オープニングトークと中毒性のある食べ物
おはらあやこがお届けする、人生の不思議JUNCTION。 この番組は、夢かうつつか、現実と非現実の間にある交差点、あなたの人生の分岐点にある不思議な出来事を深掘りしていく番組です。
はい、みなさんこんばんは。今日ね、2本目ということでですね。 まあ初めてのね、2本撮りかな、それの2本目になるんですけども。2回目ということでね、ちょっとは慣れるんじゃないかなとかも思ったりするんですけど。
まあね、オープニングトークっていうのはね、まあこう私の近況とかも話したりできたらいいなというふうに思ってるんですけど。私ね、あれなんですよね、好きな食べ物とか皆さんありますかね。私ね、もうこの、もう本当にね、あのこれも怖い話なんですけどね。
あの辞められない食べ物がね、やっぱり一つだけありまして、お酒とかはね、やめれるんですけどね。あの、シンカップ焼きそばってご存知ですか、皆さん。シンってあのめちゃくちゃ辛い、あのシンシリーズって言うんですけど、まあそれのね、あのラーメンはあるんですけど、私の中ではあれはそこまでね、まだ辛いなって思わないんですけど。
あのシンのカップ焼きそばね、もうめっちゃ辛いんですよ。けどね、なんかもうあれね、なんかすっごい中毒性あって、ちょっとほんとやめれなくてですね、もう全然毎日でも食べちゃうんですけど、体に悪いからね、やめてた方がいいなとは思うんですけどね、食べちゃう。
まあそれがね、まあ依存症ということでね、まあ怖いなと思うんですけどね。お酒もね、なかなかちょっとやめたいなと思いつつ、やめれないみたいな話はあるんですけど、私もね、あのお酒にちょっと、お酒にこう、なんていうかな、依存しちゃった時とかもあったんですけど、まあね、今はあんまり飲まないようにはなってるんですけど。
まあそれよりね、なんかシンはね、なんかやめれないんですよね。なんかあれをやめちゃうとね、なんかお昼の楽しみがなくなっちゃうみたいなぐらい好きでね、辛いのがね。
あのシンラーメンに納豆をね、ぶち込むんですよ。それで、クッサーって感じなんですけど、たまにキムチもね、ぶち込んだりするんですけどね、まあちょっと栄養、栄養みたいな感じで、納豆をぶち込んで食べるとね、ちょっとまろやかになって、あのネバネバ感がね、この辛い感じとね、合うんですよね、なんか知らないんですけど。
まあこの時間ね、この22時か、この夜ね、深夜になって、夜ね、絵描いたりとかもするんですけどね、一時ほんとね、ずっと夜中もちょっと食べちゃえみたいなね、コソコソね、あの暗闇の中にシンク開けて食べてた時もあったなあ。もうね、やったらもう痩せれないんでね、やらないんですけどね、まあそんな感じです。
今日もよろしくお願いします。
人生の不思議ジャンクション。
娘の小児がん発覚と闘病生活
はい、それではですね、今日のテーマ、前半戦ということでですね、前回聞いてくださった方、ちょっと繰り返しになってしまうんですけども、私ね、子供が2人おりまして、次女の方がですね、1歳の時にね、小児眼が見つかりまして、
その時ね、普通に私も仕事もしてて、公務員としてね、仕事もしてたんですけども、育休中でしてね、1歳2ヶ月ぐらいだったかな、目の中にですね、ちょっとキラリと光るね、血走ったものが見えて、それがね、まさかね、小児眼の一つやとは思ってはいなかったんですけど、
猫なんかちょっと変な感じするなと思ってて、その日ね、王子動物園から帰ってきて、1歳2歳、年子なんですけどね、うちの姉妹は、ちょうど1歳2歳の年齢で、年子って結構大変じゃないですか、普通に子育てしてて、女の子、女の子でもね、走り回ったり、上の子がね、まだ赤ちゃんなのに赤ちゃん帰りしたりとかね、
