みなさんこんにちは、オトコの子育てよももやまばなし。この番組は現在6歳の双子を育てる清田と、3歳の子供を育てる森田が、育児のよもやまばなしを雑談していく番組です。
メンバーシップサービス、ネトン桃山のサポートでお届けします。
はい、今日もスポーティファイのスタジオからお送りしておりますけれど。
いつもとちょっと違うね、スタジオから。
そうですね、スポーティファイのアーリー、アーリーじゃない、緊張してるな。
レーダーポッドゲスターに選んでいただいて、いろんなゲストを招いておしゃべりしているわけですけど。
今日初めて政治の世界からゲストをお招きしたということで、早速呼び込みたいと思います。
衆議院議員で中道改革連合の代表を務められている小川淳也さんです。
どうも、こんにちはでいいんでしょうか。
なんか場違い感満載で、よもやまばなしってどういう意味ですか?
桃山障子というユニットで、よもやまばなし。
よろしくお願いします。
小川さんが来ちゃった。
場違いで本当に緊張しますね。
いやいや、我々ももっと緊張してるんですけど。
ちょっとじゃあ簡単に自己紹介をお願いしてもいいですか。
1971年生まれ、この間55歳になりました。
香川県高松市生まれ、10年間学校出て中央官庁で働いて、社会を変えたいと思って、政治の世界に飛び込んで、
今日に至り、七点抜刀、自問自答、反問し続けた人生、反省が、もう間もなく終わるかなという状況にあります。
ありがとうございます。
小川さんといえば、なぜ君は総理大臣になれないのか。
香川一久というドキュメンタリー映画の支社体というか、としても、僕もだいぶ前に拝見させていただきましたし、様々な本も出されて読んでおりまして。
いやー、もったいない。
メンバーの森田が、小川さんと子育ての話をしたいと突然言い始めて。
ある日の夜中にね。
そうなんですか。
なんか、いろいろ、特別このスペースを使わせていただけることになっていて、この1年間、レーダーというのを選んでもらって、
誰かお呼びしたいということで、普段だと呼べないような人がおるという時に、小川寛、呼んでみたい。
というか、人生間違えてませんか。
いやいやいや。
いろいろと、ある意味楽しみに来たんですよ。
今等がどうだとか、これからどうすんだとか、そういうつまんないことばっかり聞かれるんで。
今日は子育てということで、楽しみに来た反面、やっぱり私にとっては一番痛いテーマなんで。
つまり我が家はほとんど、父は亡くとも子は育つんだなっていうような環境でもあったので、
ちょっと放っていただいたり、叩いていただいたり、揉んでいただいたりしていただきたいなと。
それでも遠慮なくやってください。
父親としての小川淳也、あるいは夫としての小川淳也さんに、ちょっとフォーカスして話をしていけるといいかなというふうに思ったという感じですね。
ありがとうございます。光栄でした、本当に。
そういうことをおっしゃってましたよね。後悔じゃないですね。
僕は結構対照的で、僕は自営業、フリーナースな分泌業をしていて、妻も自営業のような形で、二人で働き、在宅でも働きつつ、6歳の双子なんですよ。
一覧性の双子で、本当にだから二人でもう翻弄されながら。
大変は大変でしょうね。よく似てるんですか、やっぱり。
ほぼ人から見たら同じ顔してると思うんですけど、結構当時コロナ禍にちょうど子育ての双子育児が重なっちゃって、
初期は親のヘルプとかも手を借りられなくなっちゃって、夜泣きだ、おむつ交換をミルク、そういうのを二人で働きながら双子でやって、結構もうヘロヘロになってたタイプで、
このポッドキャストでも、きついとか、育児つらいみたいな話もよくしますし、
あとやっぱりフリーランスなんで、育休とか制度的にないとか、保障もないとか、将来どうなっていくんだろう。
育児、すごく楽しい面もあるし、子供たちが可愛い。
その分時間を使う、そうすると仕事の時間がなくなる、あるいは睡眠時間がなくなるってことで、
本当にどれ全部は両立しないみたいなことで、ひいひいながらやってるって感じの、今6歳で小学生になったんで、これから教育みたいな視点も入ってくると、
