私の自己紹介なんですけれども、二児のおかんということで、2人娘がおります。
この娘たちがきっかけでですね、絵を描き始める、そんな感じの人生を送っているんですけれども、上の子がね、今1年生、もう2年生になりましたね、4月から。
下の子が1年生なんですけれども、この絵を描き始めたきっかけっていうのがですね、妹の方が1歳の時に、ちょっと小二眼を患いまして、その関係でちょっと眠れない日々が続きまして、絵でも描いてみようかなっていうのをきっかけに絵を描き始めました。
娘と闘病生活をしながら、絵を描いていってるんですけれども、今、この前、古典がありまして、古典とかもやったり、後は公演とかをしたりとか、そんな感じで活動させていただいております。
テレビの取材とかもちょいちょい受けてまして、読売テレビさんとか関西テレビさんとかに、ちょっとね、ドキュメント組んでもらったりとか、そんな感じでテレビにも出たりとか、恥ずかしいんですけどね、しております。
YouTubeとかにね、その時の動画を上がってますんで、よかったら見ていただけたらなと思っております。私の名前でね、おはらあやこで検索していただければ、YouTube出るんじゃないかなと思います。
私はですね、今はね、絵を描く仕事をしてるんですけど、もともとはですね、もう普通の公務員ですね。公務員をやっておりました。その話もね、またこの第2回以降ちょっとできていけたらなと思うんですけど、普通にね、警察官をやっておりまして。
で、今はその仕事をやめてですね、絵を描くことに没頭する仕事ということでさせてもらってます。
で、そうですね、今後このラジオを通じてやっていきたいことっていうのはですね、ちょっとこのラジオは少し不思議な話をして、私ね、ホラーとかも結構好きなんで、ちょっと怖めの話とかもできたらなというふうに思ってるんですが、基本的にはね、楽しい感じに話せたらなと思っています。
なので、ハラハラドキドキするみたいなね、そんな感じの内容になるんじゃないかな、ちょっとわかんないですけど。
このラジオを通じてですね、交差点っていう名前をつけてるんですけれども、ジャンクションね、ジャンクションっていうのは言いたかっただけなんですけれども、私の娘、今ね、この小児がおまずらって、目の中にできるガンが見つかったんですけれども、今全毛になってね、障害を持った形にはなってるんですけれども、障害があってもなくてもね、人間だということで、
人間って言い方あれかもしれないですけど、普通のね、一人の、なんて言ったらいいかな、言い方難しいんですよね、この辺はね。
なんかちょっと人間とか言っちゃうと悩めとか言ってくる方もいらっしゃるんですけれども、あんま障害とかをね、乗り越えて、いろんな人と交流するみたいな感じの番組にできたらいいかなって思っております。
絵はね、癒しをテーマに、自分がね、娘が病気になって、祈るような気持ちで最初描き始めたっていうところ、良くなりますようにみたいな感じで、祈るような気持ちで絵を描き始めたっていうところがありますので、
癒しの光とか、希望の光とか、そういったのをテーマに絵を描いています。なので、そういった作品が多いですかね。
で、娘がね、だんだん目が見えなくなっていったっていうところで、ちょっとね、だんだん色がわからなくなっていって、もうなんだろうな、私の顔もわからなくなっていって、みたいなこともちょっと経験してますので、
結構ね、カラフルな色使いをしていると娘が結構喜んで、見えた頃はね、暮れていたので、カラフルな感じの色合いを、色彩を使ったような絵を描いております。
インスタとかね、TikTokとかでも結構作品は発信しておりますので、よかったらね、その辺もフォローしてみていただけるととっても嬉しいです。
私もね、ライブ配信とかもちょいちょいしてますんで、実際にお話もここでできたらなとかも思うので、ぜひ気軽に聞きに来ていただけるといいなとかも思っております。
ちょっとゲリラ的な感じでやってますけど、ライブ配信は。
このラジオはですね、ちゃんとした感じで、ラジオとして、ラジオをやるのね、結構ちっちゃい頃からの夢だったりしてますので、
ちゃんと収録なんでね、喋ることも考えてと言いつつ、なかなか取り留めのない感じの話になってしまってるんですけれども、
マイクがあると緊張しますね。カメラを向けられるのも緊張するんですけど、やっぱマイクカメラあると緊張して頭真っ白になってしまうんで、
そんな感じでね、楽しい感じでやっていけたらなと思っております。皆さん、そういう感じでよろしくお願いいたします。
人生の不思議ジャンクション。
はい、すいません。前半ね、ちょっと取り留めのない感じになってしまったんですけれども、
