こんにちは、FURUYA Shota です。Energy Intelligence and Foresight へようこそ。
今回は、映画・テレビ制作のエネルギー転換:クリーンモバイル電源のコレクティブイノベーション戦略をテーマにお話しします。
今回参照するのは、RMIが2025年12月9日に発表した、Charting the Path to Clean Powered Productions: A Decarbonization Roadmap for Film and TV というレポートです。
このレポートは、エマ・レーウェン、キャロライン・ウィンスロー、アンドリュー・ハースト、ライバット・シンハニアの4人が執筆しています。
まずはじめに、このレポートの主題である、映画・テレビ業界の制作におけるエネルギー問題について見ていきましょう。
映画・テレビの制作現場では、撮影スタジオ内のセットの照明、カメラ、その他の機材を稼働させるために、通常は電力系統からの電力を使用します。
しかし、屋外での撮影では、照明、カメラや機材も含めて、特定の場所で特定のスケジュール内ですべてのエネルギー需要をまかなう臨時の電源が必要になります。
特に出演者、ヘアメイク、衣装などのための空調付きトレーラーや、制作スタッフのオフィスとして使用されるベースキャンプは、通常、撮影現場から1.6km以内に設営され、これらが制作全体の中でもっとも大きな電力需要を占めることになります。
その規模については、通常、照明用に1400Aの発電機を複数台、冷暖房、換気の空調用にさらに1台を使用することになります。
そして、そのほとんどがディーゼル発電機によってまかなわれているのが現在の状況です。
こうした映画テレビの制作という固有のエネルギー需要に対して、レポートではもっとも有力なオプションである太陽光発電と蓄電池に転換することでもたらされるさまざまなメリットと導入拡大に向けた課題を整理し、この分野に関わるすべてのステークホルダーが、それぞれどういった行動をとる必要があるかをまとめています。
なお、レポートでは、クリーンモバイル電源として太陽光発電と蓄電池を中心に取り上げつつ、水素燃料電池もオプションとして含めています。
しかし、燃料の輸送も含めてすべてを再生可能エネルギー由来のグリーン水素でまかなわなければ、ソリューションとしては不完全であることと、そもそもコストが高く規制環境も未成熟であるため、現時点では普及の可能性は限定的と見るのが妥当なのではないかと思います。
では、クリーンモバイル電源に移行することで具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。非常に重要なポイントなので長くなりますが、すべてを見ていきましょう。
まず、ディーゼル発電機の使用をやめることで、大気汚染物質の排出がなくなり、大気質の悪化や健康への悪影響を回避することができます。
次に、ディーゼル発電機は稼働中にそれなりの騒音が発生するため、音声収録に支障がないように、通常はセットから離れた場所に設置しなければならないのですが、蓄電池はディーゼルよりも遥かに静かで、設置場所の自由度も高く、ケーブル配線もよりシンプルになり、設営・撤収時間を短縮し、スタッフの時間を節約することができるという大きなメリットがあります。
また、ディーゼルによる騒音や健康への影響は地域コミュニティからのクレームの原因になりがちですが、グリーンモバイル電源はこういった問題そのものが発生しないため、制作スケジュールの遅延リスクを予防し、地域住民への補償コストも回避できるメリットがあります。
さらに、クリーンモバイル電源はコンテンツ撮影そのものの創造性を解放する可能性も秘めています。
まず、ディーゼル発電機によって生じていた騒音や振動などに制約されない、ロケーションの選択が可能になります。
さらに、小型の蓄電池ユニットを個々のカメラや照明に接続すれば、長いケーブルが不要になるので、柔軟かつ迅速にセットアップを変更することが可能になり、これまでにない撮影のあり方が生まれる可能性があります。
次に、エネルギーコストについても、発電・充電設備のレンタル料金と燃料費を合わせたモバイル電源の総コストを考慮すると、地域によってはクリーンモバイル電源の方がコストを削減できる可能性もあります。
