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2026-02-27 38:11

2026/02/16 ちょっと深堀り“考古楽”#11(佐野隆)

サマリー

このエピソードでは、人類の進化と拡散の歴史、特にホモ・サピエンスがアフリカを出てユーラシア大陸、そして南北アメリカ大陸へと広がっていった過程を深掘りします。最新の研究によると、シベリアと北海道・東北地方の人々が共通の石器を作っていたことや、ベーリング海峡が2万6千年前には既に陸続きであった可能性が示唆されています。これにより、南北アメリカ大陸への人類の進出時期がさらに遡る可能性が浮上し、ブラジルで発見された2万5千年前の大ナマケモノの骨と石器の関連性も注目されています。また、日本列島へのホモ・サピエンスの到達時期についても、南回りルートが3万8千年前、あるいは広島県の冠遺跡では4万2千年前まで遡る可能性が議論されており、これがホモ・サピエンスではなくデニソワ人によるものだった可能性も指摘されています。さらに、遺伝子解析の進歩により、かつて信じられていた「人種」という概念が生物学的には否定され、人類は遺伝的に非常に均一であることが明らかになっています。約19万年前のアフリカでの気候変動により人類の個体数が激減した時期があり、その生き残りの子孫が現在の私たちであるという説が紹介されています。外見の違いは、環境や食生活の変化に短期間で適応した結果であると説明され、人類の進化のダイナミズムが語られました。

ホモ・サピエンスのアメリカ大陸への進出と最新の研究
FM八ヶ岳 レインライフ ちょっと深堀り考古楽の時間です。
人類発生から600万年、21世紀の現代までの長い長い人類の歩み。
北都市在住の考古学者、茅ヶ岳歴史文化研究所主任調査員の佐野隆さんに、優しく楽しくお話しいただきます。
聞き手は、柴山博子です。
じゃ、佐野さん、またよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
前回は、どんな話をしていたんでしたっけ?
人類が出現して、アフリカでですね。
やがて、進化をしながら、原生人類、私たちと同じホモサピエンスが誕生した。
そのホモサピエンスは、高い知能と、それから適応力でもって、世界中に広がっていくんだと。
アフリカを出てですね。
アフリカを出て、まずはユーラシア大陸に広がっていった、なんていう話をしたところですよね。
はい、思い出しました。
そうでしたね。
今日は、さらにユーラシア大陸から、今度は南北アメリカ大陸へ進出していった。
なんていうあたりから、ホモサピエンスの歴史のお話の続きをしてみたいなと思っております。
アメリカ大陸の方に行くっていうことは、ユーラシア大陸を通り過ぎて行くわけですよね。
いわゆるアラスカっていうの、あっちの方の寒いところを通って。
そうなんですね。
まさか海を渡って行ったとか。
ホモサピエンスは、航海、海を渡る船を使って、そういう技術を身につけていたようなんですが、
それでもあんまり長い距離を、何百キロも千キロも航海するという技術はまだ身につけていなかったようなんですね。
北の方から行く分には、そんなに海を渡る距離は長くはないけど、南の海を渡って行くといったら、これは大変な話ですよね。
なので、南北アメリカ大陸にホモサピエンスが進出をしていくという時に、一番可能性の高かったルートっていうのは、北回りのシベリアから現在のベーリング海峡。
そこを渡ってアラスカへ入っていく、そういうルートなんですね。
ところが、今から2万年前、まだ氷河期で寒かった頃ですね。
その頃のベーリング海峡というのは、氷りついて、また氷河期なので、これまでも何度かお話しましたが、海の水が凍って南極北極に閉じ込められて、氷の形です。
海の水面の海水準がずっと低くなった。
なので、そのベーリング海峡は当時は陸続きだったようなんですね。
氷に閉ざされてもいたけど、陸続きでもあったと。
その前段としてシベリアに広がっていたホモサピエンスは、もう北緯60度とか、もう北極圏ですよね。
そんなところまでマンモスを追いかけながら、寒い地域に適応していたので、服も毛皮の温かい服を作って、寒い地域でどうやって生きていけばいいかという技術を身につけていたので、
そのベーリング海峡、当時陸続きになっていたベーリンジアという、ベーリング海峡じゃなくてベーリンジアという陸峡ですよね、陸の端。
