1. オトコの子育てよももやまばなし
  2. 人生でひとつだけ後悔している..
人生でひとつだけ後悔していること w/小川淳也 from 中道改革連合
2026-05-26 59:46

人生でひとつだけ後悔していること w/小川淳也 from 中道改革連合

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#64 ゲスト:小川淳也さん/子育ては厳しいテーマ/孫ができた/2100年まで生きる子どもたちへ/娘に十分構ってやれなかった反省と孫への贖罪/残業300時間の霞ヶ関官僚時代/おしめを何回替えたか/こみ上げてきそうな後悔/子どもが起きてる姿をほとんど見られなかった/人生すべては得られない/育休経験/完全フェアネス/双子育児とコロナ禍が重なった話/親との関係を子育てに投影してしまう/自分の思い通りになると思っていた/3歳の娘に「ちゃんとしろ」と言っていた/あの時に戻って抱きしめてやりたい/人生唯一の後悔/親との関係を清算した時に初めて娘との関係が見えた/32歳の初反抗期/親も不完全な人間/子どもにとって親は世界そのもの/相対化できたとき/子どもへの嫉妬/子どものために叱ってるのか、自分のために叱ってるのか(by小川父)/立場が上の者ほど責任がある/目の前の人を幸せにできているか/政治家としてのOS、父親としてのOS/世間体で子どもを叱ったことは一度もない/「政治家の家族」というストレス/妻・明子さんの話/「私は子どもを優先する」/精神の偉大さは苦悩の深さで決まる(byナウシカ)/社畜と非正規の二極化/昭和型雇用システムの限界/「フェアだと感じられるか」/相互不信と過激主義/トランプ再選の日の不安/痛みを伴う改革とは/「自分の国だけ幸せならいい」は成立するのか/子どもを勝ち組にしたい親心/能力主義競争の加速/社会のバッファーを厚くする/子ども世代全体を支えることが、自分の子への最大のギフト/日本は少子高齢化のフロントランナー/小川淳也の夢/子どもはみんなで育てる/子育ての懺悔と反省/

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サマリー

このエピソードでは、衆議院議員の小川淳也氏をゲストに迎え、子育てにおける後悔や男性の育児参加、そして現代社会が抱える課題について深く掘り下げています。小川氏は、官僚時代の激務により娘に十分な時間を割けなかったことを人生唯一の後悔として挙げ、幼少期の娘に厳しく接してしまったことへの深い反省を語ります。自身の親との関係性を娘への接し方に投影してしまった経験から、親との関係を清算することの重要性や、親も不完全な人間であるという受容が、子供との健全な関係構築に不可欠であることを示唆しています。 また、番組では、男性の育児参加における戸惑いや、ジェンダー役割分担の変化、そして現代社会における二極化や相互不信といった問題にも触れています。小川氏は、社会のバッファーを厚くし、子供世代全体を支えることが、自身の子供への最大のギフトであるという考えを提唱。持続可能な社会モデルへの転換の必要性を訴え、子供たちの未来のために、社会全体で支え合う「みんなで育てる」という意識の重要性を強調しています。

オープニングと小川淳也氏の紹介
みなさんこんにちは、オトコの子育てよももやまばなし。この番組は現在6歳の双子を育てる清田と、3歳の子供を育てる森田が、育児のよもやまばなしを雑談していく番組です。
メンバーシップサービス、ネトン桃山のサポートでお届けします。
はい、今日もスポーティファイのスタジオからお送りしておりますけれど。
いつもとちょっと違うね、スタジオから。
そうですね、スポーティファイのアーリー、アーリーじゃない、緊張してるな。
レーダーポッドゲスターに選んでいただいて、いろんなゲストを招いておしゃべりしているわけですけど。
今日初めて政治の世界からゲストをお招きしたということで、早速呼び込みたいと思います。
衆議院議員で中道改革連合の代表を務められている小川淳也さんです。
どうも、こんにちはでいいんでしょうか。
なんか場違い感満載で、よもやまばなしってどういう意味ですか?
桃山障子というユニットで、よもやまばなし。
よろしくお願いします。
小川さんが来ちゃった。
場違いで本当に緊張しますね。
いやいや、我々ももっと緊張してるんですけど。
ちょっとじゃあ簡単に自己紹介をお願いしてもいいですか。
1971年生まれ、この間55歳になりました。
香川県高松市生まれ、10年間学校出て中央官庁で働いて、社会を変えたいと思って、政治の世界に飛び込んで、
今日に至り、七点抜刀、自問自答、反問し続けた人生、反省が、もう間もなく終わるかなという状況にあります。
ありがとうございます。
小川さんといえば、なぜ君は総理大臣になれないのか。
香川一久というドキュメンタリー映画の支社体というか、としても、僕もだいぶ前に拝見させていただきましたし、様々な本も出されて読んでおりまして。
いやー、もったいない。
メンバーの森田が、小川さんと子育ての話をしたいと突然言い始めて。
ある日の夜中にね。
そうなんですか。
なんか、いろいろ、特別このスペースを使わせていただけることになっていて、この1年間、レーダーというのを選んでもらって、
誰かお呼びしたいということで、普段だと呼べないような人がおるという時に、小川寛、呼んでみたい。
というか、人生間違えてませんか。
いやいやいや。
いろいろと、ある意味楽しみに来たんですよ。
今等がどうだとか、これからどうすんだとか、そういうつまんないことばっかり聞かれるんで。
今日は子育てということで、楽しみに来た反面、やっぱり私にとっては一番痛いテーマなんで。
つまり我が家はほとんど、父は亡くとも子は育つんだなっていうような環境でもあったので、
ちょっと放っていただいたり、叩いていただいたり、揉んでいただいたりしていただきたいなと。
それでも遠慮なくやってください。
父親としての小川淳也、あるいは夫としての小川淳也さんに、ちょっとフォーカスして話をしていけるといいかなというふうに思ったという感じですね。
ありがとうございます。光栄でした、本当に。
小川氏の子育てにおける後悔と孫への思い
そうですね、男の子育てっていうタイトルになってるんですけど、僕らは今40代で、森田はまだ3歳で、僕は6歳の。
お母さんの娘さん2人がもう20代。
後半で、間もなく30で、昨年長女は出産もして。
そうですよね、お孫さんが。
そう、10ヶ月になって。
ジージー。
そう、なんか本当にみっともないですよね。
なんで?