そんなんで年子って大変なんですけど、ヘトヘトになってね、王子動物園からね、夕方帰ってきて、それでね、今日も疲れたけど楽しかったんちゃうとか言いながらね、夕日をね、私の、夕日が差し込んでるんですけど、私の背中から差し込むみたいな感じで、ちょっとおむつを変えたんですよ、娘1歳なんでね。
で、その時にちょっとたまたま、その下から入った光が、この目の多分網膜なんですけど、に反射して白色動光っていうのが見えまして、それがなんかね、もうヘトヘトなんですけども、ちょっとなんか嫌な感じがするっていうね、これはもうおかんのかんみたいなものなんですけど、それでふっとなんか嫌な感じがするなと思って。
で、家族とかね、母とか弟とかもいたんで、その時、これなんか変じゃない?この子のこの目の、なんか見えんねんけど、なんやと思う?みたいな話をしてたら、まあでもこういう色素の子ちゃうの?みたいな、こんなんあるんちゃう?普通にみたいな感じで、全然ね、知らないんでね、大丈夫やろ?みたいな、それよりも早く帰って寝ようよみたいな感じで、風呂入って寝ようみたいな感じだったんですけども、私はね、なんかね、もう嫌な感じがしたんですよ。
なんでね、ちょっと保健所がちょっとなかったんですけど、実家でね、ちょっとおむつをかいてたんですけど、ちょっと取りに帰ってですね、もう今すぐちょっとがんかになんか行きたい感じがするみたいな。で、行ったら、まあ小児がんですよ、いうふうに言われまして。
で、えーみたいな、なんか小児がんやとは思わなかったんですよね。その、まあなんかね、変な病気かもしれんなとはちょっと正直思ったんですけど、まさかがんやとはちょっと思ってなくて。で、まあその時ね、あのお医者さんに、まあこのままほっとったら失明はするし、えーと、最悪ね、命に関わりますっていうふうに言われて。
で、こんなね、もうなんだろうね、元気なんですよ、めっちゃ。普通の1歳児で。で、目見えてない感じもなくて。で、さっきまでね、もう走り回って、もうやんちゃ言って、いやいや気もね、あの1歳なんですけど、突入してて、もうこの子は元気やけど、まあ大変やなとか思ってた感じやったんですけど、まさかがんでね、目の中に。
盲膜にできるが、盲膜が細胞種っていう名前のがんなんですけどね、まあ小児がんの一種で1万7000人に1人かなっていうふうに言われてるがんになります。で、まあそれでね、これはやばい病気やということで、もう翌日ね、ちょっと総合病院ね、大きい病院に先生紹介してもらって、まあ行くことになるんですけど、まあそれでね、精密検査をするとまさかの両目やったんですよね。
最初は右目で見つけたんですけど、なんか左目もね、ちょっと左目は私の肉眼で見たら見えないところにあって、しかも大半分っていうね、目の焦点を当てるところにでっかい感じでね、バンとあって、でもうこの子、目見えてなかったんやっていうね、そこもショックでしたね。
ちょっと写真っぽいなっていうところはあったんですけどね、まあそれでまあちょっとね、そこからね、もう地獄にたたき落とされたと言いますかね、まあ小児病棟でのこう、闘病生活っていうのを娘と一緒に始めていくんですけども、まあ点滴とかね、つながれてね、もう何をされてんねん、このちっちゃい体にみたいな、まあそんなんでね、まあちょっとショックすぎて眠れなかったりとかする夜があってですね。
まあそんな中で、まあ私はね、もうどうせ眠れないんだったらお酒に頼るんじゃなくて、まあ絵でも描いてみますかということでね、自分の好きだったことをやってみようということで、まあちょっと絵を描いたりいうふうにするようになりまして。
