そうだね、なんかいいね、そんな感じは。
そうなんだよ、すごく。
良きインターネットカルチャーみたいな感じがするね。
で、いろんなポッドキャスト番組が、
持ち回りでテーマ決めてくんだけど、
ホストみたいな感じで。
で、このバリアっていうのはね、
ヒヨッコ研究者のサバイバル日記っていうポッドキャストがありまして、
女性の研究者2人でやっているポッドキャストなんだけど、
そのうちの1人のハッチさんという方から、
先日やりませんかっていうふうにお声掛けいただいて、
そう、とある場所で知り合ってですね、
私、ポッドキャニキなんで。
まあなんとなくいろんなとこでね、
繋がりが生まれてるんじゃないか。
そうなんですよ。
そんなこともあろうと。
そうです、そう。で、そのホストのハッチさんに、
お声掛けいただいて。
面白いね。
科学系ポッドキャストという感じではちょっとないわないけど、
どうですかと声掛けていただいて。
そう、そうだね。
男の子育て養毛萌え山晴らしのバリアの話聞いてみたいっていうふうに言ってくれたんで、
じゃあちょっとやってみますかっていうことで。
なんかこのテーマ面白いなと思って。
まあバリアってね、
そのまま受け取るとなんかバリアみたいなさ、
子供のシールドっていうかさ。
そうだね、そうだね。
一瞬そういうバリアかと思ったけど。
どっちかっていうと障壁みたいな意味。
そうだよね。
このテーマをね、企画趣旨のようなノートが、ほら、シェアしてくれたじゃん。
ひよけんさんがさ、書かれた。
あそこのね、企画趣旨で使われてるバリアの意味はとても、
個人的にも興味深かったな。
結構ジェンダーに関わる文脈だったよね。
まあいろんな切り口があると思うんだけどね。
まあそうだね、そこでは女性の研究者という立場で働いてると、
どうしてもね、例えば結婚や出産や、いろんなキャリア形成、ライフステージのいろんなところで、
まあ多分見えない障壁というのにぶつかって、
こう研究者の道を断念してしまう女性の方が、
やっぱ増えてどんどん減ってしまうみたいな問題があるとかさ、
まああるところ境に、それ以上出生や昇進ができなくなる、いわゆるガラスの天井みたいな問題もやっぱりあるよねとか。
そうだね。
そんな話もね、書かれていて、
結構じゃあ、まあそういうバリア、障壁みたいなテーマを、
まあ我々の番組で解釈するとしたらっていうところはね。
そうだね。
そこからスタートって感じだよね。
あんまり難しく考えちゃうとあれだけどね。
いやでも、まあパッと浮かぶのは、やっぱ男という性別で、
まあ子育てという伝統的に女性の役割とされていた世界の、
まあなんか話を男たちがしているっていうのは、
ちょっとこうジェンダー的な意味でもね、
一つあるよね、そこに何かバリア的なものが。
それは語りづらさという意味でかな。
ありますよね。
ありますよね。
結構ね、最初のこの番組立ち上げるときもそんな話をしたと思うけど、
ちょっとそういうこと、テーマ、切り口で、
まあ我々なりのバリアの話をしていこうというのが。
そうですね。
はい、今回の内容になりますけど、
じゃあちょっとそのきっかけとなるような話というか。
まあ自分はこのバリアっていうのを見たときに、
最初に思い出したのは育休を取っている期間に通っていた、
子育て広場でのこと。
うん。
何度も話してるけどもう一回一応話しておくと、
ワイちゃんが生まれて最初の半年は妻と一緒に育休を取ってたんだけど二人で。
で半年後に妻が仕事に復職して、
そこからはワンオペでワイちゃんの面倒をその後9ヶ月ぐらい見てたんだけれども、
その9ヶ月間の間、俺は毎日近所の子育て広場にね通っていたわけですよ。
そうだね。
はい。
マジで毎日行ってたよね。
マジで毎日行ってた。
なんかちょっと懐かしくなってきたよね。
そうそう懐かしくなってきたね。
で最初行き始めたのは、だからワイちゃんがまだ7ヶ月ぐらいの頃でさ、
その時ってあんまり動かないから、そもそもハイハイもしないしさ。
うん。
で子育て広場に行ってもさ、マジで寝てるだけなのよ。