今度はこういう社会に出るにあたって子供たちに何をすればいいんだろうみたいなことで、悩みをおき日々送ってるんですけど、
この父親としての小川さんは、本なんかを読むと結構当時官僚として働かれてて、本当に激務の日々を送ってた様子が伺えますけど、
いくつの時に子供が生まれて、どんな感じだったんですか。
25歳で、24歳で結婚して、25歳で娘が生まれたので、当時やっぱり残業時間300時間とか、夜中の4時、5時に家に帰るとか、2時間寝たらまた満員電車に乗って、
しかも結構遠かったって書いてあるよね。
遠かった。長篠から霞ヶ関まで。だからね、しかも土日もそうだったんですよ。
だから本当に娘が小さかった頃、お締めの一つを何回買えたか、何回お風呂に入れたか、数えるほどじゃないかっていう、
込み上げてきそうな後悔が、僕の人生のその時期に関して言うと、振り返るたびにそう思うんですよね。
どんな日々だったんですか。帰ったらもう寝てるみたいなことですよね。
もちろん。起きてる様子を見ることがほとんどなかったので、ただ起きてる時にこう、ほんと辛うじてあやしたりとか、
そういう経験ぐらいで、本当に小さかった時は、本当に妻に任せっきりで。
その時はどう思ってましたか。コミットしたいっていう感覚は、今の感覚で振り返ると、
その後悔みたいなのがあるような気がするんですけど。
当時30年前の社会は、あんまり男性の育休とかっていうこともなかったし、むしろそれで当たり前っていうところが多々あったので、
そういう葛藤に晒されるっていうことは実はあんまりなかったんですけど、
ただ振り返って今、かけがえのないそういう時間を一人の人間として、一人の個体として、
持ってたはずなのに持たずにやり過ごしたなっていう。振り返ってそう思いますよね。
でも一方で、その当時の職場や労働環境っていうんですかね、広くからすれば、
どんだけ当時のお母さんが子供と関わりたいと願っても、ほぼ不可能なぐらいの。
本当に仕事やめてみたいなことはないんですよね。
そうです。もう霞が関では人間はもうある意味ボロ雑巾のように、使われて当たり前、早く帰れるなんていうのは夢の夢。
しかも月300時間残業して、産業代がほとんどゼロっていう、そういう世界があったので。
交通費にほぼ消えるって書かれてましたよね。
過酷な、一人の人間として扱われてる実感すら持てないような、そういう世界観でしたよね。
子供のエピソード、何か覚えてるシーンとかってありますか?
だから、ちょっと起きてる時にあやしてる絵でしょ。
それから帰った時に、今日寝返り打ったよとか、立ち上がったよとか、そういう不締め締めは多少ありますよね。
あとは、本当に時たま買い物に出たりする時に、おんぶ日持ってるんですか、抱っこ日持ってるんですか。
できるだけ抱えるようにしたりとか、その程度かな。
なんかあれだよね、よく考えたら、お母さんってその時25とか6。
若いおパパが。
そういうのも、社会全体としてみれば、ジェンダーの問題があって、女性に全部押し付けてきたっていう、そういう文脈はもちろんあるんですけれども。
男性にすごく、そういう機会を、チャンスがなかったんだなっていう感覚も、自分の父親とか見てると思うところはある。
それは、個人個人で見てたらしょうがないような状況があって。
その状況下ではね。
そうですよね。
うちの父なんかも、本当に昭和のサラリーマンでずっと、自分も全然、子供の頃は家にほとんどいなかったんですけど。
それを振り返ったりしてるわけじゃないんですけど、ジージーになって、孫に対して食材してる、みたいな感じはありますね、実際。
分かる。それ今、僕そうだった。
パーソナリティを考えると、彼の。そんな風になるって思ってなかった。けど、驚くほど尽くしている。
孫に。
だから、僕も本当に人生最大の後悔が、にもかかわらず娘たちに厳しかったんですよ。
つまり、こうあるべきだとか、こうあらなきゃいけない。
その時に、なんか妻からも言われてたんですよね。違うでしょと。子供は子供で、あなたの思う通りになるはずないじゃないかと。
よく言われてたんですけど、それが分からなくて体で。すごく厳しかったんですよ。
小学校の時とかですか?