かわいいですか、孫さん。
これはね、またちょっと違ったテイストですね。
娘が小さい時に十分かまってやれなかったっていう反省があるだけに、なんかまたひとしお?
そんなしょっちゅう会ってるわけじゃないんですけど、時々連れて帰ってくると、やっぱ成長も楽しみだし。
何より初めて赤ん坊が生まれた日に、病院に行くじゃないですか、顔見に。
2100年まで生きる子だ。
そういうやつ。
今ね、生まれてくる赤ん坊ってずいぶん減ってるでしょ。
それでもね、毎日2、3000人生まれてるんですよ。
あれもう、70万切ったんです。
もう間もなく切ると思う。
でも2、3000人、毎日生まれてる。
じゃあこの子たちが、2100年まで生きた時に、どういう地球環境、どういう世界の平和、どういう日本社会を残してやれるんだろう。
これは職業病ですよね。
職業病です。確かに。
いやすごい。
でも本当にそう思った。
そういうところまで話が広がっていたらいいなと思うんですけど。
男性の育児参加と森田氏の育休経験
男として、男性っていうのは旧来はどっちかというと家事、育児みたいなものから遠い世界に生きてきたっていうジェンダーの役割分担意識みたいなのがあったじゃないですか。
で、今はそんなこともだんだんなくなってきてる部分あるにせよ、やっぱりね、男性として子育てしてることの戸惑いもありますし、
なんか偉そうに語っていいのかなみたいなそういう気持ちもあり、そういうモヤモヤも含めて我々の実態を喋ってるって感じなんですよね。
結構参加されてるんですか。参加っていう言い方がそもそもあれだけど、子育ては。
そうですよ、まあ無理なのか。
私は今まだ3歳なんですけども、子供。1年3ヶ月、普段は会社員やってるんですね。
生まれて1年3ヶ月休を取って、妻は6ヶ月で復帰したので、残り9ヶ月くらいはワンオペで育てるみたいなことをやって今復帰して、
なんていうか、完全にフェアネスというか、半々ですね、本当に。純粋な意味で半々で時短を取りながらやってるっていうようなそういう状況ですね。
すごい経験だったでしょう、人生の上で。
いやもうそれはかけがえのない経験ですけども、女性はみんなそういうことやってるんだなと思いつつっていうような感じですね。
ある意味羨ましい。
それはそうだと思いますね。
一人の個体として生き物として、この上ない時間、大変だったとは思いますけど。
そうですね。
こんな喜びだろうな、素晴らしい体験でした。
現在進行形。
現在進行形だけど、9ヶ月一人で二人で過ごしたっていうのはなんていうか、そうですね。
今でも例えば食事作ったり、皿洗いしたり、掃除したり洗濯したり、もう完全にフィフティフィフティみたいな。
フィフティフィフティですね。平日夜なんかはもうそれぞれワンオペで、片っぽは仕事をして、片っぽはその育児、家事をするっていうのを交代でやってるっていうような、そういうような状況です。
もうそういう人生過ごしてんじゃなかったな。
確かに確かに。
そういう人生過ごしてなかった。
後悔されてるみたいなことも、後悔って言い方あれですけれども。
人生全てを得られないなっていうことの象徴の一つですよね。
小川氏の官僚時代と育児の乖離
そういうことをおっしゃってましたよね。後悔じゃないですね。
僕は結構対照的で、僕は自営業、フリーナースな分泌業をしていて、妻も自営業のような形で、二人で働き、在宅でも働きつつ、6歳の双子なんですよ。
一覧性の双子で、本当にだから二人でもう翻弄されながら。
大変は大変でしょうね。よく似てるんですか、やっぱり。
ほぼ人から見たら同じ顔してると思うんですけど、結構当時コロナ禍にちょうど子育ての双子育児が重なっちゃって、
初期は親のヘルプとかも手を借りられなくなっちゃって、夜泣きだ、おむつ交換をミルク、そういうのを二人で働きながら双子でやって、結構もうヘロヘロになってたタイプで、
このポッドキャストでも、きついとか、育児つらいみたいな話もよくしますし、
あとやっぱりフリーランスなんで、育休とか制度的にないとか、保障もないとか、将来どうなっていくんだろう。
育児、すごく楽しい面もあるし、子供たちが可愛い。
その分時間を使う、そうすると仕事の時間がなくなる、あるいは睡眠時間がなくなるってことで、
本当にどれ全部は両立しないみたいなことで、ひいひいながらやってるって感じの、今6歳で小学生になったんで、これから教育みたいな視点も入ってくると、
今度はこういう社会に出るにあたって子供たちに何をすればいいんだろうみたいなことで、悩みをおき日々送ってるんですけど、
この父親としての小川さんは、本なんかを読むと結構当時官僚として働かれてて、本当に激務の日々を送ってた様子が伺えますけど、
いくつの時に子供が生まれて、どんな感じだったんですか。
25歳で、24歳で結婚して、25歳で娘が生まれたので、当時やっぱり残業時間300時間とか、夜中の4時、5時に家に帰るとか、2時間寝たらまた満員電車に乗って、
しかも結構遠かったって書いてあるよね。
遠かった。長篠から霞ヶ関まで。だからね、しかも土日もそうだったんですよ。
だから本当に娘が小さかった頃、お締めの一つを何回買えたか、何回お風呂に入れたか、数えるほどじゃないかっていう、
込み上げてきそうな後悔が、僕の人生のその時期に関して言うと、振り返るたびにそう思うんですよね。
どんな日々だったんですか。帰ったらもう寝てるみたいなことですよね。
もちろん。起きてる様子を見ることがほとんどなかったので、ただ起きてる時にこう、ほんと辛うじてあやしたりとか、
そういう経験ぐらいで、本当に小さかった時は、本当に妻に任せっきりで。
その時はどう思ってましたか。コミットしたいっていう感覚は、今の感覚で振り返ると、
その後悔みたいなのがあるような気がするんですけど。
当時30年前の社会は、あんまり男性の育休とかっていうこともなかったし、むしろそれで当たり前っていうところが多々あったので、
そういう葛藤に晒されるっていうことは実はあんまりなかったんですけど、
ただ振り返って今、かけがえのないそういう時間を一人の人間として、一人の個体として、
持ってたはずなのに持たずにやり過ごしたなっていう。振り返ってそう思いますよね。
でも一方で、その当時の職場や労働環境っていうんですかね、広くからすれば、
どんだけ当時のお母さんが子供と関わりたいと願っても、ほぼ不可能なぐらいの。
本当に仕事やめてみたいなことはないんですよね。
そうです。もう霞が関では人間はもうある意味ボロ雑巾のように、使われて当たり前、早く帰れるなんていうのは夢の夢。
しかも月300時間残業して、産業代がほとんどゼロっていう、そういう世界があったので。
交通費にほぼ消えるって書かれてましたよね。
過酷な、一人の人間として扱われてる実感すら持てないような、そういう世界観でしたよね。
子供のエピソード、何か覚えてるシーンとかってありますか?