で、まあね、病院で娘とね、つき添い入院しながら、まあ絵を描いて、で、まあね、こうお医者さんにね、もうちょっと良くない結果、検査結果を言われて、もうガーンと落ち込んで、もうこんなんやったらもう生きてるん苦しいみたいなぐらいになってたんですけど、まあね、お姉ちゃんがね、あの2歳、当時2歳で家に帰ったらね、まあ私のことちゃーちゃんちゃーちゃんってね、お母さん、お母ちゃんって言わせたかったんですけど、言えなくてちゃーちゃんになっちゃったんですけど、
ちゃーちゃん待ってるよとか言ってくれるんでね、まあちょっとこのままね、ここで人生終了になるわけにはいかんということで、まあお姉ちゃんがいたからね、まあ今こうして、まあみんなで元気に生きてるんじゃないかなっていうふうに思って、お姉ちゃんにはすごい感謝してるんですけど、
まあね、私が書いた大好きって言いたいよっていう絵本はね、まあそういう、その時のお話を絵本にね、こう書かせてもらってるんでね、よかったら読んでくださいっていう感じなんですけど、ちょっとだけね宣伝させてもらったんですけど、まあそんな感じで、娘ね、一生懸命糖病生活頑張ったんですけど、
3年弱かな、東京の国立がん研究センターで1年ぐらい治療して、まあそれもあって3年弱で、抗がん剤も2回ぐらい打って、まあやったんですけど、その甲斐なくね、あの目は、目を残したくって、温存したくって治療頑張ったんですけど、その甲斐なくね、両目ともに摘出ということになってしまいました。
まあ今ね、義眼をしてるんですけどね、まあその時ね、お医者さんともね、めちゃくちゃ揉めたんですよね。もうかさぶた取るんやないねんからみたいな、歯抜くんも嫌なんやで、みたいな感じで、医者とはめちゃくちゃ揉めたんですけど、まあね、今となったらね、目が見えなくなって、まあそれが嫌だなと思ってたんですけどね、見えなく、もう目を取ってしまった瞬間からはね、もうなんかすっきりしましたね。
なんかもうこれで苦しみから解放されたなというふうに、どっちかというとそっちの思いの方がよくありましたね。取る直前まではね、手術室に娘を預ける直前までは嫌だ嫌だ、もう持っていかないで娘をとか思ったんですけどね、まあちょっとそんな感じで、あのまあ今ね、目が見えなくなったんですけど、娘がね、そういう病気になったから、まあそのおかげでっていう言い方はあれなんですけど、まあ今の私があって、
小児病棟とかもね、体験することがね、今まで絶対行かないだろうなって思ってた場所だったんですけど、いろんなね、頑張ってるお子さんとかを見ることもできて、そこでしか出会えない方とも出会えてっていうね、あの娘がおって、まあこういうことになったおかげで、今の私があって出会えなかったなって思う人とも出会ってるなって思うと、ありがたいなっていうふうにね、知らない世界を知れたなっていうふうに思ってます。
でね、私あのこの前ですね、三陰の方でね、個展をさせてもらったんですよ。三陰芸術堂というところでね、でそこのオーナーさんがね、娘の目の病気を見つけてくださった、まあ医者の先生が最近ちょっとオーナーに変わられて、でその先生がね、あの私のまあ元主治医とすごいあのね、大学の先輩後輩関係で、眼科のね、で私の娘の目の手術、摘出手術をした先生だったんですよ。
ぶっきらぼうな感じの先生でね、正直なんかなーとか思ってたんですけど、その個展に来てくれたんですよ。
で当時の話をね、ちょっとさせてもらって、でね、まあね、その先生もめちゃくちゃ、その時は揉めたけど、まあね、その先生もちょっといろんな思いを持ってね、手術をしてくださったということが、このなんだろうな、2年後、2年越し、3年越しぐらいにね、分かって、なんかちょっとまたね、こう一つね、私の中でこの病気に関する思いというか、またその皮が剥けたなっていう感じがね、
改めてあったっていう、まあその経験がね、ありましたね。なんか不思議な感じでしたね。その先生もね、眼球取る、取ってくださいって言うんだけど、まあ先生的にはね、取りたくないみたいな。やっぱね、治療じゃないですからね、眼球摘出するの。まあそういう思いがあったんだなっていうことを知れて、まあ良かったなっていう感じです。
