中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。
中川 浩孝
仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、
中川 浩孝
コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
コミュニケーションの修羅場を人生のチャンスと思い込んでいる田中愼一こと、シン・田中です。
高木 恵子
SEからPRに転職してはや四半世紀、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきたアメリカ在住、中川浩孝です。
田中 愼一
えっと、今日はあれですよね。確か前回の話で、本とどう付き合うのかって話が何かあって。
で、いわゆる本と対話するっていうのが一つキーワードで出てきたんですけどね。
そこあたりを少し深掘りしようかなって感じなんですよね。
で、皆さんどうですか?本の読み方っていろいろあると思うんだけども、
ひろちゃん流流儀とか恵子さん流流儀ってのはどんなもんがあるんですかね?
中川 浩孝
私ね、本あんまり読まないんですよね。
高木 恵子
私も読まないです。
田中 愼一
すいません、皆さん、今日のテーマは本ですよ。
開講一番、本読まないって言われちゃ困るんですよね。
中川 浩孝
読むのは読むんですけど、読むのはどっちかというと新書であるとか、ビジネス書みたいな、何か知識を得ようみたいな感じの読み方の方が多いですね。
どちらかというと文芸作品みたいなものはあんまり読まなくて、昔子供というか中学生くらいまでかな、高校くらいまでは、
推理小説みたいなのにハマってた時期ありますけど、あんまり文芸作品は読むことはなくて、
どちらかというと推理小説であるとか、謎解きみたいなものが入っているようなものが子供の頃からもどもと好きだったのかなっていうのがあって、
その後大学、大学の時はもちろんいろんなね、必要に迫られていろんな読みましたけど、
社会人になってからはあんまりどちらかというと知識をつけようっていうものに関するものが多かったような気がしますね、読書に関して言うと。
高木 恵子
私はどっちかっていうと、誰かからこの本いいよとか、誰かがこの本読んだっていう対象者がいるんですよ。
多分対象者を知るためにその人がいいって言ってる本とか、その人が読んだ本をあえて読んで、
多分その人と話す時のまた何か材料にしてるのかな、私は多分。
自分から能動的にこの本読もう、あの本読もうって、ひろさんみたいに、特に新しいのでも別になくて、
すんごい流行ってても別に読まない。誰かがこれいいよとか、これよかったよとか、これってこうだよね、
なんかこう言われて、私がその人に興味があったりすると、その人の本を、言ってた本を読むっていう。
田中 愼一
なるほどね、そうするとね、特徴が非常に今クリアに分かれてて、
ひろちゃんの場合はどっちかというと受信中心に知識を得るっていう。
で、けいこさんの場合はどっちかというと発信で相手と対話をする時のコミュニケーションの何か元になるというか、ネタみたいなものですよね。
元になるというかネタとか、なんかそんな感じですよね。
高木 恵子
そうですね、そうなんです。
田中 愼一
だからそうか、ひろちゃんは受信タイプで、どっちかというとけいこさんは発信をある程度意識した上での本を読む。
高木 恵子
ほとんどそうかもしれない。
田中 愼一
でも二人とも本は読まないという。
この矛盾をどう解決するのかっていうのは、これから30分くらい話していかなきゃいけないことなんだなって感じはしますが。
中川 浩孝
もう一つちょっと言いたいことがあるんですけど、けいこさんと私はむしろ逆で、
誰かから勧めたりとか今流行っているって言われると、むしろ天の弱な性格もあると思うんですけど、むしろそういうの読みたくなくなっちゃう方なんですよね。
中川 浩孝