そっか。
ゴロンってなるだけでさ。
転がしとくしかない。
そうそうそう。
だから一回陣取るともうそこから動かないわけ。
なるほどね。
そっか。なんか漠然とハイハイしたりなんかいろんなもんで遊んでるってイメージもちょっとあったけど、初期は。
初期はそう。
ただ。
そうただ寝転んでいるからだから、なんていうのかな。
子供が動かないから自分も動かないじゃん。
そうだね。
そうするとさ、誰かから話しかけられないとコミュニケーションが取れないのよ。
きっかけが生まれないんですね。
そうそうそう。
自然なきっかけが。
そう。で、自分が子育て広場に行ったのはさ、やっぱり孤立化を、自分の孤立化を防ぐために行ってたわけだけど、だけど、やっぱり行ってみるとさ、平日の昼間なんてさ、男一人もいないしさ。
まあそうだよね。
うん。
母親しかいないよね。
母親、そうだね。母親とその子供しかいないわけですよ。
で、しかもその動かない、ワイちゃん動かないから。
そうね。
で、その和に入れなくて、ほんとに。
結構やっぱ他では和的なものはできてるんだ。
ああ、なんとなくだね。
でもみんなそれぞれで来てるから、すごいあるかっていうとまあそこまでじゃなかったけど、でもなんとなく顔なじみでお互い話すみたいな感じになってたからさ。
そうだね。だから2ヶ月ぐらいかけて、ちょっとずつその和の中に入ってった感じなわけよ。
なるほど。とりあえずいつも来てるあのパパみたいな感じを2ヶ月続けて。
うん。
で、結構滞在時間も長いでしょって。
そうね。2時間とか。
2時間か。
1時間半から2時間ぐらいかな。
なるほど。
なんか最初に思ったのは、すごい自分これ邪魔異物だなって思って。
まあ居心地の悪さみたいな。
なんていうの。俺いることでなんかすごい余計な気を使わせてそうだなみたいなのも思ったのよ。
まあまあそっか。どういう男がいるみたいな。
なんかさ、女性だけだったらさ、そんなに気にしなくていいようなことが、男が一人いるだけでさ、多少気にしなきゃいけないみたいなのはあるかもしれないじゃん。
確かにね。授乳するとかさ。
そうだね。
そこでなんかいきなりおっぱいをさ、あらわにすることはないと思うんですけど、なんかケープみたいな?って結構あげてる人いるもんね。
サッサッとあげると思うんだよね、多分。でもやっぱそういうのもできなくなるしさ。
そっか。確かにね。
あと、例えば女の、ほらツインズは女の子だからさ、なんかこうオム使えるときとかさ、
まあそれはどっちも、それは本来であれば関係ないとはいえ、
例えばもしかしたらね、男の人がいるだけで女の子を持つ人だったら、もしかしたらオム使いのときとかもちょっとこう気にしちゃうかもしれないね。
そうだね。なんかその、失礼しますみたいな感じでさ、変にヘリくなる必要もないなとは思ったけど、やっぱりその、そもそもできた経緯がさ、たぶん、子育て広場って。
ああ、そっか。
保育園とか幼稚園に入る前の親子が孤立化するのを防ぐために作られたと思うんだけど、
でもそれって今までの経緯を考えるとさ、母親と子どもがこの社会の中で孤立化しちゃうから、それを解消するためにできた場所、スペースだからさ。
あくまでなんつーのかな、やっぱり女性のための場所だったと思うんだよね、今までは。
まあまあそうだよね。それは良くも悪くもというかね、それは絶対そうだよね。
だからさ、なんつーの、いや別に男も育児するっしょみたいな感じでさ、わが者側で入ってくるのも絶対違うなって思ったわけよ。
まあまあ確かにね。
なんか堂々と入ってくるのはとにかく違うなと思ったの、なんとなくね。
はいはいはい。
だから、こう、なんつーのかな、静かにね、2ヶ月くらい端っこの方でずっとじっとしてて、
そしたらなんとなくみんなこう声をかけてくれるようになって、
はいはいはい。
そうそうそう、そういう経緯はありましたね。
自分が作り出しちゃうものでもあるし、
あーそうだね。
その、もともと社会的なね、それまでの経緯みたいなものとかさ、歴史とかさ、
