狩猟採集民とは何か?
FM八ヶ岳 デインライフ ちょっと深掘り†考古楽„の時間です。
人類発生から600万年、21世紀の現代までの長い長い人類の歩み。
北都市在住の考古学者、茅ヶ岳歴史文化研究所主任調査員の佐野隆さんに、優しく楽しくお話しいただきます。
聞き手は、柴山博子です。
佐野さん、今回もどうぞよろしくお願いいたします。
前回は、狩猟採集の話にちょこっと入ったところでしたよね。
人類の進化の話を終えて、前回は、狩猟採集民ってどんな人たちなんだという話をして、
確か、火を使うというのが、人類の進化やその後の生活文化に非常に重要な意味があったんだとお話をしました。
そうですね。すごい前から火が使用されていたって、聞いて私がびっくりしたって、そうですよね。
今日はそこからの続きで、狩猟採集民という、私たちには馴染みがあまりない人たち。
かつての狩猟と採集、農耕をせずに暮らしていた人類ですね。
そうですね。農耕はしてなかったんですよね。
してなかったんですよね。
そういう狩猟採集民の特徴とか、お話を続きをしていきたいと思っています。
はい。お願いします。
改めて、狩猟採集民って何だろうと、おさらいをしてみると、食料であるとか、あるいは衣服、生活に必要なすべてのもの、
それを自然、天然の資源、野生の資源から得ているということですよね。
わざわざそのために何か目的を持って作ったりするんじゃなくて、自然にあるものを利用してということですね。
そうですね。一番わかりやすいのは食べ物ですよね。
農業をやっていないので、自然の木の実であるとか、果実であるとか、そういったものを集めて、採集して食料にする。
あるいは、野生の動物を狩猟して、あるいは魚を捕って、それを食料にする。
現代の私たち、高度な産業文明にある私たちも、例えば魚は一部養殖しているけど、ほとんどはやはり、
天然のものですよね。
魚籠、天然の水産資源を魚籠で獲得して、食料にしているわけですね。
また、例えば原油、石油製品というのは、いろんな形で我々は利用していますが、
その大元の原油というのは、サウジアラビアとか中東の国々で油田を掘って採掘をしている。
これもある意味、野生の天然の資源を獲得して利用しているわけですよね。
なので、現代の私たちも、やはり一部、狩猟、魚籠採集をしているわけなんですけどね。
ただ、特に食料について言うと、かなりの部分を野生の資源に頼っている。
それが狩猟採集民ということになりますね。
そうですね。はい、わかりました。
今日お話をしたいのは、狩猟採集民というのは、私たちと生物学的な特質というのは何も変わらない。
同じホモサピエンスなわけですが、生活に必要な資源、すべてを野生の天然の資源に頼っているというところからですね、
いろんな精神性とか精神文化とか、世界観、宗教観、そういったものまでが、
やはり私たち農耕民とは違うんだよというようなお話を、そこまで話ができたらなと思っています。
はい、わかりました。
最初にですね、これ今までも何度か触れてきたんですが、その狩猟採集民というのを人類学とか考古学がどういうふうに捉えてきたか。
あるいは現代社会が狩猟採集民というのをどういうふうに捉えてきたかというのを、ちょっとおさらいをしてみたいと思います。
ヨーロッパ人がですね、大航海時代、15世紀から16世紀ですよね。
大航海時代に世界各地を航海をして、いろんなところに暮らしている人たちをヨーロッパの人たちからすると発見するわけですね。
狩猟採集民への偏見と再評価
そういうことですよね。
16世紀近世のヨーロッパの暮らしぶりとは全く違う。見た目も違うし、暮らしぶりも違うし、文化も言葉も違う。
そういう多くの人たちを見てですね、驚くと同時に、多くの場合は彼らは人間だとは思っていないわけですよね。
要するにヨーロッパ人の方が上だって思っているわけですよね。
そうですよね。多くの未開社会という言葉に象徴されるように、未開、開いていない。
