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#1227   大震災の被災時の記憶
2024-01-04 11:00

#1227 大震災の被災時の記憶

いつもお聴き頂き、有難うございます。
今回は阪神大震災で被災した時の記憶についてお話させて頂きます。
今回の能登の震災について被災されました皆様に、心よりお見舞い申し上げます。


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#JLT大家
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はい、フォーニッツヤマライディオ、大山です。
いつもですね、東方のレイディオを聞いただきましてありがとうございます。
はい、明けましておめでとうございます。ということで、
普段のね、私の放送の中では、あまり時期的なね、お話とか、そういうものっていうのはしてなくて、
毎回一つのテーマにつきまして、お話をさせていただいてるんですけど、
今回はね、元旦にね、石川県の野党の方でね、震災があったということで、
特にね、石川県にお住まいの方、野党の方にお住まいの方で被災された方にですね、ここでお見舞い申し上げます。
ちょっとね、非常に私も年明けて放送しようかどうかってちょっと思ったんですけど、
人事ではなくてですね、私は実はですね、学生時分に95年にですね、阪神大震災の中ですね、神戸市の方にね、学生時代におりまして、
被災した経験がありまして、とてもちょっと人事ではなくてですね、何とも言えないようなね、ちょっとその気持ちになりました。
で、今回ね、すごいあの、まあちょっと雑談みたいな話になるんですけど、ちょっとお話しようかなと。
その当時のことをね、すごい思い出したので、ちょっとね、今回ちょっとそのお話をね、したいかなと思います。
はい、えっと、まあ私がね、震災にあったのはですね、阪神大震災のですね、1995年の1月17日だったんですね。
で、明け方の5時前後でしたかね、震災が起こったのが、ちょっと寝てる時にね、起きまして、
突然、何が起こったのかね、よくわからない状況で、ちょっと夢を見てんじゃないかなというような感じだったんですね。
まああの、今回のね、地震については白昼ということで、まだね、起きてらし、生活されている日中ということで、生活されている中での起こったね、震災ということになりますけれど、
震度7のね、地震ってね、本当に経験した方からすると、ちょっと本当この世の終わりじゃないかなというようなね、すごい揺れなんですよね。
で、本当その建物にいながらもね、そのまま建物が本当にひっくり返っちゃって、本当にちょっと大変な状況を、そういうね、のを連想させるような感じで、
私、震災にあった後ですね、しばらく船にずっと揺られて、余震が続いていたものですから、ずっと船に揺られているようなね、そういう感覚がね、1週間とか10日とか、そういうようなのがあった記憶がありますよね。
03:08
で、朝ね、ちょっと明るくなってみると、周りのね、非常にちょっと惨状がありまして、
で、私が住んでました神戸市のね、近くに阪神高速とかあったんですけど、阪神高速のね、橋脚が倒壊してね、高速道路が横にね、倒壊してと、そういうような状況もね、目の当たりにしたりして、
いや本当にどうなるんだろうっていうね、非常にちょこっと強い不安をね、感じたのを、今でもね鮮明に覚えてるんですよね。
で、あの、当然私のね、住んでました、当時ね、一人暮らしてたね、アパートもですね、もう半壊というよりは全壊に近いような状態でですね、
で、あの、当時のね、学生のね、友達のところにちょっと身を寄せて、しばらくね、避難してたような感じですね。
ただね、建物の中にいますと余震が続くためね、非常にちょっとね、いつこの建物大丈夫なんだろうかということでね、
落ち着いてこう、まともに睡眠が取れないような、そういう状況もね、あったんですよね。
で、何日かするとね、やっぱりいろんなところに生活の支障というのが非常に出てきまして、やっぱりあの水道ガスが通ってないということで、
あと交通もね、道路ももう波打ってね、あとひび割れて陥没してたりとか、まあそういうこともあってですね、物資がこう運ばれてこないとか、
まあそういうこともあって、コンビニなんか当然ね、お店の中には食料品とかそういうものはもうすべてね、ありませんし、
まあそういう状況がね、ありましたよね。
で、その当時というのはね、今みたいにSNSとかそういうものもね、あんまりなかったと思いますので、
携帯電話もね、そもそも私の友人がね、この阪神大震災をおきに携帯電話を持つようになった人がいたりとかいうぐらいのレベルで、
その当時私も携帯電話なんて当然持ってませんでしたし、田舎のね、親戚とかからは、なんかうちのね、両親とかには大丈夫なんかということで連絡をね、
あの、あったみたいですけど、なかなかね、しばらく連絡が取れないという状況がね、ありました。
