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刺さない針、治さない治療 楽鍼塾塾長の藤田勇です。
ゆる道ラジオ 耳から整える言葉の針の時間になりました。
昨日ですね、見た患者さんのお話をちょっとしたいなと思うんですけれども、
その方、85歳の女性の患者さんなんですけども、
ザコツ神経痛という痛みを抱えて、家に来られていて、
まあまあ、痛みはほぼないという状態なんですけれども、
ひかわ教師が好きで、追っかけをして、ずっとね、
毎回毎回、今度はあっち行ってとかね、遠くに追っかけて行ったりとかをしてたのに、
ザコツ神経痛になってしまって、そういうのも行けなくなっちゃったみたいな話から、
また治療して良くなって、行けるようになってたんですけれども、
ひかわ教師がね、法廷の所属から個人的な、
もうちょっと詳しく知らないんですけども、遺跡をしたんですよね。
それから代々的なコンサートとかもあまりなくて、限られた場所でしかやってなくて、
追っかけもあまりできなくなっちゃったみたいな話をして、
今はね、追っかけはしていないという方なんですけども、
もうね、すればいいんじゃないの?っていう話なんですけれども、
さらにですね、その方、周りに知人とか友人がいたのに、だんだんいなくなってきてしまっていると。
一人だけ仲の良い友達がいて、旅行とかも行ったりできているので、
まあいいんだけども、この友達もいなくなっちゃったら寂しくなるわ、みたいな。
でもだんだん減ってくるっていう、周りに知人というか仲の良い友達が減ってくるっていう、
85歳にもなるとそういう状況になってくるわけですよね。
まあでもね、死ぬまで楽しめばいいんだよっていう話を私はしたわけですね。
日川教師だってね、追っかけまだすればいいのにとかね、
まだその仲の良い友達がいるんだから、
その旅行とかに行けるように私としては体をちゃんと整えておきますので、
思う存分楽しんで行ってきてください、みたいな話をしたんですけどね。
で、そんな話をしてて、私が頭に浮かんだのが一休さんなんですね。
一休さんに学べ、以前ね、高田純二に学べっていうお話をこのチャンネルでもしましたけれども、
私、患者さんにですね、いろいろ学んでほしいモデルケースの人がいるわけです。
高田純二もそうですし、あと大谷翔平ですね。
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楽しむっていうところで、あと孫悟空ですね、悟空に学べもここでお話ししてますけれども、
っていうのの一つに一休さんに学べっていうのがあります。
一休さんって言って、ある程度私と同じ年代ぐらいの人は、
トンチのアニメの一休さんを思い浮かべるかと思いますけれども、
私がお話し、私がしている一休さんっていうのは、
室町時代に実在した一休僧人という僧侶のことです。
で、一休さん、そのね、実在の一休さんっていうのはすごくね、真面目で、
修行も苦行をして悟りを開こうと思って、ずっと若い頃はやってたわけですね。
で、師匠があんなから亡くなって、その亡くなったことに悲しみを抱いて、
後追い自殺をしようとした、そんな真面目な人だったんですけれども、
いつの間にかね、僧じゃない、破壊僧って言うんですけども、
もういろんな戒律とかも破ると、酒は飲むわ、女は買うわ、何なら男も買うわみたいな、
そんなお坊さんになってしまったというところでね、
なんか堕落したっていう風な捉え方、一面ではそんな風に捉えられちゃうかもしれないですけども、
私はね、本当の意味での自分の自由さを知った、またね、その人として、生物としての、
これは東洋学の話になってしまいますけども、陰と陽の場面ですね。
光があれば闇がある、それこそが真の人であると。
そこをちゃんと理解しているっていうところで、一休さんというのは非常に私は尊敬する人物です。
私もね、若い頃はね、こんな一休さんなんか、
全然偉そうなこと言って何もわかってないんじゃないの?みたいな、
そんなことを思ったこともあったんですけども、
今の私はもう一休さんは学んでほしいですね。
もう何でも好きに自由にしろよ、と。
それが人じゃん、というところ。
もちろんね、犯罪を犯して人に迷惑をかけるっていうところまでの自由っていうのはない。
この法治国家の日本で生きる限りは。
でも自分らしく、ゆるく楽しく自分らしく生きるっていうところを、
このゆる道の根本の考え方と相通じるのが一休さんの生き方ですね。
一休さんはね、ある時、お正月の時ですかね、
みんながめでたいめでたいと言っているそんな時に、
ドクロの置物っていうか、持って街を練り歩いて、
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何がめでたいものかと。
一年経ってね、またお前たちみんな死に一年近づいたわけだと。
そんなことを言っちゃう人なんですよね。
またね、70何歳ですかね、
時に40歳ぐらい若い女性と愛人関係になって、
10年間ぐらいはもうべったりとその愛人との生活を楽しんだというところとかね。
またね、死ぬ間際に弟子たちがいっぱいいるわけ。
そんなことをやっている一休さんでも、周りに弟子たちいっぱいいるわけですね。
それだけ人に辛抱を持たれているんですかね。
そんな存在なわけですよ。
それはやっぱり一休さんがいろんな戒律を破るようなことがあって、
その生き方をしていても、やっぱり本質的な部分をちゃんと分かって
それをやっているというところが自然と伝わっているんじゃないかと思うわけです。
でね、死ぬ直前の時にも弟子たちがありがたい言葉を言って
行ってしまうのかと思いきや、
一休さんは死にたくないと言って死んでいったというところですね。
こんなの自然じゃないですか、本当の意味で。
生物だったらそう感じるのは当然ですよ。
それを取り繕って良い形にしようと思って固くなるわけですね。
固いです。現代社会にも相通じますよね。固いんですよ。
それを柔らかくする。まさにゆる度と通じるなというふうに感じるわけですね。
冒頭に出てきた患者さんにもね、そういう風にやって楽しむ。
そういう人生を謳歌していって、ピンピンコロリでいければいいんじゃないみたいなことを
笑いながら話ができるわけですよ。
私もそういうゆる度を緩んだ感覚を持っているし、
その方もずっと私の治療を受けに来ているので、
そういう感覚も伝わっているのでね、こういう話ができるわけです。
でもね、これが、例えばね、ザコス神経痛の患者さん、
しっかりザコス神経痛を治しましょう、みたいなね。
これ痛いの、この筋肉と神経と同の効能になっていてね、治療。
ただそういう関係性だったら、こんな話したらね、
気まじめな患者さんだったら怒り出すっていうこともあり得るわけです。
それじゃあね、真の意味でのゆるむっていうこともないし、ゆるまなければ整わないし、
整わなければ症状も真の意味で、真の本地というのもできない。
というのが私の考えになります。
ちょっと取り留めもない話、いろいろとあちこち話を取りましたけれども、
1932年、私は学んでいます。
孫悟空にも学んでいます。高田純二にも学んでいます。
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大谷翔平にも学んでいます。
楽しく生きたいわけです、私も。ゆるく楽しく、自分らしく。
自分の人生を楽に生きる。これがゆる道です。
はい、以上になります。ありがとうございました。