なるほどね。
田中 愼一
いや、それね、僕よくわかる。
中川 浩孝
影響を受けちゃうというか、逆に自分の考えが汚染されるという言い方はよくないんですけど、
もちろん自分の考え方なんていろんなものの集合の中から出来上がっているとは思うんですけど、
そういういろんな意見を入れることによって、また私の意見がぶれるんじゃないかっていう、ちょっとそういう恐れというか、ちょっとそういうのがあるのかもしれないですね。
田中 愼一
ここすごいポイントですね。汚染されるという発想ね。
結構それ重要かもしれないですね。
中川 浩孝
良い影響ももちろんあると思うんですけど、ちょっと自分が揺らぐんじゃないかというか、変わっちゃうんじゃないかみたいな、そういう恐怖みたいなのがもしかしたらちょっとあるのかもしれませんね。
田中 愼一
それはあるな。僕も基本的には有名な、これは良いって言うのは大嫌いで、とか読まない。
特によく言われる、あんまり名前謳えだけど、そのノーベル賞をね、今回は取りますよ、文学賞取りますよ、次は取りますよって言われている。
高木 恵子
分かっちゃいますよ、それは。
田中 愼一
本が詰まれちゃっててね、本当に身向きもしたくないですね。
中川 浩孝
ファンに刺されますよ、説明に。
田中 愼一
だから名前言わないじゃないですか。
いずれにしてもね、なんだろう、そういうやっぱり本との向き合い方ってそれぞれやっぱりいろいろ違うんでしょうね。
でもそうすると、そうか、僕の場合何かって言うとやっぱりね、親の影響で歴史書が、歴史小説。
田中 愼一
例えば司馬遼太郎とかね、吉川英治とかね。
で、歴史がね、非常に親は好きで、家中に本があるんですね。
ほとんどが学術書とかそういうのは一切なくて、歴史小説書がずらーっと並んでるような感じで。
そこあたりから本に入ったって感じですかね。
そこあたりは面白かったのはやっぱり歴史ってすごく楽しいんで。
だから歴史小説っていうのは歴史、単なる歴史の教科書と違って、いろいろな風景を描いてくれるじゃないですか。
その事実の背後にこういう動きがあったとか、こういう感じだって言ったりね。
だから、そういうのがきっかけになって。
で、それから次のきっかけっていうのは、中学1年、2年の時に、先生、国語の先生がですね、ちょっと変わった先生で。
まあ、早稲田出身だからしょうがないのかなとは思うんだけども。
中川 浩孝
どういうことですかね。
田中 愼一
変わった人多いじゃないですか、早稲田の出身。
高木 恵子
あれだってヒロさんもそうですよ。
田中 愼一
変わってるんだと思いますよ。
中川 浩孝
やめてください。
田中 愼一
汚染されたくないとかいう発言もするしね。
だから結構その先生がですね、ほとんど教科書を教えずに、文学論を唱えて主張してるんですよ。
とにかく文学者の話ね、日本の。
そういう人たちがどういう小説で、なんとかで、こうだこうだっていう話をして、それにすごい感化されて。
これは文学書を読まなきゃいけないんだって話で。
彼なんかすごく面白かったのは、ある日三島由紀夫が自殺した時、あの当日、ちょうどクラスがあって、彼が今日は授業はないと。
三島由紀夫を考えようって話になって。
中学2年生にですね、自分の三島由紀夫論をですね、ぶってですね。
もう勝手にひとりごとで話してるんですよ。
それ聞いてるだけで、我々。
でも少なくともその話し方とかの迫力で、ますます文学っていうのに入って。
で、そこで何が起こったかっていうと、その当時僕寮にいたんですけども。
土日なんか休みになると、ほとんどね、ある時期、中学2年から3年にかけて、神田通い、古本。
そこでね、いろいろ買い集める。
で、夏目漱石とか森鴎外とか、あの当時のいわゆる明治の文壇の人たちですね、特に。
で、集めて、寮に帰るっていう。
で、そっからですね、何が起こったかっていうと、買って、読むつもりで買ったんだけど、基本的に読まないんですね。
文学の、特に純文学ってさ、つまんないんじゃない?
