1. 芸術・デザインをひもとく芸大ラジオmymy
  2. 【7-1】肩書き「映像作家」と..
2025-10-30 23:32

【7-1】肩書き「映像作家」と「映像ディレクター」の違いについて。軸足を映像に置きながらもいろいろ。 【mymy_ 映像作家_Guest:山城大督(Twelve代表)】

映像って何?映像を編み上げる映像作家の話。芸術は、インフラよりも人の生活の基かもしれない。
ゲストは、映像作家で、映像ディレクターで、アートプロデューサーで……な山城大督さん。
“芸大ラジオmymy”は京都芸術大学の開学50th(2027)を記念して始まった、芸術・デザインをひもとくラジオです。


URL

山城大督

http://the.yamashirostudio.jp/

アートプロデュース学科(2025年度入学生からはアートプロデュースコース)

https://artproduce-kua.com/

蓮沼執太 Shuta Hasunuma / Hello Everything(2012)
Music by 蓮沼執太/Directed by 山城大督

https://www.youtube.com/watch?v=lH50ZnqfjPs

名古屋城本丸御殿完成公開スペシャルムービー

https://www.youtube.com/watch?v=W8FmR02aw9Q

美チャンネル/アーカイ美味んぐ(萩原健一、丸尾隆一、山城大督)x 平林真実教授(情報科学芸術大学大学院大学)

https://www.iamas.ac.jp/interview/_018/

サマリー

このエピソードでは、映像作家と映像ディレクターの違いやそれぞれの役割について、山城大督氏が語ります。また、複数の肩書きを持つ意義や、アーティストとして自己認識を深める過程についても触れています。映像作家と映像ディレクター、そしてアートプロデューサーの違いについて、山城大督氏の視点から詳しく探ります。彼は幼少期から映像に対する情熱を持ち続け、シングルチャンネル映像制作からインターネットの影響を受けた現代の映像制作方法までを話します。