そこを渡ってアメリカ大陸に入っていった。
おそらく動物、獲物を追って移動していたんでしょうね。
そうでしょうね。食べ物を調達しながらじゃないといけませんもんね。
そうなんですね。そんな話は皆さんもご存知であったり、前にもちょっと触れたことがあるんですが、
最近の南北アメリカ大陸にホモサピエンスが進出をしていたという出来事ですね。
それに関する最新のトピックス、面白い話題がいくつかありましてね。
その一つは、アメリカ大陸に進出していく直前段階の集団、おそらくシベリアにいた人たちですよね。
シベリアの東の端にいた人たち、その人たちの作っている石器というのは、日本列島の北海道とか、その辺にいた人たちと同じ石器を作っているんですね。
そうなんですか。
カラフトですよね、サハリンから、それから千島列島、北海道辺りにいた、旧石器時代の日本列島にいた人たちと、
それからシベリアにいた人たち、後にアメリカへ渡っていく人たち、その人たちはもう寸分違わない、全く同じ石器を作っている。
同じ民族集団になっちゃうんじゃないかというふうに言われているんですね。
ひょっとすると、同じ集団からアメリカ大陸に渡っていったのもいれば、北海道から本州島に入ってきた人たちもいる。
本当に、アメリカの先住民と後の縄文人になっていく人たちは、兄弟親戚、そんな関係にあったんじゃないかという研究も最近出てきました。
これは去年の10月くらいに、サイエンスという雑誌に掲載された論文なんですけどね。
そうなんですか。
面白いですね。ちょっと日本の歴史を見る目が変わるというか。
日本列島という狭い地域だけで見ていたんじゃダメなんだよというのがわかる事例ですよね。
すごいですね。
もう一つ面白い話題は、先ほどベーリング海峡は寒い氷河期には陸続きだった。
ベーリンジアと呼ばれる陸続きの土地だったという話しましたが、これがもう2万6千年前くらいには陸続きになっていたと。
いつ陸続きになったんだろうというのが、年代的にはっきりわからなかったんですが、最近の研究では2万6千年前にはもうすでに陸続きになっていたんじゃないかということがわかってきました。
そうすると何が問題かというと、その頃からすでにシベリアからアメリカ大陸に人が渡れる条件が整っていたということなんですよね。
そういうことですよね。
今のところ、南北アメリカ大陸の一番古い人類、ホモサピエンスの証拠というのは、1万数千年前、1万3千年とか6千年とかです。
意外と新しいですよね。
もっと古い時期に、ベイリンジアが2万6千年前に出来上がって、その直後くらいに移動していった人たちがいるんじゃないかと、そういう可能性が出てきたということなんですね。
かつては、アメリカの一番南、ニューメキシコ州とか、そういったところで、2万年以上遡る古い人類の遺跡なんだというふうに言われる遺跡が見つかったこともあるんですが、さすがに古すぎるでしょうと、否定的な意見が多かった。
それは採用されなかったということですよね、その当時はね。
ところが、2万6千年前にベイリンジアがあって、条件が整っていたとなると、その2万年前の古い遺跡というのが、ひょっとしたらあり得るのかもしれないと、そんなふうになってきたわけなんですね。
そうか、一旦否定されたんだけれど、またその後になって、他に見つかって、ベイリンジアというのができていたんだから、いや、その遺跡はあっているんじゃないかと。
あり得る、それも全く可能性がないわけではない。
ということはまたそれに対する新しい考察を見つけていくというのかなというふうになっていきますよね。
そうなんですね。面白いことにそうするとね、今までちょっとこれ怪しいから発表しないでおこうなんて思ってた資料が、いやひょっとしたらこれいけるのかもしれないと見直されて。
そうですよね、出てくる可能性ありますよね。
そうやって出てきたのが、随分以前にブラジルで発見されていた大ナマケモノという、もう絶滅してしまったものすごく大きなナマケモノ、ヒグマくらいのサイズ。
そんなに大きかったんですか。
そんな大きなナマケモノの骨が見つかったんですが、それがどうも人類が作った石器や送信具と一緒に見つかっているんですね。
その時にはよく分からなかったんですが、改めて年代測定をちゃんとやってみると、25,000年くらい前なんじゃないかというふうにも言われていてですね。