そして、今後の太陽光蓄電池のコスト低下の見通しを踏まえれば、遅かれ早かれディーゼルにコストで競合することは明らかです。
また、メンテナンスコストについても、蓄電池はディーゼル発電機よりもメンテナンスが少ないので、追加コストの削減となる可能性があります。
コンテンツのオーナーであるスタジオの視点から見た場合、クリーンモバイル電源への転換は、温室効果ガスの排出量削減につながり、大手であれば当然掲げている自社のサステナビリティ目標の達成につなげることができます。
このように、クリーンモバイル電源には非常に多くのメリットがあり、技術とコストの問題もクリアされつつあるため、今後本格的に普及が進むと見込まれています。
とはいえ、業界の個々のプレイヤーの自発的な行動を待っているだけでは、変化を加速させたり、残る課題を解決する新しいアプローチやイノベーションは生まれません。
そこで、2023年に Netflix と The Walt Disney Company は、RMIとそのアクセラレーターである Third Derivative の支援を受けて、Clean Mobile Power Initiative、略して CMPI を立ち上げました。
CMPIはコンテンツプラットフォームである業界大手2社のイニシアチブの下、一方では需要を統合することで、そこに市場があることを示すシグナルを発信しつつ、もう一方でクリーンモバイル電源のテクノロジーを供給するプレイヤーを集め、連携を広げ、深める試みを展開しています。
実際に Third Derivative は、クリーンモバイル電源テクノロジーを提供している、Allye、Ampd Energy、Electric Fish、H2 Portable Power、Hone、Instagrid、Joule Case、Lex Products、RIC Electronics、Sesame Solar の10社をイニシアチブに参加させています。
市場にはすでに太陽光発電を搭載したベースキャンプトレーラー製品があり、レポートではそれらが紹介されています。
例えば、Sunset Studios のキホーテ(Quixote)は、2kWから5kWのソーラーパネルを屋根に備えたトレーラー、Verde シリーズを提供しています。
このトレーラーは40kWhの統合バッテリーを使用して、フルロードで少なくとも10時間、完全にオフグリッドで動作するように設計されています。
BI Production Works も同様の例として挙げられていて、5kWから8kWの太陽光発電とオンボード統合蓄電池を搭載したトレーラーを製造しています。
BIは360kWhの蓄電池と10kWの太陽光発電を組み合わせ、トレーラー同士で電力を送受信できるEPS360と呼ばれる専用の電動マイクログリッドステレレージシステムを提供しています。
さらに、こうした製品を利用し制作された事例も紹介されています。
2024年の夏にロサンゼルスで行われたディズニーの映画制作では、Lightning Thunderbolt のソーラートレーラーが使用され、6月から8月にかけて97%の時間が太陽光発電と蓄電池による電力でまかなわれています。
また、同じく2024年の冬と夏に撮影されたNetflixのドラマ制作では、全面的にソーラー製品で電力をまかなうNetflix初の事例として、Greentile のソーラートレーラーと BI Production Works のバッテリーマイクログリッドストレージが使用されました。
この制作では、セット・作業トラック・追加機器を含むすべての電力需要に対するディーゼル発電機の燃料使用量を50%以上削減し、8,000ガロンの燃料を節約しました。
4月から6月中旬にかけて、このシステムは12週間の制作のほとんどでベースキャンプに電力を供給し、ディーゼル発電機はわずか3時間しか稼働しませんでした。
これ以外にもレポートでは、さまざまなサイズや用途に関して具体的な事例が掲載されているので、詳細はぜひ本文を参照してください。
すでに具体的な実用化も進んでいる一方、クリーンモバイル電源の普及拡大には、いくつかの課題があることも指摘されています。
例えば、太陽光蓄電池のコストは下がり続けているものの、映画・テレビ業界向けに特別につくられたバッテリーは製造量の少なさから、ほとんどの市場でディーゼル発電機よりも高価になるため、レンタルハウスや制作会社にとっては調達コストが高くなります。