芸大ラジオの紹介
皆さん、こんにちは。芸大ラジオmymyです。
芸大ラジオmymyは、京都芸術大学の人気先生、坂井先生と、舞台芸術を学ぶ学生の私、谷口菜の葉がお送りする芸術・デザインのラジオです。
様々な領域で活躍する卒業生や先生をゲストに招いてやっていきます。
未だに芸術・デザインは、絵が上手いこととか、あるいは自分とは関係ない遠い物事と感じておられる方が多いと思うのですが、
すごく身近で生活のそばにあるものなので、その辺の誤解も解いていけたらと思います。
改めまして、田野葉です。よろしくお願いします。
そして、京都芸術大学の先生とデザイナーをしております、坂井洋介です。よろしくお願いします。
本日もこの2人でゲストをお招きしたいと思います。
前回は株式会社三角屋大工の串畑文彦さんに来ていただきましたね。
私は職人の顔つきをして喋ってた串畑さんが、最後娘さんが来られて、本当に完全にパパになってたじゃないですか。
そんなの見てた?
すぐパパの顔になってたなと思って、それがほっこりしたし、娘さんもお父さんのことをかっこいいって言ってたのが、
あれ感動的だったの?
めっちゃよかったです。
俺でもすげー反省したんですよ。
なんですか?
お父さんのことをかっこいいって目の前で言って、お父さんもじいんとしてたのを見て、
自分の言葉なんも出てこなくなって、後でトイレとかしてる時に、こう言えばよかったなとか、いろいろ思いました。あれ大反省。
でもすごい感動しましたね。
そこはね。
今回のゲストはどういった方ですか?
でかいっていうイメージがあります。
でかい?
見た目が。
見た目が。
でかいっていう。
確かに。
やってはることは多分、まあまあきめ細かなことやってるんだけど、
イメージ、もうちょっとシュッとしてるイメージだったんですけど、でかって思うと思います。
なのでリスナーの皆さんは、でかいやつが今、僕らの前に立ちはだかってると思いながら聞いてほしいなと思って。
でかって思わんかった?山城さんが部屋入ってきた時。
大きさでそんな人を見ることがないので。
いや、結構でかいと思う。
坂井さんらしいかもしれないです。
私は、山城さんの教え子の学生の方と交流があって、ちょっと話題にあがったりしてたんで、聞いてたり。
山城先生っていうのがいてねって言って。
あ、そうか。先生だったのね。山城さんは。
はい。もともとこの大学で教鞭をとられていたっていうことで。
うん。ていうかこの間までやってたよね。
はい。
だから俺、なんかやめたっていうかいながらやったの知らんかったんですよ。
そういう話もまたしてもらうんですけど。
はい。
ちょっとこのでかいのを前にして、こう二人で喋ってるの嫌なんで、早く呼びましょう。
はい。じゃあ早速お招きしましょう。
山城大輔さんどうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
山城です。
すごいなこの。
あれ?
アドリブ。
アドリブ。でかい。
やるな。
でかい。
これくらいのアドリブって言いよかったのか。
でかい。
言いよかった。
こんにちは。
いや、なんか絶対この後やりづらくなるからこれくらいにしとこう。
すごい。大きな方な感じがしました。
そうですね。でも、背は175とか6くらいで。
あれ?
坂井先生どれくらいでしょう?
もっとでかいです。
もっとでかいですよね。だから、横にはもちろんそれあるんですけど。
なんでやろう、じゃあ。
でもね、確かにオンラインとかでミーティングとかをした後に会った人に、え、こんな大きかったんですか?みたいなのとか。
言われるでしょ。
言われますね。
絶対言われると思う。
あと名前がものすごく偉そうって言われたりとかもあったりとか。
偉そう。
監督の特有。
確かに。
そうなんですよね。結構漢字が。中学の時の先生にもお前は名前が偉そうだなって言われました。
かっこいいお名前。
山城大輔と申します。よろしくお願いします。
お願いします。
お願いします。
卒業した学科と年度と軽く現在のお仕事をお願いします。
2006年度の卒業でアートプロデュース学科を卒業しました。
ただ僕は三年次編入で入ったので、なので在籍は2年なんですね。
2004年の4月から2006年の3月まで在籍してました。
今の職業は映像を使った作品制作とかアーティストっていうのをやっています。
今日いろいろ話をしていく中で、自分ってやっぱりこう、自分って何なんだろうなとか、ちょっと振り返って今日来てたんですけども、
自分は複数化しているハイブリッドみたいなのを常に気をつけて、気をつけてじゃないな、結果的にそうなったところもあるんですけど、
一つの形に留まるのがあんまり苦手なタイプなんだなと思ってまして、
こうやってアーティストですとか、美術作家ですとかって言う時あるんですけど、
それって求められていることが多くて、本当は多分今言いながらちょっとモゾモゾしてて、
いろんな職業を持っている存在だと思ってます。
作家でもあるし、今株式会社トゥエルブという会社を経営している映像制作とか美術のアートプロデュースをしたりする会社なんですけど、そういうのもありますし、
