第2話では山城さんが行っているプロジェクトの具体的なこととかを伺っていきたいと思います。
それこそ映像を見ろよっていう話かもしれないんですけど、なかなか言葉で伝えられるのは難しいかもしれないけど。
2人はあれですか、誰かと何かしたりとか作ったりとか得意ですか?
だのはちゃん得意でしょ。
得意かなと思って大学入ってきたんですけど、ちょっと最近得意、楽しいけど難しいこともあるなっていうのが実に出てきてるっていう感じです。
そうやな。なんかこういうこと言うとまたあんまり良くないと思うけど、
え、それやったら自分でやった方が良かったわって思うことがすごい多くて、誰かに依頼した時に。
だから依頼するのはちょっと怖いなっていうのもあるし、あまりにも自分が出来すぎる。それはそれで困るわ、本当に。
なんかセンスあると困るわってやつ。
困る、本当に。もっとなんか感謝したいって思う。
だから結論としてはあんまり得意じゃないんじゃないかな。
私も得意じゃないかもしれない。
でもね、その楽しさは結構わかってるつもりではあるっていう感じかな。
私もです。
学生の頃から得意で、3人でやるっていうのが結構一番得意なパターンなんですね。
なので、自分1人の仕事もやるんですけど、3人のグループが今も3つぐらいあって、
学生時代作ったグループとかも今も続いてるったりとか、活動休眠状態のものもあるんですけど、3人ぐらいでやるっていうのが。
それ何をやるっていうことなの?バンド?
バンドもやりましたね、高校生の時に。
バンド、ラジオ、映像。
映像を制作するグループもやりましたね。
全部トリオで。
あとは写真について考える作品を作るグループとか、
あとはアートプロジェクトするグループで、なでがたインスタントパーティーっていう、今もやってるグループなんですけど、
それも3人でやったり、なのでジャンルは全然それぞれ違うんですけど。
どうやって3人が集まるん?
飲み会とか。
飲み会とか?
やろうって言って始まるんだろうな。
自然発生的に始まることが多くて。
今も新しく始めたいなと思いながら、ちょっと手出せてないですけど。
何を次は始める?
でもなんかめっちゃフラッシュアイディアすぎるんですけど。
それは4話か。
そうしましょうか。
次始めるみたいな話はね。すみませんね、余計なこと聞きました。
3っていうのはどういう数字なんですか?
何でしょうね、後から振り返ってみると、誰か一人サボれるとか、形も三角形っていろんな形になれるものですよね。
力が分散しやすいし、3つあったら柱が立つっていうか空間ができたりとかするのを考えると、人間関係もそうやって何か関係あるんかなと思って。
マジックナンバー的に思ってるんですけど。
でも三角関係っていうややこしい関係でもありますから。
ややこしい話も展開しそうになるけど。
でも何かそれを起こさない。
12っていうのは何なんですか?
12は2020年に僕が作った会社で、野田友子と二人で設立した会社で。
映像制作と文化芸術の企画制作をする会社で、それも確かに数字12。
ここの12は空間とか見えないものとか感覚みたいなのを現実、僕たちが生きる現世に起こすときによく使われる数字だなと思ってて。
使われる部が?
例えば時計とか月とか色とか。
そういうことね、絵とかね。
そうですね、12っていう数字が人間まだ気づいてないけど大事な数字なんじゃないかなと思っていて。
そういうフィロソフィーがあったんですね。
そうですね、見えないものを現実化させるっていうのの象徴として12っていう名前にしてますね。
いや、12って俺すげー好きです。
え、その数字が?
いや、12。
あ、その格好良さが。
この音、12。
11と12だけじゃないですか、なんか特別なやつ。
確かに。
あと30、40、50、15。
本当はだから10進法じゃなくて、12進法の方が自然なのかもしれないですね。
何のこと?これ全然わからなかった、俺。
私もわからなかった。
何?何?もうその賢い系ですか、これ。
いやいやいや。
次行きましょう。
次、ごめん、次行こう。
はい、なめがたインスタントパーティーについてもっとお伺いしたいんですけど、
2006年に結成されて中崎徹さんと山城大輔さんと野田智子さん、3人のアーティストコレクティブですね。
そうですね、最初全然大学とかも違ってる3人で、
一番最初に発表したのは東京都内と阿佐ヶ谷っていう町での民歌を使って発表したのと、
広島市内で発表するっていうのを、発表する場所が決まってる状態で、
ちょっと3人でやってみようかって言って始まったのがこのグループで。
待って待って待って待って、もう気になることがいっぱいありますね。
山田、その時東京に住んでたの?