そうすると、ベイリンジアが26,000年前に陸続きになって、25,000年前にはもうブラジルまで到達していると。
そういう可能性もなくはないという状態になってきたんですね。
なるほど。
ただね、一つこの問題については課題があってですね。
26,000年前あるいは25,000年前というのはとても寒い氷河時代なんですね。
北アメリカあるいはヨーロッパは氷床といって氷河です。ものすごい広い氷河。それに大陸がほとんど覆われていたんですね。
ちょっと氷が張っている程度じゃなくて、氷床の氷の厚さが1キロにもなるような分厚い氷河ですよね。氷床に覆われていた。
いくらマンモスを追って北極圏のシベリアまで行って、寒い地域に適応できた人たちがいたとしてもですね。
アラスカからずっと今でいうアメリカのゴダイゴですね。ミシガンコとかスペリオとか。
ゴダイゴよりもさらに南のほうまで広がっていた氷床。その分厚い氷の表現を何百キロも千キロも無事に移動できたんだろうかと。
そういう疑問が出てくるんですね。
従来の説は1万5、6千年前になって幾分暖かくなってきて氷河期が終わりつつある。
その暖かくなった時期に太平洋岸ですね。アメリカの太平洋岸で氷がだんだん溶けて陸地が出てきて、そこを通って南へ移動できたんだと言われていたんですが、そこが果たしてどうなんだろうと。
2万6千年前ベイリンジアが陸続きになったらすぐにローレンタイド氷床という大きな表現を越えてブラジルにまで進出できていたのか。
それともやっぱりローレンタイド氷床でここから先に行けないと。ベイリンジアは通れるんだけどそこから先に行けないのでシベリアに戻っていたのか。
その辺がこれからの研究でどうなるのかなと。興味深いところですね。
だってすごいじゃないですか。しかも何万年ってすぐパッと言ってしまいますけど、実際はものすごい時間なんですよね。
日本列島へのホモ・サピエンスの到達と新たな可能性
ここで音楽を一曲おかけしたいと思うんですが、今日はどんな音楽でしょうか。
今日はちょっとまた目先を変えて、チェコですね。東ヨーロッパのチェコという国があります。
そこの国民楽派、民族的な音楽を洗練してクラシック古典として体制させた作曲家にレオン・ヤナチェクという人がいるんですが、
その方の小さな商品集をお届けしたいと思います。
最初がヤナチェクの組曲第1週から第1番、我らの夕べというかわいらしい音楽ですね。お願いします。
FM安畑、デインライフをお送りしております。
まずアメリカ大陸のとっかかりぐらいまで人が出出したというところですね。
そうですね。
ホモサピエンスはユーラシアからアメリカへ渡っていくわけですが、別な一派、ユーラシア大陸に入ったホモサピエンスの別なグループですね。
もっと南にいた人たち。
その人たちが北へ移動しながらやがて日本列島に入ってくるんですね。
時期的なものというのはどっちが先なんですか。
日本はですね、氷河に阻まれるということがなかったので。
日本列島のところまではまだ来ていなかったということですね。
しかも比較的海の水が少なくなって海水準が低くなって
現在は中国大陸と日本列島は日本海、津島海峡とかで隔たってますけど、それがもっと近かった。
特に北の方はサハリンから北海道は陸続きだったんですね。
そんなこともあって日本列島に入ってきやすかったんですね。
今まで日本列島に入ってきたのは北回りの人と南回りの人、2通りがあるんだと。
おそらく南回りの人たちが先に入ってきて、その後先ほど言ったシベリアの東の端にいた人たちが
あるグループはアメリカ大陸に行って、あるグループはサハリンから日本北海道へ、そして日本列島へと入ってきたと。
そんな2つのルートが今考えられているんですね。
時代的にはですね、アメリカ大陸に入っていった人たちはひょっとしたら2万年以上前。
でも今のはっきりと確実にみんなが同意している通説になっているのは1万5、6千年前くらい。
そんなもんなんですね。
一方南回りで日本に入ってきたホモサピエンスは時代的にはどのくらいになるかというと
古いもので3万8千年くらい前。だいぶ早いですよね。
日本に入ってくるのはね。そんなふうに言われています。
南回りからといってもいくつかのルートが想定されていて
朝鮮半島からごく狭い津島海峡を越えて九州に入ってきた人たち。
もう一つはもっと中国の南、場合によっては台湾辺りからですね。
もっとずっと南になりますよね。
南西諸島を丸木舟で渡りながら九州に入ってきた。