そういうものが作り出してるっていうようなこともあるんだろうなとは思ったな。
そうだね。なんかそれはまあ、やっぱり、いや、そのどこまで行ったら正解とかはよくわかんないけど、
でも最低限その、向こうがもしかしたらそういうこと思うかもなという想像力を一応想定した上で、
働かしていろいろ想定した上で、自分でちゃんとバリアを一旦作って、想定バリアみたいなね。
そうだねそうだね。
で、それをまあ、そのバリアを自分で下げていくというか溶かしていくように心がけをして。
いや、でもそれ結構大事かもね。
いや大事だよね。
あー。
だって、やっぱりそれほんと、逆なんつーの、やっぱり例えば男だらけのところに女の人が例えば入っていくのも怖いと思うけど、
じゃあそれを単純に反転させたことではないじゃん。
いやそうだね。
男だらけの環境に女の人一人が入ってきたときにさ、なんかちょっとこう、
例えば最悪加害みたいなのされるかもみたいなの想像しないじゃん。男側だったら。
あーそうだね。
マジョリティーの男はさ、
でもまあマジョリティーの女の人たちの中にマイノリティーとして男が入っていくっていうのはさ、
まあマジョリティー側に脅威を与える可能性もあるし、
もちろん数少ないマイノリティー側になった男性としてはさ、
まあいろんな緊張感やさ、なんかこう、上に入れない寂しさとかもあるとは思うんだけどさ、
でもやっぱりね、なんか、例えばイオンとかああいうショッピングモールとかにさ、
ミルク作れる場所とかさ、おむつ買えられる場所とかあるじゃん。
もちろんそれはどっちの親が入ったっていいんだけどさ、
やっぱああいう場所にしたってさ、大本をたどれば子育て、子を連れたお母さんが多かったわけじゃん。
そういう経緯でできている場所なわけだからさ、
まあ心理的にはやっぱ、男が入ってくることにはさ、
何かギョッとするようなことだってさ、あり得るわけだよね。
確かにまあそのように設計されてるからね、たぶんね、まだそういう場所ってね。
すごい新しい場所は違うかもしれないけど、
だからそれに対して、いやまあそれはそうだよねっていうさ、話や。
そうだよね、ほんとに。
で、シンプルに、半々になったらさ、状況は変わると思うんだ。
それは。だんだん変わっていく。
男がやるようになったら、男にもやりやすいような形で、
いろんなものが設計がどんどんこう変わっていくと思うんだけど、
まだそういう風になってないからね。
いやそれはそうだよね、で一足飛びに、
なんか男や男ってだけで差別するのかみたいなさ、そっちに行っちゃうとさ、
いやそうなんだよね。
大変おかしなことになるわけだしさ。
っていうようなことを。
そうだね、なるほど。バリア。
バリアという話だと、自分はちょっと改めてそういうことを思い出したですね。
どうですか。
いやいや今の話を聞けばやっぱりその、
そういうミルクを作るスペースを持つを変えるスペース等々に足を運ぶことや、
もっと言えば例えば西松屋みたいなさ、赤ちゃん本舗みたいなところに、
やっぱなんかね、ベビーカーを押してればまだ入りやすいんだけど、
単体でさ、買いに行くこともあったわけよ。
ベビーフードだ、ミルクだ、肌着だ、なんだと。
その単体で行くときに、こっちはなんかもうさ、
あれ買いに行かなきゃみたいな感じで行ってるけど、
やっぱさ、なんか社会的に言えば、例えばその変質者的な問題があるわけじゃん。
そうだね。
やっぱその、毎度のね、大好きなXを見ていればさ、
やっぱ、こっちでも。
この番組で別にさ、そこの文脈、共有してないからまだ。
共有してないけど、SNSばっかり私は見ていてですね。
最近もうちょっと自分はXが好きなんじゃないかと。
開き直ってきたんだけど、やっぱさ、そこにはさ、
変質者コミュニティのやり取りが明るみに出て炎上する事案とかも結構あるわけよね。
すごい本当に怖い話なんだけど、
その、そういう子供がいる場所に、なんていうの、親の擬態して入る方法みたいなのが、結構変質者コミュニティで共有されたりすんだって。
いやー、マジか。