そうですね、その時僕ね、山口に住んでました。
いやのに東京で発表したっていうことですね。
そうですね。
なでがたっていうのは、みんななでがたなんですか?その人たちが。
よく言ってるのはリーダーの中崎くんだけがなでがたですってギャグで言ってるんですけど、
本当の意味はその一番最初に展示会場のコミュニティの人たちが、
当たり障りが柔らかい人たちのことを、あの人なでがただよねっていうちょっとスラングみたいなのがあって、
僕たち3人も、なんか3人なでがただよねって言われて、
それまでなんとかインスタントパーティーっていう、
インスタントって即席にパーティーを作る仲間を作ったりとか、
場を作ったりするっていうアートユニットをやろうっていうとか決まってたんだけど、
なんとかインスタントパーティーって決まってなかったので、
そのままその名前を拝借してやろうって。
僕はこれ2年ぐらいやったらもう終わりかなぐらいの気持ちで最初始めたら、
今何年やってんの?15年とか。
えー違うもうすぐ20年ですね。
おめでとうございます。
びっくりした今。
35プロジェクトぐらいやってますね。
一番よく知られてる作品が24時間テレビの、
見た見た。
ありがとうございます。
パロディーみたいな形のものを本当に一般市民の人たちと青森市で作るっていうプロジェクトで、
ACACでしょ。
そうですそうですACACで。
それはすごくツイッターが出始めた頃ぐらいだったんで、2009年かな。
2009年10年かだったんで、
ツイッター上で話題になったりして、
今YouTubeって生配信できるんだけど当時できなくて、
YouStreamっていうサービスがあって、
ずっとプラットフォームって変わり続けてて、
いつかYouTubeもあんなあったねって言われる時が来るんだけど、
YouStreamっていうのを使って、
街の人たち大学生から小学生から大おばあちゃんまで、
みんなが番組作って放送するっていうのを慣れ方でやったり。
最初のプロジェクト本当に15人とか20人とか自分たちの友達が集まって、
展覧会場にあるバナナが天井から吊り下がってて、
このバナナでみんなでおいしいデザートを食べたいと。
だけど届かないから床を70センチみんなで上げて取って、
その床の上でデザート食べようっていう作品で。
来た人来た人みんなで床作って、
10日間くらいそれかけて作った記録を展示するっていう。
ちゃんと届いたの?
設計図なしで素人でやってたから全然ガタガタで、
最後で近所に住んでるマークっていうアメリカから来た青年が、
一人で作って完成して届きました。
よかった。
あと広島でやったのは、広島の街の中でデートコースを作って、
そこにデートコースのキットを持って、
2人で鑑賞に来たらそのデートコースのキットをもらえて、
2人で回ることができるっていう作品とか、
人が参加することを前提にしたプロジェクト作りっていうのをやってましたね。
それが今35プロジェクトぐらいあります。
それが撫で方インスタントパーティー。
でもこれアートっていうのは何かっていうのを、
あんまりよくわからない人が聞いたら、何をしてるんだと。
なるだろうなって思いながら、
僕はわかるよ、なんとなくっていうか、面白いなって素直に思えるけど、
そうじゃない人、一般の人よりたくさんいるんじゃないかなって思ったんですけど、
もうちょっとだから、それってどういうところがアートなの?みたいなことは、
話すと野暮かもしれませんけど、ちょっと聞きたいかもな。
確かに。
そうだね。
演出家の平田織田さんが言ってた言葉で、
これ正確に平田さんが全部言ってるわけじゃない部分ちょっとあるのを許してください。
芸術自体、芸術そのものとかアートとかっていうものが、
インフラであるっていうことを言っていて、
それは例えばインフラでどういうことかっていうと、ガスとか水道とかみたいに、
誰もが絶対に必要なものであると。
僕もかなりその意見、自分にも理念として当てはまるなと思っていて、
水が飲めないと枯渇して死んでしまうとか、
食べ物を3日間食べないと体力がなくて動けないとか、
家がないとそもそも安心して過ごすことが精神的にできないとか、
その延長線上にアートってものもあると思います。
それがなくてももちろん生きていけるってみんな思うんですけど、
もしかしたら水道水よりももっと下にアートがあるかもしれなくて、
もっと根源的なもの、つまり生きてるから水が必要で、食べ物が必要で、
場所が必要なんだけど、
でも生きてるために生きてるわけじゃないじゃないですか、人間って。
じゃあなんで生きてるの?っていうところに、
たぶん生きてるのの次にも芸術があるんじゃないかなと思ってるんですね。
で、今さっきなで方の作品がそのまま、
どこがアートかっていう話まで直接ダーンと繋がるわけじゃないんですけど、
今芸術自体がちょっと遠いものというか、
額縁に入ってて誰かが評価したもので、
私が決めるものじゃないってみんな思ってて、
それは本当はその瞬間瞬間その人の中で決めていっていいもの、
これ欲しいとか、これかわいいとか、これ面白いとか、
笑いみたいに、笑いって考えてから笑ってたらもう遅いじゃないですか、
お笑いとか、なんかそれぐらいの瞬間風俗が高いもので反応してっていいんじゃないかなと思ってて、
なで方は結構それを広げる活動ってところの側面もあるなと思いますね。
なので参加してもらうっていうところは、
一つの強い風を吹いて一歩踏み出させてしまうっていうのは、
デートコースにちょっと回ってみませんかって、
なんかアート見ませんかって言ったらみんな、いやちょっと私アートは遠慮しますけど、
テレビ局みんなで作りませんかとか、映画みんなで作りませんかってなったら、
一歩踏み出す人たちの量が明らかに変わってて、
アートってもっと広いはずなのに、なんかそことか逆説的にちょっと活用してるところがあるかもしれないですね。
そこに参加した人たちにアートが何かみたいなお説教するつもりは全くないんですけど、
考えたりしてました。
よくわかったんじゃないかなと思いましたけど、どうですかナノアちゃん。
面白いなと思って、インフラ一番生きるの次にあるみたいなのは、私もなんかすごく意識できなかったかもと思って、
絵本を子供に読ませるとか、雑誌を読みたいとか、
なんかそこからなぜアートが一本筋でつながってないのかなっていうのは、すごく当時考えてたなと思いますね。
だから、そうかなぜ方はなんていうの、ラーメンみたいな感じ?