だから、ちょっと起きてる時にあやしてる絵でしょ。
それから帰った時に、今日寝返り打ったよとか、立ち上がったよとか、そういう不締め締めは多少ありますよね。
あとは、本当に時たま買い物に出たりする時に、おんぶ日持ってるんですか、抱っこ日持ってるんですか。
できるだけ抱えるようにしたりとか、その程度かな。
なんかあれだよね、よく考えたら、お母さんってその時25とか6。
若いおパパが。
そういうのも、社会全体としてみれば、ジェンダーの問題があって、女性に全部押し付けてきたっていう、そういう文脈はもちろんあるんですけれども。
男性にすごく、そういう機会を、チャンスがなかったんだなっていう感覚も、自分の父親とか見てると思うところはある。
それは、個人個人で見てたらしょうがないような状況があって。
その状況下ではね。
そうですよね。
うちの父なんかも、本当に昭和のサラリーマンでずっと、自分も全然、子供の頃は家にほとんどいなかったんですけど。
それを振り返ったりしてるわけじゃないんですけど、ジージーになって、孫に対して食材してる、みたいな感じはありますね、実際。
分かる。それ今、僕そうだった。
パーソナリティを考えると、彼の。そんな風になるって思ってなかった。けど、驚くほど尽くしている。
孫に。
だから、僕も本当に人生最大の後悔が、にもかかわらず娘たちに厳しかったんですよ。
つまり、こうあるべきだとか、こうあらなきゃいけない。
その時に、なんか妻からも言われてたんですよね。違うでしょと。子供は子供で、あなたの思う通りになるはずないじゃないかと。
よく言われてたんですけど、それが分からなくて体で。すごく厳しかったんですよ。
小学校の時とかですか?
いやいや、もっと前。3歳とか、それこそ。
ちゃんとしろみたいな。
人生にあんまり後悔ないんですけど、たった一つ取り戻せるものがあるとすれば、あの時に戻って抱きしめてやりたい。
10年。それは本当にそう思うんですよね。
だから、娘が出産した後、まさに同じ女の子なんですよ。
親との関係性と子育てへの投影
この子にできることがあるなら、食材。
あの時の娘にもう一回会いたいなっていうのはね、すごく人生の唯一の後悔なんですよね。
厳しく、この本にも確か書かれたと思うんですけど、厳しくしてしまったっていうところの、
何て言うんですかね、失敬という言葉がありましたけど、
それって小川さんの中で理想というかあるべきっておっしゃったじゃないですか。
そのべきっていうのが、どういうイメージなんですか?
おそらく感じておられるかもしれませんけど、
自分と子供との関係って、親と自分との関係を投影するんですよ。
めちゃめちゃそれは。
分かるでしょ。
だから僕も結構パーマでやってる。
めちゃくちゃ関係を。
今日、涙あるんかなって想像してたんですよ。
思ったより早かった。
バカにしてます。
いくつか番組見た時に、そういうシーンを見たんですよ。
もしかしたら今日、娘さんの話で。
やっぱりね、金銭に触れるんですよ。
そうですよね。
想像以上に早かったんで。
バカにしてます。
してますよ、してますよ。
ちょっと嬉しい。
むしろ嬉しいですね。
だから、うちの親父も袋も二人で一生懸命パーマやりながら、
三人の子育てしてたんで、基本厳しかったんですよね。
それに反抗期がなくて、
親の思う通りに真面目に勉強して野球やって、
中央館長入って、みたいな幼少期から青年時代だったんで、
初めての反抗期が、32歳で役所を辞めて、
政治の世界に飛び込んだのが初めての反抗期なんですよ。
その時なんです、自分が。
いかに娘にこうあるべきっていうのを強いていたということに気付いたの。
だから親との関係を精算した時に、
初めて娘の存在とか、娘の関係性が次の世に行ったんですよ。
だから必ず子育ては、親との関係を最初引きずるんですよね。
いやー、それめちゃくちゃわかりますね。
わかりますよね。
自分も本当、僕は東京の下町の電気屋の、電気屋のせがれなんですよ。
雨屋のせがれだとしたら。
両親とも働きで、当時バブルだったんで、
すごい忙しかったんですよ。僕は80年生まれなんですよ、我々は。
幼少期は結構バブルと重なって、
うちも全く一緒で、両親がお店忙しくて、
お店のすぐ近くにあったアパートに子供を寝かしつけて、
また両親は電気屋に戻ってったらしいんですよ。
俺の時そんな赤子ですよ。
0歳とか1歳の、その赤子の横に哺乳瓶を置いて、出かけてたらしいんですよ。
そんなこと、今だったら怖くてできないけど、
でもそういうのが普通の時代だったんだろうし、
お父さんは仕事をすごい一生懸命やってるのを見てましたけど、
やっぱり家事、育児等々の責任を母親が多分担わされて、
お母さんはお店もやって、