未だ開かれていない、文明化していない人々、そんなふうにして見ていたわけですよね。
一部の、例えば先教師とかですね、一定の教育を受けて教養のある人たちというのは、
例えばアメリカの先住民、インディアンの人たちが非常に高い精神分解や精神性を持っているというのを感じてですね、
そこから学ぶなんていうこともしたんですが、
多くの場合、大航海時代の航海を担った船乗りたちというのは、あまり教育レベルの高い人たちではなかったものですから、
そういう人たちがもたらす情報というのは、南の方に行ったら足が3本ある、人間みたいな生き物がいたとか、目が3つあるとか、
そういうデタラメデポーケな話、情報がヨーロッパにもたらされてしてですね、
多分に偏見に満ちた未開社会の人たち、人間観というのが出来上がっていたわけですよね。
それが18世紀、19世紀、博物学とか考古学が出来上がってくる過程でも、
やはり考古学や人類学、博物学を学ぶ学者たちにもやはりそういう偏見というのは残っていてですね、
戦後間もない頃まで、1960年頃まではそういう程度の差はあれ、偏見が残っていてですね、
狩猟再生民というのは基本的には貧しくて野蛮で、みじめな暮らしをしている人たちなんだと、
そういうイメージで捉えられていたんですね。そういう捉え方の反対の極に文明化された農耕社会と、
ヨーロッパに象徴されるような社会が、それが人類の進化の到達点にあって、
狩猟再生民というのはそこに至っていない哀れな人たちなんだと、
そういう進歩感というか、人類の文明の発展史観というんですかね、そういうものがあったわけですよね。
かなり長い間偏見というか、要するに現地に住んでいる原住民というのかな、
そういう人たちは自分たちより劣るというふうに思っていたわけですよね。
それが戦後ぐらいまでですか。
本当に1960年頃まで続いているわけなんですよね。
そうすると、そういう偏見みたいなのは、今でもなんとなくまだ残っているという。
一般の人たちの中には、そういう捉え方、感じ方をする人たちがまだいると思いますが、
今やですね、ほとんど狩猟再生民って残っていない世界中にですね。
なのでそもそも狩猟再生って生き方があるってことすら、今の若い人たちはわからないかもしれない。
1966年4月に、シカゴ大学で、マン・ザ・ハンターシンポジウムという、狩猟民としての人類というのを考えるシンポジウム。
これは人類学者たちが中心になって開いたシンポジウムがあったんですね。
それが1960年代後半に開かれるっていうのがまた、歴史学的に見ると興味深いところですよね。
アメリカが第二次世界大戦に勝って、旧ソ連とともに冷戦時代を迎える中で、
アメリカってもう自分より強い国がないと思ってた。
本当に人類進化の最前線にいるんだと。
狩猟採集民の豊かさと現代社会との比較
そういう自負を持っていたアメリカがベトナム戦争に巻き込まれて、やがて敗戦、負けていく。
そういう中で、いろんなフラワームーブメントとかヒッピーの人たちとか、
そういう既存の価値観、文明観、世界観に疑問を感じる若い人たちが出てくる。
そんな中からいろんな人材が出てくるわけですよね。
ビル・ゲイツもそうですし、アップル創業者の彼もそうですね。
研究者の中にも、今までの歴史観、世界観に疑問を感じる人たちが出てきて、
そういう人たちが狩猟採集社会、狩猟採集民をもう一回再評価していく。
きちっと理解していく必要があるんじゃないか。
今までの我々の理解というのは、偏見や先入観に基づくものが多かったんじゃないか。
きちっとフィールドワーク、野外調査をして、
科学的な知見をもとに狩猟採集民というのを見直す必要があるんじゃないか。
そんな発想から、1966年4月にシンポジウムが開かれたわけですね。
そこで音楽の方に移りたいと思いますが、今日の1曲目は何でしょうか。
いろんな音楽をおかけしてきましたけど、やはり私はバッハの鍵盤楽器が好きでして、
バッハのパルティータ、チェンバロ曲で、パルティータの3番から何曲かおかけしたいと思います。