ちょっと気を取り直して、今後このラジオを通じてどういうことを実現させていきたいかなとか、方向性とかも話していきたいなと思っています。
ジャンクションっていうね、さっきも言ったんですけれども、交差点っていうのは人と人との交差点みたいな、
そういった意味合いをつけて、このラジオの番組名をつけたんですけれども、
やっぱり人って一人じゃ生きていけないと言いますかね。
人あってこその仕事だとか、そういったものにつながっていってると思うんで、
人と人、一期一会の出会いっていうのは大切にしていきたいなっていう、そんな気持ちもあります。
なので、ここのラジオね、私が不思議な話とか結構好きだったりするんで、
そういう不思議な話とか、ちょっと怖い系の話もしていて、
これはもう最終的な夢なんですけれども、
ロケとかもね、ちょっと行けたらいいなとかもちょっと思ってますんで、
あと公開収録とか書籍化もできたらいいなみたいな、そんな夢を持ちながら、
憧れだったこのラジオ番組を持たせていただいているという、そんな形です。
でも、ラジオの番組を持つっていうのは、なかなか私たち普通の一般人からしたらですね、
結構ハードルというのは高い。
FMとかになってくると、数十万とかでも聞いたことがあるんでね、
出演する側が払うみたいな、そんなの聞いたことがありますんで、
やっぱりスポンサーがいないと、なかなか番組は拡大していけないかなとか思いますんでね、
是非応援してくれる方、共産スポンサーもお待ちしておりますということで、
頑張っていきたいなと思うんですけれども、
私、ラジオ番組をやりたいなっていうふうに思って始めているんですけれども、
この話をちょっと母に、ラジオ番組を持たせてもらうことになって、みたいな話を母にしたときにね、
そういえばあんた昔からラジオのパーソナリティやりたいって言ってたよな、みたいなことを母に言われて、
そういえば結構言ってたな、みたいな、改めて思い返してみると思ったんですけど、
夢っていうのは、私結構ね、思い描いたことっていうのは実現化してきてる方なんじゃないかなと思うんですけれども、
夢っていうのは結構ね、語ったりとかするといいんじゃないかなと思います。
夢の実現のコツみたいな感じなんですけれども、
大学とかでね、ちょっと講演させてもらうこともあるんで、キャリアの話になるとこういう話もさせてもらったりとかあるんですけれども、
夢はね、誰かに言ったりとか語ったり、紙に書いたりするっていうのもとってもいいんじゃないかなと思います。
恥ずかしいですよね、でもね、人に言うのって。
恥ずかしいんですけれども、言うことによってね、言霊じゃないですけど、
言葉っていうのにはパワーが宿ってくるんじゃないかなと、
ちょっとね、これ不思議ジャンクションの不思議の部分で不思議な話やなと思うんですけれども、
パワーを持ってくると思うんで、恥ずかしいと思うんですけど、恥ずかしがらずにね、
人に言うのがいい、人に言ってみるのがいいんじゃないかなと思います。
私も最初は恥ずかしかったんですけど、でもね、これね話してみるとわかるんですけど、
他人っていうのはね、自分が思っているほど自分には興味ないよということで、
夢語ったところでね、こんな夢語ってとか思ってる人っていうのはあんまりいなくてですね、
意外と興味ない感じで、あーはーはーみたいな感じで聞いてもらったりとかしてて、
うわー言うんじゃなかったとかいうふうにはならないんで、気軽に夢を語ってもらって、
その方もね、この夢を聞いたことにそれがいろんな人に広がっていって、
あの人こんなやりたいって言ってたよとかいうふうに、
人から人に口伝えて広まっていって、その実現家の道につながってたりとかね、
これも本当に不思議なんですけども、自分の言った言葉が一人歩きしていって、
夢を実現になっていくっていうね、本当不思議なんですけども、
意外とそういうところがあるんじゃないかなと思ってたりします。
で、私は絵を描くんですけども、子供の頃ね、絵描きたいなとかいうふうな、
絵描くのは好きだったんですね。
なんで、小中学生ぐらい。で、絵を描くね、仕事に就けたらなとか言って、
なんとなく思ってて、小学校6年生の卒業式の時とかは、将来は人を感動させるような仕事に就きたいですみたいな、
未成年の主張みたいなのが多分流行ってた時期だったんで、やらされたんですよね。
学校の先生が多分そんなの好きで、みんなの前で夢を語るみたいな。
そんなので感動させたいですみたいな話を言ったのをめちゃくちゃ覚えてるんですけど、
具体的には言ってなかったんですけど、今思ったらね、なんかちょっとそういう絵本を作ったりとか、