人生の不思議ジャンクション。
元警察官時代の経験と警察学校の怪談
はい、それではですね、改めまして、前半戦はね、ちょっと私の娘の話とか病気の話させてもらったんですけど、後半はですね、私の前職の話をちょっとさせていただきたいなと思います。この話はね、ちょっとしっぽりした感じで生かしていただこうと思います。
えっと、まあね、1回目の放送でもお話しさせていただいたんですけど、私ね、あの前職警察官だったんですよ。で、まああの、娘の病気きっかけでもう辞めてるんですけど、警察官でね、やっぱり一番最初に行かないといけないっていうところは警察学校ですよね。
今ね、キムタクがあの、強情っていうね、ドラマをね、あの、ドラマっていうか映画かな、させて、あの、やっていると思うんですけど、まあ新作もあったのかな。なんか映画館でやってるの見た気がするんですけど、まあ私的にはね、あれちょっとちらっとね、あの1話、第1の作品だけ見たんですけどね、あんなもんじゃないよっていうのはね、ちょっと思いますね。
もっと厳しかったですね。もっと怒鳴られたし、もっと連帯責任で腕立て腹筋とかさせられたなーみたいな、まあ一昔前なんでね、今の時代もうちょっと変わってるかもしれないですけど、まあそんな中でね、まあ閉鎖された、えっと学校の中で、まあ半年間ぐらい、あの、みんなでね、寮生活をするんですよ。
まあ長期と短期とか、まあ大学、大卒、高卒とかいうので、まあちょっと期間がね違ったりとかもするんですけど、まあそこでね、あの、まあ同期ね、まあ何人ぐらいいたかな、300人ぐらいいたのかな、まあね、こう寮の中に入っていくんで、やっぱりね、こう家にも帰れない、携帯も取り上げられたりとかするんですけど、まあそこでね、あのみんなね、ちょっとおかしくなっていったりとかね、やっぱするんですよね。
まあ不思議ジャンクションということでですね、少し不思議な話もしていきたいなと思ってるんですけど、まあ同期ね、あの、まあすっぴん、まあ女子からしたらね、すっぴんでね、あの髪型をね、和田彩子みたいな感じの髪型にみんなさせられるというか、まあ規則があってね、するんですけど、まあ一昔前ですからね、今はもうちょっと規律が緩んでるみたいなんですけど、あのね、やっぱその閉鎖された空間の中にいるとね、
まあ男女いるんですけど、まあ女子もね、いるんですけど、やっぱりなんかね、ちょっと可愛い子がめっちゃ可愛く見えたりね、ちょっとなんか顔がシュッとしてる子がイケメンにね、見えたりね、学校の外に出た瞬間からあれ、そうでもないぞみたいな思ったりするんですけど、まあそこも不思議なんですけどね、
まああの、22時ぐらいかな、転校して、あの掃除が終わった後転校してみんなで、で、あの自分たちの寮にそれぞれ戻っていくんですけど、やっぱりね、あのカップルっていうのもね、できるんですよね、そこでね、
あの、胸上色眼鏡みたいなのがね、かかってて、なんか、あ、その、あの子付き合ってんだよみたいな感じでね、こう、女子の方が圧倒的に少ないんですけど、で、まあその不思議だったのがね、まあその転校が終わった後22時ぐらいなんでね、真っ暗なんですけど、こうカップルがね、闇夜に消えていくんですよね。
あら、あの二人いなくなっちゃったね、みたいな感じの話を同期同士でしたりとかしてね、まあ本当ね、何が怖かったかっていうとね、あんまりそういうとこ、そういうことをしてるのがね、バレたら怒られるんですよね。
本当、やめてくれよって思うんですけど、まあこの連帯責任っていうのがあるのでね、まあそこがなんか怖かったなと思いますね、バレたら怒られるやんけみたいな。