歴史小説のが圧倒的に面白くて。
中川 浩孝
でも、買おうとは思ってるじゃないですか。そこが面白いですよね。
田中 愼一
でも、話で聞くのは楽しかったんですよ。
でも、自分で時間作って本に向き合ってね、読み始めると、半ページ読んでも、もうその息がなくなるわけですよ、勢いが。
で、そっから何が出てきたかって、積ん読っていう世界が出てくるんですよね。
いわゆる、本は買うんだけど積んでおくだけで読まないっていう世界が。
で、最近はですね、3つ目のバラダイムシフトなのかもしれないけども、
まあ今日のテーマかもしれませんけど、どうやって本と対話していくのかっていう世界。
それがですね、今言った2つの修正。
1つは、積んでおくっていう修正を生み出した文学を唱えてた、そのうちの先生ね、国語の先生ね。
その経験で積んどく。
で、他には歴史小説っていうのを見るようになってから、その歴史的な事実の背後にこういう、まあ想像がほとんどなんだけど、イマジネーションっていうものがあるんだなって。
で、本って読むときに、やっぱり歴史小説読むとですね、非常にその当時の風景が見えてくるんですよ。
教科書と違って。
だから例えば司馬遼太郎なんていうのはですね、実はその段階の世代に対して、ある意味高度成長を支えるための元気を与えた感じ。
なぜかというと、段階の世代ってのは僕よりも前の世代なんだけども、彼らみんなね、坂本龍馬だとかね、俺は勝海舟だとかね、なりきってんのね。
結構心の中でなりきってる人は結構多くて。
で、それはやっぱり歴史小説を見ることによって自分の人生と絡み合わせて、俺は今こういうシチュエーションにいるんだってね。
中川 浩孝
なるほどね。
田中 愼一
歴史小説っていうのはそういう意味ですごくね、僕には共感得たんですね。
その2つが何か重なったら、何となく今ですね、対話みたいな、もどきみたいなことを本とやってるんじゃないかなっていうなんかちょっとした印象があるんですよね。
だからやっぱり本の読み方っていうのも、さっき色々皆さんお話しされたように、ステージがあるんでしょうね。
田中 愼一
いろいろなものと遭遇するんですよね。
で僕の場合遭遇っていうものをこれをですねご縁まで。ご縁。ご縁とつなげるっていう発想がね遭遇したものをどうやってご縁とつなげるかで遭遇するものっていうのはほぼ無限大に近いんだけど
でも確実なのは今自分の身体が存在する今この場でこの時にっていうその一点の中にすべて遭遇がぐわっとくるわけですよね。
でその中のどの遭遇をピックアップしてでそれをまあ僕はご縁っていう概念っていうのかなっていうのがあると思って、まあ、いずれねそのご縁ってどういう概念なのかってみんなで議論する必要もあるのかもしれないですけども、ご縁に結びつけていくとそれがつながっていくんですよねいろいろな新しいことそれがやっぱり面白いなと思ってて
自分が生きていく上で意味があるものがなんかあるっていう
中川 浩孝
まあでもそうですよね。なんか目に止まったっていうことは、なんか何か自分で何かそういう感じで何かがあったってことですもんね。確かにジャケ買いみたいなものもありますよね。まあCDとかでもジャケ買いって昔ありましたけど、なんかそんな感じで本も本屋さんでやっぱり別に何かを探してるわけじゃなくて、その何か探しに行くんだったらもうこのコーナーに行こうですけど、そうじゃなくて本屋さんぶらーっとただ歩いてるときに、ふっと目にやっぱり止まる本とかたまにあったりしますよねやっぱり
田中 愼一
ぶっと目に止まるやつねだからそういう一つ一つの遭遇っていうのもは我々日々多分遭遇してて、で、そこに意味付けをしながら自分の、なんていうのかな、先をどう、そう、えっと、まあ将来仮説をこう決めるのかでその中で自分の過去をどう意味付けて、で、自分自身は今じゃあ何をしなきゃいけないのかっていうのをまあいろんな遭遇の中で考えてるんじゃないかなと
中川 浩孝
確かにで今でもそれを聞いていてハッとすごい思ったことが昔その子供の子供の頃とかその大学生くらいまで本を買ってもっと今よりももっと本を買っていた理由って、本屋さんにもっと行ってたんだなっていうのはふと思って
買い方が特にここ10年20年くらいはもうなんかやっぱりオンラインで買うみたいになっちゃってるのでそれがやっぱりもう買い方自体が違ってたっていうことを今ふと気が付きました
田中 愼一
あのそれはグッドポイントですねいやあのいいや今の一言で僕も気がついたのはだから逆に言うとね混沌としたものっていう本との出会い方が少なくなってるんですよだって amazon って大体狙い打ちで来るじゃないですかね。今までのこちらの興味関心に合わせて送ってくるからあのある意味ですね
AIに洗脳されるじゃないけども
どんどんそういうのが
方向づけられちゃう
逆にいうと
逆にいうと、さっきひろちゃんが言った、その、汚染される?