いやいや、もっと前。3歳とか、それこそ。
ちゃんとしろみたいな。
人生にあんまり後悔ないんですけど、たった一つ取り戻せるものがあるとすれば、あの時に戻って抱きしめてやりたい。
10年。それは本当にそう思うんですよね。
だから、娘が出産した後、まさに同じ女の子なんですよ。
この子にできることがあるなら、食材。
あの時の娘にもう一回会いたいなっていうのはね、すごく人生の唯一の後悔なんですよね。
厳しく、この本にも確か書かれたと思うんですけど、厳しくしてしまったっていうところの、
何て言うんですかね、失敬という言葉がありましたけど、
それって小川さんの中で理想というかあるべきっておっしゃったじゃないですか。
そのべきっていうのが、どういうイメージなんですか?
おそらく感じておられるかもしれませんけど、
自分と子供との関係って、親と自分との関係を投影するんですよ。
めちゃめちゃそれは。
分かるでしょ。
だから僕も結構パーマでやってる。
めちゃくちゃ関係を。
今日、涙あるんかなって想像してたんですよ。
思ったより早かった。
バカにしてます。
いくつか番組見た時に、そういうシーンを見たんですよ。
もしかしたら今日、娘さんの話で。
やっぱりね、金銭に触れるんですよ。
そうですよね。
想像以上に早かったんで。
バカにしてます。
してますよ、してますよ。
ちょっと嬉しい。
むしろ嬉しいですね。
だから、うちの親父も袋も二人で一生懸命パーマやりながら、
三人の子育てしてたんで、基本厳しかったんですよね。
それに反抗期がなくて、
親の思う通りに真面目に勉強して野球やって、
中央館長入って、みたいな幼少期から青年時代だったんで、
初めての反抗期が、32歳で役所を辞めて、
政治の世界に飛び込んだのが初めての反抗期なんですよ。
その時なんです、自分が。
いかに娘にこうあるべきっていうのを強いていたということに気付いたの。
だから親との関係を精算した時に、
初めて娘の存在とか、娘の関係性が次の世に行ったんですよ。
だから必ず子育ては、親との関係を最初引きずるんですよね。
いやー、それめちゃくちゃわかりますね。
わかりますよね。
自分も本当、僕は東京の下町の電気屋の、電気屋のせがれなんですよ。
雨屋のせがれだとしたら。
両親とも働きで、当時バブルだったんで、
すごい忙しかったんですよ。僕は80年生まれなんですよ、我々は。
幼少期は結構バブルと重なって、
うちも全く一緒で、両親がお店忙しくて、
お店のすぐ近くにあったアパートに子供を寝かしつけて、
また両親は電気屋に戻ってったらしいんですよ。
俺の時そんな赤子ですよ。
0歳とか1歳の、その赤子の横に哺乳瓶を置いて、出かけてたらしいんですよ。
そんなこと、今だったら怖くてできないけど、
でもそういうのが普通の時代だったんだろうし、
お父さんは仕事をすごい一生懸命やってるのを見てましたけど、
やっぱり家事、育児等々の責任を母親が多分担わされて、
お母さんはお店もやって、
結構多分おそらくですけどパンパンになってて、
かなり厳しくされたんですよ、僕も。
今思うとちょっと教育虐待のような、
バンバン殴られたし勉強しろとか、
漫画とかビリビリ破られたり捨てられたり、怖かったんですよ。
その頃にやっぱり、
もっと自分は関心を向けてほしいなみたいな気持ちって多分あったと思うんですよね。
例えば今自分が育児をしていて、
それを彼女たち、双子たちには味合わせたくないなみたいな気持ちもあって、
丁寧に接するんですけど、
そうすると今度心の奥底で、
お前たちはいいな、こんなに親から関心を向けられて、
俺は当時全然だったぞみたいな気持ちが出てきて、
そういう連鎖もあったりして、
自分が扱われたように子供を扱っちゃうってこともあるし、
自分がこう扱われたかったから子供にはせめてそうやってやりたい、
ってやってても、
変な嫉妬心みたいなのがちょっと湧いたりして。
深い話ですね。
連鎖というかありますよね。
でもね、親との関係をどっかで生産しなきゃいけないんですよね。
その生産するときに、ある種の許しが必要なんですよ。