こういう格好しとけば父親に見られるとか、そういうの見てるとさ、
それで、女性、世の子、母親、女性たちが、うわー、肝をふさげんなってなって、炎上したりしてるわけだけど、
なんかそういうのってさ、男性一人で、そういう場に入る時に、自分だってそう見られてるかもしれないとかさ。
そうだね。
やっぱちょっとちらつくわけよ、そういう存在をやっぱSNSで汁につけさ。
そうすると、なんかこう、親ですよ、ベビー顔してる時はね、もうなんか間違いなく親であるという証明書というかさ、
エビデンスがあるわけだけどさ。
なるほど。
単体でこうなんか買い物行ったりする時に、やっぱそういう感じを、その赤ちゃん広場で感じていた、
俺ここにいて大丈夫かみたいなさ、なんか妙な緊張感を与えてやしないかとかさ、変質して。
特にやっぱツインズが女子だからさ、そういうなんかジョジみたいなコーナーがあるわけよ。
ジョジって書かないでくれって思うんだけど。
え、その西松屋とかに?
西松屋がない、島村かなんかに、そのコーナーがあってさ、ジョジ肌着とかで書いてあって。
はいはいはい。
めっちゃツインズの、それは当然、それは単純な分類なんだろうけど、そこにこう中年男性としてさ、
ああこれだとか言ってさ、肌着買い出す時にさ、なんかここにいるだけでもう加害者みたいな感覚?
うん。
やっぱりどうしても自意識が働くからさ、あの時の居心地の悪さというか申し訳なさというかその、違うんだみたいな感じ?
うん。
みたいなのはなんかこうさっきのあの子育て広場のエピソードを聞いて、
そうね。
こう思い出したことかな。
まあ事実としてね、そういう人たちがいてさ、だからしょうがないよね。そういう風に見られるとさ。
いやほんとこれはしょうがない。
しょうがないと思うよ、ほんとに。
ほんとにそれが、ごく一部の人がそういう犯罪を例えば食わ立てたり犯したりしてるとして、
だけど全体が疑われるってことが、実際にそうなっちゃったとしても、それもしょうがないよね。
しょうがないと思う。
なんかこう、ごく一部の変質者のために全ての男を犯罪者予備軍に、
ドミナスなーみたいなさ、そういう怒りのこいつは当然あるわけだけどさ、
そんなの区別つかねーよみたいなさ。
そうだね。
やっぱ話ですよね。
それは難しい。
バリアと言っていいのかわかんないけど、
まあそんぐらいのバリアは当然存在して然るべきというか。
そうだね。
それをまあね。
だからあるものとして、最初はね、設定しておくっていうのが、それがお互い心理的に安全というかさ、
お互いっていうか、まあお互いだろうねそれはね。
傷つくじゃん。設定してないと。こっちも。
そうだね。想定してないで疑われたりすると、直感的には傷つくもんね。
なんかそれぐらいのことは考えておいて、まあ叱るべきなんだろうねやっぱりな。
そうそうやっぱり今んところはね、もちろん例えばそれで腹を立てるとしたらさ、そういう警戒心を発生させているさ、
よろしからぬことを考えている奴らや、まあ過去のまあ全く育児を男はしないよねみたいな社会の作ってきた人とかさ。
そうだね。
そういう人たちのなんかある種の影響?っていうか、しわ寄せみたいなものをさ、
現代のまあ育児をする父親たちがこう思っていると言えばそうなんだろうけどさ、
まあとはいえね、やっぱ想定はしとくべきだなと思うよね。
まあそこでのこう、孤独感やこうなんていうの、のけもの感とかさ、寂しさとか傷つきとかはさ、
男同士で例えば、恋愛とかってなんかちょっと怪しまれて嫌ですよねみたいな感じで愚痴をこぼすことはできるじゃん。
そうだね。
ねえ、愚痴というかまあ慰め合うというか。
そういうのは、それは別行でしたほうがいいと思うけど。
そうだね。
そういうバリアもありますね、確かに。
そうだね。
まあそれとはだからその、逆にその、女の人だらけの環境に男がマイノリティとして入っていくことにはさ、
逆になんかまあ特権みたいなのもついてきちゃうと言えばあるわけじゃないですか、それは。
あれでしょ?褒められたりとかでしょ?
