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#movie #podcast #GeekAct #オッペンハイマー #クリストファーノーラン 今回はep.32に引く続き、映画『オッペンハイマー』の感想について話しました。 様々な反響がある映画として、それぞれの感想やなぜノーラン監督がこの作品を撮ったのかについて、僕らなりの結論を出してみました。 https://www.oppenheimermovie.jp/

Summary

このポッドキャストでは、ギークのお二人が興味がある技術や熱中していることについて語っています。オクさんは話しています。ゾウイさんは話しています。今回は前回に引き続き、オッペンハイマーのお話をしています。

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このポッドキャストは、ギークのお二人が興味がある技術や熱中していることについて語り合う番組です。
オクです。 ゾウイです。
今回は前回に引き続き、オッペンハイマーのお話をしていきます。
オッペンハイマーがフィルムでビジュアルを受け取り、自分の罪を理解する
オッペンハイマーが、トルマン大統領と会う前後で、原爆10日の、10日後の様子っていうのをフィルムで見るシーンがあるじゃないですか。
実際フィルムは映ってなくて、一瞬見て目を背けてしまうっていうシーンにはなってるんですけど。
彼は、この写真で、フィルムで、ビジュアルで受け取って、初めて理解して想像できるようになったんじゃないかなと思っていて。
自分の中にビジュアルとして結果を取り込んだからこそ、皮膚が剥がれる様子とか、黒い塊踏み抜くみたいな想像っていうのが、自分の中で作れるようになったんだなと思ってるんですよね。
そのタイミングで、自分の罪っていうのをちゃんと自分の中に下ろしたんじゃないかなと思ってて。
逆に、コミュニティ実験の時点だと、威力は見てたわけじゃないですか。
実験のタイミングで威力見てたのに、そこで止めるって行動をあまり見せることはなくて、あくまでプロジェクトの貫通っていうのを祝う姿が目立ったなって思ったんですよね。
あのシーンってどう見ました?
まあ、どう見る…別に普通というか、そんなもんかなぐらいの。
でもやっぱり、あのシーンって、ある意味原爆じゃなければですよ。
街1個作って、プロジェクトを進めて、それが完成した姿じゃないですか。
ある意味めちゃくちゃ美しい映画に見えますよね。
作ってるものが違ければみたいな。
大国家プロジェクトを成功させるまでみたいな。
あんまり自分は美しさみたいなのはわかんなかったですけど、努力が実る瞬間っていうのは当然…
努力が実る瞬間というだけで、その実った努力が原爆っていうだけで、別によくあることみたいな感じではありますね。
そこに関しては受け取り手に左右されるんじゃないですかね。
自分は特に別にって感じですし、観測するにあたっていろんな準備とかが、すごい再現されてるなぐらいしか思ってはなかったですね。
作品が描くオッペンハイマーの立場や後悔についての考察
ビジュアルでオッペハイマーが原爆10日後っていう様子を見るシーンがあってというところで、
たまに意見として見られる話として、広島・長崎の様子を描いてないっていう主張があると思っていて、私も何件か見てるんですけど、
本作のコンセプト的には、特にこの絵が二次大戦期のオッペハイマーが見たもので構築されてるじゃないですか。
例えば作中だと、ナチスは危険だとか、ナチスの話っていっぱい出てくるんですけど、具体的に彼らがホロコースとどういうことになったのかみたいな様子って彼に届いてないじゃないですか。
そこを考えると、広島・長崎の様子を直接的には描いてないので、彼が直接そこで見たわけでもないから、そこは構成上正しいのかなと思ってるんですよね。
特にさっきのフィルムで結果を見たことで、咀嚼して、周囲の人間がもし現場にいたらこういう風になっちゃうんじゃないかみたいに、皮膚が剥がれる姿とか黒い塊を踏む様子っていうのを、自分の中に受け入れた恐怖として罪を描いてるじゃないですか。
この演出で、結構私12分に表現がされてるなと思ってて、ある意味、当時の記録映像とか写真挟み込むよりエグいことをしたんじゃないかなと思ってるんですよね。
そうですね。別に反戦映画ではないんで。当時の人とか、当時何が起こったかを知った人が、じゃあ身の回りの人にどうもそうなる可能性があるって想像してるっていう意味の演出だと全然十分というか。
なんでそんなわざわざ広島とか長崎を描く必要ないでしょ、あの映画って思いますけどね。
うんうんうん。なんですかね。日本だからそういう意見は出ちゃうけど、じゃあ他の海外から見て、同じような意見が出てたのかっていうのは、やっぱりこうスタンスというか立場の問題って感じはしますよね。
そうですね。
やっぱりこう人って、見たものとかその現実じゃなくて、自分の中で解釈できてこそ苦しむんだなぁと思う向きがあって、私はそこで十分だったかなという気がしてます。
そうですね。そもそも様子を描いてほしいっていう主張は、別に描いてほしいって思ってるんじゃなくて、描いたことによって世界中に悲惨さを広めてほしいっていうエゴでしかないと思うんで、だったら自分で映像作ったらっていうだけじゃないですか。
そうですね。ちょっと全体振り返り的なところですけど、トルーマン大統領の様子だったりとか、作中10日後のラジオで流れてくるドライな報道とか、戦争に勝ったっていうことに関しては湧いてる国民の様子?
