なんかやっぱこう忙しい現場の中で、まあもちろん我々メインは授業をやって子供たちと関わってプロジェクトをやって部活やってみたいなすごいたくさんあるわけですよ、
まあなんかその中でなんか自分の探究、毎回なんか文章を書いたりだとか、なんかちょっと片肘張ったアウトプットを続けるっていうのは正直かなり大変だと思うんですね、
やっぱりそこで話題になったのがやっぱポッドキャストというか、まあこうラジオ形式で社内ラジオをうまく使っていくということですね、
なんかやっぱ書くってなると皆さん少し共感いただけるかと思うんですけど、やっぱこう誰かに見られるから表現めちゃくちゃ気遣ったりだとか、
なんかこの言い回し合ってるかなとか、この引用大丈夫かなみたいな、ちょっとやっぱこうハードル高いと思うんですけど、
なんかこうやって私が今喋ってるみたいに、喋るってやっぱ少しハードル下がると思うんですよね、
でやっぱこう考えながら話す、まああとはなんかまとまりきらなくてもいいんで、なんかその生贄の状態でこう話してみる、
こう場に出してみるっていう、なんかそれ自体がすごく探究のアウトプットと質が高いんじゃないかなっていう風なことを思ってるし、
あとはなんかそのラジオをちゃんとこう学校内で他の先生たちにも広めていくっていう中で、
多分それを聞いた先生とかがね、この先生こんなこと今やってるんだとか、こういう興味関心が今あるんだっていうことが知れますし、
あとはやっぱこう自分も同じテーマに関心があったなっていう、まあそういった気づきがあれば、
なんかそこでコラボレーション、あるいはなんかこう共同的な探究みたいなものが起こって、
一緒にちょっと授業作りませんとか、これ一緒に行きましょうよとか、なんかこれで面白いことできそうじゃないですかみたいな、
なんかその偶発的にですけど、コラボレーションが生まれる気がしてて、なんか探究をですね、やっぱこう個人の努力にしたくはないので、
やっぱこう関係の中で育っていくものだと個人的には思ってるんで、
なんかそういった意味で社内ラジオってなんかすごく有効な仕組みとしてありなんじゃないかなということをちょっと思ったりしてます。
本当はですね、4月から、前どっかの回で喋ったかと思うんですけど、
4月からですね、ちょこちょこやっぱ社内ラジオ撮ってたんですけど、
まあなんか別にそれが業務ではなくて、単純にこう個人のなんかこう活動として、
いろんなゲストの先生呼んで喋ったりしてたんですけど、
なかなか自分が忙しかったりだとか、どうしてもそこまで持っていけない時っていうのがやっぱ更新が止まっちゃったりとかでうまくいかなかったので、
なんかそこを仕組み化していくようにしたいなっていうのがちょっと最近というか、
まあなんか来年度の思惑としてあったりします。
で、あとは朝会の中でなんかもう一つ強く印象に残った話があって、
それがですね、ドイツの教育者でクルトハンっていう方がいらっしゃるみたいで、
これあの寺倉さんから聞いたんですけど、
えっとハンがですね、なんか体験学習の祖とも言われていて、
よく言うアウトドア教育というか冒険教育の分野で世界的に影響を与えた人物らしいんですよね。
私ちょっと今日初めて知ったんですけど、
例えばこう彼が創設にかかったプロジェクトアドベンチャーっていうその教育実践だったりとか、
アウトワードバウンドっていう団体があるんですけど、そのPAを進めているっていう風になんか結構有名な方で、
その人の話でですね、あの言葉が上がってたのが、
子供に考え方を教えるのは間違ってると、しかし経験を教えることは義務であるっていう風な言葉がありまして、
その言葉を聞いた時ですね、正直かなりうわーってなんかめちゃくちゃわかるっていう、なんかそう結構唸ってですね、
なんか最近その自己決定とか主体性を大事にしようとか、子供に選択肢を与えようみたいな、いう話がすごく一般的になってます。
それってめちゃくちゃ大事だし大切なことだなっていう風に思うんですけど、