教育者の側面も、大学は去年の3月まで退職したんですけども、教育者としては多分これからもその側面を持ちながら生きていくんだろうなって思いながら、
今、なんか自己紹介長くなっちゃって、こんな風に考えてます。
僕はわかるよ、すごい、いろんなのがあるのにデザイナーですとか言ってる。
肩書きについての考察
そうそうそう、そうですよね。
自分に対するモゾモゾ。
学生時代、僕は学校も結構いろんなところ行ってて、なので母校って一つじゃなかったりもしてるのが自分のアイデンティーとしてもあって、
なんかそこも理由かもしれないんですけど、ある時その先輩のアーティストみたいな人に、アーティストになるんだったら自分で言わないともうなれないよって言われた時があって、
国家資格とかあるわけじゃないし、何かの本に載ったらアーティストですとか、何かを作って賞が出たらアーティストですとかじゃないから、
誰でも言えるから今日から言ったらいいよって言われて、間に受けてその日から言い始めて、
でも多分18とか19なんですけど、大体そのアーティストですって言うとどんなの作ってるのって次言われて、その時ほとんど作品ないから、
何をあなた言ってるのっていうような空気になって終わるんですけど、何かそれがいつの間にか作品が重ねていくと、
確かに見たことないもの作ってるねとか、あなたはこういうことしようとしてる人なんだねみたいなのが後からついてきたとかもあるんですけど、
何かでも最初のスタートの時点で結構モゾモゾしながら作っていってたなっていうのをちょっと思い出しますね。
でも未だに今42なんですけど、失業してから20年近く経つんですけど、全然収まらないっていうか、完成しないなっていうのを今も思ってます。
確かにいろんなお仕事をされているイメージが調べる中でもあったので、今回はそんなお話ができたらなと。
でもさ、みんなは収まってんの?
うん。
ナノハとかどう?
私はもう今迷っている時です。
そうやんな。
何に収まるか迷ってんの?
分野?例えばプロデューサーであっても舞台なのか映像なのかっていうのがすごい迷っているところっていうか、最初どの軸足でいくのがいいのか。
軸足か。
そうなんです。
だからそうか、俺は軸足はデザイナーで、でも大学の先生もしててとか言えばいいんかな。
なんか俺それ聞かれんのすっげー苦手ですよ。
そうですよね。で、今こうやってラジオの中で僕のターンとして聞いてもらってるからそこまで話したけど、日常生活の中でいやちょっとモゾモゾまだしてるんですけどアーティストなんですみたいなこと言われるとめんどくさいなって聞く方も思うから。
でも本当はそうかもしれないですねみんな誰でもね。
山城さんってああいうの得意なんですか?なんかパーティー的なやつ。
あーパーティーに参加するの?
そうそうそう。
得意です。
いやよね。俺めっちゃ苦手なんですけど。
えー。坂井先生の第一印象っていうか今持ってる印象からしたら苦手だと思わなかったです。
でもめちゃくちゃ嫌で知らん人と喋るのが。で、その時とかにこう絶対聞かれるでしょ?
そうですね。何されてますか?
で、なんかこうなんて言ったら面白がってもらえるのやろうと思うけど大体面白がってもらえなくて3分ぐらいで話は終わって、もうなんか喋ることないなみたいな状態になるんですよ。
山城さん得意なんや。いいな。楽しめるんや。
いやでもなんか中学生ぐらいの時とかに友達とわちゃわちゃ遊んでるのにこう自分の所属しているコミュニティがいくつも中学生にもあって他人の先生との関係とか。
友達の関係の中に家っていうものすごいドミスティックな自分の母親とか来た時にこうどういう自分でいたらいいかわからなくなる瞬間とかあったと思うんですよね。
あるわ。
で、あれが大人になればなるほどどんどん複数化していってバイトしてる自分とその学校にいてる自分と家族の自分となんかもしかしたら和太鼓やってる自分ととかいう感じで複数化していった時にそのパーティー会場では相手にどの自分で言ったらいいかわからないみたいな相手もわからなくて
そこに例えばなんか知ってる人もいながら全然知らない人も複数で対話しないといけないとかになったりすると多分もう混乱するわけですよね。
僕でもそれが結構好きであのなんていうかその迷ってるっていうか相手もそのちょっとずれ始めてる時とか嫌なんだけど苦手なんだけどその好きっていう状態ですね。
そういう状態を楽しんでいるってことですか。
一番でもなんかパーティーが一番好きなわけじゃないですけどなんかその複雑化していく瞬間みたいなのがすごい好きですね。
そういうのは作品とかにも出てるんですか。
そうですね出てると思いますね。
ちょっと戻るんですけども本当いろいろ盛り込んで大丈夫なんでお二方の理想の肩書きってどういうものなんですか。
肩書きはいらないって感じですか。
欲しくはないですか。
大学教授とかいいんじゃない肩書き。
社会性があるやんなんか。
デザイナーとかいうとデザインって何みたいなところから喋らないと俺のやってる仕事について話せないんですよ。