結構多分おそらくですけどパンパンになってて、
かなり厳しくされたんですよ、僕も。
今思うとちょっと教育虐待のような、
バンバン殴られたし勉強しろとか、
漫画とかビリビリ破られたり捨てられたり、怖かったんですよ。
その頃にやっぱり、
もっと自分は関心を向けてほしいなみたいな気持ちって多分あったと思うんですよね。
例えば今自分が育児をしていて、
それを彼女たち、双子たちには味合わせたくないなみたいな気持ちもあって、
丁寧に接するんですけど、
そうすると今度心の奥底で、
お前たちはいいな、こんなに親から関心を向けられて、
俺は当時全然だったぞみたいな気持ちが出てきて、
そういう連鎖もあったりして、
自分が扱われたように子供を扱っちゃうってこともあるし、
自分がこう扱われたかったから子供にはせめてそうやってやりたい、
ってやってても、
変な嫉妬心みたいなのがちょっと湧いたりして。
深い話ですね。
連鎖というかありますよね。
でもね、親との関係をどっかで生産しなきゃいけないんですよね。
その生産するときに、ある種の許しが必要なんですよ。
つまり親も不完全な人間だということを許せたときに、
初めて自分が大人になるんですよね。
それで一人の主体的な個体として、
今度は次の世代と向き合うということなんだろうなと。
拙い経験の中、そう感じますよね。
親もね、初めて親になったわけですからね。
そういう感覚もあんまりないですよね。
実際親って親だから、最初から自分にとっては最初から親だから。
だけど自分が親になってみると、
そんな何もわかんないみたいな。
素人だからね、最初は。
素人、みんなやっぱり最初は素人だから。
それで参考先を、参照先みたいなのはどこにするかというとやっぱり、
自分がどういうふうに接しられたかというのを、
そこを参照先にするということですよね、やっぱり。
子どもにとって親ってあまりにも兄弟で圧倒的なので、最初は。
そうですよね。
親イコール世界でしょ。
で、育っちゃうと、
そのなんかこう、相対化することがなかなかできないんですよね。
それを相対化できたときに、ようやく卒業できるし、
許しを、許しという感覚が芽生えて、
ようやく自立して、自分の子どもとを向き合える。
32歳のそのときに、初めては、
自分は娘との向き合い方を間違ってた。
痛恨の後悔をしたんですよね。
子さんが7歳くらいのときってことですか。
そうそう。
そのときに心から詫びたいと思ったんですよね。
何度も詫びましたけどね、娘にはね。取り返せないけど。
何度も詫びたんですよ。
じゃあ、娘さんからしたら、明確にバッと変わったという感じがあるんですかね。
電気屋のせがれとしての経験と嫉妬心
どうだろう。彼女はどう感じているかはあれですが、
とにかく言葉にして、何度も謝罪してるんですね、娘に対して。
記憶もないと思うし、あれだけど、
俺は、あなたが小さい頃、本当に厳しくて接し方を間違えてたと。
それは、自分にとっての子供の存在を吐き違えていたほどに、根本的な過ちだったと。
ということは言葉にして伝えてはあるんですけど、
ただ、取り返しのつく話はないので。
ちょっと具体的に聞くと、厳しくしたというときに、
本で伺える様子だと、死なさい、死なさいというようなところで、
威厳というか、力で娘さんたちに立死ようとした様子は伺えるんですけど、
当時の小川さんからすると、ちょっと怖い態度に出ちゃったとか、
どんな感じがあるんですかね。
まず、ようでもないように泣いているように感じるとか、ぐずぐず言っているとか、
というのをダメだと、しっかりしなさいと言うでしょ。
親の不完全さと子供への謝罪
そうすると、なお怯えるじゃないですか。
怯えちゃダメだと。さらに追い込むでしょ。
そのうち、僕は一度も顔を叩いたことはないんですよ。
だけど、胸ぐらつかんだりとか、お尻とか足を叩いたりしたことはあるんですよね。
ああいうことが、本当に根本的に謝っていたよなという、果てしない後悔。
激しい反省。
本当はそうですよね。
僕らもこの間、子供に冷たく当たっちゃったり、子供を突き放すような行為を取っちゃう、
みたいなことをテーマに喋った時に、
こっちも余裕がなかったり、こっちも荒れれば。
だけど今、自分は全然それで生きていない。
みたいな焦りも余裕もなくなって焦って、
子供にちょっとつらい冷たい態度や強い態度を取っちゃう。
後悔に苛まれる。
でもそのことは誰にも言えない。
みたいな風のループに陥ることってあるよね、みたいな話をして。
そういう中で多分、当時はね、
それが子供をいい方向に導くことだっていうような意識はもしかしたらあったかもしれないですけど、
その後々に話し合いや謝罪みたいなことがあり、
娘さんたちに関係性や何やに変化って感じられましたか?
