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#18  大震災を経験して感じた事
2021-02-15 08:36

#18 大震災を経験して感じた事

私が激震地の中で、経験した事、感じた事。
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00:07
はい、フォーネッツ大山ラディオ、大山です。
いつもですね、東方のレディオをお聴きいただきまして、ありがとうございます。
はい、今ですね、先週の土曜日から、夜遅くからね、その地震とかいうのがね、ちょっとありまして、
特に宮城とか福島とか、東北の地方の方とかは、
余震とかもあったりね、ちょっと不安な生活をなさっているかと思うんですけれども、
ちょっとね、地震についてちょっと私もね、過去ちょっとあったことをお話ししたいと思います、今回はですね。
私はですね、実は学生時代、兵庫のですね、神戸の方に住んでました。
ちょうど95年のですね、阪神大震災の時に大学3年生で、ちょうど激震地の神戸の兵庫区の方にですね、住んでました。
で、その日はですね、たまたまちょっと私、風邪で寝込んでまして、
ちょっと夜中、その大きな揺れが来た時にですね、
ちょっと自分は変な夢を見ているのかな、うなされているのかなと思って、
ベッドから降りて、下の床に寝たりとかですね、もう一回ベッドに直ってとかっていうことをちょっと繰り返して、
なかなか寝つきが悪くてですね、ようやくちょっとうとうと眠れるなと思ったらちょうどその震災が来ました。
で、ちょっとね、最初わけもわからなくてベッドにしがみついてて、すごい揺れだったのでベッドにしがみついてたんですよね。
で、明るくなって外に出てみたら、
当時住んでいたマンションの前の電気屋さんとかの大きな看板とかが落ちてたり、
で、道路も陥没とかうねってたりね、地震の関係でですね、というのがありました。
で、その後すぐちょっと周りをね、歩いてみたら、
まあ倒壊している自宅とかもあってですね、非常にちょっと衝撃を受けました。
で、私のですね、学生時代の友人も朝起きたら屋根がなかったとか、
ちょっと今ではあのね、そういうちょっと誇張したような形でね、笑いを取るような感じで言っている友人もいましたけれども、
非常にですね、ちょっと生活も激減するようなことになりました。
で、その当時、その震源地に近いですね、震災の中心の方にいるとですね、
実際なかなかその、ちょっと引いた形でって見れなくて、
あの長田の方でですね、火災とかあった時も、それをニュースでね、知りました。
で、震災の家屋の倒壊とか、そういうのもいろいろあるんですけれども、
まあそこからまた火災が起きてということで、非常にね、とんでもないことになった。
03:03
本当に感覚とするとですね、この世の終わりじゃないかなというふうなね、
ちょっとそういうすごい衝撃を受けたことを今でもね、記憶しています。
で、少し落ち着いてですね、小学校の校庭の方、近くの小学校の校庭の方にですね、避難したんですけれども、
あの、校庭に立っててもですね、自分の足と足の間からですね、
地面がババッと割れていくような、そういう感覚すらですね、
あるようなのが継続的にね、大きな揺れが続きました。
で、だんだんなんかこうずーっと船に乗っているような感覚がね、あったんですよね。
で、非常に何だろう、あの、3半期間がちょっとおかしくなるじゃないですけど、
そういう常にこうお酒に酔っているというか、そういうようなね、
そういう酔っているようなね、車酔いしているような、そういう感覚すらね、あったことを思い出しました。
で、その時ね、あの、普段はその、まあ今、その当時もコンビニとかもたくさんありましたので、
まあ普段はね、コンビニとかで買い物とかすればいいんですけど、
まあ朝ね、ちょっと気がついて、ちょっとね、食事を取ろうとかと思って買い物をしようかと思ったら、
すでにもうコンビニの方には、まあパンとかね、そういった食料がもうみんななくなってて、
で、あの、2,3日はね、しばらくはちょっと、まあ道路も、あと交通もですね、全然ダメだったので、
あの、物がね、食料が入ってこないと、コンビニ、あの、いろんなところにたくさんコンビニありますけど、
そこのコンビニがすべて食用品がね、ないというようなことがね、ありました。
で、あと、その当時住んでたマンションなんですけど、
水もガスも出ない、電気もつかないということで、
まずはちょっと水をね、確保しないと、あの、トイレもね、ちょっと、あの、
湯を足した後に流せないということで、で、友人とですね、近くの公園に、
あの、よくポリバケツの大きいね、ゴミを入れるポリバケツがね、ありますけど、
あれに公園に行ってですね、水を汲んで往復してっていうのを、
友人と協力してっていうのをね、浴槽の方にちょっと水をたくさん確保するということで、
3階か4階にちょっと運んだことがあります。
非常にちょっとね、大変でしたし、逆に言うとトイレとかもですね、
水を流すときにタンクの中に水を入れますけども、
1階でね、こんだけの量を普段は使ってんだなということをね、
ちょっとすごい実感したことがありました。
で、私はですね、田舎が九州の南の方で、
で、その震災があったときがですね、ちょうど携帯電話が出たか出ないかぐらいのね、
頃だったと思うんですけども、なかなかね、田舎の両親とか家族にも連絡がつかずということでしたでね。
06:01
で、それでちょっとガスも電気もないような状況で、
1週間ほどね、神戸の方にそのまま残ってたんですね、避難してたんですけども、
いよいよね、ガスとかそういうのも長らく復旧する見込みが立たなかったもんですから、
私は田舎の方に帰ったんですけども、
神戸港からですね、大阪の南港ってありまして、そちらにフェリーが出てて、
そこから今度は大阪のですね、板見空港、そちらの方に移動して、田舎の方に帰省したんですけども、
阪神大震災のときっていうのは、神戸とか淡路島ってすごい被害が大きかったんですけど、
大阪と兵庫の間に淀があってありますけど、
そこをね、越えると、大阪の方はですね、非常に、当然震災のときは揺れたんですけど、あまり被害が大きくなくて、
普通に梅田のあたりをね、私がドラムバッグを下げて、いかにも避難してきましたよっていう感じでね、空港に向かうときも、
梅田のあたりは、放食店ですかね、お姉さんとかが、普通に営業とかで放食品をセールスしてたりなんかしててね、
非常に、たった電車で30分ぐらいの距離で、こんだけ違うんだなということをね、実感しました。
私もね、そういった経験をしてて、私の友人とかにはたまたまね、そういう大きな怪我とか、亡くなったりとかっていうのはなかったんですけども、
非常に多くの方が命を落とされてということで、一歩間違えればね、そういう自分も可能性があったのかなというふうに思って、
人間いつね、命を落とすとか、事故に遭うとかも含めて、命を落とすということもあり得るんだなというときに、そのときね、初めて実感いたしました。
ということでですね、震災についての私の思い出というか、そういったことを感じたということをね、全然不動産には関係ないですけども、今日はお話ししてみました。
今日はですね、最後までお聞きいただきましてありがとうございます。またですね、お聞きいただきますようよろしくお願いいたします。
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