ラーメン。
違う?
いや、なんかそのアートがそうやって遠いところにあるっていうと、
2万円とか3万円する料理とかワインの話なんやとしたら、ラーメンみたいに。
ラーメンやったら、みんななんか偉い人も、上司も俺も彼女も対等にラーメンについてなら意見を言えるっていうか、
お前わかってないなとか、そういうことが自分の意見を結構言える。
俺正直2万円の料理に対してあんまり言えないから、そうなるんですけど、
なんかそれぐらいの美術の中にもいろんなタイプのものがあって、
なぜ方がやろうとしたら、なんかラーメンなんかなとかって思いながら今。
いやそうですね、いろんな型を作ろう。
ラーメンの時もあれば、カレーをみんなで餅寄り会をしようとか、
なんかただ単に食べるだけじゃなくて、自分がこれまで作ったことを披露する場にもなったりとか、
いろんな形に品を変えやってるなあと思います。
いやその活動大事よね、本当に。
俺も学生の時すげえ思ってた。なんでこんなに美術みんな興味もたんやろうなあとか。
持つようにしたいっていう気持ちはすごいありましたね。
確かにラーメンね、ちょっと今すごい勉強、勉強になったというか、すごいヒントをもらったなあと思って。
なんか私が今作ってる演劇があるんですけど、笑いなんですよ、そんな笑えるって言っていいのかっていう感じなんですけど、
本当笑いとかって真面目にふざけるっていうのが、いろんなものにバンって開いたりするじゃないですか、
そういうラーメンみたいな作品しか作りたくないなって思ってるんですよ、最近。
舞台の中でのね。
そうですそうです、っていう話です。
他にも高槻芸術時間、インタールードっていうのも手掛けられたっていうのを見たんですけど、これは何として作られたものですか、なで形ではなく。
そうなんです、なで形インスタントパーティーって今言ったような、何かのフリをしたみたいなとか、たくさんの人が関わるとか、
多い時は本当に120人とか、一つのフェスみたいなのを作る時もあったし、
擬似的なフェイクなんだけど、運営は本当にしないといけなくなったり、開催は本当にしないといけなくなったりとか、本当のテレビ局じゃないけどテレビ局みたいなことをやらないといけなくなったりとか、
そういうことをしているうちに、マネジメントの力みたいなのがすごいついていって、
元々コラボレーションするのは自分も得意だったので、チームビルディングとか、どういうふうに人がネットワークを築いていってプロジェクトを運営していくかとかに関してもすごく興味があって、
そこで10年ぐらいやってたんですよね、美術館から依頼があったり芸術祭から依頼があったりとか企業から依頼があったりとか、
そういう仕事をしながら映像ディレクターとして広報の美術館の映像を作ったりとか、自分の映像作家として作品を作るみたいなこともあったりとか、
映像作家のチャンネルとなぜ方のチャンネルは結構近いところがあるんですけど、
そういうものをやっていくうちに、これ自分がやっているのってアートプロデュースなんだっていうことがちょっとつながり始めて、
自分のことをプロデュースするためにアートプロデュースを学び始めたんですけど、
自分のことをやってると思ってたけど、自分だけじゃない、いろんな人たちが関わるところまでスコープを持ったプロジェクトとかを自分で作れるんだなということが分かっていったんですね。
その頃ぐらい、10年代後半ぐらいから企画をやることとかプロデュースするということも自分の作家としての技法に入ってきてたんですよ。
ちょっとおかしいですよね。アーティストが自分の作品を作るんじゃなくてプロデュースする。
アーティストが自分の作品の技法としてプロデュースを使うっていうのができるんじゃないかなと思ってきて。
例えば、今僕はまだ手に入れてないんですけど、今からでも一級建築士とかの免許取ったりしたいんですよ。
それするとアーティストとして建築っていう技法を使うとかができるんじゃないかなと思って。
例えば料理をするとか飲食のプロデュースをするとか、実はどんな分野にもクリエイティビティを発揮する場っていうのはできるんじゃないかなと思って。
そういう中でアートプロデュース学科に教員になった中で高槻市、大阪の高槻市から新しい劇場をリニューアルで作ることになったので、
その劇場の取り壊す法を使って展覧会をやりませんかっていうのを京都芸術大学のアートプロデュース学科に依頼が来た。
壊す法?
壊す法。
壊す法っていうの意味が分からなかったんですけど。