ほんとにナノハちゃんがこの毎回ラジオの冒頭で言ってくれるみたいにデザインとか美術に対する社会の一般の人の理解がむちゃくちゃなんかこうちょっとおかしいんで。
なのでデザインって言うとややこしい。
大学教授って言うとおお偉い人やなってなる。
そういう意味ではすごく楽です。
山城さんはいかがですか。
今の話は確かに3月までめっちゃ使ってましたね。
3月まで自分が卒業したアートプロデュース学科の教員をしていて。
アーティストですとか映像作家ですとかアートプロジェクトっていうのをやっててとかってこう根っこまでみんな知っていかないと納得できない情報を出すよりも大学の教授ですとか言うとすっと話が通っていく意味ではめちゃくちゃ便利だったなーって思ったりしてて。
理想だったかどうかって言われるとちょっとそこが今考えながらでも理想って今ちょっとすぐ答え出てこないなーと思いました。
学生でどうですかそういうこう。
さすがに肩書きまでなんか目指して今勉強してるわけじゃないもんね。
肩書きをそもそも目指しながら生きるわけじゃないからな。
確かにそうですね。難しい。
なんかそんなに意識したことはなかったです。
卒業してから。
デザイナーって肩書きになりたくて芸術大学に進んだけどな。
そうなんですか。
それ肩書きになりたくて。
そう。
こういうデザインをしたいとかじゃなくて。
じゃなくて。
このプロダクトのこういうものに憧れてとかじゃなくて。
じゃなくて。
それ結構新鮮ですね。
その何か憧れはあったんですか。
いや単純にほらなんかサラリーマンって言いたくないなとかっていうことですよ。
その他大勢と一緒になりたくないなみたいな。
デザイナーって肩書きいいよなみたいな。
そう言ってもすごく浅はかな。
実際そんなものは今俺は使えるけど全然使えるけど超不便。
手にしたはずだったのに。
憧れたはずだった。
結構学生の立場だといっぱい説明されても嬉しいです。
デザイナーだけどニャンニャンニャンってたくさん言われても結構嬉しいです。
学生はね。
これがね大人のなんかよくわからんところでそういう知らない人と会った時は嬉しそうにしてないよ。
しかもなんか俺別に面白く喋れへんし多分すごい嫌やから。
言い心地が悪いって思ってる状態だから一刻も早く家に帰りたいっていう状態なんで。
ちょっと意外。
山城さんのさっきのその言い心地の悪さが好きとかっていう視点は俺初めての視点なんで。
もしかしたら次からこの言い心地の悪さを楽しもうみたいに思えたら。
そうそうサーフィンみたいなもんでその波をどう乗るかみたいなのをゲームとしてやっていくとめっちゃいいですよ。
なんかネタがなくなった時に挟む用の言葉とか持っといてそれを差し込んだらどうなるんだろうとか。
なるほど。その波に乗ってどこまで行けるかってことですよね。
2人で今日はこんなとこまで行けたわ。
あのつまらなそうな人と。
そういうゲームか。
だから次の時はそうやってみようかなって今さっき話し切れた時思ったんですよ。
ぜひお願いぜひやってみてください。
つまらんそうな顔するんですか?
出てると思うな。
なんですか。
ありがとうございます。
映像作家の基礎
ちょっと話変わるんですけど、映像作家と映像ディレクターとアートプロデューサーっていうたくさんの仕事をされてると思うんですけど、
まず映像作家っていう肩書の中ではどういう作品を作られてるんですか。
自分の仕事の話をしていくときに一番根っこには映像表現と出会って、そこから何かを作る人になりたいって思ったっていうのが根源的にあります。
それは本当に3歳とか4歳とか自分の家でVHSって言ってDVDのように一つ前のカセットテープみたいなのが家にあるのをテレビで見てるときに、
こういう当時は思ってないけど没入体験があるんだと。
ある物語の中に入っていったりとか、感動したりとか、全然違う時代を知ったりとか、
そういうメディアガールのことを知ったときに、これに関わりたいって思ったっていうのが幼少期から中学生ぐらいにかけて、
一視聴者として憧れを持っていったと。
それは僕の時代はまだインターネットがなかったので、テレビと映画館と、あと何かあるかな。
公民館で子ども会があって、上映会があるから見に行くみたいなとか、そういうので、ホームアローン見るみたいな。
そういうところで、こういう作る世界があるんだっていうのを知っていって、憧れていきましたね。
今自分がやってる映像作家って呼んでる仕事としては、いわゆる僕が今言ったようなオソドックスなシングルチャンネルって言ったりするんだけど、
一本の映像作品、始まりと終わりがあるものを作るっていうのを映像作家としてはやってます。
例えば、ミュージックビデオをミュージシャンと一緒にコラボレーションして発表するとか。
それは橋沼修太さんっていう音楽家、友人でもあるんですけど、
僕たちの時代ってテレビで発表していくっていうよりも、
ネットがみなさんが学生ぐらいの年代の時なんで、19歳ぐらいの時から18歳ぐらいかな。