そんな人たちがいたんじゃないかと言われていますよね。
なるほどね。
これまたつい最近の去年の秋くらいに
ちょっと関心のある人はご存知かもしれませんが
ニュースになった広島県の冠遺跡という遺跡があって
そこではひょっとしたら4万年以上前
今3万8千年前が最古の日本列島のホモサピエンスの証拠だと言われているのが
4万年後遡る、もう4万2千年前とか
そのくらいまで遡るんじゃないかという石器が
広島県の冠遺跡というところで見つかったんですね。
すごいですね。
これまだ議論をまさにしているところです。
研究しているところですね。
本当に4万2千年というのが正しい年代観なのかどうか
これが一つポイントですね。
もう一つこれでかなり興味深いのは
仮に4万2千年前だとして
そうするとその石器を作った人たちはホモサピエンスなのか
ひょっとしたらデニソワ人というネアンデルタール人の親戚ですね
絶滅してしまったデニソワ人たちがそれを作っていたのか
そうするといわゆるホモサピエンス、新人ではなくて
旧人と言われたネアンデルタール人とかデニソワ人たちが
すでに日本列島に到達していた可能性もあるということになりますよね。
なるほど。
ここもこれからあと5年くらいのうちにはある程度
はっきりしてくるんじゃないかと思いますけどね。
研究が進んで
そんなアレなんですか。
4万2千年という年代をめぐってね。
本当かどうか、正しいかどうかという。
ただそのカムリ石を発掘している研究者
まだ50歳になったくらいかな
50代の若い研究者なんですが
ユーラシア大陸、それこそ中央アジア
いろんなところの旧石時代の遺跡を発掘して研究している
非常に熱心な優秀な研究者ですので
4万2千年というのもあながちデタラメじゃないんだろうね。
日本人?
日本人です。
今国立奈良文化財研究所というところに
で働いている研究者です。
そうなんですか。
学生時代には北都市の遺跡に発掘の手伝いにも来てくれて
面識は当然あるということですよね。
なので彼の発見が今後どうなるのかというのは
非常に注目しているところなんですけどね。
そういう方なんですか。
でも4万2千年前なんて言ったって
ちょっと想像がつかないんですけど
そうですよね。古すぎてね。
せめて1万年くらいだったら
なんとなくわかるけれどという感じ?
まさにヨーロッパでもユーラシア各地でも
旧人と言われてきたネアンデルタル人やデニソワ人が
新人ホモサピエンスに取って変わられる
まさにそういう変化の時期ですよね。
4万年前後というのはね。
今まで日本列島にはデニソワ人ネアンデルタル人はいなかった
ということになっていますけれども
もしかすると
歴史が大きく塗り替えられてくる可能性もなきにしもあらず
でも結局デニソワ人とかネアンデルタル人というのは
絶滅してしまったということになっているんですよね。
そうですよね。
なのでカンブリ遺跡の4万2千年前の遺跡が
仮にデニソワ人が残したものだとしても
3万8千年前に日本列島に入ってきたホモサピエンスたちとは
接点を持たないままいなくなってしまったという可能性もあります。
そういうことですよね。
それが逆に言えばなぜなんだろうという疑問が出てきますよね。
カンブリ遺跡は年代ともう一つはその遺跡を残したのが
ホモサピエンスなのかデニソワ人なのか
まだまだわからないことがあるのでね。
今後の研究を楽しみに待っているところです。
それこそリスナーの方たちも興味を関心持って聞いていただけるといいですね。
「人種」概念の変遷と人類の遺伝的均一性
ホモサピエンスの拡散
アフリカで誕生したホモサピエンスが
7万年くらい前にアフリカ大陸を出てユーラシアに広がり
やがて日本列島にも到達し
南北アメリカ大陸にも広がっていったというお話をずっとしてきました。
今世界中にたくさんいる人たち
大航海時代に大きな人口の移動があったり色々しているわけですが
基本的に数万年前3万年前とか2万年前に
世界中に広がったホモサピエンスたちが
今までずっとつながってきているわけですよね。
私たちは特に年配の方たちは
例えばアジアの日本人を含めたアジアの人たちは
モンゴロイド 王色人種という風に
人種という言葉を使って
ヨーロッパ系の肌が白い人たちのことを
白人コーカソイドとか白人種なんて呼んだり
アフリカの人たちはネグロイド黒人種という風に呼んだりとか
人種という言葉を皆さん聞き慣れていたんだと思うんですが
この人種という概念は実は難しくて