だから案外本屋に行ってですね実際の物理的なでそこでもうカオスの世界を見てそこで本を選ぶっていうのはもしかしたらこれから実は重要な感じなのかなって気がしますよね
中川 浩孝
そうですよめちゃめちゃそうだと思います私今本当にハッと思っていやもっと本屋さんに行かないといけないんだなっていうのに今改めて思いました
田中 愼一
本屋さんがだんだん少なくなってきちゃって
中川 浩孝
いやー、ほんとそうなんですよねー
田中 愼一
ただ最近の本屋の工夫見てるとそういうどっちかというとなんていうのかな機械的に本を分類してんじゃなくてテーマ別に分類するとか
それから普通関係がなさそうな2つの本をあえて結びつけて展示してそれを一つの表現にするとかすごい工夫はものすごくあるんで
だからある意味そういう本屋っていうのはある程度足しげくね通うっていうのはもしかしたら重要だと思いますね
自分の体も動かすことになるし
中川 浩孝
確かに
田中 愼一
だからそうなるとね本当に積ん読の良さっていうのはその場で出会った本をどんどん買ってっちゃうっていう感じなんで
結構カオスの世界空間ってカオスのさっきも説明した棚があるわけですよ
そこはもうごっちゃ混ぜで本当に整理も整頓もされてない
ただそこの表題を見たり本の中身を見るとだんだんそこから新しいつながりが見えてくる
中川 浩孝
面白いですよねもう読んでもいないのにタイトルや見た目から何かこう感想が生まれてくるとか
その可能性もでもありますもんね確かにね
田中 愼一
いやねなんだっけな。そうそう、じゃあ、ちょっと一つ簡単な例で
いわゆる対話する具体例になるんですけどもこれ前も話したと思うけど
実はですね大江健三郎さんの本でその本っていうのは話して考える書いて考えるっていうタイトル
でそこに猛烈にですねこれに惹かれたんですよ
なぜかというとですねえっと今うちの人間にですねスタッフにですね言われたことがあるんですね
あの僕がですねいやとにかく一番重要なのは人の話を聞くことが重要だっていうねコミュニケーション
したら田中さんこそ人の話を聞かないじゃないですか
で何かというとあのえっと要はあの自分がね伝えたいことは明確に持ってるんですよ
メッセージはしっかりしてるで人の話は多分3分の1しか聞いてないと
で何で結果として3分の1しか聞かないかっていうと
そしたらもう一人の人がいやそれは田中さん考えてるんだよ3分の2はだから
あとの3分の2は聞いてないんだよっていう優しいコメントだったんだけどもう一人の人がいや違う
田中さんは聞くという意識はなくてあくまで自分が伝えたいことに役に立つことに関して話を聞く
探ってるだけの話で相手が話してるのが理解しようというよりも相手が話してる内容のどの部分が
今これから自分が伝えようとしているものにリンクしているかという発想しかない
すごいこれはねこれはねぐうの音でも出なくて
いやあの正直言ってこれ結構きついなと
中川 浩孝
正しいんですね、じゃあ
田中 愼一
要するに僕はね話を聞かない人間っていうかねなんだなってちょっと自覚しちゃったんです
だからこれはねで何でそうなっちゃったかっていうんで
そういう中で実はこの大江健三郎のですね話して考える書いて考えるっていうのがあって
でその中にその相手の話を聞くっていうようなね話も出てきたりして
じゃあ相手の話を聞くってどういうことなのかとでこういうふうに思っていて
でその時にある人ね
周りからなかなか人の話を聞かないねって批判されてる人がいたんで
俺もそうなんだけどさって話で少し相談に乗ったんですね
その時に話を聞くってどういうことってことで聞いたらですね
いやもうとにかく私はずっと前からね相手が言うことを100%聞いてますね
もう逐次聞いてますよねで確かに俺はしてないなっていう自覚が出てきてますます
でもでも俺はその人の話を聞かないっていうふうに批判されたことはないなと
田中 愼一
そしてあのなんていうのかなあのまあ書いて考えるっていうこの3つのパターンっていうのが実は非常に面白い
さっき言ったエラボレーションっていう言葉がありましたけども
やっぱり何らかのことをですねやっぱり外に向けてって意識がなきゃいけない相手っていう視点は相手に対して念入りにこうそのまあ僕で言うと
まあメッセージということなのかもしれないあるいは表現なのかもしれないけども表現を作り込んで相手にそれを表現する
でその表現が相手を動かすだけじゃなくて自分自身も動かすっていう流れっていうのは結構自分なりに整理できたんですね
だからこれがこの大江健三郎さんの話して考えるそれから書いて考えるっていう本から得たもので一切1ページ以外は読んでいません