つまり親も不完全な人間だということを許せたときに、
初めて自分が大人になるんですよね。
それで一人の主体的な個体として、
今度は次の世代と向き合うということなんだろうなと。
拙い経験の中、そう感じますよね。
親もね、初めて親になったわけですからね。
そういう感覚もあんまりないですよね。
実際親って親だから、最初から自分にとっては最初から親だから。
だけど自分が親になってみると、
そんな何もわかんないみたいな。
素人だからね、最初は。
素人、みんなやっぱり最初は素人だから。
それで参考先を、参照先みたいなのはどこにするかというとやっぱり、
自分がどういうふうに接しられたかというのを、
そこを参照先にするということですよね、やっぱり。
子どもにとって親ってあまりにも兄弟で圧倒的なので、最初は。
そうですよね。
親イコール世界でしょ。
で、育っちゃうと、
そのなんかこう、相対化することがなかなかできないんですよね。
それを相対化できたときに、ようやく卒業できるし、
許しを、許しという感覚が芽生えて、
ようやく自立して、自分の子どもとを向き合える。
32歳のそのときに、初めては、
自分は娘との向き合い方を間違ってた。
痛恨の後悔をしたんですよね。
子さんが7歳くらいのときってことですか。
そうそう。
そのときに心から詫びたいと思ったんですよね。
何度も詫びましたけどね、娘にはね。取り返せないけど。
何度も詫びたんですよ。
じゃあ、娘さんからしたら、明確にバッと変わったという感じがあるんですかね。
関係性は、今はもうお母さんのことを尊敬されてるっていうふうにも、
書いてる話、発言されてるのも。
そう思ってもいいじゃないですか。
まあそうなんですか。でもいい関係を築かれてるんだ。
だからコミットして、子育てにあまりコミットできていなくても、
コミットしなくてもいいっていうことではなくて、
それぞれの家族の形があるから、最終的にいい関係になっていれば、
いいのかなっていうふうにも思ったりしたんですけど。
それは妻も言ってくれるんですけど、
特にだから幼少期に、それこそ食事やおしめかえたり、お風呂に入れたりっていう、
ボディータッチ的なことは圧倒的に欠けてるんですよ。
ただ、自負をしていることもあって、
それやっぱり、だんだん小学生、中学、高校となってくると、
親が最初の子供にとっての社会になるでしょ。
その時に子育てから逃げたり、目を背けたり、介入を控えたり、
っていうことだけはなかったと。
その大事な時に、必ず父親としての介入。
それが正しかったこともそうでなかったこともあるでしょうけど、
とにかく逃げたり目を伏せたり、なかったことにしようとしたことは一度もない。
必ず適正に、自分なりにですよ、適正に介入をしようとした。
それから、もう一つだけ自負があるのは、
娘たちは小学校1年生くらいから僕はこの世界に入っているので、
とっても負担をかけているんですよ、精神的に。
だって家から一歩外に出たら、
お父さんのおっきな顔、町中に張られている中、学校に行くんですよ。
もうそのストレスたるや、どれほどだっただろうと思うんですよね。
何かがトラブルがあったりするじゃないですか。
例えば友達との関係、例えば家庭内、例えばご近所。
その時に、こういう仕事をしているので、
世間体が気にならないかといえば嘘になるんですよ。
だけど、何か子供と向き合う時に、世間体を気にしたり、
つまり俺の顔を潰すなとか、俺の都合を汚すなとか、
という思いで子供と接したことは一度もないんですね。
もうそれはね、完全に世間体とかなんとかということで、
子供に何かを要求したり、叱ったりしたことは一度もない。
だから適正にここっちという時に介入したのと、
それから世間体というものに重きを置いたことが一度もない。
それだけはね、自負がある。
それは最初から、それはもう思想というか哲学だと思うんですけど、
シスタンスだと思うんですけど、すごくはっきりしたスタンスだなというふうに思うんですけど、
それは意識してそういうふうにやられていたということですか?