2つの意味があって
まず生物学的に人類の進化という観点から
人種という風にかつては言われていたんですが
現在では遺伝子ですよね
ゲノム解析 DNAの分析技術がとても進歩して
今まで違う人種だと
王色人種と白人と黒人と
人種が違うんだと
同じ人類なんだけど
多分アシュレベルくらいで種類が違うんだと
見られていたんですが
これ遺伝子で比較したら何も変わらないと
全く変わらないということが分かったんです
その話ってものすごい興味があるので
ちょっと音楽の後にしたいと思うんですけど
2曲目をお願いしたいんですが
ヤナチェックの組曲第1週から第2番
《散りゆく落ち葉》という小曲をお願いします
FM 安田家 デインライフをお送りしております
人種の話ね
どうして変わってしまったんだろう
人種と言われて私たち何の違和感も感じず
確かに違うなと
世界中の人見ると
見た感じ全然違ったりするじゃないですか
髪の色が違う目の色が違う肌の色が違う
ところがその違いは
遺伝子レベルで見るとほとんど変わらない
ということが分かったんですね
さらに古い何万年も前の化石になった人類の骨から
DNAが取れてそれを分析できると
そんなことが分かったら
実は今から19万年前か
ひょっとしたらもうちょっと新しい12万年前か
そのくらいの間大きな気候変動があって
アフリカ大陸が非常に乾燥して
生き物が生きるのに大変な環境になった時代があったんですね
その時代熱帯雨林にいたチンパンジーやゴリラたちは
無事だったんですけど
草原やサバンナに進出していた人類の祖先たちは
そこでだいぶ乾燥に苦しめられて
食べ物がなくて
人口が大きく減った時期があるというふうに考えられている
どのくらい減ったかというと
多ければ1万人くらい
それでも生物の個体数として1万人というと
決して多くはないんですけど
悲観的な見方をすると
数百人レベルにまで減っちゃったんじゃないか
絶滅寸前です
その絶滅寸前のホモサピエンスが
少しでも条件のいいところいいところって
さまよい歩きながら
アフリカ大陸の一番南の橋
ケープタウン
あのあたりまで行って
もうそこから先海でどんどん戻るんですけど
そこで魚介類ですね
海の資源
それを食料にすると
貝を拾ったりとか海藻を食べたりとか
そんなので過労死で生き延びた
その後気候が再び環境が改善して
絶滅しないで済んだということなんですが
この学説が正しければ
今世界中にいる数十億のホモサピエンスは
元をたどれば
ひょっとしたら数百人にまで減っちゃった
ホモサピエンスのグループ
絶滅寸前まで追い込まれた人たちの子孫なわけです
そういうことですよね
元はみんな一緒
全く一緒
真類演者と言ってもいいくらい
本当にそうですよね
なので元々ホモサピエンスというのは
遺伝的な多様性が少ないんです
人口がずっと減っちゃったから
そうかそうか
到達されちゃったということですよね
遺伝子レベルで見るとほとんど一緒
そういう人たちが再び環境が良くなって
少しずつ人口が増えて
やがてアフリカを出て
ユーラシアへ南アメリカへ
広がっていった
それが現在の私たちにつながっているわけなんですね
ですからそもそも遺伝的には非常に均一性が高いわけです
同じなんです
そういうことですよね
なんで変わっていっちゃったんだろう
私たち素人がぱっと見ると
アフリカにいるチンパンジーってみんな一緒に見えるでしょ
見えます
ところが彼らの遺伝的な多様性ってすごく大きいんです
それは何百万年も一千万年も
アフリカのネッタユーリンで
同じチンパンジーなんだけど
こっちのグループあっちのグループというふうに
分かれて暮らしていたので
それぞれの地域で突然変異を蓄積して
独自な遺伝の組み合わせを持っているんですよね
なるほど
なのでゴリラもそうなんですが
遺伝的な多様性が非常に大きいんです
それに比べると私たち人類
ホモサピエンスというのは非常に均一だと言われています
なるほど
にもかかわらず見た目はずいぶん違うわけですね
それこそ比較すると変だけど
チンパンジーやゴリラなんかは見た目は同じじゃないですか
遺伝的な多様性が高いと言われてもね
人の場合だとやっぱり外見は全然違いますよね
なんでだろうって
不思議ですよね
なのでまず生物学的に見ると
人種という概念は現在は全く否定されています
ですから自然科学の研究者たちは
人種という言葉を全く使いません
そうなんですか
使わないですね