作品を描いたりとかするのも、それにちょっとつながってんじゃないかなとかいうふうに思ったりもしてまして、
それもね、みんなの前で言ったからなんじゃないかなっていうふうに思ったりしてます。
ただね、高校の頃ね、やっぱりそれも人生の分岐点と言いますかね、将来の進路を決めていく上で、
一番大切な時期なんじゃないかなと思うんですけども、そこで私、両親にね、
栄華くん好きやから美大に行ってみたいなみたいな話を多分したんですよね。
けどそこではね、一旦ね、そんなもんで食っていけるかって言われて、もうね、バスッと切られてしまいまして、
私も素直でね、どっちかというとお利口さんな人生を過ごしてきたんで、
ああまあそうか、お母さんお父さんが言うやったらそうなんかなみたいなんで、
普通の社会人というかね、大学に行ってみたいな進路を辿るんですけど、
まあでもね、それでも栄華くん好きやし、そんなんで食っていかれへんかもしれんけど、
そっちの道に行けたらいいなとか、なんとなく思ってたんですけど、
その夢もちょっと片隅にありつつ、普通の道を歩んでいくんですけど、
まあね、今ね、こう蓋を開けてみたらね、その頃は想像もしてなかった栄華くん仕事をがっつりやってるっていうね、
これもなんか不思議だなと思うんですけど、
だからやっぱりなんかね、なんとなくやりたいなって思ってることっていうのは、
やっぱりその、そっち方面にね、自分も流れていくのかわかんないんですけど、
まあこれもね、ほんと不思議なんですけど、
まあね、あの自分のやりたいなと思ってることは、
潜在意識が、なんて言うんですかね、うまく言えないですけど、
潜在意識がね、やるように持ってってるんじゃないかなって、
なんかちょっと本当にそう思ったりとかしてます。
本当ね、さっきの繰り返しになるんですけど、
自分でやりたいことっていうのは、とりあえず誰かに、
ポロッと居酒屋でもいいんでね、言ってみるのがいいんじゃないかなとか思ってます。
私ね、一番本当最近で不思議だなって思ってたことがあるんですけど、
私ね、学生時代にね、テレビ局でカメラアシスタントの仕事をやってたんですよ。
カメ足のバイトなんですけど、バイトでカメ足の仕事っていうのは報道なんですけど、
事件とか事故とか、そういう現場にカメラマンと一緒に行って、
三脚とかね、重い荷物を持ってうろうろして、
嫌がられたりとかすることもあるんですけども、
マスコミめみたいな感じで、マスコミめみたいに言われたりとかすることもあったりとかしたんですけども、
そんな経験もあって、だからそんなのをしてると、やっぱ裏方じゃなくて、
カメラを回される側に回りたいなみたいな、どっちかというとね、
取材をする側じゃなくてされる側になった方がいいなみたいな、
ちょっとなんとなくね、その学生時代にも思ってたんですよね。
その思ってたことっていうのが、今ね、何十年も経って、
それがね、ひっくり返って私が取材される側に回ってるっていうのもね、
なんか本当不思議だなっていうふうにね、
その時の体験というか経験があって、
その時にできた人脈っていうのも、多分生きてきてると思うんですよね。
なんでやっぱりね、意味ないことっていうのは人生のうちにないんじゃないかなと思ったりとか、
そういうふうに感じています。
本当に点と点が繋がるみたいな、線になる瞬間っていうのが、
やっぱね、なんかこの年になってね、あるなっていうふうに経験を通じて思ったりします。
それもね、娘が病気になってしまったっていうのはね、最初はもう本当に絶望で、
この世はもう地獄だなみたいな、本当そこら辺までね、
行ってしまってもう目が見えなくなって、
人生終えるぐらいならいっそみたいなことも思ったりとかもしたことあるんですけど、
それもね、一つの辛い経験ですけど、
辛い経験も辛い経験として絶対今に生きてくると思うんでね、
無駄なことはないと思ってね、
いろいろ目の前のことを頑張っていってたら、
人生っていうのは切り開いていけるんじゃないかなみたいな、
そういうふうに思ったりしております。
そういう話をですね、いろいろね、皆さんにお話しすることで、
ちょっとでもね、前を向いて明日を生きようかなとか、
そういうふうに思ってもらえるとすごくいいなっていうふうに思ってます。
あ、そうそう、それとね、あんまり今の話はちょっと書けないんですけど、
この前ですね、滋賀県の山波工房さんというところに見学に行かせてもらいまして、
山波工房さんね、NHKとかでも取材されてるぐらい有名な福祉の施設なんですけども、
一人一人がね、すごい、いろんな障害のある方がいらっしゃるんですけど、
すごいアーティストとしてね、確立されてるというか、