そうそうそう、パパなのに偉いですねとかさ、珍しいですねとかさ、
この番組だってさ、まあ男性がね、育児を語っているというところが、
そうなんですよ。
大変下駄がやっぱりどうしてもやっぱあるよね。
ありますよ。
これは。
自分たちで言うのも変だけどさ。
あれは、それで言うとさ、京太さんたちの家族は女性3人じゃないですか。
男性1人でしょ。
そういうところに何かバリアを感じたりはしないの?
そうね、やっぱり3対1の構図、体感的に感じる瞬間っていうのはやっぱりあるし、
ジェンダーの壁というか、性別の壁というか、そういうものを感じる瞬間、
もちろんなくはないんだけど、もちろん俺の性格的なさ、どっちかと言うと、
いじりやすい、バカにしやすい、なめやすいみたいな感じで、
あと下からいくしね、そもそもね。
下からね、なんか敬語を使ってるしさ、
お願いしますとかって。
花丸に?
お風呂入っていただけませんか?
なんかそういう言い方になってる瞬間もあるから、
だからこそ、こっちに、例えばしおりさんに対しては、どっちかと言うと尊敬、緊張、
一定のビビりも含めた、なんかこう感じでリスペクトみたいなね。
で、こっちをあえて3対1の、ちょっとこう、はぶるみたいなさ。
そういういじられみたいなことをする瞬間はあるんだけど、
それに関しては確かにキャラクターの方的な要素の方が大きいかなとは思うけど、
そこらへんをぐーっと突き詰めていくと、やっぱ真剣みたいな問題がよぎるね。
究極的に、ずっとこの話どこに着地するか全くわかんないけど、
究極的に仮になんかこう、離婚みたいなことがね、あったとしたら、
たぶんどんな理由があっても、子供は向こうに行くだろうなみたいな、
そういう究極的なところの想像があるんだよね、なんか俺の中には。
いや、わかるよ。
あーわかる?
わかるわかる。
なんかやっぱ、ちょっとそれはなんだろう、あるよね。
やっぱ産んでねえから。
すごいさらっと言うね。
産んでねえからさ。
まあ、産んでねえからさ。
ダメだよ。
やっぱり仮に向こうがさ、浮気とか不倫とか向こうがして離婚になったとて、
それでもそうなるだろうなみたいなぐらいの、なんかあるんだよね、俺の中に。
だから、なんか究極的なその想像したときに、ある意味な、まあもちろん寂しさもあるんだけど、
孤独感というかその、家庭内、仲間ハンセルとまでは言えないけど、なんか見えない線を感じるときもあるし、
でもそれはちょっとバリアっぽいけどね、聴いてると。
そうね、もしかしたら繋がるかもね。
それが故に緊張感がやっぱ常に、ヘマしたら終わるぞみたいな。
切られる?
