遊びと上達の関係性
さて今回は、最近私が読んだ書籍を題材にお話ししていきたいと思います。
皆さんの周りで、あるいはご自身も含めて、
超過とか上達を求めすぎて、釣りを前ほど楽しめなくなった、とか、
最近釣りが作業みたいになっている気がする、という方はいらっしゃらないでしょうか。
今回の話は、そういった方だったり、初心者に教えることが多い方の役に立つかもしれません。
釣りは超過をストイックに求め続けると、ともすれば遊び心から離れていくような構造にはあると思いますが、
この書籍を通じて私も実感したんですけれども、
遊びと上達の関係性というのは面白いものがあります。
私が見ている限り、ある程度長い期間釣りを楽しんでいる方は、自然とこのバランスを取っている人が多い気はしているんですけれども、
この書籍ではかなり整理されていたので、
いつもの具体的なハウツー系の話と比べると、人を選ぶかなと思ったんですが、
個人的に面白いと思ったのでお話ししてみます。
まずは簡単に書籍の説明をした上で、そもそも遊びとは何なのかであったり、
釣りにおける遊びと上達との関連性、
それを踏まえて実際の釣り場でどう役立てられるのかなどについてもお話をしていきます。
1点だけ前提としてお話しすると、この話は釣りを遊びや趣味の一つというふうに捉えつつも、
もっと上手くなりたいと思っている人しかあまり参考にならないかもしれません。
単純に海辺で過ごすことが好きとか、とにかく釣って食べることが最大の楽しみという人もいると思いますし、
その考えももちろん尊重されるべきだと個人的には思っていますので、この点はあらかじめお話ししておきます。
著者の背景と書籍の内容
題材になっている書籍、塾達論というタイトルですけれども、著者が田目瀬大さんという方。
この方は陸上競技、中でも海外選手と比べて小腹な日本人が身体的に不利とされているハードル層で、
この方身長170センチなんですけれども、日本人として初めて世界大会でメダルを獲得した方です。
そんな競技者としての側面だけではなく、学問領域にも知見があって、
私から見るとご自身の教育経験も踏まえて感覚的なことや哲学的なことを言語化するプロというイメージを持っています。
そんな方がいろいろな分野のプロフェッショナル、例えば将棋の羽生義晴さんとか、
iPS細胞の山中教授をはじめとする各界のいわゆるプロフェッショナルと交流する中で、
スポーツに限らず広く人の学習過程には共通するプロセスがあるんじゃないかということに着目して、
ご自身の経験も踏まえてそのプロセスを整理した書籍です。
具体的には5段階の過程を経て成長していくと書籍の中では定義されていまして、
第1段階が今回のテーマでもある言う遊ぶ、第2段階が肩、よく武道やスポーツなどで言われるものです。
第3段階以降がそれぞれ見ると書いて感、心と書いて心、空と書いて空と続いていきまして、
今回全部の解説は仕切れないんですけれども、熟達していくにつれて身体的なものから精神性というか哲学的なエッセンスも感じるような内容になっています。
釣りにおける不規則さ
その中でも今回は最初のステップである言う遊ぶことにフォーカスして釣りと絡めてお話をしていきたいと思います。
この本の一つの特徴が肩を覚える前に遊ぶが来ていることだと思います。
通常は釣りに限らず、最近は動画等で簡単にハウツーとかマニュアルのようなものが学べますので、
一般論として何となく具体的なやり方、つまり肩から入る傾向は個人的に感じているんですけれども、
なぜそれより先に遊ぶことが重要なのか。
まずは遊ぶことと譲達の関連性について、書籍の内容も踏まえながら解説していきたいと思います。
そもそも遊ぶというのは結構抽象的だと思います。
この書籍の中で遊ぶとはどう定義されているのかというと、次の3要素を備えたものが遊びであると、
1つ目が主体的であること、2つ目が面白さを伴っていること、3つ目が不規則であることです。
遊びというのはついやってしまうもので、面白いからやるのであって、
例えば生産的だか効率的だからやるというのはこの本で言う遊びではないと。
釣りにおいては聴覚の効率性を求めすぎるとここから離れていくと思います。
最後の不規則さについて書籍の説明としては、遊びにはどうなるかわからないという余白があって、
結果として計画通りだったとしても、もしかしたら予想通りにいかないかもしれないという不規則さが潜んでいてこそ遊びなんだとされています。
これは釣りに関してはいろいろな捉え方ができると思いますが、
先にもう少しだけ内容を説明すると、この3要素、主体的で、つまりやらされているわけではなく、
面白さを伴っていて不規則であることによるこの遊びと上達がどう関連するのかというと、
まずはひとまず型に縛られずやっていろいろな経験をすることで、その後の上達とか楽しみ方の振り幅やスケールを大きくできるということと、
もう一つが一度ついた型、いかると癖ですね。これはとても脱げにくいので、先に型から入って誤った型を身につけてしまうと、
後からそれを変えて大きく広げていくのが難しいからとされています。
つまり遠回りともいえるような失敗だったりも含めて、まずは思い切り遊んで動くことで、