まず最初は3番のクーラントですね。
チェンバロはグスタク・レオハルトです。お願いします。
FM八ヶ岳、デインライフをお送りしております。
何でしたっけ、シカムで行われた。
マン・ザ・ハンターシンポジウムですよね。
そこで明らかになったこと、いろんな研究成果が発表されたわけなんですけれども、
そこで明らかになってきた一番大きなポイントはですね、狩猟採集民は貧しくもなく、野蛮でもなく、みじまでもないと。
むしろその反対だと。非常に豊かな社会の中で生きている。
その豊かというのは食べ物に困ることもないし、また精神文化や人間関係ですね、社会の。
それも非常に豊かであると。そういう認識ができたということなんですね。
それが1966年。
前にもお話ししたかな。
例えばオーストラリアのアボリジニ、先住民の人たちですね。
彼らは文明と呼ばれるような物質文化であるとか複雑な社会は気づいていませんけれども、何不自由なく暮らしている。
彼らが生きるために1日どのくらい働いているかというと平均すると4時間も働いていない。
いいですね。
ある日はみっちり働くんです。でもその次の日は全く働かないと1日ゴロゴロしているとかね。平均すると3時間満たない。
男性も女性もだいたいそのくらいですね。男女差があるわけでもない。
それで十分暮らしていられる。
それに引き換え我々文明社会に生きる人類は8時間とか場合によってはそれ以上長時間労働をして、家を建てるために30年ローンを保証して、ストレスまみれの会社勤めをして、
なんていうのに比べたら狩猟祭衆民ってどれだけ豊かなんだ。そういう認識が改めて広がったわけですよね。
このシンポジウムを通して人類学者や考古学者が狩猟祭衆民が豊かだと認識すると同時に自分たちがどのくらい常識や偏見や先入観にとらわれていたのかというのも自覚するようになってくるわけですよね。
そういう大きなターニングポイントが1960年代であったということなんですね。
現在ではそういう先入観や偏見というのを自覚した上でなるべくそれを排除して研究をする。そういうのが主流になってきていますが、
現代に残る狩猟採集民
残念なことにそういう認識ができた時にはもう時すでに遅しで、世界中にいた狩猟祭衆民というのはその多くが歴史の過程で農耕民になっていたり、あるいは農耕社会に圧迫されて消滅してしまったということになってしまったわけなんですね。
今の我々の普通にやっている生活に取り込まれてしまったという感じですよね。
そうは言っても現在でも細々とですが、狩猟祭衆という生活スタイルを守っている人たちはいるんですね。
そういう人たちはどんなところで暮らしているかというと、基本的には農業ができないような、高位土体とか標高の高いところ、寒くて農業ができないところ、あるいは逆にアフリカの砂漠地帯、乾燥が進んでいて農業ができないとかですね。
あとは例外的に非常に野生資源が豊かで、そこにいる人たちが農業なんて面倒くさいことを見向きもしない、そういう地域。
今現在世界人口は80億とか言われていますが、狩猟祭衆で生きている人たちが今450万人くらいいると言われていますね。
450万というと、そんなにいるんだと思うかもしれませんが、世界中で80億くらいの数が残っています。
アフリカですと、大体7グループくらいが知られています。
一つは、赤道直下の熱帯雨林のあまりにジャングルが深くて農業ができない地域。
もう一つは、熱帯特有の病気があって家畜や農作物が育たない地域にいる人たち、熱帯雨林の中で狩猟祭衆をしている人たちが数万人いますよね。
あと南アフリカやナミビアの乾燥地帯、ナミブ砂漠なんかにいるブッシュマンと呼ばれる人たちですね。
彼らが15、6万人くらいいるんでしょうかね。
そんなふうにしてアフリカでは7種グループくらいがいますね。
ユーラシア大陸ではシベリアのトナカイの放牧と狩猟をしている人たちとかですね。
