こんにちは、FURUYA Shotaです。Energy Intelligence and Foresightへようこそ。今回は、現在のエネルギー転換を理解する上で、最も本質的な概念であるS字カーブについてお話しします。
今回参照するのは、アメリカを拠点にグローバルに活躍する独立非営利団体のRMIが、2023年7月に発表したX-Change Electricity on Track for Net Zeroというレポートです。
このレポートは、キングスミル・ボンド、サム・バトラー・スロス、エイモリー・ロビンス、ローレンス・シュピールマン、ナイジェル・トッピングの5人が共同で執筆しています。
また、X-Changeレポートシリーズは、RMIがベゾス地球基金とのパートナーシップの下で制作し、システムチェンジ・ラボに寄稿しています。
なお、僕はこれからのエネルギー転換を考える上で、このレポートは必読だと感じたので、著者の許可を得て全文を翻訳して、ISEP海外レポート翻訳というウェブサイトに掲載しています。
まず、世界の電力システムが今どんな変化を遂げているのかを簡単に整理します。
ここ10年ほど、太陽光発電や風力発電といった再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいます。
その背景には、テクノロジーの進歩によるコストの低下、政策による後押し、そして気候危機への対応などがあります。
これらが組み合わさり、再生可能エネルギーは今や最も安価な電源となりつつあります。
この変化の特徴を理解する上で重要なのが、S字カーブという考え方です。
S字カーブとは、新しいテクノロジーや製品が普及していく典型的なパターンで、最初はゆっくりと導入が進みますが、ある時点から急速に普及し、その後は成長が落ち着くという流れを辿ります。
このS字カーブの普及パターンは、いくつかの前提条件の下で、様々なテクノロジーに当てはまります。
歴史的に振り返れば、ラジオやテレビ、インターネットやデジタルカメラ、スマートフォンの普及が同様のパターンを辿りました。
新しいテクノロジーに対して、最初は懐疑的な声も多く、「課題が多すぎて普及しない」と言われますが、イノベーションとコスト低下が進むと、一気に状況が変わることが通常です。
太陽光や風力といった再生可能エネルギーは、まさにこのS字カーブに沿って成長しています。
そして、S字カーブを理解する上では、学習曲線と成長率を見出すことが重要になります。
学習曲線とは、テクノロジーの累積生産量が増えるごとにコストが下がる現象です。
例えば、太陽光発電の場合、累積生産量が2倍になるごとにコストが約20%下がるというデータを、オックスフォード大学Institute for New Economic Thinkingが分析しています。
実際にこの10年間で見ると、太陽光発電のコストは80%も下がりました。
コストが下がることで導入が加速し、導入が進むことでさらにコストが下がるという好循環が生まれます。
これが継続的な高い成長率につながります。
こうした学習曲線と成長率の相乗効果で、S字カーブの急上昇部分が生まれ、そのテクノロジーの普及が短期間に一気に進みます。
実際に再生可能エネルギーはそのパターンを忠実にたどっています。
かつては再生可能エネルギーは2%しか入れられないと言われていた国でも、今では年間の電力需要の半分以上を再生可能エネルギーで供給しています。
例えば、ドイツでは2024年の発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合が58%に達しています。
S字カーブによる指数関数的な成長をどのように捉えるべきかという点に関して、著者たちは非常に的確な議論を展開しています。
一つ目として、従来のエネルギーシステムをベースに考えてきた研究者や実務家のほとんどが、再生可能エネルギーの成長は直線的なものであると仮定したため、現実に起こった急激なコスト低下と成長を全く予測できなかったという点です。
レポートでも象徴的なグラフで指摘していますが、過去にIEA、国際エネルギー機関は、毎年の World Energy Outlook で、将来の太陽光発電の導入量をことごとく過小評価してきました。
これを踏まえれば、今後のエネルギーシステムの変化は、S字カーブによる再生可能エネルギーの指数関数的な成長を捉えることが核心であると考えることができます。
二つ目として、レポートシリーズのタイトルにもなっている X-Change という考え方です。
X-Change のモデルは、再生可能エネルギーのような新しいテクノロジーの指数関数的な成長を分離してモデル化し、他のシステムがそれに適応せざるを得なくなるという前提を置いています。
従来のモデルが課題や制約に注目しがちだったのに対して、X-Change は成長の力がシステム全体を動かす原動力になると考えています。
また、レポートでは再生可能エネルギーの普及を阻む課題に対する考え方も非常に説得的に述べられています。
エネルギー転換には様々な課題があるとよく言われますが、実際にはそれ以上に多くの解決策が存在しています。
課題は一見すると大きな問題に思えますが、多くは具体的かつ局所的なものであって、テクノロジーのイノベーションや制度設計、国際協力によって乗り越えられてきました。
例えば、過去には変動性やコスト、土地利用、鉱物資源などが大きな課題とされてきました。
しかし、テクノロジーの進歩や効率化、リサイクルの推進、政策の工夫によって、これらの課題は次々と解決されてきています。
世界的に見れば、再生可能エネルギーの導入に適した土地や資本も十分にあり、グローバルサウスの国々も新たなテクノロジーや投資の波に乗りつつあります。
課題が完全になくなるということはありませんが、変化の勢いが十分に強ければ、局所的な課題が全体の成長を止めるということにはなりません。
これは、S字カーブの急上昇局面で特に顕著です。
つまり、イノベーションや政策、国際的な連携による解決策が課題を乗り越え、再生可能エネルギーの拡大を後押ししています。