映画「オールド・オーク」の紹介
この時間は、日替わりコメンテーターが独自の切り口で、多様な視点を提案するCatch Up。
木曜日は、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんです。
今日はリモートでのご出演です。三好さん、おはようございます。 おはようございます。
さて、今日はどんなものを紹介してくれるんでしょうか?
はい、今週はですね、明日4月24日金曜日よりKBCシネマで公開となりますイギリスの映画ですね。
タイトルが、「オールド・オーク」という作品をご紹介します。
この作品は、死生の人々の生活と闘争を描き続けてきたイギリスの映画監督の大巨匠ですね。
ケン・ローチという監督がおりますけども、このケン・ローチ監督の最新作にして、監督自ら最後の作品になると語っている一作になります。
今の私たちに直結する問題も含めて描き込まれるような非常に重要な一本だと思いますので、ここからその魅力をご紹介していきたいと思います。
まずはこのオールド・オークという映画のあらすじからご紹介したいと思います。
舞台はイギリス北東部、とある単行の街で唯一のパブ、オールド・オークというお店が舞台になります。
これが活気あふれる時代から30年の時を経て、今は厳しい状況に陥っているが、街に住む人々にとっては最後の砦となるような、
泊り木のような存在になっているこの唯一のパブ、オールド・オークなんですね。
その店主で本作の主人公となるのが、この男性のTJ・バランタインというですね、劇中でTJとかって呼ばれますけども、この男性なんですね。
その方は試行錯誤しながら、なんとか苦しい中でもこのパブを維持しているわけですけれども、
街がある日からシリア難民を受け入れるということを始めます。
それによって地元に住んでいた人々と、シリア難民の人たちの、それまでの常連と居場所を争うような居酒屋の場所にパブがなってしまうわけですね。
さらに、先行きをあやぶんもTJだったんですけれども、そこにですね、カメラを持ったシリアの女性、ヤラというですね、この女性がおりまして、
この女性と出会って思いがけない友情を育むことになっていくわけですけれども、果たして彼らは互いを理解し合う方法を見つけられるのだろうかというような、そういう映画になっていきます。
今見るべき映画かも。これ今の話聞いてたら。
見つけてほしい。
本当にそうなんですよ。
ケン・ローチ監督とその映画美学
これ、監督を務めたのがケン・ローチ監督で、このケン・ローチという監督についてちょっと紹介したいんですけれども、
1936年イギリスに生まれ、現在温都市90歳にならんとする大ベテラン監督なんですけれども、冒頭に紹介した通りイギリスの巨匠と言っても世界の映画界の巨匠と言っていい人なんですけれども、
この人、一貫して労働者階級の人々、一人一人を見つめて描き続けて、それを映画の美学の域にまで突き詰めた作家として、映画史に残る非常に重要な監督と言えるかなと思います。
ここで言うその映画の美学の域にまでって言いましたけれども、それ具体的にどんなことを言ってるのかっていうことを少しご紹介したいと思うんですけど、
例えば監督がご自身のことを語った著作でローチオンローチという本があるんですけど、この本の中で監督が手がけたキャリア初期のですね、ある作品の証明ですね。
証明について問われた際に答えた一説をちょっと引用したいと思うんです。
そこで言うには、私たちは人物を撮影する伝統的なやり方である俳優たちを照明の海に浸したり、あるいは彼らの照明を差し入れたりするような、そんなことを気にしたくはなかったんだって言うんですね。
その後のキーワードが重要です。光が誰にも見に行き、だが疾走に当たるように私たちは場所を明るくしたかったんだって言うわけですね。
これは私たちの仕事のやり方の中心的な競技となったと語っています。
今田和田さんがちょっとハテナってついたように、光を民主的に当てる映画ってのはどういうことかっていうことですね。
これはつまり俳優たちや映画そのものを道具としてただ機能させて、ただお色性の物語を描写するような姿勢ではなく、その場にいる全ての登場人物たちが画面上で等しく民主的に価値を持って照らし出されて、
その存在一つ一つ、彼らの現実とか人生その一つ一つが尊重されるような眼差しによって映画を作るという確固たる信念なんですね。
ここにケンローチ監督の労働者とか資生の人々に向ける根本的な姿勢があるわけです。
果たしてこのような美学を持って1960年代から手がけられ続けてきた彼の豊かなフィルモグラフィーを通じて、
ケンローチはカンヌ国際映画祭のパルムドール最高賞をはじめ、ベネチア、ベルリン、他数え切れのほどの数多くの映画賞を受賞し続けて、
それ以降の映画のあり方にまで影響を及ぼす非常に重要な作家になったわけですね。
本作はそんな監督は自ら最後の作品と宣言する一作というわけですから、見逃すわけにはいきませんよねということになります。
映画のテーマ:分断と希望
ここから映画の中身にもう少し踏み込んでいきたいと思うんですけど、
先ほどのあらすじにもありました通り、この映画はある単行の街の難民受け入れから始まる分断と排斥の現実を描き出しながら、
どのように街に蔓延してしまったそのヘイトを乗り越えることが可能なのかを模索していくような映画になっていくわけですね。
この映画について監督がこの作品の舞台となるイギリス北東部の置かれた現状について語っているテキストがあって、
これが非常に象徴的なので、すみませんちょっと長いんですけど引用させていただきます。
かつては結束の伝統、地域のスポーツや文化活動に誇りを持ち、活気に満ちた共同体だった単行の村々の多くが、