そういう人たちがいたり、あとはヒマラヤの比較的乾燥して標高の高い地域、やはり農業をするのが難しいようなところでは、
キジシ集団ですね、木製品なんかを作る。
キジシ集団で、かつ食べ物は狩猟祭衆をしているというような人たちが本当に1000人程度ですけどね、残っていたり。
あとはインド領になるんですけどね、インドとインドシナ半島の間にあるアンダマン諸島という島があるんですけど、
そこの先住民の人たち、もう1000人もいない人たちですね。
その人たちも狩猟祭衆、魚狼で暮らしていますね。
魚狼でね。
比較的ユーラシア大陸は大陸が広いので、
そうですね。
そういった13グループくらいの人たちがシベリアから、
あとはマレーシアとかインドネシアとか。
マレーシアとか、要するに海岸沿いの方ですね。
やはりね、熱帯雨林とかそういうところの人たちですね、暮らしていますね。
南北アメリカ大陸は割と広いので、ここでも12グループくらいにいますね。
皆さんがよくご存知なのは、アラスカとか北極圏に近いところにいるイヌイットと呼ばれる、
かつてエスキヴォーと呼ばれた人たちですよね。
そんな彼らがいるのと、あとはアメリカ、カナダですね、の太平洋岸。
北米大陸の西海岸ですよね。
そこにいるハイダ族とかトリンギット族とかっていう人たち。
彼らは今も魚籠をメインにして暮らしています。
ものすごく海産資源が豊かでしてね。
農業なんてめんどくさいことやらなくても十分に食料が得られる。
そういう人たちは農業のことを知っていながら手を出さない。
伝統的な魚籠で暮らしている。
資源が豊かであったせいもあってですね。
もう一つ、そう言っても井戸が高い寒いところなので、
アメリカ大陸に入植した白人たちも農業をやるためにそこまで入り込んでいかなかったので。
逆にね、だから残っているということもありますね。
民族文化、言語もきちっと残っています。
人口も今400万人くらい。
400万人くらいでも最大規模の狩猟採集民グループということになりますね。
そんな人たちがいます。
NHKのドキュメンタリー番組なんかでも紹介されましたが、
今でもアマゾンの奥深く、アマゾンの上流域では、
いわゆるブラジル政府とかとほとんど接触をしていない人たちが、
わずか100人、200人、小さな集団ですが、いるようですね。
そうですね。テレビで見たことがあるかもしれないですね。
彼らがその後、新型コロナウイルスとかいろんなものでどうなったのかなって心配ですけどね。
はい、いるようですね。
そんな具合で、世界で30グループくらいが今でもいるんですが、
彼らも当然、今でも狩猟採集生活を続けているとは言ってもですね、
いわゆる文明社会、私たちの文明社会と全く接触をしていないというのは、ほんのひと握りでして。
そうでしょうね。
多くの人たちは狩猟採集はしているけれども、村に行くと衛星電話があったりとか、
衛星放送の見れるテレビがあったりとかね。
スマホを持っているとかね。
現代社会との接触とアイデンティティ
そう、スマホを持っていたり。それはしょうがないというか、当然なわけですよね。
そういう暮らしをしながらも、狩猟採集はしている。
最近の彼らはですね、自分たちが言ってみれば文明社会にある意味、
抑圧されたり差別されたりした歴史があるんだと。
でも自分たちは先祖から受け継いだ生活や文化、言葉を守っている。
それを非常に自覚するようになって、
自分たちの民族としてのアイデンティティを積極的に守ろうと。
そういう活動をしている人たちも多いようですね。
逆に現代の文明を見ることによって、自分たちの生活を守っていかなければというような価値観というのかな。
それが生まれてきたということですよね。
それを文明社会と接することによって、自分たちの独自性、民族としてのアイデンティティ、それをはっきり自覚するようになった。
日本でもアイヌの人たちがいろんな活動をしています。
そういうのも、民族アイデンティティを守る。