それが上達の上限だったり、いろいろな状況への対応幅となって将来帰ってくるということだと思います。
ちなみに型というのは意図的に身につけた良いとされている癖と書籍では定義されていて、
釣りにおいては動画等で解説されている投げ方だったりロッドアクション、巻きスピードや各種メソッドなんかがそれにあたると思います。
さてこうしてわざわざ遊びの要件を定義することに型苦しさを感じる人もいるかと思います。
なぜこれが重要なのかといえば、何かを好きになってもっと上達したいと思えば思うほど、
目標を置いてそれに向けて努力するという目標ありきのサイクルに陥りやすいからです。
現代社会は基本的に未来の良いことや目標に向けて、今多少辛くても頑張るという未来報酬型のモデルで動いていて、
我々の体にある種これが染み付いてしまっていると。
例えば私たちが会社で働く上でも会社の目標や事業目的というのがまずあって、
基本的にそれを達成するために日々努力するというのが基本型になっていると思います。
受験なんかも割と近い構造ですね。
またそれが他の人の成果が目に見える可視化されるSNSによってブーストされている側面は大いにあると思います。
これはツリーも当てはまると思いますが、別にこれが絶対悪いと言っているわけではなくて、
ただこの考え方が行き過ぎると、本来ただ面白いと思って始めたことが目標を達成できないとダメということになりかねなかったり、
無意識のうちに努力をし続けなければならないような構造に陥りかねないということを書籍の中では指摘されています。
もちろんそれで楽しみ続けられる方はいいと思うんですけれども、
途中でなんとなくそういうサイクルに疲れてしまう人の方が多いんじゃないかなと思います。
なので、そもそも遊びとは何なのかについて真剣にこの書籍の中では考えられていて、
それがこの熟達論の特徴の一つなのかなと思いました。
やや解説が長くなりましたが、この遊びをツリーに当てはめて考えています。
この趣味を自然と続けている人は、3要素でいう主体性と面白みという点ではクリアされている。
つまり誰かにツリーを得らされているわけでもないし、心から面白いと思ってやっていると思いますので、
おそらく捉え方が様々あり得る不規則さについて重点的に考えてみたいと思います。
そもそも自然相手なんだから毎回不規則という考え方もあると思いますけれども、
それは刻一刻とかある自然の状況を読み取れる観察眼とか、
竿とか手元から伝わる感度をちゃんと読み取る把握する力だったり、
各種の例えば自然とかそういったものの知識が培われている前提があると思います。
個人的には、ツリーを始めたての時はですね、今思えばですけれども、
流れの有無もまともにわからなければ動作に集中しすぎて、
海とか風とかそういった環境の状況変化に今ほど気づけてないことが圧倒的に多かったと思います。
これを踏まえて個人的に思うのが、
ツリーにおける不規則さというその要素は、
上達とともにどんどんどんどん数が増えていく傾向にあるんじゃないかということです。
一般的な傾向としては、初心者のうちはツリー人自身の投げる場所とか、
あとルアー選択で不規則さを出していく。
つまり自然の変化を感じ取るのはまだ難しいので、
同じことを繰り返すと退屈するし、
自分ができる要素で変化を意図的に作っていくということですね。
で、上達してくるとですね、
同じ場所に同じルアーを投げても自然の変化を感じ取って、
自ら不規則さを認識して対応しようとする。
そういった傾向にあると思います。
例えば一見普通に巻いているだけでもですね、
流れの変化が感じられる場所を見つけてスピードを若干変えるとかは、
そういった例の一つだと思います。
これによって自然の変化に対応する楽しみの幅が増えて、
より深く釣りにハマっていくという要素はあると思います。
なのでこのように釣りにおける不規則さというのは、
全く同じ立ち位置で釣りをしていても、
上達によってその認識できる要素の数がどんどん増えていくというのがですね、
一つ釣りの面白い構造だと思います。
さてここまで熟達量に向ける遊びについて、
釣りに当てはめながら解説してきましたが、
この遊びというものがですね、解決に役立ちそうな、
典型的で釣りで陥りがちな罠というのはパターン化だと思います。
一般的に釣りは時間の長い趣味で、
これは基本的にある程度の移動が必須で、
人間は移動にかけた時間よりも自然と趣味本体の時間というのを早く取るとする、
要はコストを回収しがちということですね。
おそらく最低でも2時間ぐらいという方が多くて、
ほぼ丸一日という方もちらほらいるんじゃないかと想像します。
そしてそこそこの釣りの時間の中でですね、
その日の正解があらかじめ分かっているわけではないので、
場所もタックルも基本的にすべて自由なんですね。
このようにですね、自由度も高いという環境では、
人間は過去の成功パターンを繰り返す傾向にあります。
これはあまりに何でもやっていいとなると、
過去のパターンぐらいしかよりどころがなくなるからで、
自由になるほどある意味パターン化していくという、
釣りにおける遊びの重要性