切られ、クビになるみたいな、なんか、まあある種の不安定な雇用じゃないけどさ、
フリーランスやってるとさ、やっぱりそういうのってあんのよ、なんかこう、
確定的な契約や繋がりが仕事先の人とあるわけじゃないから、
やっぱ今回の成果物が悪かったら、次はないぞみたいな緊張感があって、
それは本当に良くも悪くもなんだけどね、いい面もいっぱいあるんだけど、
それと完全に一緒ではないけど、ヘマできないみたいな緊張感とか、
だから究極、前回、竹原さんのさ、男性の育児や産後期をめぐる欲打つ状態の話があったじゃん。
なんかああいう瞬間に、だから俺もなんか、例えば疲労が溜まってる、イライラが溜まってる、
寝不足であるとかで、なんかこうスイッチがパーンて切れちゃう時に、
なんかね、やっぱその、究極的に俺はまあ、買いが利かないパーツではないしな、みたいな感覚になって、
そうするとやっぱなんかね、3人、もっと言えば、例えばそこにギリのお母さんなんかもこう、
俺の想像の中で入ってきて、やっぱあっちのこう4人とかで暮らした方が、
たぶん全部うまくいくんじゃないかみたいな、そういう想像がこう、頭を支配してくる時があるわけよ。
それも今覚えば、その究極的な真剣をめぐる見えないこう、バリアーに影響されてるのかな。
まあそれもそうだね。両方だろうね。キューターの側で勝手にバリアー作ってる感じもあるよね。
それはアダルト・チルドレン的なところも多分にあるんだけど。
なんとなくこう、あるな。
だから母親と子供っていうその繋がりは、ある意味バリアーに感じることもあるよね、そりゃね。
まあまあそりゃね。
やっぱ一線入れないところあるじゃない。
あるあるある。
それはやっぱそうだな、最初のところそれは感じてたな、感じで叱るべきだと思うけどさ。
そりゃそうだよね。
そうなんだよね。
受入してる時とかさ。
なんかさ、ほんとさこういうのってさ、要するにそれは男とか女じゃなくてさ、子供との接触時間で決まるんだみたいなことが一個あるとは思うのね。
で確かにそれはそういう側面もあると思うんだけど、
まあ接触時間そんなに変わんない状態でも、なんならさ、ここ数日は俺の方がずっと一緒にいるみたいな時ですら、
やっぱあるはあるもんね、その壁っていうのはなくならないっていうかさ。
わかんない、どうなの、でもほら、あるでしょ、そういう逆にずっとワンオペ育児で。
ワンオペやってた時は、それは全然感じなかったな。
むしろやっぱり妻、顧問の方が壁を感じてたと思うけどね。
入れないなみたいなバリア。
まあまあそうかそうか、その時期だけ切り取ればまあ、接触時間にはだいぶ差があったとか。
そうだね、だからそれで言うと俺が感じたのは最初の頃だけだったのかもしれないけどね。
その後は別にそういうふうには結局は接触時間じゃんみたいなふうにどっか思ってるところはあるかな、今でもちょっとそう思ってるとこあるな。
まあいろいろな奥底に引っかかしていけば真剣的なものを巡る。
それはそれであるね、一方でね。
奥底だよね。
わかるよ、それは、すごくわかるよ。
結構こう、まあ男やの奥底にはこういうのあんじゃないかなみたいな。
そうだね。それをさ、都合よくさ、やらないことの言い訳にしたりもしてきたわけじゃん。
ああ、そっかそっかそっか。
そうでしょ。
究極的にはそっちのものなんだろうみたいな。
そう、それこそ母性愛神話みたいなものとかもそうだしさ。
ああ、そっかそっかそっか。
だから、うん。
確かに歴史的にはちょっとある種、悪用されてきた。
そう、どっちかっていうとそうだよね。
うん、あるな、それは。
うん。
あるからまあ、ね、この感覚もとてもセンシティブな、こう、
そうだね。
本物の語り、語ることの難しい感覚であるけど、
まあまあ確かに正直なところそういう感覚は確かにあるし、
まあそれが故にこう、ね、緊張感もいい緊張感もあるし、
まあ思い過ごして面もあるんだろうけど。
あとあれは?