そして自分たちの抑圧されてきた先住民としての権利をもう一回取り戻そうと主張する。
そういう活動の一環ということになりますね。
そうですね。
ここで音楽を言ってもよろしいですか。
はい。バッハのパルチータ3番の続きで、サラバンドお願いします。
FMSがたけ、デインライフをお聴きいただいております。
狩猟最終日、まだ今でも30グループぐらいっておっしゃってましたよね、残ってる。
すごい豊かな生活。
今から考えると、我々の今の生きている時間に縛られ、いろんなことに縛られているよりはずっといいんじゃないかなって思うんですけど。
農業と狩猟採集生活の比較
皆さんもテレビなんかで目にされたことがあると思うんですけど、
例えばアフリカのブッシュマンの人たち、わりとテレビに紹介されることが多いんですけど、
皆さんお元気でね。年齢はなんて聞くと案外70、80近い人だったりするわけです。
その人が腰も曲がらずに元気で弓矢担いで歩いて狩りに行ったりする。
ちょっと前の農村のご高齢のおじいちゃんおばあちゃん、腰が曲がっていらっしゃる人がたくさんいたのは、
あれ農作業、重労働のせいですよね。
そうですよね。それこそ、私なんて昭和20年生まれだからって年がばれちゃいますね。
子供の頃見てた農家の人たちの働きから、
今の現代の農業とはまるっきり違う、その時って大変だったんだろうなあって、つくづく思いますよね。
なので、腰が曲がっている、それほどの重労働をしないと農業では生きていけない。
その対象的に狩猟採集民、全部が全部長生きできたわけではもちろんないと思いますが、
でもご高齢の人たち、腰曲がっている人はいないっていうね。
それを一つとってみても、果たして農業というのが人類を幸せにしたのかっていうのはね、
ちょっと疑ってかかるような見方もあっていいかななんて思いますよね。
狩猟採集民という生き方、食料の獲得というだけではなくて、
精神文化とか精神性、あるいは私たちの脳の機能なんかにも影響しているようなんですよね。
そうなんですか。
岡山大学に松本直子先生という方がいて、
この方は認知考古学というちょっと変わった考古学研究をされている先生で、
認知考古学ってどんなもんなんでしょうか。
どんな研究かというと、大きく分けて2つありましてね。
1つは、例えば私たち今の現代の考古学者が縄文時代の土器や石器を見ている。
認知考古学と環境の影響
それに何々式とか名前を付けて、これは料理に使った器だとか、
これはどんぐりのあく抜きに使った器だとかって見たような話をしているわけですけど、
我々現代の考古学者が認識して区別している縄文時代の道具が、
果たして縄文時代の人たちが我々と同じように分類をしていたかというのは必ずしも分からないんですよね。
なので可能な限り当時の人たち、縄文時代であれば縄文時代、
当時の人たちがその道具立てをどういうふうに認識して区別していたか。
例えば私たちから見たら全く違う形の石の道具が、
彼らにとっては同じ用途に使っている同じジャンルの道具だと認識されている可能性があるわけですよね。
それを研究しようというのが1つ。
もう1つは私たち現代の考古学者研究者が、
いくら自覚的に先入観や偏見を取り除いて研究しようとしても、
21世紀の現代社会の常識とか世界観とか価値観から完全に解放されることはあり得ない。
どうしても私たち現代の考古学者もまた現代の価値観なんかに左右束縛されている、縛られているわけですよね。
要するに現代の感覚というのを見てしまうことですよね。
どういう部分で価値観の束縛があるかというのを明らかにする。
それによって自分たちの過去を見る目をより洗練させていく。
そういう2つの研究が認知考古学というものなんですけどね。
松本直子先生たちの研究グループが今、
マテリアマインドという名前の大きな研究プロジェクトを進めています。
マテリアというのはマテリアルですよね。物質。
マインドというのは心、精神。それを2つ合わせた造語ですね。マテリアマインド。