これが対話なんですよそれね新しいですよねやっぱりなんか先ほどさっき言ったみたいに私はその本をちゃんと読んでしまうことによって自分の考えが
中川 浩孝
もしかしたら汚染されるのではないかって勝手に思ってますけど田中さんは読まずに読まずして勝手にいくつかの言葉を使う
あのか使って自分の考えをさらに押し進めるっていうですね、これはねなんか勇気をもらった気がします
田中 愼一
かなり自己中心的な人間だなと。で、恵子さんもわかるように一人ごと一人っ子って結構自己中心だから
中川 浩孝
インスパイアされるっていうことですよねだから別に本読まなきゃ全体を読まなくてもいいってことでインスパイアまさにインスパイアですよ田中さんのって別にあの本が好きってわけじゃないような気がするんだけどね
高木 恵子
だってそのだって本のタイトルとかそのその時のあのなんか自分に起きている状況でたまたまその本を見た時に感じたものでピピッとくるもので本を購入されてるわけじゃないですか
だから実は本でなくても何か他でもそういうビデオが出てきたくらいですからね
参戦しましたからねなんかちょっと失礼な言い方ですけど本が好きっていうわけではないような気がちょっとしてきましたね
田中 愼一
それはだんだん自分がわかってくるようになりましたね
さっきの人の話聞かないとかね本は実は嫌いだったとかね
中川 浩孝
新しい本の読み方としてちょっとそれはね新鮮だなって思いましたね
いいんじゃないですか新しい本で私もちょっとそういう読み方を今度してみようと
いやでも確かにタイトルだけ見たらなんか面白そうとか思うものはもちろんあるわけでアマゾンとか見てて
そういうのをもっとなんか普通になんかあまり考えずとりあえず買ってみるっていうのはちょっとまあとりあえずね
田中 愼一
ただやっぱりピンとくるタイトルとかねピンとくるその本の形とかその色とかそういうものもやっぱりすごく重要なんじゃないか
例えば本当のこの対話っていうのをしっかりやり始めるとですね実はその他の相手との対話にもやっぱり絶対役に立つと思うんですよ
確かにだからあのいずれにしても我々の目の前に現れるもんっていう
まあ遭遇するものっていうのは無限大にあるんですけどもその中からどれがご縁につながるのかなっていう発想で
それは意味付けるってことなんですけどでそれをそのご縁っていうのを大切にしながら次につなげていくっていうようなね
あの行為っていうのを行っていくと結構ね面白いんじゃないかなとで
その何だろうな話して考えるあの書いて考えるって言った時に昨日結構危機的な状況があってですね
中川 浩孝
毎週そんなこと言ってませんか
田中 愼一
昨日ですねあの娘とですねミッション・インポッシブル7作目を見に行ったんですよ
高木 恵子
あら素敵
中川 浩孝
娘さんと行ったんですね
高木 恵子
いいですね
田中 愼一
でももう学校の教師なんでね小学校の6年生担当してるんだけど
いつも子供が2人いるんで一緒なんでなかなかってんでもう彼女はとにかくゆっくりとトム・クルーズを見てそれで基本的には食事をしたいと
で朝1でで9時なんですよ時間がで9時なんだけども
あの朝パッと起きたら
8時だったんですね
で場所は日比谷なんですよ
で本来は8時半に待ち合わせするということで
僕が今いるトリス大学7時半に出ればいいかなと思ったのが
だから起きる時間1時間遅れちゃったんですよ
でもうダメだって本当に思った
これ間に合わない
でしょうがないからすぐラインで今起きたタクシー探すがんばれって何で頑張って言ってるか知らないけど
でタクシー乗ったん捕まえてねあの乗ってでもう時間がはっきり言って起きたのが8時ですから
正直言って車に乗ったのがね多分8時20分ぐらいだったんですね
でそれで9時から始まっちゃうのに
えっと40分で都立大学からですね日比谷までっていうのはまあ無理だなと
なぜか高速に乗るのに三軒茶屋からなんだけども
あの三軒茶屋までが混むって言うのと高速も混む
でそれでね自分はどうしようかと心表現というか
まさにミッションインポッシブルになっちゃって
でその時にねこれ結構トム・クルーズにもそうなのかなと思うんだけども
えっと自分の自分どうすればいいかって考えるわけですよ
つまり途中車に乗ったんだからあと何もできないわけですよ
そこにね行くまで着くまでで何をすればいいのか
で今まではねあの怒りと悲しみと
でですねもうごっちゃになるんですよ
何なんだよとか言って
うーんうーんって言ってね
間に合わないなーって心がもう完全に錯乱状態になるんですよね