まあそんな感じのね、まあ警察学校だったんですけど、まあちょっとね、こう異質な空間だったなと、今思ったら思います。なんか洗脳に近いかもしれませんね、もしかしたら。
うん、まあこんな話あんまり言ったら怒られちゃうのかもしれませんが、もうやめてますんでね。
でね、警察学校っていうのも結構歴史があるというか、建物自体は古いんですよね。
なんで昭和な感じかな、なんか床が緑だったりね、なんかそんなツルツルしてたりとか、まあそんな感じで、まあみんながね、こう歴史的にこう床を磨いたりとかね、雑巾掻きをして、あの建物にもね、いろいろ歴史があるなっていうのがすごい思い返すとあるんですけど、やっぱりね、こういろんな噂は聞きましたね。
なんか私も女子寮にいたんですけど、まあえっとね、何時ショートだったかな、22時、23時、22時完全、違うかな、ちょっと忘れましたけど、23時には寝てないといけなかったかな。
なんかそんな感じでね、廊下に、トイレとかにね、起きて廊下に出ることはあるんですけど、まあ絶対こんな時間誰もいないやろっていうところでね、ちょっと人影を見たとかね、まあそういったような話とかね、こう同期同死で結構噂が広まっていって、まあそんな話とかもね、聞いたことありましたね。
でなんか男子寮の方にね、女子的にはいけないんですけど、教官とかにもね、ちょっとこっそり聞く話とかもあって、教官は夜ね、夜そのみんなちゃんと出てるかどうかっていうのをね、見に回ったりとかするんですけど、
その時に、こんな時間絶対誰も起きてないだろうっていう、まあ3時とかね、2時とか3時の時間に、私たちね、活動する時に白い帽子をかぶるんですよ。
で、その白い帽子っていうのはまあ運動してる時とか、まあそういう時にかぶるんですけど、その帽子をね、夜中にね、かぶってね、こうなんかうろうろしてる子をね、見て、でまあ教官はね、声かけるんですね。
で、見に行くと消えてるとかね、なんかそんな話があるっていうのをね、聞きましたね。いやーそういう話ね、大好きだったんでね、そんな話をちょっと集めてたんですけど、
あとはですね、道場にもね、なんかいるとか言うね、そんな話とか、剣道とかね、柔道をする道場とかもね、やっぱり警察学校だったらね、訓練がしないといけないのであるので、まあそういうところでね、夜中になんかちょっと市内の音が聞こえるとかね、なんかそんな話もちょっと耳にしたことがありますね。
本当に閉鎖されたね、この空間でね、ちょっとおかしくなることかもいたりとかするので、やっぱりね、家に帰れない、携帯を持てないっていうのはね、このご時世なかなか厳しいんじゃないかなと思うんですけど、まあ今はね、もしかしたら返してもらえてるのかもしれないですけど、
私もね、ちょっとね、やっぱ体育会系の人生を歩んでなかったので、どっちかというとインドアな感じの文化系の女子だったんでね、なんかなかなか馴染むのには大変だったかなというふうに、まあ今となっては思います。
あとはね、なんか、うりぼうとかをね、よく見かけましたね。で、何が怖いかっていうとですね、うりぼうがいるとね、イノシシのお母ちゃんがね、周りにいるんですよ。なんか私のいた学校は山の方にあったので、普通にね、そのイノシシとかがウロウロしてまして。
で、イノシシね、ちょっと話が変わってしまうんですけど、イノシシがどうして怖いかっていうと、昔ね、一昔前その私、違うな、神戸市にもちょっと結構イノシシが降りてきてるみたいなニュースになってて、一昔前ね。
で、私その時ね、たまたまのカメラアシスタントの仕事、これは警察になる、もっともうちょい前の話なんですけど、カメラアシスタントの仕事をしてて、イノシシのね、取材に出かけたんですよね。で、その時、三脚を持ってカメラアシスタントなんで、重い荷物持ってカメラマンについていくっていう感じなんですけど、イノシシを撮影しようということでね、報道のカメラマンなんで。