なんかこのハーンの言葉ってなんかそのもう一段階なんか奥にあるような気がしていて、
結局ここで大事なのってこう選ばせることそのモデルではないわけなんですよね。
例えば食事の話で今日例えてもらってたんですけど、
例えばそのハンバーグとかお寿司とか唐揚げみたいな選択肢がいくつかあって、
子供たちが例えばハンバーグを食べたいって言ったとしますよね。
一度目はそれでいいと思うんですね。
でも次も次も私ハンバーグがいいってハンバーグを主体的にというか選ばせ続けることが、
果たしてその本当にその子の主体性を尊重していると言えるのだろうかと。
むしろ多分大人はですね、この前ハンバーグ食べたから今日お寿司にしてみようよとか、
なんかあえて選択肢を狭めたりしながら新しい経験へと導く責任がある。
これが考え方を教えないが経験は教えるっていうことだと思うんですね。
自己決定を支えるってなんかその本人することではなくて、
やっぱこう経験の地平を拡張するというか、そこだと思うんですよね。
これって今日ちょっと思ってたのが探求のアウトプットの選択にもそのまま当てはまるような気がしていて、
例えばプレゼンでもいいですよとか論文でもいいですよ、文章でもいいですよ、絵でもいいですよってなったときに、
アウトプットを選択させますよね。
ただしプレゼンが得意な子がもう毎回プレゼンだけを選び続けていたとしたら、
結局それ他の経験の機会を自ら閉じてしまっているとも言えますよね。
ここで問われるのがやっぱこうパシリテーターや教員の役割だと思うんですよね。
単に決めさせることでもないし、かといって決めてあげることでも当然ないわけで、
やっぱり参加者とかあるいは生徒の状態を見取りながらですね、経験の幅が広がっていくように、
意図的にやっぱこう環境とか選択肢をデザインするっていうこと、
なんかこれがすごく大事なんじゃないかなっていう、
なんかその今までのこう自己決定というか、生徒に決めさせればいいっていう、
そのなんか今までの理解がちょっと一段階解像度上がってなんか更新された感覚がありまして、
なんかすごく印象に残ったんですよね。
で、この話ってなんか最近僕も読んでたんですけど、
ティム・インゴルドっていうイギリスの教育者がいるんですけど、
その教育とは何かっていう本の中に書いてあって、
インゴルドは教育をですね、知識の伝達ではなくて応答の営みとして捉えてます。
要は教える側、そして教えられる側、この教師と生徒、
そうした二項対立を超えて、互いに応答しながら共に変化をしていく。
それが教育の本質だっていうふうに言ってるんですよね。
あのインゴルドの本読んだら分かるんですけど、
非常に前半とかデュイをめちゃくちゃ引用してるので、
まあデュイの思想ともつながりますし、
なんかある種、今日読んでてやっぱりこうインゴルドにつながるなっていうことも思ったりしてました。
はい、というわけで今日はですね、5時半からデュイを読んで、
スタバで寺倉さんに会って、
そしてなんかいろんな教育者の言葉をいろいろ考えながら、
一気にこう思考しまくってた、なんかそんな朝だったんですよね。
でなんか久々に一連の思考がグッとつながったような気もしたので、
なんか最初の音とかなんかで書こうかなと思ったんですけど、
まあいっそのことをラジオにしちゃうかということで、
衝動のままに記録としてポッドキャストにしたという話になります。
はい、ということで、
まあ多分20回とか30回ぐらいまではこんな感じで結構自分の思いつきでポッドキャストを収録していくと思うんですけれども、
ぜひぜひなんかこんな感じで話す内容でもなんか面白いなとか、
誰かの好奇心とかそういった興味関心につながればいいなというふうに思っております。
はい、ということでここまでお聞きいただきありがとうございました。
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