でえっとさくらん状態になれば神頼みでね神様助けてくれないかなって感じで
あんまりあの心の表現としては的確ではないんですね
ただ昨日だけはですねよほどミッション・インポッシブルだったんですよね
しかも見る映画もミッション・インポッシブルってご縁があったのかもしれないけども
あのね落ち着いて何を考えなきゃいけないのか
要はこのミッション・インポッシブルをポジブルにするためには2つのことをしなきゃいけない
一つは時間を遅くさせる
二つ目は車で行ってるからそこまでの距離を短くする
つまり空間を短くする
時間を遅くし空間を短くすればもしかしたら間に合うかもしれない9時までに
って真剣に思ったんですよ
でそれをね一生懸命考え始めたんです
じゃあ結論として一つの定理としてですね
空間なくして時間なし時間なくして空間なしっていう言葉が出てきて
でそっからねいやもう一つあるなと
空間時間だけじゃなくてやっぱり動きっていうのもあるんだなと
動きが何らかの形で空間と時間に影響を与えるんじゃないかと
どうどうと思ってじゃあいわゆる
動きが空間時間にどういう影響を与えるかなんてこういうことで一生懸命考え始めた
いやマジに考えてたんですよ
多分外から見たらバカかと思うけどマジに考えてたんですよ
でいかに結構ね自分なりに定義が出来上がっててね
結構一つの真理だなって感激してたんだけど
実はそれが重要というよりもその話っていうのはまあ非常に
なんか嘘でしょみたいに思うかもしれないけど真剣にそれを考えて集中したんです
そうしたらですねずっと三軒茶屋行くまでが結構スムーズに
で三軒茶屋に乗ってで渋谷から霞ヶ関で降りるっていう感じで
あの乗ったんですね
そしたらパーってとにかく集中してたんで
もう全部メモってたわけですよ
これは書いて考えるっていうのと並行してたんですよね
だって話す相手いないから
中川 浩孝
そうですよねそんなこと言われてもタクシーの運転手はびっくりですよね
田中 愼一
びっくりですよだから自分と心の中で話して考え
さらにはメモを取って文章を書くことによって考えて二重で勝負
体を動かしても動けないんで車の中に乗ってたんだけど
あのちょうど渋谷が今どこかなってパッと目を上げたらですね
渋谷の東急のあの高いビルあるじゃないですか
高木 恵子
スクランブル
田中 愼一
あれが見えたんです
やっと渋谷かって思って
で次に目をパッと上げたら霞ヶ関なんですよ
高木 恵子
速い
田中 愼一
そこの間の空間の実感がないんですよ
パッと見て渋谷だなって思って目を落としてメモを書きながらパッと次に見たら
それはパッと次っていうかね
そう連続してるような実感なんですよね
パッと見たらまだ渋谷かなと思ったらだんだん風景が霞ヶ関で
えっとすごい驚いた
高木 恵子
集中力ですね
田中 愼一
いや何なんでしょう
高木 恵子
集中力ですよもうなんか
田中 愼一
でもやっぱり空間が短くなったのかなとかね
時間が遅くなったんじゃないかとかね
高木 恵子
自分が違う時空に入っちゃったってことですね
自分のこの集中力の世界に入っちゃったから
すっ飛んだ感じになったんですよね
田中 愼一
でその時に考えた次の言葉が主観と客観という話になって
実感してる俺って何って言ったら主観ですよねこれ
これ多分けいこさんヒロちゃんにこれ言ったらバカ言ってんなって言われてね
客観の立場で否定されるんだと思うんだけども
主観からするとそれが実態だったんですよ本当に実感として
下見てあ渋谷だな下見てすぐまた見たらえっと
どうも渋谷じゃなさそうだなってこのぐらいの
つながりの話なんですよ
高木 恵子
だからそれはもう本当集中力ですよ
もう自分のそうですよその自分のところにふって入っちゃって
中川 浩孝
それで間に合ったんですか映画に
高木 恵子
そうですね間に合ったんです
中川 浩孝
何時に着いたかというと8時45分に着いたんですよ
中川 浩孝
すごいじゃないですか
田中 愼一
しかも映画館の前まで
きっぷ売り場の前まで
高木 恵子
すごい
田中 愼一
奇跡としか考えない
中川 浩孝
25分で着いたってことですか
田中 愼一
多分ね出発したのが
だから時間が遅れたのかって思うでしょやっぱり
だって乗ったのが8時20分ですからこれは覚えてる
高木 恵子
すごい
田中 愼一
だから25分でここからですね
混んでる246通って
サンゲンジャーに乗って高速に
霞ヶ関で降りて
霞ヶ関から出るとやっぱりしばらく信号待ちがあって
あそこまで行くのが大変なんですよ
日比谷ミッドタウンね
中川 浩孝
そうですよね
高木 恵子
すごい