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刺さない針、直さない治療、楽鍼塾塾長の藤田勇です。 耳から整える言葉のはりの時間になりました。
今日はですね、一つ昔話をしたいなぁと思っています。 中学2年生の時ですね、
雑誌でね、ムーっていうのがあるんですけど、ご存知でしょうか? オカルトの雑誌ですね、霊とかUFOとか、
そんな話がいっぱい載っている雑誌なんですけども、 それをですね、中学2年生の私が本屋さんで立ち読みをしてたんですね。
そしたらですね、仙人の記事が書いてあったんですね。 内容はというと、木を使って人を倒したり、
ドラゴンボールのね、カメハメハみたいにね、あんな感じで。 木を使って治す、ですね。気候の治療なんて一時期ブームになりましたけど。
とか、で最終的に木をトレーニングをして、
仙人ですね、不老不死の仙人になるっていう、そんなのが載っていたんですけれども、 その時にね、
もう、バチバチバチっと来たわけです。 そっから今まで続いてます。
仙人になりたい俺は、というところですね。 当時ですね、ノストラダムスの大予言というのが流行ってまして、1999年7の月、
アルゴンモア大王が空から降ってきて人類を滅亡するみたいな、 そんなのがね、ブームで。
もうね、本気で仙人になって、 そのハルマゲドンを乗り越えようみたいな、そんな思いも持っていました。
そんな中ですね、仙人、木の訓練っていうのを中学の時からやり始めたんですけども、
仙人の哲学的な部分、思想的な部分で、老僧思想というのがあります。 これは道化思想とも言うんですけども、
道教ですね。道教というのは仙人になるための修行をしている人たちの教団みたいなものですね。
それの聖書、バイブルが老僧。 ただですね、老僧、特に僧師にはですね、そういった捕らわれとか、
仙人になろうみたいなことでいろんなことをやるっていうことが、 自然じゃないというところで否定されてるんですけどね。
そこ大きな矛盾なんですけど、それは置いておいて。 仙人になりたいという気持ちずっと思ってますけども、それと同時に特に僧師に私は
10代の頃はまっていました。 僧師というのは何者にも捕らわれない自由な存在ですね。
価値観とか、生とか死から、 自由になった存在ですね。
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それは仙人になって不老不死になるっていう意味ではなくて、生も死もどちらも一緒だと。
生にあっては生を良しとし、死にあっては死を良しとするという心の境地が、 聖書を超えた存在になるという意味なんですけども、
そういった僧師のすごく大きな視点ですね。 視野を持ったような、見た哲学というものに10代の頃惹かれていました。
その老僧思想ですね、が今のゆる道に繋がっているんですけれども、
ゆるく、楽しく、自分らしく、とらわれのない、 楽に自分の人生を生きるという、この根底にはその僧師ですね、老僧思想の中の特に僧師の哲学が生きています。
なので私としてはもう自由に、何者にも捕らわれない、 そして楽に自分らしく生きるということをしていきたい。
そこに近づく生き方を今していますけれども、 家に来られる患者さんたちはそれと真逆の人たちが多い。
だからこそ、体に問題を抱えてしまっているというところが非常によく見えるわけですね。
なので私としてはこの自分の生き方ですね、理想とする生き方をゆる道と名前をつけて、 そういった僧ではない生き方をしている人たちに広めていきたいというふうに思っています。
なので、僧人の生き方に興味がある方は是非、今後もこのスタンダイフをお付き合いいただければと思いますし、
いろんなYouTubeとかでも発信をしていきますので、 そういったものを見ていただいたり、
また何か感じることがあったらコメントをいただいたりできたら非常にありがたいですし、 一緒に僧人になっていきましょうということなわけです。
今日は以上になります。 ありがとうございました。