やっぱりね、それは意識しないとできない。
人間の本能はもっともっと自己中心的なので、
俺に都合が悪いだろうとか、俺の顔が汚れるだろう、
こんな仕事をしていればなおさらね、それは完全に意識していましたね。
もう圧倒的に子供の存在、子供の思いを優先する。
世間ってどうでもいいと。
これはもう心に決めてましたね。
そういうシーン、例えば何ですかね、
ありがたいことであり迷惑のこと。
もっと器用に容量よくね、生きていければなーとか自分の存続だけ考えて。
その方が楽だっただろうなーっていうのは常に思うんで。
だけどやっぱり人としてどう生きるかという根本哲学をおろそかにせずにきたつもりなんですけど、
それは苦しいし、苦しかったこと。
だから仕事である政治でも子育てでも同じだっていうことですよね。
家族との向き合い方、対人関係、仕事。
あらゆることに一本哲学がないと納得のいかないキャラになっちゃいますよね。
それがいかに苦しいことかっていう。
秋子さんもまっすぐな人で、そこがっていうことをどこかで。
インタビューでね。
でもうちの妻も私がこんなだからずいぶん苦労したと思いますよ。
秋子さんね、妻の秋子さんは映画の中でもよく出てこられて、
そこから伝わってくる人柄っていうのはすごく観客というか、映画を見た者としても感じるところは多々ありましたけど、
その子育てや何や家庭運営していくっていう中で、秋子さんとの関係もすごい興味深いところではある。
そうそう、単に高校の同級生っていうだけなんで、正解に入るなんて全く望んでない、もう反対でしょ。
だけど、彼女なりに私は子供を優先すると何度か宣言私に、自分に言い聞かせるようにしてたこともあるし、
それからついていけるところまではついていくけど、ついていけないところから先はついていけないとはっきり言われてるし言われたし、
彼女なりに自分のポリシーを打ち立てないと、こういう人間と付き合いながら家族家庭を形成して人生を共にするっていうのはやっぱり難しかったと思うし、
だからうちの娘は時々親戚とかが集まった場ででっかい声で、
父さん、どっちが偉大かわかってんの?って言って、もう親戚の前で。
母さんとお父さん、どっちが偉大かわかってんの?って言うんですよ。
いや、そうだろうなと思って。
おっしゃる通りです。
でもね、そういうのも含めて、外から見るとですよ、あくまですごくいい関係だなって思い見えますけど。
苦労をかけていることは事実ですよね。でもやっぱり人間苦労を勝手でもしろとか言うじゃないですか、建前で。
建前で。
でもあれは建前なんだけど、やっぱり建前じゃないんだろうなと思うところもあって。
やっぱりね、うちの妻も苦労してる分、こんなこと考えてんのかとか、こんな風に思ってんのかとか、舌を巻くときあるんですよ。
やっぱり人間苦労して苦悩を抱えると、ナムシカのね、いいセリフ、大好きなセリフがあって、
精神の偉大さは苦悩の深さから来るっていうすごいセリフがあるんですよ。
やっぱりそういうことなんだろうなと。
苦労っていうふうに今言っているのは、もしかすると知らない方が多いかもしれないんですけど、選挙っていうことですよね。
でも国民はそれにちゃんと。
痛み?
