1. 自己理解チャンネル
  2. 【補足】事実と解釈|THE FINAL
【補足】事実と解釈|THE FINAL
2026-07-17 16:04

【補足】事実と解釈|THE FINAL

「事実と解釈を分ける」
多くの人がつまずくポイントがあるようで。

たぶん
評価を事実だと思い込んでるのではないかと。

事実とは何か。
評価とは何か。
解釈とは何か。

算数のテストを例に、
日常で無意識に起きている
認知の流れを解説します。

「私はずっと評価を事実だと思っていたんだ。」

そんな気づきが、
自分を責めるループから抜け出す第一歩になるかもしれません。

#認知科学 #自己理解 #コーチング #事実と解釈 #評価 #思い込み #認知のクセ #フユコメソッド
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5fb269b6c646546590fe6a3a

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
こんにちは、フユコです。
今日はね、事実を見ているつもりが、評価しか見えてない人へ、っていうお話を、ちょっと取っておこうかなと思いました。
なぜなら、事実と解釈を仕分けるっていうのが、やっぱりね、難しいみたいね、どうやら。
難しいって言うとあれなんだけど、まあ自分だけでやってると、何が事実かが、ちょっと仕分けられないよって、どうしても感情が入っちゃうよっていう人もね、いるみたいなんで、
ネタいただいたり、コメントいただいたりして思ったので、ちょっとね、考えてみた。
これね、何が起こってんのかなって思ったら、
なんかね、事実と解釈よりも、もう一段手前の話になるのかなと思って、
事実を見ているつもりで、実はね、これ評価を見ている人がいるんじゃないかなっていうのに気がついたので、ちょっと取ってみようかなと思ってます。
はい、よろしくお願いします。
じゃあまずは、事実とは何かを定義しますね。
事実って誰が見たって変わらない現象のことなんですよ。
で、一方で解釈ではなくてね、その手前の評価と言います。
評価とは、その事実にその人がつけた意味、その事実に人が意味をつけたものを評価という。
例えば、仕事で新しい資料を作りました。
そして提出をした。
これ事実よね。
解釈じゃないよね。評価でもないよね。
仕事で新しい資料を作った。そして提出をした。
ここまでは事実。誰が見たってそうよね。
なんだけど、失敗したとか、エラーだったとか、うまくいかなかったとか、これ事実ですか?
どうでしょう?これ皆さん。これ事実ですか?
失敗しちゃったとか、エラーだったよとか、うまくいかなかったとか、これ事実ですか?
これはね、評価なんです。
ここで一個質問すると、もし同じ出来事をね、100人が見たら100人とも失敗だったって言うでしょうか?
多分それぞれだよね。
ある人は、「いや、挑戦したよね。」って言うかもしれないし、
ある人は、「惜しかったよね。」って言うかもしれないし、
ある人は、「経験になったね。」って言うかもしれないよね。
03:04
何が言いたいかっていうと、失敗だったっていうのは出来事、事実ではなく、出来事に対する評価だよね、本人の。
ところが、私たちの脳ってこの評価を事実だと思い込んでしまう。
例えば、「私、嫌われてるから。」
いや、それ本当にそうでしょうか?
例えば、事実として、相手からLINEの返信が来なかった。かもしれないじゃん?
例えば、「私は仕事が出来ない。」
これ本当にそうですか?
事実は、上司に資料を修正してと言われた。かもしれないじゃん?
例えば、「僕、失敗した。」本当にそうかな?
事実は、思った結果にならなかった。だけかもしれないじゃん?
この評価を事実だと思うと、脳みそってその評価を前提に次の世界を作るんだよね。
でもここだとややこしくなるかな?
私はダメなんだ。私は嫌われている。私は能力がない。
そうすると、次に見える景色まで全部その評価に染まっていっちゃう。
なので、事実と解釈を分ける前に、まず事実と評価を分けること。
ここが大切かなってちょっと思ったんだよね。
もうちょっと分かりやすい例があるといいなと思って、
うーんとね、すっごい考えたんだけど、
例えばさ、子供がテストで、算数のテストで60点取ってきたとするよね。
テストの結果が60点だったとするよね。
自分でもいいよ。子供でもいいし。
事実何?算数のテストが60点だった。
これ事実だよね。
でも、できなかったね。
これ評価だよね。できなかったね。これ評価だよね。
テストの点数悪かったね。これ評価だよね。
さらに、僕は算数が苦手なんだとか、
この子が勉強が苦手なんだとか、
06:00
努力が苦手な子なんだとか、
これ、ここまで行くのが解釈だよね。
ここの違い分かりますか?
つまり、算数のテストの結果が60点だったっていう事実に、
まず、悪い、できなかったっていう評価がつく。
そして、だから、算数が苦手なんだっていう物語が始まる解釈ね。
これ解釈なの。
これどうかな?これ分かるんじゃないかな?どうかな?
構造としては、出来事、現象、これが起こる。これが事実だよね。
それに対して、まず、良い悪いの評価をつける。
そして、解釈という意味を作っちゃう物語。
それが感情を呼び起こして行動に移るっていう構造なんだと思うんだけど、
どうかな?
仕事でミスをした。
この言葉、実はもう事実じゃないよね。ミスをするなんて。
ミスをしたって言ってる時点で、これは良くなかったっていう評価が入ってるよね。
