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2025-05-27 10:00

なくてもいいけど、あるとやさしい。【思いやりとデザインの共通点】

①はじめは無自覚 ②気づけば改善できる ③なくてもいいけどあるとやさしい


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サマリー

フリーランスデザイナーのちふねこさんは、デザインと思いやりの共通点について考察しています。彼女は、デザインがなくても機能することがある一方で、思いやりと同様に、存在することでより価値を高めることができると述べています。

デザインの必要性
こんにちは、フリーランスデザイナーのちふねこです。
今日は、なくてもいいけど、あるとやさしい。
思いやりとデザインの共通点というテーマでお話ししていきます。
今日のお話はですね、デザインをやってるとしばしば、私自身感じることがあるんですけど、
デザインって結局やる意味あるのかなっていうところ。
どうですかね、これを聞いてるあなたはそういう感覚に出会ったことありますか?
私は学生時代、デザインを学んでる時もそうだし、つい最近もあったんですよね。
それが、自動車の免許更新に最近行ってきたんですけど、そこで公衆を受けるんですよ。
その公衆の資料が、おそらくパワポで作ったスライドだと思うんですけど、
それがすごく見づらい資料だったんですよね。
多分本当に全然、整えようという意識は全く感じられないような、というか、
文字の塊が複数あっても、それが左端が揃ってなかったり、
配色が見づらい配色になってたり、
あとは文字を画面いっぱいギリギリのところに置いて、すごく読みづらいギチギチな感じになってたりとか、
とにかく本当全然整えようと思って作った資料じゃなかったんですよ。
っていうのを見て、でもそれでもその公衆、公衆自体は成り立ってるわけなんですよね、その資料で。
なのでそういう時に、デザインって別に最悪なくても問題ないよな、みたいな感覚になるんですよ。
だってなく、デザインとして整えられてない資料でも役割はしっかり果たせてるので、
全然問題ないじゃんって思いませんか?
ただ、もちろんなくてもいいんだけど、だからといって全くいらないよね、とはならないなっていうのが今日のお話です。
思いやりの重要性
このデザインってよく、思いやりが大事。
デザインっていうのは相手にどうしたらわかりやすく伝えられるかとか、
そういうのを考えた結果、色数絞るとか見やすいレイアウトにするみたいな、そういう細かいデザインのコツに結局執着するんですけど、
根本は相手にどうわかりやすく見せるかみたいな、その思いやりが根源にあるみたいな考え方なんですけど、
そういった意味でも、思いやりとデザインって同義というか共通点がたくさんあって、
今回の件、なくてもいいけど、だからといっていらないよね、とはならないのも思いやりと一緒なんですよ。
皆さんも思いやりって、別に生活になくても生きていけるじゃないですか。問題なく生活はできる。
例えばその、なんだろう、電車とかバスでお年寄りに席を譲るみたいな気遣いって、別に最悪しなくても自分は問題ないじゃないですか。
でもやっぱりそこで席を譲れた方が、実は自分も気持ちよかったり、相手、その座れなくて困ってる方も助かるっていう意味で、
多分した方がお互い気持ちよくなることじゃないですか、思いやりって。
人によっては譲られることが嫌みたいなパターンもあるかもしれないんですけど、それは一旦置いといて、
基本的にそういう相手を思いやって何かすることって、お互いにとってプラス、ポジティブな出来事、面が多いじゃないですか。
ただそれはなく、最悪なくても問題なく生活はできるというか。
それとデザインも一緒だなと思うんですよ。
改善のプロセス
デザインももちろん全てのものをわかりやすく整えなくても、ちゃんとそのものの役割って果たせたりする。
けどやっぱりその資料、今回の講習の資料とかも、よりちゃんとデザインとして整え、見た目を整えられていた方が、
その私、受講する側は、実際私はその資料の見づらさが気になっちゃって、それが内容よりもそっちに気が散っちゃってるっていう事実があるわけじゃないですか。
それがちゃんと整ったデザインだったら、すっとシンプルにその講義の内容がもっと吸収できたかもしれないですし、
なのでなくても役割は果たせるけど、あった方がより伝わりやすいとか、より相手にわかりやすい、相手思いのデザイン、資料ができるっていうのがデザインだと思うんですよね。
なのでデザインって別にできてない人も多いし、する必要なくない?って感じる感覚は私もわかるし、そういう方も結構いるんじゃないかと思うんですけど、
ただできた方がいいよね、思いやりと一緒でっていうのが今日のお話です。
他にもいくつか思いやりとの共通点として感じるものが2つあって、1つは初めはみんな無自覚っていうところ。
私自身は本当にそうだったんですけど、その資料の見づらさとか学生時代全然わからなくて、自分でそういう見づらい資料を作って満足してたんですよね。
でも自分じゃ見づらさとか違和感に気づけなくて、他人から先輩だったり教授、先生に指摘を受けて、
あ、これって確かに見づらいんだとか、他の人の資料に比べて確かに違和感が多いなみたいな、そういう言われて初めて気づけるみたいなことがデザインでもあって、
そうやって思いやりに関しても感じませんか?
自分はこれまで無意識にやってたことが、実は他人を傷つけちゃってたとか、
逆にその他人から何か思いやり、なんか気遣いを受けて、
こんな心配りの仕方があるんだ、私もやってみようとか、なんかそういう始めは知らなかったけど、他人の言葉とか他人の行動を通じて気づいて実践するみたいなことって思いやりでもそうじゃないですか。
デザインもそれと一緒で、2つ目の共通点につながるんですけど、1つ目がその始めは無自覚っていうところ。
他人に言われて気づけるよねっていうところがあって、もう一つの共通点が気づけば改善できるっていうところ。
さっき言った思いやりも他人からこう新しいなんかこういう気遣いの仕方を吸収したら自分でも実践できるようになったりと一緒で、
デザインも一度その違和感、これって見づらいんだっていうのを知るだけで、じゃあ自分が作る時はもうちょっとこうしようとか、次はこうしたらより良くなるみたいなことを実践していけるんですよね。
なので現状をその違和感に気づけてないからといって諦める必要はなくて、まずは知るっていうところができるだけでちょっとずつそういう改善ってできていくので、
私自身が本当にそうだったんですよね。学生時代、見づらい資料の理由がわからないというか、それこそ整える意味別になくない?みたいな。
デザインの専門家だから気になっちゃうだけで、私みたいな一般人はそんなこと気にしてないよみたいに思ってたんですけど、
こういうストレスも実は無意識に感じちゃってるっていうことがあるんですよね。
本人は当たり前すぎて負担にすら思ってないけど、実は脳みそはそこの理解、ちょっと整ってない文章を読むのに無駄にリソースを割いていたりとか、
どっかい労力が余計にかかってるみたいなことがきっとあるんですよね。
頑張れば別に整ってないデザインも情報としては入ってくるし、役割は果たせるかもしれないんですけど、
より相手に少ない労力でわかりやすく伝えるとか、より見やすいもの、ストレスの少ないものにするっていう意味では、
デザインでやっぱり見た目を整えるっていうことを思いやりと一緒でできるとよりいいんじゃないかなというのが今日のお話です。
キクダケフリーランス講座の毎週火曜日はこんな感じでサクッと学べるデザインのお話をお届けしています。
デザインをやってる方もそうじゃない方もスキルアップのヒントとして参考になれば幸いです。
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