痛み、本当に痛みに耐えてっていうとなんか小泉政権みたいだけど、でも本当にそれはあるじゃないですか。でもああいう社会になるためには本当に一人一人が生活の中でさ、そうやって長期的な目線でもって社会を見てどうしていくかってことを考えた上で選挙があって。
まあ確かに。でも子どものことを考えるっていうのが一個視点としてすごい良い視点だなっていうふうに思いましたね。
その視点で社会を見る。そうなっていくとこの男性が家庭に今仕事も男女関係なくするよね。家事育児もみんな協力してやっていこうっていう中で、
そういうモデルにならないと多分回っていかない。もちろんそれは社会がサポートする必要だと思うんですけど。
で、一個その若き小川さんが経験したように、その仕事というものが男性を縛りつけすぎてるっていう問題はすごく大きく感じるんですよ。
それは意識の問題でもそうだし制度の問題でもそうだし。
雇われの場合は特にですよね。
どういうふうに変えていくのかとか意識とか制度。小川さんどういうふうに考えてるのかってすごい個人的に聞きたかったんですけど。
今二極化していて、その方や家老子と隣り合わせの、いわゆる昔で言う悪い言葉で言えば社畜っていう言葉あるでしょ。会社の家畜ね。社畜。
みたいな人生を過ごさざるを得ないカテゴリーの方々がいらっしゃる。
で、かたやその非正規雇用が拡大していて、もう雇用の調整面。
で、同じ仕事をしているのに期間を切られるとか、時給が低いとかっていうものすごく理不尽な社会になってるんですよね。
それはやっぱり制度が悪くて、それは雇用の制度とか、税制とか社会保険の仕組みとかが結局昭和型で一生一つの会社で勤め上げて年功序列で、
で、退職金もらって労働犯帯と。その幻想ははるか以前に崩れたのに、今なおその制度でやってることの歪みですよね。
ごく一部昭和型に近いモデルで人生を全うできるかのような幻想と実態を与え。
それは幻想なので、大半の方にはそのモデルを提供できず、ものすごい二極化してる。
今おっしゃったその会社の支配力が強すぎる、会社への収束度が強すぎるというのは、こっちサイド、前者のカテゴリーなんですね。
やらなきゃいけないことは、雇用の仕組みをフラットなものに置き換えて、同じ仕事をしていれば同じ賃金。
必要以上に長く勤めることが、必要以上に有利になるとか、必要以上に税制上優遇されるとか、必要以上に社会保険で恵まれるとか、
ということは、むしろ有害なんだというぐらいフラットな雇用主義を作ることで、フェア。
人間って結局、フェアだと感じられるかどうかって、ものすごく大事なことなんですよ。何についても。
フェアだと感じられれば、一定その恩恵に感謝したり、時に不遇であっても立ち直れたり。
アンフェアだと思うことが一番の障害、障壁なんですね。自尊心の問題も含めて。
フラットでフェアな雇用市場を、制度的に税制や社会保障制度を見直すことで作っていくことが、多分、政治がやるべきアプローチとしては最大の仕事だと思いますよね。
結構アンフェアな状況にみんな置かれていると思って、しかも自分は損しているかと思っちゃう。
そうなんです。
そうすると、子供を埋めるだけで、会社の正社員なだけで、あなたは恵まれた人だ、みたいな目線すらありますよね。
みんながみんなそう思いやってて、殺伐としてくるみたいな。
そう。相互不信が高まってね。政治もだんだん過激主義に走るのでそうなると。
要するに体制破壊者を選ぶ。それでやがて暴力、戦争、内戦、革命。
人間社会って常に矛盾が蓄積して臨界点を超えると、対話と合意形成でそれを解決した歴史は一個もないんですね。
全部暴力でやってるので、今その兆候が見え始めてるでしょ。
そうですね。
トランプだって民主的に選ばれてるんだから。
僕、トランプ、よくこのポッドキャストで何回も話してるんですけど、トランプが再選した時に本当に、その時ちょうど子供がゼロ歳で、
ベビーカー押しながら、子供にワイちゃんって言うんですけど、ワイちゃん、トランプ再選しちゃったけど、これどんな世の中になっちゃうんだろうっていう風にずっと話しかけちゃうぐらい、すごく不安。
その時本当に不安になったんですよね。そういうことなのかなっていうか。
そういう風にならない、その不安が現実にならないためにも、いろいろやっぱり考えていかなきゃいけないんだなみたいなことは思ったし、繋がってるんだなっていう風にも。
だからさっきの痛みを伴う改革っていうのはね、その通りなんですよ。都合のいいことばかりで済む状況には社会はない。
なので、みんなが一定その既得権を、小さな既得権を少しずつ手放して、新たな社会に移行しなきゃいけないんですね。
その時に大事なことは2つあって、1つは繰り返すんですけど、この社会の全体像、グランドデザインは誰かにとってここは痛みだったり、ここは得したり損したりするけど、全体としてフェアだと。