この言葉は何を意味しているかというと、他の動物と違って文化あるいは物質文明、
道具を作る生き物としての人類というのは他の生物と違って
道具を作るあるいは技術を持つということによって精神性や脳の機能までが影響を受けているんじゃないかと。
私たち人類は他の動物たちとは違う方向、道具を作る方向に進化をしてそれによって文明を築いたわけですよね。
物質、物が心や脳の機能に影響してそれがまた人類の進化の方向性を決めてきたんじゃないかと。
そういう物と心の相互作用、そのメカニズム、プロセスを明らかにしようという研究なんですね。
こんな抽象的な話をしていてもわかりにくいかもしれませんが、いくつか例を挙げてみると、
京都大学の人類学者たちのグループが熱帯アフリカの狩猟最終民、ムブティという人たちの調査に出かけたことがあったんですね。
ムブティという人たちは熱帯雨林、15メートル20メートル先はジャングルで先が見通せない、そういう鬱蒼とした熱帯雨林の中で暮らしている人たちなんですね。
集落は多少開けているんですが、それでも1キロも10キロも先を見るなんていう経験はほとんどないんですね。
その代わりに熱帯雨林の中で毒蛇がいると、日本人の研究者が全然気がつかないのに、そこに毒蛇がいるから踏むなと教えてくれる。
そういう空間認識力を持っているわけです。
ムブティのある若者をケニアのサバンナ、キリンやゾウがいて地平線まで見渡せる、そこにある調査の都合で一緒に連れて行ったらしいんですね。
そしたら遥か彼方、おそらく1キロ、2キロ先に、水牛、ヌーの群れがいる。
日本人の人類学者からすると、数キロ先にヌーの群れがいるなと見えるわけですが、ムブティの若者は、あそこにいる小さな黒い点、あれは何の虫だと聞いたんだ。
つまり彼らは数キロ先にいるから、体重1トン近くある巨大なヌーが小さく見えているんだよというのがわからないんです。
自分たちが日頃目にしている、せいぜい数十メートルという視界の範囲の中で、小さな黒い点、あれは虫だと。
あの虫は何という虫だと聞いたわけなんですよね。
それで、何言ってんだと。あれはヌーだと。水牛って言ってバカでかい。ゾウほどじゃないけど大きな動物だぞって言ったら、そんなわけないと。
ヌーはもっとでかいんだと。あんな小さいはずない。
空間認識が違うわけですね。
彼らは遠近感っていうんですかね。それがわからない。
これって暮らしている環境が彼らの認知機能に大きく影響している。
そういうことなんですよね。
なるほどね。でも現代人だってそういうことあり得ますよね。我々たち、我々今の中で生活していて。
大いにあり得ると思います。
柴山さんはお生まれはどちらなんですか。
横浜です。
横浜ですよね。そうすると海が見えるけど多少高いビルなんかもある。
少しね。
そんな景色ですよね。
私は生まれも育ちも北都市なんですけど、山に囲まれて暮らして、学生時代8年ほど関東平野で暮らしていたわけですけど、落ち着かないんですよね。
地平線までスポーッと見えて山が近くにない。
そうか。
あまりにも視界が突き抜けすぎていて落ち着かない。
山なんて遥か遠くに。
とりあえず過労時程。
富士山が遠くに見えるところです。
でも横浜に生まれ育った方であればひょっとしたら山梨、北都市あたりは屏風のように山が迫っていて圧迫感を感じるという人がいますよね。
確かにそれはあり得ると思います。
そんな具合で私たち自身も大なり小なり生まれ育った自然環境に影響を受けていて、空間認識の能力とか認知機能とかあるいは精神性に影響しているんじゃないかなと思うわけですよね。
そういうことですよね。
これは3曲目は入りますか。
エンディング
ではお話の方で行きましょう。
そんなふうにですね、例えば現代の私たち、いろんなふうに自然環境から影響を受けているということですよね。
そうですね。FM絵図がたけデインライフちょっと深掘り考古学を終わります。
聞き手は柴山博子でした。続きは次回ということで。
はい。