これはね、やっぱり2歳3歳の頃、3歳4歳5歳ぐらいの頃のことを後に取り戻せるっていうことはないので、
頭で分かったり頭で理解してくれてる部分はあると思いますけど、
どうやっても取り返されないことの一つでしょうね。
もうそれは受け入れるしかない。
ただ一方、多分ですけど、世の中全員のほとんどの人の子育てはそうなので、
不完全な親が不完全な子供を育ててるじゃないですか。
だからどういう形であれ、どんなタイプであれ、
必ずそういうことの連鎖が子育てなんだろうなと。
というある種の宅感というか、諦めもあって。
だから、やれることがあるとすればちゃんと大人になったときに謝ってやること。
それからいずれ、いずれというかもうすでにしてると思いますけど、
娘なりに父親母親を相対化しようとしてるはずだし、
やがて自分が子育てを今すでに始めてる以上、それがまた投影されていくだろうし。
親って最初、最も強いのが親。
最後はね、まだうち80歳近くになって、
親父もお袋もおかげさまで元気にパーマ屋やってるんですよ、現役でね。
でもおそらく最も弱いものが親になるんですよね、最後ね、人生って。
最も強いものの象徴が親。
やがて最も弱いものの象徴が親ってなっていくんで、
その連鎖であり輪廻なんですよね。
そういう意味では淡々と受け止めなきゃいけないんですけど、
でもやっぱり小さい頃の子育てに関して言うと、
やっぱりそれが一番後悔でもあり、胸に沸き上がる思いなんですよね。
一方で娘さんも取材なんかを受けられていて、
父親としての自負と世間体へのスタンス
関係性は、今はもうお母さんのことを尊敬されてるっていうふうにも、
書いてる話、発言されてるのも。
そう思ってもいいじゃないですか。
まあそうなんですか。でもいい関係を築かれてるんだ。
だからコミットして、子育てにあまりコミットできていなくても、
コミットしなくてもいいっていうことではなくて、
それぞれの家族の形があるから、最終的にいい関係になっていれば、
いいのかなっていうふうにも思ったりしたんですけど。
それは妻も言ってくれるんですけど、
特にだから幼少期に、それこそ食事やおしめかえたり、お風呂に入れたりっていう、
ボディータッチ的なことは圧倒的に欠けてるんですよ。
ただ、自負をしていることもあって、
それやっぱり、だんだん小学生、中学、高校となってくると、
親が最初の子供にとっての社会になるでしょ。
その時に子育てから逃げたり、目を背けたり、介入を控えたり、
っていうことだけはなかったと。
その大事な時に、必ず父親としての介入。
それが正しかったこともそうでなかったこともあるでしょうけど、
とにかく逃げたり目を伏せたり、なかったことにしようとしたことは一度もない。
必ず適正に、自分なりにですよ、適正に介入をしようとした。
それから、もう一つだけ自負があるのは、
娘たちは小学校1年生くらいから僕はこの世界に入っているので、
とっても負担をかけているんですよ、精神的に。
だって家から一歩外に出たら、
お父さんのおっきな顔、町中に張られている中、学校に行くんですよ。
もうそのストレスたるや、どれほどだっただろうと思うんですよね。
何かがトラブルがあったりするじゃないですか。
例えば友達との関係、例えば家庭内、例えばご近所。
その時に、こういう仕事をしているので、
世間体が気にならないかといえば嘘になるんですよ。
だけど、何か子供と向き合う時に、世間体を気にしたり、
つまり俺の顔を潰すなとか、俺の都合を汚すなとか、
という思いで子供と接したことは一度もないんですね。
もうそれはね、完全に世間体とかなんとかということで、
子供に何かを要求したり、叱ったりしたことは一度もない。
だから適正にここっちという時に介入したのと、
それから世間体というものに重きを置いたことが一度もない。
それだけはね、自負がある。
それは最初から、それはもう思想というか哲学だと思うんですけど、
シスタンスだと思うんですけど、すごくはっきりしたスタンスだなというふうに思うんですけど、
それは意識してそういうふうにやられていたということですか?
やっぱりね、それは意識しないとできない。
人間の本能はもっともっと自己中心的なので、
俺に都合が悪いだろうとか、俺の顔が汚れるだろう、
こんな仕事をしていればなおさらね、それは完全に意識していましたね。
もう圧倒的に子供の存在、子供の思いを優先する。
世間ってどうでもいいと。
これはもう心に決めてましたね。
そういうシーン、例えば何ですかね、
父親の教えと根本哲学
心論の選択や自分が悩みや迷いを抱えた時、
友人や何やとのトラブルが起きちゃったとか、
自分自身がモテないとか、理想と現実にギャップがあるとか、
いろいろ思春期って体験するじゃないですか。
これから自分も子供たちが小学生になっていくと、
そういう周りと比べたり、
そういうことを口にする機会が以前より増えたなって気がするんですよね。
そういう時にどう関わればいいのかっていうのがすごい悩ましいところなんですけど、
どういう関わり、まず相手の話をじっくり聞くだとか、
それは絶対ですよね。
どんな感じのおばさんやったのか。
そのバックボーンって、筋だなって思うんですけど。
父親からもらってるんですよね、おそらく。
これ聞いた話ですけど、
うちの母親が私を叱ってた頃、小さい頃ね。
うちの父親は母親に、
お前は子供のために叱ってんのか、自分のために叱ってんのか、どっちだと。
という問いを父親が母親に、
問いを立てたことがあるらしくて、
それは後の母親にとっての、私との向き合い方の一つの指針になってるんですね。
という話を肯定的に聞いてるんです。
それから、いくつか根本哲学を埋め込まれていて、
立場が上のものに圧倒的に人間関係は責任があるとか、
遠くの人の幸せを願っている人はたくさんいるけど、
目の前にいる身近な人を本当に幸せにしている人は少ないとか、
いくつかの根本原則を埋め込まれていて、
その根本原則が積み上がった挙句の果てに、
世間体を気にしたり、
自分の体名やメンツを優先したりという思想哲学が生まれてこない。
そういう根本的なOSがインストールされてるんでしょうね。
それは確かに。
自分の子育ての場面でもすごく日聞きたなっていう感じが。
それが物差しになってることは間違いない。
確かに似てるよね。
自分も時々ブレちゃうというか、
さっきの世間体のお話で言うと、
自分は妻との関係において、
なんとなく妻の、
例えば妻は気にするけど自分はあんまりこういうの気にしないみたいなことってあるじゃないですか。
片付けとか。
そういう時に子供たちがお菓子を食べ過ぎちゃうとか、
YouTubeを見過ぎちゃうとか、
そういう時に自分の心の中であんまり気にする気持ちは湧かないんだけど、
でも多分妻のしおりさんが気にするだろうな。
でもここでしおちゃんが怒るからやめなみたいなことを時々言っちゃうことがあるんですよ。
でもこれは俺の責任で言ってないじゃないですか。
これよくないなーとか思いながらそういうこと言っちゃう時がたまにあって、
今ちょっと世間体じゃないですけど、
なんか自分軸じゃない感じで注意したり介入したりしてる時ってあんなーみたいなことを今の話聞いて思いましたね。
できればね、自分の。
すごいことだなって思いますけど、
お母さんのお父さんから、
奔放的な説得がね。