今人種という言葉が生きているとしたら
おそらく政治や歴史やそういう分野の中で
かろうじてまだ使う人がいる
それとも若い人たちはもう使わないですね
そうなんですか
それは非常に政治的にもデリケートな話題につながりやすいので
人種差別とかですね
ここでは政治的なあるいは社会的なニュアンスを帯びた
人種の話は横に置いておいて
生物学的に見ると人種というのは概念としては否定されている
なのに見た目は違う
なぜだろうという話をちょっとしてみたいと思います
外見の変化と環境適応のダイナミズム
例えば現在のイギリスですね
ブリテンとイギリスの人たちが住んでいる
そこで2万年前の中石器時代
旧石器時代と新石器時代の間ですね
その頃に生きていた人の骨が見つかりました
その骨のDNAを分析したんですね
DNAの分析というのはすごいんですよね
骨なのでこの人がどんな目の色をしていたか
髪の毛はどうだったかとか肌の色はどうだったかなんていうのは
骨を見ても分からないわけです
ところがDNAを調べると分かるんですよね
そうなんですか
2万年前のイギリス ブリテン島というのは
まだ農耕を始める前ですから
狩猟採集で暮らしている人たち
そうするとDNAを調べてみたら
そのブリテン島の中石器時代の人は
まず穀物 米とか小麦とか
そういう澱粉質が豊富な食べ物は
消化能力が非常に低い
そういうものを食っても消化不良でお腹壊しちゃう
動物 牛なんかの牛乳ですね
ミルクを飲むとやっぱり今の日本人と同じで
消化できなくてお腹壊してしまう
そういう人たちだったということが分かった
それから肌の色は浅黒くて
白くないんですね
現代のイギリスの人みたいに
肌も浅黒くて
いかにもアフリカから来た人たちが
イギリスまでたどり着いた
そんな雰囲気ですね
農耕やってないので
パンも食べないし
牛乳も飲まないので
それらには消化できないような体質の人たち
なんですが目の色は青かったみたいな
そこまで分かってるんですか
分かるんですね
イギリスっていうのは結構緯度が高いんですよね
日本でいうと北海道よりもまだ北
なのでお日様の光 日射量が非常に少ないわけです
なので目を保護するための
メラニン色素を発達させる必要がないので
まず一番光に敏感な目の
メラニン色素が減っていったみたいなんですよね
それで肌は浅黒いのに目は青い
そういう体質を持っていたらしいですね
2万年前のイギリスの人たち
2万年前でね
それから2万年経つ間に
イギリスの人たちは
北欧からノルマン人が入ってきたり
アングロサクソン系の人が入ってきたり
在来のケルトと呼ばれるような人たちの
混血したりと
複雑な歴史を経て
現代のイギリス人になっているわけですが
現代のイギリス人というのは
典型的なアングロサクソン系のイギリス人というのは
2万年前の人とは見た目が全然違う
全然違う
遺伝子的には受け継いでいる部分もあるのではないかと
思うんですけどね
これは例の例なんですが
人類の生物の外見というのは
意外に短い時間で変化してしまう
環境に合わせてということ
それが食生活とか何を食べるかとか
食生活とか生活習慣とか
どんな道具を使って生活しているかとか
いろんな理由で実は短期間で変化する
ちょっと前の漫画で
オソマツ君という漫画がありましたね
戦後間もない頃
高度成長期に入ってきて
日本人が盛んに海外旅行に出かけるようになった頃
その頃の日本の旅行者を
冷やかした風刺画なんかで
出っ歯でカメラぶら下げて
そんな漫画が流行りました
確かに幕末から明治の初め頃の写真を見ると
日本人の多くが出っ歯なんですよね
でも今はオソマツ君みたいな極端な出っ歯の人って
ほとんど見ないじゃないですか
これ多分食生活で顎の形が変わって
なるほど
ということなんだと思うんですね
なのでわずか明治から
令和の百数十年の間に
そういうことでしょうね
外見が変わってくるということだ
そういうことですね
身長も変わりましたしね
そうですよね
顎なんかだいぶ細くなりましたね
日本人に限らず先進国の人たちみんなそうなんですけどね
食生活なんかでも大きく変化していく
ということが分かっている
なるほど
この話をしているともっともっと聞きたいので
また次回続きをお願いしたいと思います
FM八ヶ岳デインライフ
ちょっと深掘り考古学を終わります
38:11

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