っていうのはなんかたぶん
すごいそこで消化して自分の血肉になってる気がするんですよね
そのときの
スピーカー 1
ヨネさんともう一人現役の先生
二人で喋られてるんですけど
その意味で道徳の授業が今後もいるかいらないか
二人の意見はパッキリ2つに分かれてました
スピーカー 2
でもそうですよね
スピーカー 1
いるっていうのといらないっていう
ってだけですけど
僕はどっちかって決めたいわけでもないし
スピーカー 2
そうやって話すこと自体は素晴らしいなって思ってるんですけど
先生もいらないと思ってる
先生もいるんですか
スピーカー 1
それはいるでしょう
スピーカー 2
どっちの方が多いんじゃない
スピーカー 1
それは分かんない
どういう観点でっていうのがまた違うんで
理由もありますね
僕の言葉で言っちゃうと
スピーカー 1
でも僕が言いたいのはそのお金をない社会を作るためには
誰か一人が力を持って無理やり変えないといけないっていう思想を感じたんですよ
その文章から
それそのものが僕不健全って思っちゃってるっていうのが今回のテーマの根っこにもあります
スピーカー 2
それは無理やり変えようとしてるからってことですね
スピーカー 1
そうですね無理やりしてるからっていうかそういうことが
今そのお金も力を人に集めるようなツールになってるから
だから問題だと僕は思ってるし
そういう状況をなるべくフラットにというか
みんなが平均的に力を持っている状態にする方が健全なんじゃないかっていう思いで
僕はお金がない方がいいと思っていたから根本的に違うなと思ったんですよね
なんでそこがね今回のこの要
スピーカー 2
一旦ちょっと架空の質問ですけど
例えばその強さはあるけど
なんていうのその強さが権力に直結しない場合はどうでしょう
スピーカー 1
ちょっとまだイメージがつかないかも
どういう何かイメージをして
スピーカー 2
イメージは全くないんですけど
全くっていうのは嘘かもしれないけど
はいはい全然
その強さが権力というか支配構造に直結することが僕は多分嫌だと思っていて
強いことで
スピーカー 1
その強さがってこと
いやまさにそうかも
あーちょっと最後まで聞いてからがいいかな
スピーカー 2
ごめんなさい
スピーカー 1
すいません止めちゃった
スピーカー 2
強さが権力構造
あ違う支配構造に直結しない状態の強さだったら
保持してても大丈夫というかいい
今なんか強い人が正しかったり偉かったりっていう主導権を持ってるじゃないですか
そこがなかったらどう受け取れますかみたいなそういうざっくり質問です
それは強いと呼ばないですか
スピーカー 1
やっぱりでもそれは力が集まっている状態を想定したイメージの話ですかね
僕がさっきちょっと途中でまさにって言ったのは
大沢さんがおっしゃったみたいなそれぞれが強さを維持してるみたいな各個人の強さのイメージで
それだったら大沢さんが言ってることと全く同じですごくしっくりきますみたいなことを
ちょっとフライングで答えようとしたけど
スピーカー 2
今強さが質の話じゃなくて量の話ってことですかね
スピーカー 1
ある程度量を
スピーカー 2
お金以外に何かあり得るのかなその場合って
スピーカー 1
でもそうだと思ってますねお金として現れているみたいな側面もあると思っていて
お金があるからこそなのかもしれないですけど
スピーカー 2
前田さんの言動にみんなめっちゃ注目するみたいなところあると思ってて
みんな真似するとかね
スピーカー 1
でもそれが何て言うんでしょうね
なんだろうそういう状態になっちゃうとその人が
なんか間違った道に走った時にみんな気づけるかなみたいな心配があるのかな
スピーカー 2
気づけるかどうかとか止めれるかどうか
スピーカー 1
自分もそうだしみたいなふわっとした感覚で
その構造が健全でないって思ってるっていう程度のイメージの話なんですけどね
スピーカー 2
僕がそういう印象を持ってますみたいなそんなレベルなんで
スピーカー 1
あんまり細かいことはちゃんと考えられてないんですけど
スピーカー 2
そうですね
強さの捉え方がちょっと僕が分かってなかった
分かってなかったですかずれてた感じですね
能力的なとか子の強さで考えてたんですけど
スピーカー 1
それも混ざるって感じなんですよ
スピーカー 2
混ざるんですね
スピーカー 1
いろいろ混ぜて喋ってると思います僕いつもですけど
スピーカー 2
権力が集中しちゃう強さが集中しちゃうっていうのは
例えば多分大丈夫だと思うんですけど
かけっこが一番速い人って強い人じゃないですか
別にかけっこが一番速い人がいても遅い人がいてもいいけど
そのかけっこがそんな想定できないですけど
スピーカー 1
かけっこが一番速い人が一番遅い人を命令できるみたいな状態
スピーカー 2
が僕は不健全だと思うんですね
かけっこが一番速い人がいてもかけっこが一番遅い人がいること
だからかけっこの速さを強さで例えてるんですけど
強さがあること自体は良くて良くてっていうか別に問題じゃなくて
そこが命令できちゃうみたいな構造を
集中している構造っていう意味で捉えていいですか
その強さが権力と支配構造と直結してるみたいな
スピーカー 1
いいとも言えるそう捉えてもいいとも言えるんですけど
そんな極端な一例では考えてないですね
もっと根本の何て言うんですかね
そんな自分何て言うかね
ちょっとめちゃめちゃ表現つたない状態であえて
ざっくり感覚だけもう1回言っちゃいますけど
違う視点になるかもしれないですけど
お金が原因お金がよろしくない原因だとか
力の集中がよろしくない原因だっていう言い方もしてますけど
世の中で不均衡だったり争いが起きていることは
みんな自分が可愛いっていうのが根っこにあると思っていて
自分が人より勝っていたいし守られていたいし
いい思いをしていたい
それがでも自分がそれをすることによって
人が傷つくみたいな現象が起こった時に
それはやりすぎだよねっていうのを
スピーカー 2
基本はみんな大多数の人は気づけると僕は思っていて
スピーカー 1
その前提がもっと全体に
ちっちゃい頃から染み渡っていた方がいいっていうのが
今回のテーマの中で僕がその
ちっちゃい頃の価値観が大事っていう表現の中に含めたことですね
その意味ではそのどのぐらい強いかとか弱いかとか
このぐらいの強さまでオッケーかどうかっていうのは
それぞれが自分の中でこれは欲張りすぎだとか
これは人のことを振り回しすぎだとか
感じられると思ってるんですよ
スピーカー 2
自分が得た力に対する認識力とかそういうのが
幼いからそんな社会になってるんでしょうねきっと
と思ってますね