また、クリーンモバイル電源自体を移動させられることが重要なポイントになるのですが、ユニットの物理的サイズや重さと供給する電力量の関係では、必ずしも制作側のニーズに応え切れているわけではないため、新たなソリューション開発が求められています。
次に、制作クルーのワークフローや労働規則に適合する導入方法が課題として挙げられています。
現在の制作の労働規則は、クリーンモバイル電源の登場以前の化石燃料ベースのテクノロジーにそって形成されたものであり、クリーンモバイル電源のような新しいテクノロジーが導入される際には、新たな操作や保守の権限が誰にあるのか、しばしば不明確になり、それが制作現場での意思決定や導入を遅らせる可能性があります。
また、クルーメンバーはそれぞれ異なる組織や制作会社に分散していることがよくあるため、安全基準、運用手順を含め一貫したトレーニングを行うことが困難になりがちです。
そもそも、クルーメンバーは新しいテクノロジー、安全プロトコル、充電ワークフローに慣れていないこともあり、これらの知識ギャップが導入を遅らせコストを増加させ、従来のディーゼルシステムへの依存を強化してしまう可能性もあります。
この他にも、スタジオ、プロデューサー、レンタル会社、機器メーカー、労働組合、電気技師や照明技師などの制作クルーといった非常に多くの関係者が関わる複雑なエコシステムの中で、クリーンモバイル電源のインセンティブや優先順位を一致させることはきわめて困難です。
さらに、新たなテクノロジーに対する規制や運用規則が国や地域によってバラバラとなっていることは、撮影が複数の国で行われるなど、本質的にグローバルな側面を持つ制作活動にとっては悩みの種となります。
最後に、もっとも大きな障壁として、業界全体で電源機器の購入、保守、運用が断片化されていることが挙げられます。
多くのスタジオは自社で機器を保有しておらず、制作のためにレンタルハウスから電源ユニットを借りています。
そのため、レンタルハウスがクリーンモバイル電源を普及のゲートキーパーの役割を担うことになります。
しかし、多くのレンタルハウスは投資回収の見通し、つまりクリーンモバイル電源が利用されるという期待を持てない限り、新たなクリーンモバイル電源の調達には消極的になってしまいます。
ここがまさに今後の普及を左右する決定的なポイントであり、ここに重点を置きつつ、クリーンモバイル電源イニシアチブは3つの行動指針をまとめています。
1つ目が需要シグナリングです。
課題として挙げたレンタルハウスの構造的な消極化は、大手スタジオが制作でクリーンモバイル電源の利用に積極的に取り組んでいく姿勢を示すコミットメントによって解消することができます。
そして、それは個々のスタジオが単独で取り組むよりも、大手を含む複数のスタジオが集合的にこの分野に取り組むことで、レンタルハウスや投資会社の見通しをより立てやすくなり、また規模の経済のメリットがより働きやすくなるため、
中長期的なコスト低下にも寄与し、さらに研究開発への投資拡大も加速することができます。
2つ目の行動指針はトレーニングと教育です。
課題として触れたように、ステークホルダーが分散しているこの業界では、特に積極的にクリーンモバイル電源の利用に関する知識や新しい運用のノウハウを伝えるためのトレーニング教材の活用が大きな意味を持つことになります。
3つ目の行動指針は供給の加速です。
グリーンモバイル電源への移行が多大なメリットをもたらすことはすでに明らかであり、次はこのテクノロジーの供給をいかにして加速させるかが焦点となるため、
クリーンモバイル電源イニシアチブはエンターテイメント業界向けのテクノロジーアクセラレーターを設立しました。
2023年11月にはじまった2年間のこのプログラムでは、90kW以上の電力と300kW以上のストレージ容量を提供できる大規模な生産能力を基準に、先に述べた10社が選定されています。
さらにこれらの指針と併せてくリーンモバイル電源イニシアチブは5つの共有目標を設定し、映画・テレビ業界の協調的な取り組みを推進しています。
ここまでクリーンモバイル電源の多大なメリットや現在業界が直面している課題、そしてそれを乗り越えるためのクリーンモバイル電源イニシアチブの取り組みを方向付ける3つの柱を見てきました。