うん。
双子はどう?双子は。
なんかこれもさ、ちょっと全然話変わるけどさ、
双子の中でだけで完結してるみたいなさ、世界が。
それで周りから見るとちょっとそこにバリアがあるように見えるみたいなのも、
なんかありそうっていう風に思ったんだけど。
そうだね。
まあ特に一覧性ソーセージで見た目もそっくりってなるとさ、
なんつーの、そういうのありそうな感じは旗から見ればするしだろうし、
まあ特にずっと二人で遊んでるし、
二人の、なんていうのかな、こう、
二人だけの秘密みたいなのも最近では増えてきたからさ。
うんうん。
俺らに対してもまあ、
二人の世界に入れないなって瞬間はあるし、
たぶんその保育園とかさ、外の世界に行けばもっとある、
そう外の人が見たらそう感じる?
うん。
ところはやっぱあると思うんだよね。
そうだよね。なんかやっぱこう、不思議な力を、
不思議だね。
通じ合ってるみたいなさ。
そうそうそうそう。
まあ俺も確かにそう思ってたんだけど、
世の中の双子の人たちを見てさ、
例えば俺が大好きだったチャイというバンドはさ、
フロントマンの二人が双子で、まあ仲南という双子でさ、
みんな学校の友達だったら四人で組んでみたいなさ、
でもやっぱ双子の結びつきってなんか強いんだろうなみたいな外から見ててもさ、
まあ思ったんだけど、
まあ全ての双子はそうかわかんないけどさ、
やっぱこう、間近でこうなんかあの双子たちを見てるとさ、
結局、やっぱ生まれてからずーっと一緒にいるじゃん。
うん。
怖いぐらい、一緒にいない時間なんかあんまりないわけじゃん。
そっか。
で、ずーっと喋ったり喧嘩したり、一緒になんか笑ったり作ったりさ、
奪い合ったりさ、仲直りしたりなんかずーっとやってるわけよ。
うん。
で、なんか異様なことだなと思うわけ。
兄弟ですらこんなに、
いや、そうね。
ないじゃん。
うん。そりゃそうだ。
で、さらにほら、たびたび出てくるこう過剰平等主義みたいなさ、
とにかくもうものすごい小さな差が気になるぐらい、
こう相手に対するなんか解像度も高まっちゃってる状態で、
いや、そうそうだね。確かに。観察力が半端ないっていうか、
すごい目で見てるわけだもんね。
そう、めっちゃ細かく見てるわけじゃん。
で、そういう関係性をこう四六時中ずーっと続けてたら、
まあ要はもう物理的なそのなんか蓄積しているコミュニケーション量っていう風に考えたら、
データ量というか。
データ量ね。
それは相当なものがあるだろうなとは思う。
データ量ね。
データ量。
データ量ね。
そう。だからもう何テラバイトみたいな世界でさ、
データが溜まってるがゆえに、
まあ外から見るとなんかすごくマジカルな結びつけに見えるかもしれないけど、
多分そういうことではなく、もっとこう物…なんていうの?
データ量が。
データ量ね。いや、データ量おもろいね。確かに。
すごい納得したわ。
確かに。って感じがする。
なんか双子、まあ親として関わった上で発見したことといえば、
そんなマジカルなものではなく、すごく極めてデータ量という。
まあそういう意味で、やっぱり物理的にそんだけデータ量が蓄積している人たちは、
他から見たらそりゃ壁を感じるぐらい。
そうだよね。それはそうだ。
圧倒的な何かがあるわなとは思う。
もうまあだから、なんていうのかな、壁はあるけど、
別にすごく不思議な結びつきというよりは、
もうちょっと現実的なものとして、理にかなったものとして見えるようになった。
理屈としてわかるわなみたいな感じね。
そうそうそう。そういう感じかな。
なるほどね。おもろい。
いや、なるほど。
まあいろんな。
そうですね。なかなかあれだね。緊張感のある。
あれだったね。自分たち的にはね。