みんなね、結構いろんな各社来てて、8チャンネルとか10チャンネルとか、3とか4とか、いろいろ来て、イノシシがおったっていうので、イノシシを撮影しに行くんですけどね、ある局のね、カメラマンさんがね、結構イノシシに近づいてしまいまして、
で、イノシシね、一回走り出すと、逃げても直線的に追いかけてきて、結構早いんですよね、イノシシね。
で、あの、豚っぽい感じがするなって思うんですけど、めちゃくちゃ早くて。で、私が見ているそばでですね、その結構攻めたカメラマンがですね、あのふくらはぎ、イノシシのあの牙にね、もうもぎ取られましてね、もう血みどろになってて、いやイノシシってめちゃめちゃ怖いなっていう風にね、改めてね、思い返させられた、そんな事件だったんですけど。
まあ警察学校にもね、売り棒がいたということはね、きっとお母さんもいたんだろうなって思うんですけどね。
まあ私は、まあ私がいた頃はね、あの、そんなにイノシシにやられたという話は聞かなかったんですけどね。
まあ本当に閉鎖された空間でね、なんか首をくくったとか、あの部屋で首をくくったんだよみたいな噂とかもなんか聞いたりとかしたことがあった。
まあこれは噂ですけどね、本当かどうかはわかんないんですけど。
まあそのね、あの、くくったとか言うところで、なんかね、ちょっとゆらゆら揺れてる物陰を見たとかね、なんかそんな話もそういえば聞きましたね。
本当ね、もう夜とかね、電気とかも結構消灯されてるんで結構暗いかな。
あの非常出口の、あの緑のね、あのかけ、あの非常出口って書いて、あの緑の人間が走ってるみたいな、あんなライトがポンとね、緑に不気味に光ってるみたいな、なんか廊下はね、そんな感じで。
やっぱね、ちょっとトイレに起きるのも、ちょっと気合い入りましたね。
各部屋にね、4人部屋だったんですけど、各部屋にトイレがあるわけじゃなくてね、1回廊下に出てトイレに行かないといけなくて、それもそのトイレもね、こう3つか4つぐらいあってね、こうなんか誰もいないのに閉じてるみたいな、なんかそんなもありましたね。
夜中なのに3番目が閉じてるみたいな。
なんかね、小学校の頃の花子さんのトイレをちょっと思い出したりとかしてね、ちょっとゾクッとしたりとか。
そんな感じでね、警察学校時代ね、過ごさせてもらって、あとはそのシミとかがね、結構その年季が入ってるっていうふうに先ほど申し上げたんですけれども、
シミがね、ちょっと顔に見えるシミがあるなみたいな話とかを、ちょっと同期同士で話したりね、そんなこともありましたね。
あとなんかね、イケスがあったんですよ。で、私たちが行った頃にはね、もうイケスがなくなってて、で、昔はね、鯉がいたんだよみたいな話をちょっと噂で聞いたことがあるんですけど、
その鯉ね、なんか現役のね、あの学生さんがね、捕まえて食べたみたいな、なんかそんなこともね噂で聞きましたね。
それが今の共感をされているみたいな話も、まあこれも噂ですからね、あくまでね、私が聞いた噂ですからね。
あんまりこういう話してると、なんかね、クレームの電話とか入れないでくださいね。噂ですからね、全部ね、聞きかじった話なんでね。
ちょっとこの辺ね、デリケートなんでね、あんまり喋りすぎるのは良くないかなとか思うんですけど。
まあね、あの学校、警察学校以外にもですね、結構いろんな現場に行ったりとかもしたんでね。
先ほどね、冒頭で、中毒になってますみたいな話をね、新中毒になってますみたいな話をさせてもらったんですけど、
やっぱりね、薬とかのね、薬物とかに依存してる方とかっていうのもね、あの実際見たことがあるんですけど、
調べ室とかでね、顔がめっちゃ見えてるみたいな、壁中に顔があるとかって叫んでる人とかね、いましたね、そういえばね。