それは人としての小川淳也の背骨になってるっていうのがだろうなって。
それはもしかすると政治家としての小川淳也の背骨にもなってるっていうことですよね。
それってすごいことですよね。
妻・明子さんとの関係と苦悩
ありがたいことであり迷惑のこと。
もっと器用に容量よくね、生きていければなーとか自分の存続だけ考えて。
その方が楽だっただろうなーっていうのは常に思うんで。
だけどやっぱり人としてどう生きるかという根本哲学をおろそかにせずにきたつもりなんですけど、
それは苦しいし、苦しかったこと。
だから仕事である政治でも子育てでも同じだっていうことですよね。
家族との向き合い方、対人関係、仕事。
あらゆることに一本哲学がないと納得のいかないキャラになっちゃいますよね。
それがいかに苦しいことかっていう。
秋子さんもまっすぐな人で、そこがっていうことをどこかで。
インタビューでね。
でもうちの妻も私がこんなだからずいぶん苦労したと思いますよ。
秋子さんね、妻の秋子さんは映画の中でもよく出てこられて、
そこから伝わってくる人柄っていうのはすごく観客というか、映画を見た者としても感じるところは多々ありましたけど、
その子育てや何や家庭運営していくっていう中で、秋子さんとの関係もすごい興味深いところではある。
そうそう、単に高校の同級生っていうだけなんで、正解に入るなんて全く望んでない、もう反対でしょ。
だけど、彼女なりに私は子供を優先すると何度か宣言私に、自分に言い聞かせるようにしてたこともあるし、
それからついていけるところまではついていくけど、ついていけないところから先はついていけないとはっきり言われてるし言われたし、
彼女なりに自分のポリシーを打ち立てないと、こういう人間と付き合いながら家族家庭を形成して人生を共にするっていうのはやっぱり難しかったと思うし、
だからうちの娘は時々親戚とかが集まった場ででっかい声で、
父さん、どっちが偉大かわかってんの?って言って、もう親戚の前で。
母さんとお父さん、どっちが偉大かわかってんの?って言うんですよ。
いや、そうだろうなと思って。
おっしゃる通りです。
でもね、そういうのも含めて、外から見るとですよ、あくまですごくいい関係だなって思い見えますけど。
苦労をかけていることは事実ですよね。でもやっぱり人間苦労を勝手でもしろとか言うじゃないですか、建前で。
建前で。
でもあれは建前なんだけど、やっぱり建前じゃないんだろうなと思うところもあって。
やっぱりね、うちの妻も苦労してる分、こんなこと考えてんのかとか、こんな風に思ってんのかとか、舌を巻くときあるんですよ。
やっぱり人間苦労して苦悩を抱えると、ナムシカのね、いいセリフ、大好きなセリフがあって、
精神の偉大さは苦悩の深さから来るっていうすごいセリフがあるんですよ。
やっぱりそういうことなんだろうなと。
苦労っていうふうに今言っているのは、もしかすると知らない方が多いかもしれないんですけど、選挙っていうことですよね。
政治家の家族としての葛藤と娘の選択
そこが、さっきの話は官僚のときの話だったけれども、選挙とかでもすごく大変だったっていうことを、というか大変なんでしょうね。選挙をするっていうのは。
選挙って本当にあんなことなんですね。
家族が大変っていうことですよね。
巻き込まれたくない。
そうですよ。
映画の中でも妻の秋子さんが、娘が大人になって、直近の選挙なんかで東京で働く娘が地元の香川に帰ってきて手伝うっていうシーンもあって、秋子さんからすると娘が帰ってきて嬉しい。
反面、巻き込んでしまうっていう思いもあるし、帰ってこれないって聞くと帰ってきてほしいなって思う反面、巻き込まずに済んでホッとしてるっていう、その言葉がすごい印象的で。
それを政治家の家族という立場に立ったことないんで、本当にわからないですけど。
でもなんかそれを、これもどこかで役さんが書かれてたんですけど、それは自分と娘さん達の3人の選択だっていうふうにおっしゃっていて、それもすごい。
自分軸で選択してるっていう。
応援する。あと小川さんのこと、こんなに身近な人が応援しない人なんて絶対当選できるわけないみたいなこともどこかで書かれていて、本当にそれはその通りだし、そういう筋で生きてきたし、
小川家っていうのはそういうふうにやってきたんだろうなっていうふうに思って、だから今のいい関係があるんだろうなっていう筋ですよね。
でもなんかね、それこそ映画の最後に娘さんが、2021年でしたっけ、当選したときに、こういう父親を身近で見ていて、でもずっと選挙でうまくいかなかった。
正直者がバカを見るっていう言葉があるけど、本当にそういう現実をずっと目の当たりにしてきて、こんなに正直な人が、いつもこうして選挙ではその言葉も伝わらず数字が票が集まらず負けてきたっていうようなところから徐々に声が地元の人たちに浸透していく感じを肌で感じて、
やっとこうして選挙区で勝ったみたいなシーンですごいいいスピーチ、感動的なスピーチがあったんですけど、ああいう形で、なんていうんですかね、父子関係っていうのが伝わっているものもすごく伝わっているし、
家族との関係を築きながら、娘の中にこういう父親の存在っていうのがあるんだっていうのは、ちょっと父親という立場で今生きている中では勇気づけられるところだし。
そうですね、いや驚きましたね、あのスピーチには私自身が驚いて、ああそんな風に思ってたんだなと思って。
横敵、あのシーンは。なんかもう顔が、小川さんも。
社会の再生産と持続可能性への課題
こんななってすごいもんね。
本当に驚いた。
見上げるものとして。
こんな風に思わせてたんだなっていう。
あれはね、ちょっとグッときちゃうというか。
ちょっとこう少し話が広がりますけど、小川さんの本なんかを読むと、社会って基本的には再生産。社会を維持するための子供を例えば産んで育ててっていうような再生産の部分と個人の幸福追求みたいなものが料理になって、それがあるべきだっていうことは確か書かれたと思うんですけど。
そういう社会の維持が、今人口減とかいろんな環境問題とかで持続可能性が結構厳しいみたいな。だから社会のモデルを変えていかなきゃいけないって書かれてるじゃないですか。
そういうこと。
これまでは家族で何とかしてね、あとは会社で何とかしてねっていう社会だったのが、これが立ち行かなくなってきて、今のインフラとかも維持できなくなる。
まさにその孫が2100年生きるんだって視点で考える自分たちの子供だってそうだよね。2100年を迎える、2019年生まれたし2021年生まれでしょ。だからおおって思うんですよ。
そういう今のままでは維持できない社会を維持させていくためには大胆なモデルチェンジをしなきゃいけない。短期的な目線で見ればいろんな痛みやうまくいかないことも出るけど、そういうものを超えて長期的な目線でモデルを変えていこうっていうのが多分小川さんの本の一つの主張になっているというところから読書として読んだんですが。
ありがとうございます。
その時に、でもやっぱり短期的に損をするとか我慢しなきゃいけないっていうことに耐えるのってすごい難しいじゃないですか。でもモデルチェンジをすることの難しさを読めば読むほど感じたんですけど、なんかその仕組みってそうやって変えていかなきゃいけないんだなっていうのは。
二極化社会とフェアネスの追求
でも国民はそれにちゃんと。
痛み?
