さらに、そうした根源的な変化がこれからの社会に何をもたらすか、
という想像力にもつながっていないと思われます。
そこで、著者たちはエレクトロテック革命、The Electrotech Revolution という新しい視点を提案しています。
これは単に化石燃料をよりクリーンな燃料に置き換えるといったことではなく、
電気を中心とした効率的な新しいエネルギーシステムを構築することを意味します。
具体的には、太陽光発電、風力発電、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプといった
電気を軸としたテクノロジーが急速に普及していくと同時に、
スマートグリッドやデジタル制御により発電から消費までリアルタイムで調整、制御できる仕組みを
整えていくということです。
エレクトロテックの普及を後押しする要因は主に3つあります。
1つ目が物理学です。
化石燃料の燃焼は排熱などで多くのエネルギーを失いますが、
電気はその2倍から4倍効率的にエネルギーを使うことができます。
電気自動車やヒートポンプはその代表例です。
これについては本文に非常にわかりやすいグラフがあるので、ぜひ参照してください。
2つ目が経済学です。
エレクトロテックのコストは何によって決まるかというと、製造、つまり manufacturing によって決まります。
そして製造業の核心は何かといえば、規模の経済と学習による効率化です。
エレクトロテックの中でも太陽光や蓄電池のコスト低下は特に顕著で、過去30年で90%以上も低下しています。
太陽光パネルや蓄電池セルは小型でモジュール化されているので、スケールアップと学習を非常に速く進めることができます。
なので、製造され、導入されるたびに次のユニットのコストが下がっていきます。
エレクトロテックは規模の拡大と学習効果で急速に安くなっていくし、
実際に10から15年前には世界中のほとんどの専門家ですら予想できなかったレベルで現在安くなっています。
さらに今後もますます安くなっていく見通しがあります。
3つ目の要因が地政学です。
太陽光や風力、特に太陽光は世界中どこでも得られるため、国や地域ごとにエネルギーの自給が可能になります。
従来の中央集権型エネルギーシステムと違って、分散型、モジュール型のシステムのもとでは、
資源に由来する権力の源泉も分散していきます。
それはつまり地域のエネルギー自立や安全保障にもつながっていきます。
本文ではこういった地政学的な変化を扇動するエレクトロ国家、electro states と英語では言っていますが、
そういった国家が現れつつあり、今後の世界秩序の方向性を electro world order というキーワードに象徴させています。
一方でエレクトロテックの地政学を規定する要素の中核となるのは、資源サービス、
一方でエレクトロテックの地政学を規定する要素の中核となるのは、資源そのものではなくテクノロジーです。
これに関しては中国だけでなく、テスラにも見られるように、テクノロジーが源泉となって生じる権力が、
むしろ集中化しているというような状況にもあるので、この点についてはまた別のエピソードで考えてみたいと思います。
ここまでの議論を踏まえた上で、この記事で僕が一番重要だと感じた点に触れておきたいと思います。
それはエレクトロテックとクリーンテックを明確に区別する必要があるという点です。
本文では書かれていませんが、クライメイトテックという言葉もエレクトロテックと明確に区別する必要があると僕は考えています。
おそらく環境エネルギー分野に関わる研究者やビジネスパーソンですら、
クリーンテックやクライメイトテックというキーワードに付随する曖昧さというものに、
無自覚のままこういった言葉を使っているのではないかと思います。
ここまで話してきた太陽光、風力、蓄電池、電気自動車、ヒートポンプ、
そしてそれらのデジタルネットワークと制御というのはエレクトロテックの核心です。
これらのテクノロジーはクリーンテックやクライメイトテックにも含まれるのですが、
クリーンテックやクライメイトテックには炭素回収貯留、
CCS、Carbon Capture and Storage と言われたりしますが、
そういった技術やバイオマス、水素など、
今この時点でエレクトロテックよりもはるかに技術的な不確実性が高かったり、
はるかにコストがかかったり、環境面でのパフォーマンスも劣後するようなものが
クリーンテックやクライメイトテックには入ってきます。
また、本文には書かれてはいませんが、場合によっては小型原発や核融合も含まれています。
こうした雑多な形でキーワードを設定してしまうと、
効率やコスト、拡張性ではるかに優れていて、
今後もますます向上していく流れにあるエレクトロテックというものを
正確に理解しようとすることを妨げてしまうことになると本文では述べられています。
玉石混合といったものを回避するためにも、
僕はクリーンテックでもクライメイトテックでもなく、
エレクトロテックという言葉を意図的に使っていきたいと考えています。
もちろんテクノロジーの進展というのは常に予測通りにいくものでもないので、
クリーンテックやクライメイトテックの動きもウォッチして、
ターニングポイントとなるような変化があれば、
僕も認識を変えていくという柔軟性も持っていきたいなと考えています。
エレクトロテックというキーワードはまさにこの記事が初出ということもあって、
専門家の間でも広く使われているわけではありません。
ですが、現在進行中のエネルギーテクノロジーの進化の本質を
的確に捉えたキーワードであることは確かなので、
今後この言葉と概念が現実の変化をリードしていくことになるのだろうと考えています。
今回はエネルギー論争を再構築するエレクトロテックの視点をテーマに、
現状のエネルギー論争の課題、エレクトロテックとその推進要因、
そしてクリーンテックとエレクトロテックをはっきり区別することの重要性についてお話ししました。
記事の詳細や参考資料のリンクは概要欄からご覧ください。
それではまた次回お会いしましょう。