で、こう自分の方にね、向かってくるみたいな顔が集まってくるみたいなことを言っててね、
何言っとんやろうとか思ったりとかね、したことがあってね、ほんと薬とかもね、怖いですね。
いや、ほんとね、絶対ダメ、絶対ということでね、薬はダメですよ、皆さんね。
依存とかね、こうなんか、あ、そうそう、喫煙所とかもね、そういえばね、なんか、
あの、吸ってる子が、タバコ吸ってる子は、
20歳超えてる人とかも、おっさんとかも普通にいたので、そこでね、こうなんか、たまり場になって、
なんかそんな話とかを、私はね、あの、全然吸わないんですけど、
交流とかでね、吸ってる子もいて、なんかそこでなんかちょっと、煙に混じってなんか見たみたいな話とかも、なんかちょっと聞いたことがありますね。
とにかくね、みんなね、ちょっとおかしく、閉鎖された空間でおかしくなってるので、
まあ見えないものが見えたりとかね、精神的にね、もしかしたら見えないものが見えたりとかしてるだけなのかもしれないですけどね、
まあそこにはね、きっといろんな怨念が溜まってるんじゃないかなというふうに、
まあ今となってはね、思う次第でありますね。
はい、そんな感じで。
エンディングとリスナーへの呼びかけ
人生の不思議ジャンクション。
はい、いかがだったでしょうか。
今日はですね、病気の話とね、ちょっと娘の病気の話と、
私のね、全職のちょっとだけ怖い話をさせてもらった感じです。
初めてね、ちょっと怖い感じの話も入れてみようということで話しました。
ちょっとなかなかね、自分の聞いた話なんでね、あんまり怖くなかったかもしれないですけどね。
ジャブということで雰囲気を味わっていただけたらよかったんじゃないかなというふうに思います。
これからね、こんな感じでちょっとだけ不思議で怖い話とか、
まあそういうのもね、テーマとしてね、入れていけたらいいなとかも思ってますのでね、
前向きになる話プラスちょっとだけ不思議な話ということでね、やっていきたいと思います。
人生のね、人と人とのジャンクションということでですね、
これからもね、頑張っていきたいと思っておりますのでね、応援をよろしくお願いします。
えっと、スポンサーもね、一応募集しておりますのでね、ぜひね、応援をお願いいたします。
番組のご感想とあなたの不思議体験を募集します。
レディクロの番組ページ内のリクエストフォームからメッセージを送っていただくと、
私も見ることができますので、ぜひどしどし応募をください。
採用された方には番組オリジナルポストカードを差し上げます。
このポストカードのデザインは私が描いた絵になりますのでね、とっても癒し系の絵なんですけど、
ぜひね、あのポストカードも欲しいという方も応募していただけると嬉しいです。
それからですね、私のこの活動とか、ちょっと思いとかっていうのも、
インスタとTikTokの方でもね、発信させていただいております。
急遽入る予定とかもですね、このインスタの方で発信、TikTokインスタの方で発信しておりますので、
ぜひね、こちらもフォローしていただけると嬉しいです。
で、私の名前、小原彩子、ひらがなで入れて多分出てくると思います。
で、hhin.artがユーザー名になりますので、これはインスタもTikTokも同じですので、
ぜひね、フォローしてこちらの方も応援していただけると嬉しいです。
娘のことも結構発信してますんでね、目見えないけどめちゃくちゃ運動神経いいんでね、
ぜひそういうところもインスタとかで見ていただけると嬉しいなと思います。
はい、そういうわけでですね、ここまでお聞きいただき本当にありがとうございました。
それではまた次のジャンクションでお会いしましょう。おやすみなさい。
ご視聴ありがとうございました。