ネットが始まってて、画像をそれで自分がアップロードすることとか、ネット上に動画をアップするみたいなことができるようになっていた時代に、
自分が映像を学んでた時に発表の先が幼少期に憧れてた映画ではなくて、
もっとオルタナティブに自分の手で作るメディアみたいなことができる可能性が出てきてたので、
なので、YouTubeとかにアップするようなことを当初してましたね。
あとは、ララジオもやってました学生の時に。
そうなんですね。
学生の時?
そうなんですよ。
リアルプレイヤーっていう、インターネットのこと詳しい友人たちが周りにたくさんいてて、
彼らが日本ではまだ始まってないようなネットカルチャーを僕にすごく紹介してくれて、
リアルプレイヤーっていうソフトを使うとサーバーを作って、
僕が作るわけじゃなくてね、友人が作って、
そしたら誰でもオンラインでラジオができるっていうのをして始めたりとか、
なんかそういうのは映像から始まったんですけども、
ネットカルチャーと合わさっていって、どんどん分解されていってきましたね。
でも自分のベースはやっぱりシングルチャンネルの映像制作がベースなので、
今も映像作家っていうのは最初に言うようにしてて、
映像ディレクターとの違い
さっき紹介してくれた映像ディレクターっていうのと映像作家との違いって何かっていうと、
映像ディレクターはどちらかというと発注をされて、
注文を受けてその意図に沿って映像を作る方に使ってる肩書きで、
美術館とか博物館とか文化技術に関わる映像制作が多いんですけど、
そういう時は映像作家ですじゃなくて映像ディレクターですって言ってやったりしてて。
なるほど。
してますね。
でもアートプロデューサーもありますよね。
そうね。映像を学んでいったんですけど、
映像って単なる技術なんですよ。
撮り方と編集の仕方とそれの公開の仕方みたいなのとか、
公開、むしろその技術のとこしか教わってなくて、
むしろその理念みたいなところがないと映像も作る意味がないし、
広報物だったら誰かが理念があってそれを広げたいから映像を使いたいですって順番になるんだけど、
映像作家とか美術家になってくると理念のところから自分が作るっていうことを学んでいく中で、
そっちを自分がしたいんだなと思っていって、
むしろ職人のように技術を使うだけじゃなくて社会にメッセージを作るっていうこと自体をしたいなと思っていって、
映像を学んでいったんです。
さっき言ったインターネットの映像との融合みたいなことを学生時代にしたりしてて、
今でいうインスタグラムみたいなサイトを作って友人と運営するみたいなことをしてて、
結構それは話題になって、アーカイビーミングっていうウェブサイトの名前なんですけど、
街を歩いてたらアーカイビーミングの方ですよねって声かけられるぐらい知ってた。
こんなことあるんやみたいな。
SNSの前の時代みたいなんで、そういうのが得意な人たちがいてて。
そのところに出会ったのがアートプロジェクトっていう技法というか、
技術の一つの表現手法として知っていて、
アートプロデュース学科に入ったのもその頃なんですけども、
アートプロデュース学科に入った理由は、さっき言った技術は学んだけども、
その理念と発信と社会とどうやって自分がその中に入っていけるのかが、
やっぱり発見できてなかったっていうか、
そのためにアートプロデュース学科に入ったなって覚えてますね。
なるほど。
アートプロデューサーとしての展望
なのでアートプロデュースっていう仕事は、
僕の人生の中で、今ある人生の中の最近やっと手法として使えるようになった手法なんですけども、
自画作に作るだけじゃなくて、誰かと誰かを結びつけたりとか、
企画と誰かをマッチングさせたりとか、
そもそも自分がそもそもそこに入って企画そのものを立ち上げたりとか、
これは自分が持っている能力として、映像を使って何か出来事を残したりするように、
アートというものを生産する、プロデュースすることもできるんだなって思って始めたものですね。
順番があって、次はこれを学ぶべきだっていうので、決めていかれたっていう感じなんですね。
そうですね。発見がやっぱり、一回何かやると、だいたい失敗、ほとんど失敗ですよね。
みんな大成功で終わることって、やっぱ人間ないんじゃないかなと思います。
だから人間は今まで進化して、歴史が続いてきてるんだと思うんですけど、
何かを作ったら欠点が見つかって、次に進化してっていうのを繰り返すしかなくても、
自分もそれをやってきた一人だなと思いますね。
さて、たくさんお伺いしたんですが、そろそろエンディングのお時間となりました。
これ早いな。
早いですよね。
多分序盤にアホなこと喋りすぎたら、いつも残ったよね。
今せっかく山城さんが出てきたので、ここで切らなきゃいけない。
また来週に続きましょう。
2話3話4話がありますので、山城さんどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
でかいからね。
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