この辺りは人間の性質の面白いところだと思います。
こういった性質も踏まえてですね、
実際の釣り場でどう役立てることができそうかということについて、
今からお話をしていきます。
例えば効率よく魚からの反応を出そうとするあまりに、
過去の成功パターンを繰り返してしまう傾向がある場合にはですね、
典型的な対策としては縛りを設けるということだと思います。
例えばルアー縛りで特定ジャンルのルアーしか持っていかないとか、
あるいは場所の縛りですね。
普段やらない場所でやるのはもちろんですし、
あるいは一場所あたりの時間制限というのを設けて、
どんどん点々としていくというのも面白いと思います。
趣味の中にこういった縛りとか制限を設けるということに、
堅苦しさを感じてしまう人もいるかもしれません。
ただ遊びというのは普通、一定のルールの中で、
どう工夫をして楽しむかという側面を持っていると思います。
皆さんが想像する遊びにもですね、
基本的にはルールとか、実質的な道具の制限だったりというのがあって、
その枠内でどうやって最大限楽しむかということを自然とやっているはずです。
その意味では制約を設けるということは、
例えばこれまでとは違った釣りの楽しみ方を引き出す
いい企画になり得ると思いますし、
長い目で釣りを楽しもうと思った時は、
いろいろな楽しみ方を知っている方がいいわけですから、
悪い話ばかりでもないのかなと思います。
初心者へのアドバイス
実際私もルアー縛りをしますけれども、
そうするとそのルアーのポテンシャルを一番引き出せる場所とかタイミングで
ポイントを選定をするので、
それまでなかった引き出しができたりしてですね、
個人的には大変楽しいと感じています。
あと典型的なのは、やはり魚種を変えるということだと思います。
ターゲットが変わると強制的に釣り方も何もかもがありますので、
大変なんですけれども、上手くなりたいという人にはいい方法だと思います。
デメリットとして道具にお金がかかるということがあるんですけれども、
実は何とか同じ道具で始められないかということで、
このポッドキャストでもライトゲームタックルで始めるシリーズとしてですね、
お話をしています。
ここまでが自分自身の上達についてですけれども、
今度は教える側ですね。
初心者の方に教えることが多いよという方もいると思うんですけれども、
そういった状況を想像したときに、
教わる側が自分なりに色々やってみるよという、
ある種規則さを自分で作り出す人の場合は、
むしろ少し見守って、その人のペースで試行錯誤してもらえればいいと思うんですけれども、
何か取っ掛かりがないとなかなか試行錯誤ができなかったりする人も中にはいます。
個人的にはそういった人も本人が釣りを楽しみたいと思っているなら、
長いこと広く釣りを楽しんでほしいと思っているので、
試行錯誤が苦手そうな人にはですね、
見ていて慣れてきたら場所を変えたり、
釣り方や狙う漁種を変えてもらって、
意図的に規則さを作り出すことが大切なのかなと思います。
この辺りは教わる側の性格や、
その人が釣りのどこに楽しさを感じるかとか、
その人の避ける時間ですね。
釣りの趣味にどのくらい時間を避けるのかということにもよるので、
見極めがすごく難しいところではあるんですけれども、
ポイントとしてはあり得るかなと思います。
また教えた初心者の方が自発的に釣りに行きたい、趣味にしたいと思った時に、
初心者の時こそ意外に一度釣れたルアーとか釣り方に固執してしまって、
結果として何回か行くんだけれども、
釣れずに飽きてしまうというパターンもあるので、
そういうタイミングの時は少し気にして、
前回と違うルアーだったり場所だったりというのをアドバイスするというのも有効なのかなと思います。
最後になんですが、
これは書籍ではなく別のメディアでタメセイさんが話しているのを聞いて印象的だったのが、
タメセイさん曰く何かを続けていって上達しようと思う時に厄介な問いかけというのは、
なぜそこまでするのかというものだと。
なぜ厄介かといえば、突き詰めていくとそこに絶対的な回答がないからで、
何かを好きになるともっと深く楽しみたいとか上達したいというのは、
ある意味で人間の本能的な欲求でとても自然なことで、
おっしゃっていたのは、一見相反するようなんだけれども、
上達や成果に向けて真剣に努力しながらも、
どこかで所詮は遊びなんだ、楽しんだからやっているわけなんだという感覚を持って向き合うことが大切だと話されていました。
これはプロ、アマ、どういった方を想定して話されていたのかわからないんですけれども、
個人的には趣味に対しても広く当てはまるお話だなと感じましたので、最後にご紹介させていただきました。
ということで、今回は書籍、熟達論から釣りにおける遊びという内容でお話をしてみました。
概念的な話が多かったので、普段具体的な話を意識している私としてはですね、
どうリスナーの方に楽しんでいただけるのかという若干の不安もあるんですけれども、
個人的にはこういった話も好きなので、よければぜひ感想をですね、
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