みたいなものっていうのが描かれていて、アメリカでの原爆開発と、10日っていうのに対してどう受け止められてるかっていうのが見えるものだった。さっきゾイさんも言っててくれたやつなんですけど、私も見ましたね。兵士が帰ってくるんだからいいだろうみたいなセリフっていうのが印象的だったなと思って。
こういったことを踏まえると、日本の近年でいうと、オバマ大統領の広島演説とか、広島サミットの各国首脳の原爆資料館の訪問とか、位置づけっていうのが自分の中で見え方が変わってくるのかなって思った部分ですね。
そうですね。時代は流れていろいろ、アメリカの中でも見え方が変わってるんだなっていうのは、現状と昔、オッペン・ハイマーの中で描かれている当時の様子の差を見ることで、どんなふうにいろいろ考えてきたかっていうのは、押し量れるところかなと思いますね。
オッペン・ハイマー、作中に関われてない部分なんですけど、1960年に来日してるんですよね。長崎、広島には行ってないんですけど、東京、大阪には行ったっていうことなんですね。
日本の記者から、原爆の開発に関わったことを後悔しているかって聞かれたオッペン・ハイマーで、後悔はしてないって言っているとか、申し訳ないと思っていないということではないと答えてるんですね。
さらにその後、亡くなる直前、1967年のインタビューだと、大義があったと信じている。しかし私たちの心は完全に楽になってはいけないと思うのですと。
自然について研究して、その真実を学ぶことから逸脱し、人類の歴史の流れを変えてしまったのですから、私は今になってもあの時もっと良い道があったと言える自信がない。私には良い答えがないというようなことを話しているそうです。
この辺の話は、本編のテリフの方よりも若干反映されてる話かなと思ってるんですけど。結局、後悔はしてないと言って、あの当時のタイミングでは大義があったと信じてるんだけど、最後まで01で正当化はできなかった人生だったんだなっていう気がしますね。
まあでも、すごくインタビューの答えとしては、なんか普通に、シンプルに心情を述べてて、多分本音が出てるんだろうなというような気がしますけど。
そうですね。
自然について研究してみたいなところで言うと、元々量子力学から始まってるじゃないですか。量子力学って、僕らはもうその成果を結構恩恵受けてるはずですよね。
特に宇宙関連とか、単語だけ出すとダークマターがあるのかないのかとか、そもそもクォーツがどうとかね、量子加速器でみたいな話とか。
それって結局、今どこに意識が向いてるかっていうと、冒頭でも演出だったんですけど、宇宙の成り立ちとか、宇宙ってどういうふうにできてるんだろうとか、そういう方面の研究じゃないですか。
今のそっち方面の宇宙の成り立ちを追求してるっていうところから逸脱してるっていう意味だと、確かにその通りで、すごくすごくシンプルなコメントだなと思いましたね。
そうですね。なんかインタビューっていうよりはもうカイコルクみたいなコメントをしてるなっていう。
特にこう、自然について研究してのところなんて、彼、作中ちらっと出たと思うんですけど、ブラックホールの理論書いてるじゃないですか。
はいはい。
結局、彼は原爆の開発に出会わなければ、の立場になければ、まあそういう宇宙の物理とか、それこそ理論でいろんなものをどんどん作ってた人になったんだろうなって気もするし。
逆にオッペンハイマーがあの立場にいなくても、他の誰かがあの立場にいた可能性もあるし。
さらにオッペンハイマーはたまたまリーダーシップを発揮しちゃったじゃないですか。
はい。
だから、リーダーシップを発揮したからああいうふうに前面に立ったんだけど、他の科学者って結構実は後に作中に出てきた人物たちも結構ノーベル賞もらったりしてるんですよね。
だからそういう立場の一科学者に落ち着いたのかもしれないなって、まあ後で思うっていう感じがありますね。
なんかこういう意味だとあれですね、その相対性理論とか、僕らがSF映画を楽しむ上で、なんかなんとなく知ってる理論とかいっぱいあるじゃないですか。
はいはい。
あれの、なんかアリューみたいな感じじゃないですか。その原理というか、その技術的要因だけで言うと。
あー、その。
そう、なんか結構僕らが親しんだ理論の発展系?みたいな感じなんで、なんかそういう意味だと、なんか意外と映画好きから支持されるような映画に、そういう意味で仕上がってるのかなっていうのと。
だからノーランが簡単にやってるのかなっていうのがなんかちょっと、譜に落ちましたね。
私それこそ、やっぱりブラックホールの理論を書いた人で、まあ過去にノーラン、ブラックホール、タイトル映画忘れちゃいましたけど、ブラックホールの映像化をしてるじゃないですか。
インターステラー。
そう、インターステラー。
あれ、インターステラーって、理論に基づいてブラックホールはこういう姿じゃないかっていう映像を作った後に、実際観測された映像がそれがそっくりだったって話が確かあったと思ってて。
やっぱりそこで、オッペンハイマー、例えばノーラン監督のいろんなストックの幅の中にブラックホールがあって、その幅の中のいろいろ枝葉とかいろんなものを追っかけていくと、やっぱりオッペンハイマーがそこにあるんだなと思うんですよね。
やっぱり結局SFの一種とも言えなくもないのかなというような。
はい、2回に分けてオッペンハイマーのお話をしてきました。
いろんな意見、いろんな立場で見る映画なのかなと思っています。
もしお時間あれば、興味あれば見てみてください。
14:08

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