全体としてよくできてると。それには持続可能性があるという価値を提供しなきゃいけない。
だから部分的な改革は必ずそれで痛みを伴う人は反対し、得する人は賛成するっていう。
そのトラップから抜け出せないんですね。だから全体像を描かなきゃいけない。フェアだと感じなきゃいけない。それが最大。
もう1つは痛みを伴う改革を避けた場合に最後何が待っているのか。それは人間の歴史を振り返れば必ず暴力で、多大なる人的損害を伴いながら次の秩序に行ったよと。
それは望ましい痛みなのかと。その痛みより小さな既得権をお互い手放して持ち寄って社会を正しくリフォームする痛みと、それを放置した結果大変なハードランディングに見舞われて多大な犠牲を伴う痛みと、
どっちが痛みなのかという問いを立てなきゃいけない。何となくこのまま行くんです、行けるんですと思っていること自体が錯覚だという問いも立てなきゃいけない。
そうですね。その問いをリアルに考える上で、この番組に引き付けて言うなら、やっぱり子どもたちが生きる2100年の社会とか、そういう視点ってすごく大事ですね。
それはもう地球環境から、世界の平和から、社会の安定から、あらゆることに責任を負っているわけでしょ、次世代に対して。
そうですね。最後に1個聞いてもいいですか。時間もそろそろあれだと思うんですけど、そういうちょっとアンフェアな状況が蔓延している社会の中では、自分の子にはせめて踏み外してほしくないという真理は当然働きますよね。
そうなってきて、さらにこのここ20年、30年続くその新自由主義的な社会の風潮から、自己責任。負けたやつは自己責任。自分の価値をどんどん高めて、勝ち抜いてね、事情で頑張ってねという風潮があるじゃないですか。
そうなってくると、親としては、なるべくお金や時間やコストやなんやをかけて、子供にはせめていろんな能力を身につけさせて、損をさせない、損をしないようにしてあげたいって言って、またハードな能力主義共同みたいになっていくっていうのもちょうどこの間テーマで扱ったところではあるんですけど。
なんかそっちの方がリアルな未来予想図に感じちゃって、すごい怖いんですよ。子育てをしている身としては。
損させたくないからね、みんな。
こういう状況に進んでいきそうな恐怖みたいなのがちょっとあって、これ本当に別にあまりに広い話なんで。
でもそれすごく大事なことで、社会の余力とか余白がどんどん薄くなりつつあるので、自助努力を強いる社会にこのまま行くとなりますよね。
一方でみんなが少しずつ既得権を手放して、社会のバッファー、クッションを厚くすれば、もうちょっとお互いに助け合ったり信じ合ったりしながら生きていける空間を用意することも可能で。
どっちを選ぶかと。私の場合は明らかに後者で。
社会を整えないと自分だけ幸せに生きているとか、社会は傷んでいるのに自分の子供だけ幸せに生きているとか、ないよとそれはと。
この間も国際会議ですごく主張したんですけど、自国ファースト、自国ファーストと言ってるでしょ。あるかとそんなことはと。
世界が傷んでいる中で自分の国だけ繁栄しているとか、世界中の人が苦しんでいるのに自国民だけ幸せに生きているとか、あるかとそんなことはと。
だから大人社会がこれから具体的な政策として提案しなきゃいけないことの一つなんですけど、自分の子供が大事だと思えば、その自分の子供が生きるであろう次世代の全世代、全次世代を支えることが自分の子供にとって最大のギフトなんだと。
自分の子供に何かギフト、それはたかが知れている。
自分の子供たち世代、あるいは孫たち世代、全体に奉仕する心を大人社会が持ったときに、それはひるがえって自分の子供に対する最大のギフトになるんだという思想と哲学を政策として具体化しなきゃいけないと僕は思っているんです。
なんか北欧なんかはやっぱりそういう、それこそスポーティファイナルある。
スウェーデンの会社ですよね。
そうですね。
そういうモデルになるようなものがあるのかなとかっていう。
しかも高齢化とか少子化とか人口減って日本が世界のフロントランナーなんで、例外なくそれはスウェーデンも含めて、やがて韓国も日本以上に高齢化、人口減。
中国なんか今14億でしょ。今世紀中に7億になるんですよ。
どこも同じ問題に猛烈に苦しむことが目に見えているんですね。
僕の一つの夢は、その時に日本が世界に先駆けてモデルチェンジしている姿を世界に見せたいんです。
それはおそらく世界を救うことになる。
世界の平和と安定を維持する一つの秘訣、結晶として日本型の社会があるというのが僕の本当の夢なんですよ。
それはだから、我々も政治家の人が何とか作ってよって話じゃなくて、やっぱ同じように投票コードだけじゃなくて、いろんなものを通じてやっていく。