保守党、労働党のどちらの政治家たちからも朽ち果てるままに放置されました。
人々は保守党に何も期待していませんでしたが、労働党の失敗は非難されました。我々のために何もしてくれなかったと。
それでもここは労働党の画像であり、トニー・ブレアやピーター・マンデルソンが地元議員でした。
しかし何の変化ももたらされませんでした。
多くの家族が去り商店は閉店し、学校も図書館も教会もほとんどの公共施設も閉鎖されました。
仕事がない場所では希望が失われ、疎外感、挫折感、絶望がその代わりを占めることになります。
憂慮すべきことに虚空勢力がそこに台頭しました。
他のより豊かな地域の自治体は問題とみなされた脆弱で困窮した人々を住居の安いこの地域へ送り込みました。
こうなると衝突は避けられませんというふうに語ったんですね。
今回この映画を通じて、ケンローチ監督がこういう北東部をまなざす姿勢をさすがだと思わされたのは、
この分断の主体になってしまうこの街の人々に向けるまなざしにあったんですね。
単純化した物語に回収するなら、彼らは共感の余地がないぐらいの悪役として描きうるわけですよね。
もうヘイトをどんどん流し込むような人たちなんですから。
なんですけど、この映画においてはもっと複雑な、彼らにとってまた同じく切実な傷を抱えた人物として調査されていくわけですね。
すなわち、かつてはこの街で、かつて単行労働者として誇りを持って働いて、
何なら国の経済に自らが自分自身が貢献しているという、すごい実感があったような人たちなわけですね。
なんだけど、それが産業が収束してしまっていて、国から街全体が見放されてしまって、
仕事も、どころか自分たちがちょっと集える場所すらも失っていくわけですね。
さらには劇中で、彼らは自重気味に自分たちの街をゴミ捨て場というふうに表現しちゃうわけですけれども、
いつからかも国が手に負えない問題を全てこの街に投げ込んでは、ただ見ないふりをしていくような、そういう地区に変化していくわけです。
そうした変化に一切なす術がないまま、ひたすら貧困と衰退のただ中に身動きが取れなくなって、
視野が狭くならざるを得なくなった彼らが、元ここに暮らしていた自分たちよりも、
まるで特別扱いされて見える難民たちがやってきたことが面白くないわけですよ。
ついに醜悪な灰外主義者となってヘイトに走ってしまうという、ここまでの一連の心の動きを非常に端的な演出で、
説明的ではないけれども、非常に端的な演出で的確に表現してみせるわけですね。
ヘイトをする人たちにも理由があるよね、というふうに共感じゃないんですけど。
そうなんですよ。ただここは共感しちゃいけないところにはきちんと線も引いていて、
それをこの映画は正しくどのように向き合うことができるのかということの葛藤を繰り広げていくわけですけれども、
まさしくこの映画がすごくかつね、すごい映画でありかつ難しいものを引き受けざるを得ないのは、
やっぱり葛藤そのものなんですね。つまり新しく来た難民の人々も主人公のTJは救いたいわけです。
なんだけど、同時にかつて親友であった仲間たち、この街の人々である仲間たちも等しく助け出したいんです。
それはTJだけじゃなくて映画を見ている私たちもそうなんですよ。
なんだけど、国とか社会全体の不均衡とか不条理が小さな、例えば一人としてのTJだったりとか、
あるいはヘイトに走ってしまう一人一人に結晶化してしまった時には、
もう彼ら個人、一人の責任とか行動でどうにかできるものではないぐらいの、
もう圧倒的な構造的な絶望の現実と立ち向かうしかなくなるわけですね。
でもこの映画はやっぱりさすがなのは、一旦その現実を逃げずに見つめ抜くみたいなことをやるわけです。
ちゃんと提示するんですね。物語を単純化しないんですよ。
その上でなお、そうした絶望的な現実とその絶望に決して屈することなく、
どのように観客は、そしてこの映画は、希望というものを見つけることができるのかということが、
この映画の最終的なテーマとなっていきます。
ちゃんとソッパコーが見つかるのかな。
そう祈りたいのか。
その展末はぜひ劇場で見届けていただきたいと思います。
ということで、非常にここまでのプレゼンテーションでも、きっと皆さん、
この映画が今僕らが見るべき映画だということはよく理解いただけたと思うので、ぜひご覧いただきたいと思います。
リスナー企画告知
映画オールドオークは、明日4月24日金曜日よりKBCシネマで公開です。
兼労地監督最後の一本と宣言された本作と、そこに託された一つの希望というのを、
どうか見逃さずに、劇場へ足を運んでいただければと思います。
そして、来週の30日木曜日は、三好さんとお送りするこちらの企画、
リスナー名作劇場。
ということで、今回のテーマ、発表お願いします。
あなたにとって最高の長編、あ、じゃない、続編映画と言えば、
続編映画です。
いろんなシリーズも載ってありますけれどもね、
あなたの中で記憶に残る、その続編映画と言えば何か、お寄せください。
エピソードも添えて、メールファックスでお待ちしております。
メールはgu.rkbr.jp、ファックスは092844-8844。
また、田畑隆介グロウアップのSNSでもお待ちしております。
今度の日曜日、26日までに送ってください。
はい、ということでここまで三好豪平のキャッチアップをお送りしました。
スタジオ紹介
皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
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