痛み、本当に痛みに耐えてっていうとなんか小泉政権みたいだけど、でも本当にそれはあるじゃないですか。でもああいう社会になるためには本当に一人一人が生活の中でさ、そうやって長期的な目線でもって社会を見てどうしていくかってことを考えた上で選挙があって。
まあ確かに。でも子どものことを考えるっていうのが一個視点としてすごい良い視点だなっていうふうに思いましたね。
その視点で社会を見る。そうなっていくとこの男性が家庭に今仕事も男女関係なくするよね。家事育児もみんな協力してやっていこうっていう中で、
そういうモデルにならないと多分回っていかない。もちろんそれは社会がサポートする必要だと思うんですけど。
で、一個その若き小川さんが経験したように、その仕事というものが男性を縛りつけすぎてるっていう問題はすごく大きく感じるんですよ。
それは意識の問題でもそうだし制度の問題でもそうだし。
雇われの場合は特にですよね。
どういうふうに変えていくのかとか意識とか制度。小川さんどういうふうに考えてるのかってすごい個人的に聞きたかったんですけど。
今二極化していて、その方や家老子と隣り合わせの、いわゆる昔で言う悪い言葉で言えば社畜っていう言葉あるでしょ。会社の家畜ね。社畜。
みたいな人生を過ごさざるを得ないカテゴリーの方々がいらっしゃる。
で、かたやその非正規雇用が拡大していて、もう雇用の調整面。
で、同じ仕事をしているのに期間を切られるとか、時給が低いとかっていうものすごく理不尽な社会になってるんですよね。
それはやっぱり制度が悪くて、それは雇用の制度とか、税制とか社会保険の仕組みとかが結局昭和型で一生一つの会社で勤め上げて年功序列で、
で、退職金もらって労働犯帯と。その幻想ははるか以前に崩れたのに、今なおその制度でやってることの歪みですよね。
ごく一部昭和型に近いモデルで人生を全うできるかのような幻想と実態を与え。
それは幻想なので、大半の方にはそのモデルを提供できず、ものすごい二極化してる。
今おっしゃったその会社の支配力が強すぎる、会社への収束度が強すぎるというのは、こっちサイド、前者のカテゴリーなんですね。
やらなきゃいけないことは、雇用の仕組みをフラットなものに置き換えて、同じ仕事をしていれば同じ賃金。
必要以上に長く勤めることが、必要以上に有利になるとか、必要以上に税制上優遇されるとか、必要以上に社会保険で恵まれるとか、
ということは、むしろ有害なんだというぐらいフラットな雇用主義を作ることで、フェア。
人間って結局、フェアだと感じられるかどうかって、ものすごく大事なことなんですよ。何についても。
フェアだと感じられれば、一定その恩恵に感謝したり、時に不遇であっても立ち直れたり。
アンフェアだと思うことが一番の障害、障壁なんですね。自尊心の問題も含めて。
フラットでフェアな雇用市場を、制度的に税制や社会保障制度を見直すことで作っていくことが、多分、政治がやるべきアプローチとしては最大の仕事だと思いますよね。
結構アンフェアな状況にみんな置かれていると思って、しかも自分は損しているかと思っちゃう。
相互不信と社会の臨界点
そうなんです。
そうすると、子供を埋めるだけで、会社の正社員なだけで、あなたは恵まれた人だ、みたいな目線すらありますよね。
みんながみんなそう思いやってて、殺伐としてくるみたいな。
そう。相互不信が高まってね。政治もだんだん過激主義に走るのでそうなると。
要するに体制破壊者を選ぶ。それでやがて暴力、戦争、内戦、革命。
人間社会って常に矛盾が蓄積して臨界点を超えると、対話と合意形成でそれを解決した歴史は一個もないんですね。
全部暴力でやってるので、今その兆候が見え始めてるでしょ。
そうですね。
トランプだって民主的に選ばれてるんだから。
僕、トランプ、よくこのポッドキャストで何回も話してるんですけど、トランプが再選した時に本当に、その時ちょうど子供がゼロ歳で、
ベビーカー押しながら、子供にワイちゃんって言うんですけど、ワイちゃん、トランプ再選しちゃったけど、これどんな世の中になっちゃうんだろうっていう風にずっと話しかけちゃうぐらい、すごく不安。
その時本当に不安になったんですよね。そういうことなのかなっていうか。
そういう風にならない、その不安が現実にならないためにも、いろいろやっぱり考えていかなきゃいけないんだなみたいなことは思ったし、繋がってるんだなっていう風にも。
だからさっきの痛みを伴う改革っていうのはね、その通りなんですよ。都合のいいことばかりで済む状況には社会はない。
なので、みんなが一定その既得権を、小さな既得権を少しずつ手放して、新たな社会に移行しなきゃいけないんですね。
その時に大事なことは2つあって、1つは繰り返すんですけど、この社会の全体像、グランドデザインは誰かにとってここは痛みだったり、ここは得したり損したりするけど、全体としてフェアだと。
全体としてよくできてると。それには持続可能性があるという価値を提供しなきゃいけない。
だから部分的な改革は必ずそれで痛みを伴う人は反対し、得する人は賛成するっていう。
そのトラップから抜け出せないんですね。だから全体像を描かなきゃいけない。フェアだと感じなきゃいけない。それが最大。
もう1つは痛みを伴う改革を避けた場合に最後何が待っているのか。それは人間の歴史を振り返れば必ず暴力で、多大なる人的損害を伴いながら次の秩序に行ったよと。
それは望ましい痛みなのかと。その痛みより小さな既得権をお互い手放して持ち寄って社会を正しくリフォームする痛みと、それを放置した結果大変なハードランディングに見舞われて多大な犠牲を伴う痛みと、
どっちが痛みなのかという問いを立てなきゃいけない。何となくこのまま行くんです、行けるんですと思っていること自体が錯覚だという問いも立てなきゃいけない。