すごい絵を描いたり、すごいアート作品を作ったりするんですよ。
で、もう一人一人がね、アトリエみたいな感じでブースとかね、
自分、部屋とかを与えられてて、それはね、障害の有無によって集団でできる方とか、
個別で分けた方がいい方っていうのも、ちゃんと一人一人現状を把握されてて、
その人に合ったこのアート表現方法みたいなのを、その施設の方が模索してね、
されてて、私もそういうのは神戸でできたらいいなっていうふうにずっと思ってたんですよ。
で、この度そういうのを考えて、でもちょっとお金がかかるからやっぱりちょっと無理かなとか思ってたんですけど、
たまたまね、福祉の施設の方に、職員の方に声かけていただいて、
うちの施設でアートを指導していただけないでしょうか、みたいなことをね、
本当に言われたんですよね。ちょっとびっくりしましたね。
私がこうもがいてももがいても、なかなかね、このお金というこの壁でね、
ちょっと二の足踏んでたんですけど、それも本当たまたま声かけいただいて、
私がやりたかったことをできてるっていうのはね、本当不思議だなというふうに思ったりしてます。
本当無駄なことってないなーっていうふうに改めて思ったりしております。
はい、そんな感じで、この番組もちょっと皆さんの夢に向かって二の足を踏んでる人とかね、
多分この世の中にね、私もそうだったんでね、いっぱいいらっしゃると思うんですけども、
その方の背中をね、ポンみたいな感じでね、押してあげれるようなね、
こう番組にもホラーとあんまり関係ないかもしれないですけど、
私がこうやって活動していることでね、そういうふうに思ってもらえる方が増えたらいいなーなんて、
そんなふうに思ってます。はい、そんな感じで頑張っていきたいと思います。
人生の不思議ジャンクション。
はい、いかがだったでしょうか。ちょっとね、初めての収録番組ね、
1本目なんでね、なかなか慣れないことがあって、お聞き苦しいところもあったのかもしれないですけどね。
でもやっぱりね、マイクの前で話すっていうのね、
一人語りっていうのはなかなか慣れなければ大変なのかもしれないですけど、
楽しんでね、やっていきたいなというふうに思っておりますんでね。
こんな感じで、ちょっと怖い話とか不思議な話とかも入れつつ、
頑張っていきたいと思います。
初めての収録だったんで、ちょっと怖い要素は一切ないですけど、
私の経験した不思議な体験ということでお話できたかなというふうに思いますのでね、
ぜひ応援の方よろしくお願いします。
番組のご感想とあなたの不思議体験というのを募集しております。
レディクロの番組内のリクエストフォームからメッセージを送っていただければ、
送ることができますので、ぜひどしどし送っていただけると嬉しいです。
本当にちっちゃいことでもいいんでね。
不思議な体験とかも、私こんなのがあったよみたいな話していただけると、
番組の方で紹介させていただいて、採用された方にはですね、
番組オリジナルポストカードを差し上げようと思っております。
このポストカードは私が描いた絵になりますので、
額に入れて飾ってもらったりとかね、
普通にお手紙書いていただいたりとかもできるようになったらなと思っておりますので、
こんな感じでね、
頑張っていきたいと思います。
時間とかのね、
尺の配分とかいうのもなかなか一人でやってると難しいんでね、
ちょっと余ってますかね。
時間がね、ごめんなさい。
ちょっと1分ほどとしたら何か喋った方がいいかなと思いますんで、
ちょっと最後に不思議な話ということで、
この前ね、コミスタっていうね、神戸のコミスタの辺のね、
公園に娘と一緒にいたんですけどね、
娘がね、子供たちと一緒にワッハみたいな感じで騒ぎ出して、
え、なになに?みたいな。
ちょっと夕方遊んでたんですよ。
ちょっと日が沈んでからね。
そしたらなんか上の方を見上げて、
ユーフォーや!ユーフォーや!ユーフォーや!みたいなことをね、
めっちゃ叫んでたんですよ。
私はママともとおしゃべりしてたり、携帯いじったりとかしてたんで、
空を見てなかったんですけどもね、
光の輪が8個並んだ輪がふっとね、
ビルのビルディングの間に消えていったとか言ってね、
ドローンかもしれないんですけどね、今のご時世ね。
でもドローンってね、なんか空港砲に引っかかるんでね、
違うかなと思います。
こんな不思議な話もね、ユーフォーとかの話とかもね、
募集してますし、していきたいと思います。
私もユーフォーみたいなとかも思いますんでね。
はい、締めたいと思います。
それではですね、ここまでお聞きいただきありがとうございました。
それではまた次のジャンクションでお会いしましょう。
ご視聴ありがとうございました。