じゃあ事実って何?ってなった時に、事実だけを書くんであれば、
例えばだけど、数字を一桁間違えて入力したとか、契約の日付を間違えたとか、
上司から修正してくださいと言われたとか、これが事実だよね。
起こった現象、事実。
そこに失敗したとか、うっかりしたとか、見間違えたとか、そういう評価がつく。
その評価がさらに、私は仕事ができない、私は信用を失った、私はオッチョコチョイだとか、
解釈が始まる。
つまり、評価は点数をつけるということ。
そして解釈はストーリーを作るということなんだよね。
これでどうだろう。これで伝わったらめちゃくちゃ嬉しいなと思うんだけど。
そんで私が思っていることは何かって言うと、こうやって人生を苦しくしているっていうのは解釈だけじゃないよねっていうこと。
その前に自分が無意識につけている評価があるんだよ。
なので評価が変われば解釈も変わるよね。
なのでまずは、是実と解釈を分けるっていうのはもう言わない。
是実と評価を分けてみて、ここから始めてみよう。
これだったらどうかなと思って撮ってみました。
09:05
評価とはこの点数をつけることで、解釈とは物語、ストーリー、意味付けをすること。
これでどうでしょう。
子供が算数のテストで60点取りました。
まず事実は何でしょう。事実は算数のテストで60点だった。これだけなんです。
ここに良いも悪いもないの。算数のテストが60点だった。
次に60点を見て評価をする。
テスト悪かったね。失敗したね。もっと頑張らなきゃね。
これは評価なんです。評価とは出来事に点数をつけること。
良いとか悪いとか成功とか失敗とか正しいとか間違っているとか。
そうやって出来事を採点している状態。
そしてこの評価の次に始まるのが解釈ね。
例えば算数のテストが60点だった。悪かった。これは評価。
そこから私は算数が苦手なんだ。私は頭が悪い。私は頑張ってもできないんだ。
私は勉強が苦手なんだ。これ解釈。
解釈とは出来事とか評価から自分または相手について耳づけをすること。
物語ストーリーを作ってしまうことなんですね。
つまり事実は60点だった。評価は悪かった。解釈は自分は勉強ができない。
この3つは全部違うよね。
でも私たちは無意識に評価を事実だと思っているよね。
だから失敗したって言う。
なんだけど本当の事実は思っていた結果にならなかったかもしれないし、しかもエラーだったとか言うよね。
なんだけど本当の事実は1回でうまくいかなかったかもしれないよね。
このように人生が苦しくなるのは事実のせいではありません。
まず自分で点数をつけちゃってるってこと。つまりね自分で評価してるっていうこと。
そしてその評価をもとに自分はダメだっていう物語を生み出すっていうこと。
これが解釈ね。なので事実と解釈これを分けられない。
よくわかんないっていう人はまず事実と評価これを分けるという練習をしてみてはどうでしょうか。
そこに慣れたら評価をした後にどんな物語を自分が作ってるのかなってそこまで見えるようになると
12:00
自分の認知の癖というのが驚くほど見えてくると思います。
これでもうこれが最後だね。
これで伝えて伝わらなかったらもう他に伝えようがあるかしらっていうぐらい。どうかなどう。
もう1個ぐらい例出しとく。ここから先はもう1個例を出すけど
さっきの算数のテストの例でちょっといまいちわかんないなっていう人だけ聞いてみてください。
なるほどねってわかった人は聞かなくてもいいです。いきますよ。
例えば仕事でプレゼンをしました。プレゼンをして思ってた反応がなかったなーって。
これ事実何?プレゼンをした。相手の反応が自分の予想と違ったとかここぐらいだよね。
なんでけど脳みそって一瞬で失敗だったって評価するんだよ。この失敗したは出来事じゃないんだよね。
自分がプレゼンした後、このプレゼンにつけた評価なんだよ。
これはわかるんじゃない?関西の方たち。もう1個出す。
新しいことに挑戦しました。1回ではうまくいきませんでした。
これの事実は何?ってなった時に新しいことを試したとか思ってた結果にならなかった。
これ事実だよね。でもこれに対してエラーだったとかダメだったとか失敗したっていう。
これが全部出来事そのもの事実ではなくて自分がつけた評価なんだよ。
怖いのはここからで脳みそってその評価を事実だと思い込んでる。
そうすると次に私には向いていないとか私は能力がないかもしれないとかもしかしたら私には無理かもしれないとか物語が始まっちゃう。
これが解釈ね。私たちが苦しんでいるのは最初から解釈じゃないの。
その前に評価を事実として採用しちゃってる。
だからその評価を前提にした物語がどんどん出来上がっていく。
どんどん物語があなたの人生を作り上げていってしまうっていう話です。
最後問いを置いて終わろうかな。
あなたは本当に事実を話していますか?
15:01
それとも自分がつけた点数を事実だと思って話していますか?
失敗した。これは事実じゃなくて評価だよね。
ダメだった。これは事実じゃなくて評価だよね。
エラーだった。これも事実じゃなくて評価だよね。
これに気づいた瞬間、初めてこの方は
じゃあ本当の事実って何だろうっていう問いを持てるようになると思います。
この問いが生まれると事実が見れるようになって
自分が評価していたってことに気づき
その評価が解釈を生み出しているっていう構造が
自分の日常の中でも見えるようになっていくのではないでしょうか。
どうでしょうか。頼むって感じで。
それではまた来週。See you!
16:04

コメント

スクロール