そうですね。その問いをリアルに考える上で、この番組に引き付けて言うなら、やっぱり子どもたちが生きる2100年の社会とか、そういう視点ってすごく大事ですね。
それはもう地球環境から、世界の平和から、社会の安定から、あらゆることに責任を負っているわけでしょ、次世代に対して。
子供世代全体を支えることの重要性
そうですね。最後に1個聞いてもいいですか。時間もそろそろあれだと思うんですけど、そういうちょっとアンフェアな状況が蔓延している社会の中では、自分の子にはせめて踏み外してほしくないという真理は当然働きますよね。
そうなってきて、さらにこのここ20年、30年続くその新自由主義的な社会の風潮から、自己責任。負けたやつは自己責任。自分の価値をどんどん高めて、勝ち抜いてね、事情で頑張ってねという風潮があるじゃないですか。
そうなってくると、親としては、なるべくお金や時間やコストやなんやをかけて、子供にはせめていろんな能力を身につけさせて、損をさせない、損をしないようにしてあげたいって言って、またハードな能力主義共同みたいになっていくっていうのもちょうどこの間テーマで扱ったところではあるんですけど。
なんかそっちの方がリアルな未来予想図に感じちゃって、すごい怖いんですよ。子育てをしている身としては。
損させたくないからね、みんな。
こういう状況に進んでいきそうな恐怖みたいなのがちょっとあって、これ本当に別にあまりに広い話なんで。
でもそれすごく大事なことで、社会の余力とか余白がどんどん薄くなりつつあるので、自助努力を強いる社会にこのまま行くとなりますよね。
一方でみんなが少しずつ既得権を手放して、社会のバッファー、クッションを厚くすれば、もうちょっとお互いに助け合ったり信じ合ったりしながら生きていける空間を用意することも可能で。
どっちを選ぶかと。私の場合は明らかに後者で。
社会を整えないと自分だけ幸せに生きているとか、社会は傷んでいるのに自分の子供だけ幸せに生きているとか、ないよとそれはと。
この間も国際会議ですごく主張したんですけど、自国ファースト、自国ファーストと言ってるでしょ。あるかとそんなことはと。
世界が傷んでいる中で自分の国だけ繁栄しているとか、世界中の人が苦しんでいるのに自国民だけ幸せに生きているとか、あるかとそんなことはと。
だから大人社会がこれから具体的な政策として提案しなきゃいけないことの一つなんですけど、自分の子供が大事だと思えば、その自分の子供が生きるであろう次世代の全世代、全次世代を支えることが自分の子供にとって最大のギフトなんだと。
自分の子供に何かギフト、それはたかが知れている。
自分の子供たち世代、あるいは孫たち世代、全体に奉仕する心を大人社会が持ったときに、それはひるがえって自分の子供に対する最大のギフトになるんだという思想と哲学を政策として具体化しなきゃいけないと僕は思っているんです。
なんか北欧なんかはやっぱりそういう、それこそスポーティファイナルある。
スウェーデンの会社ですよね。
そうですね。
そういうモデルになるようなものがあるのかなとかっていう。
しかも高齢化とか少子化とか人口減って日本が世界のフロントランナーなんで、例外なくそれはスウェーデンも含めて、やがて韓国も日本以上に高齢化、人口減。
中国なんか今14億でしょ。今世紀中に7億になるんですよ。
どこも同じ問題に猛烈に苦しむことが目に見えているんですね。
僕の一つの夢は、その時に日本が世界に先駆けてモデルチェンジしている姿を世界に見せたいんです。
それはおそらく世界を救うことになる。
世界の平和と安定を維持する一つの秘訣、結晶として日本型の社会があるというのが僕の本当の夢なんですよ。
それはだから、我々も政治家の人が何とか作ってよって話じゃなくて、やっぱ同じように投票コードだけじゃなくて、いろんなものを通じてやっていく。
子供はみんなで育てるという思想
なんかでも、よその子供に優しくするとか、子供にはみんな優しくするとか、そういう細かいことだけど、そういうことでもあるのかなとか、子供はみんなで育てるんだっていう。
さっきの話はそういう話ですよね。子供はみんなで育てるっていう話だと思うし、なんかそういうところなのかなという気はしましたけどね。
そろそろあれです。すみません、だいぶ大幅に、相当大幅に。
楽しかったです。ありがとう。
今日は岡田さん個人としての娘さんたち。
反省と懺悔ね。
反省と懺悔、休まおよび。
そこからね、社会の話なんかも広げて語っていただきました。
本当に今日はお忙しい中遊びに来てくださってありがとうございます。
どうもありがとうございました。
それでは皆さんここまで聞いていただきありがとうございました。
桃山障子の清太でした。
森田でした。
そしてゲストの岡橋明でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
どうも楽しかったです。ありがとうございました。
写真一緒に撮ってもいいですか?
もちろんです。光栄です。
ちょっともうすぐじゃないですか。
座ってもいいですか?
はい。
これスポットライト。
これすげえ。
はい、使います。
何も使っておりまーす。
ありがとうございます。
ありがとう。
これ面白かった。
頂戴していいんですか?
ありがとうございます。
僕の清涼剤でした。
どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
お疲れ様でした。ありがとうございました。
あ、そうだ。マイクない。
59:46

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