時代もね、そう考えますと1995年ですから、まあ28年ぐらいね、経ちますので、だいぶね、時代も今は違うとは思うんですけど、
その当時のね、その震災の情報とかなんとかっていうのはテレビとか、まあラジオぐらいしかなかったと思うんですよね、携帯のラジオとかね。
まあ今ではSNSとかね、そういうことでダイレクトにね、すぐにこう情報って入ってくると思うんですけど、まあそういうことがね、ありましたね。
で、まあやっぱり、特に被災された方っていうのはね、同じような思いを持ってこう、感情を持たれてね、ということでね、
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あの、助け合いの精神というか、そういうのもね、非常にあって、まあアパートのね、オーナーさんとか公屋さんがですね、
あの、配給のパンとか、まあ飲み物とかね、そういうものを配って、わざわざ部屋まで訪ねてきたりとか、そういうこともありましたし、
非常に人のね、温かさというのを協力するという、そういう人の温かさ、ありがたさというのを非常に感じたね、
感じたということをね、非常に今でもね、鮮明に覚えてますよね。
で、あの、実際にね、あの、あまりの惨状の中でですね、やっぱり、あの、天才とかそういうのを考えますと、
やっぱり人のね、力って、やっぱりこう、微力というかですね、震災とか天災の前にするとですね、本当なす術がない、本当にないなというのをね、
その当時ちょっと感じたんですけど、まあそれと同時にね、やっぱりあの、やっぱり人の和というか、まあそういう行動力とかね、
そういうものも非常にね、人間ってすごいなって、やっぱり思いますよね。
当時ね、私は一人暮らしで、賃貸のね、アパートにちょっと住んでましたのであれなんですけど、
実際に私の学生時代のね、友人とかは、家をね、失った人とか、朝起きたらね、あの、もう屋根がなかったとか、
まあそういうものもね、聞いたりもしましたし、まあ幸いにもね、その時、命を落とした、私の周りにはね、命を落としたとか、
そういう方はいなかったんですけど、まあやっぱり近くでね、そういうお話を聞いたりもしても、やっぱり非常にね、心痛くて、
というのが本当にありますよね。
まあ、あの、今ね、便利、そのSNSとかそういう非常に便利な、まあ世の中ではあるんですけども、
やっぱりいろんな情報が入ってくるというのは、即座に入ってくるというのは非常にね、ありがたいと思うんですけど、
まあもしかしたらね、その情報がこう、何て言うんでしょうね、震災の風評とか、いろんなね、ちょっとデマとか、まあそういうものとか、
そういう可能性もありますので、やっぱりその辺はね、落ち着いてね、ちょっとね、やっていくしかありませんし、
まずはね、やっぱ自分の身を守るということが、まずはね、何がさておき一番大事なのかなというのはね、本当その時感じましたよね。
まあ正直ね、その大きな震災とか被害にね、遭うとですね、被災すると、やっぱり本当に、
まあ5,000人、6,000人ぐらいね、その当時いなくなられた方がいらっしゃって、まあその中でね、たまたま運よく私はね、
命をね、こう、生かせていただいているというね、そういう思いでね、あったことをすごいね、思い出しますよね。
09:05
日々のね、生活がずっとね、その震災以後、東日本大震災もあって、私も復旧工事とか行ったんですけども、
まあそういう震災をね、経験すると、経験してもやっぱり、月日が経つとね、そういうものってね、ちょっと薄れてきたりとか、自分の中でもね、あったりするんですけど、
今回震災ね、報道とか見てますと、その時の記憶をね、非常にちょっとね、こう思い出す、そういうね、ところがね、ありましたね。
あのね、本当に震災にあわれてね、避難とかされてると、体調崩されたりとか、ましてやね、こういう1月とか、寒い時期とかですと、
まあそういったね、避難したりするとね、体調崩されたりとか、まあそういうこともね、あるかと思うんですけどね、本当にこう、お体をね、まずは第一に考えて、ということをね、だけですよね。
まあこういったね、震災って人それぞれにその被災の状況というのがちょっと違うので、一概にね、まあどうだこうだというのはね、ちょっと差し控えたいとは思うんですけど、まずはね、身の安全とご無事をね、もうお祈りするばかりですよね。
私なりにね、できることはね、何かできることをね、やってはいきたいかなというふうにね、感じております。
ということで、震災の中でね、ちょっと感じたことをね、今回は震災の記憶ということでね、ちょっとお話しさせていただきました。
いつもですね、東方のレディを聞いただきましてありがとうございます。またですね、コメントやいいねもですね、頂戴しましてありがとうございます。それではね、今回はこちらのほうで失礼します。ありがとうございました。
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