00:07
はい、フォーニッツ大山レイリオー、大山です。
いつもですね、東方のレイリオーをお聞きいただきまして、ありがとうございます。
はい、第31回になりますけれども、今日はですね、つい最近ちょっと、
我がファミリーの中でね、あった話をちょっとしたいと思います。
今回の内容というのは、ちょっと不動産に関係ない話なので、
もし興味ない方は、ここで停止していただいて構いません。
はい、それでね、ちょっとお話しします。
うちのですね、長男がですね、小学校の2年生から高校3年生までサッカーをしておりました。
つい先日ですね、高校サッカーの方を終了しまして、
先週ですね、参総会と言いまして、高校3年生を追い出す会じゃないですけど、
部活の中で送別するね、サッカーの感想会というのをちょっとね、やりました。
で、その中でね、ちょっと長男に終わった後にね、ちょっと話した時の話をさせていただこうと思います。
長男の方はですね、神奈川県内でもベスト8ぐらいに入る競合校ですね。
部員も140人ぐらいいる競合校でサッカーを3年間やりました。
で、高校に入る時にはね、全国大会を目指してということで、
その中でレギュラーを目指してということでね、希望を持ってね、サッカー部に高校に入りました。
で、やっぱりね、それだけ王女隊の140人もね、いますと、
だいたいレギュラーのね、ピッチに立てる人間の数が、
11人とか12人、13人に1人って、頭数で割るとね、そういう風な厳しい現状が、世界がね、待ってました。
で、やっていく中で自分の力とか、周りの中で自分の立ち位置というか、
そういうのも分かってきてね、かなりちょっと本人としては苦しいね、2年半とかをね、過ごしたと思うんですけども、
高校3年までね、無事ね、サッカーを続けたということで、
まあ褒めはしないですけど、よく頑張ったんじゃないかなという風に思っています。
長男にね、聞きましたら、そういった感じでちょっと悔しい思いをね、かなりしたと思うんですけど、
どうだったかなということで、長男に聞きましたら、
03:01
長男もね、うちのね、高校行って本当に良かったという風に言ってたのがね、救いだったかなという風に思います。
特に最後の1年はね、もう皆さんご存知のように、コロナで大会という大会もなく、
ほとんどレギュラーでないセカンドチームの息子もですね、出場機会も試合の機会もですね、
なかなかなくて、最後ね、引退試合を迎えてということだったんですけど、
まあね、
京都高校でチームも5チームぐらいある中のセカンドチームでトップに絡むことはできなかったんですけど、
本人なりのね、できることはやってきたという本人のね、
そのやり切ったという気持ちはね、あったみたいなんでね、良かったかなと思ったりしています。
で、先週はですね、それで長男がお世話になった中学のクラブの方にですね、
中学のチームメイトとですね、OBの子と一緒に練習に参加しに遊びに行ったみたいで、
また3年前ぐらいのね、仲良くみんなでサッカーやってたチームメイトと一緒にまたできたことがね、
非常になんか嬉しかったというような感じでね、声を弾ませてね、言ってましたね。
ちなみにあの、そのクラブの方には次男がね、またちょっと今お世話になっているところなんですけど、
まあね、そういうことで、サッカーを通してこう、
同じようなね、時間を共有する仲間とかね、そういうものがたくさんできたっていうのが、本人にとってはね、
貴重なね、やっぱり人間関係であったり、そういうものをね、構築できたんじゃないかなということでですね、
改めてね、ここまで続けてきて、本人にとって良かったんじゃないかなと私もね、思いました。
あとですね、私の方は、あと次男がね、今中学2年生で、高校3年までって考えると、4年、5年ね、ありますので、
まあまたね、継続して、まあ夢を見させてもらえるかなと思いながら、
合わせてね、またちょっと今後もね、楽しんでいければと思っています。
はい、今日はね、全然不動産に関係ないですけども、ちょっと最近、
我が家であった家族の話で、ちょっと雑感というかですね、そういうことをね、ちょっとお話しさせていただきました。
いつもですね、東方のレイディをお聞きいただきまして、ありがとうございます。
またね、放送させていただきますので、終わったらまた聞いていただければと思います。
ありがとうございました。