原文では、Flexibility can be defined as the ability of a power system to reliably and cost-effectively manage the variability and uncertainty of supply and demand across all relevant timescales.
Maintaining the supply-demand balance is achieved by adjusting electricity generation and demand. とあります。
翻訳すると、柔軟性とは電力システムが関連するあらゆる時間スケールにわたる、
需給の変動性と不確実性を信頼性高くかつ費用対効果的に管理する能力と定義できる。
需給バランスの位置は発電と需要の調整によって達成されるとなります。
ただ、これではわかりにくいので、ここでは、電力の需要と供給のズレを無理なく埋める力としておきましょう。
これをもう一段階具体的に見ていきましょう。
例えば、夕方になると太陽が沈み、電力システム全体で太陽光発電の供給が減ると同時に、人々が帰宅し活動することで電力需要は増えます。
この時、電力システムは急峻な需給のズレが生じますが、素早く他の電源や蓄電池が供給を増やしたり、
需要側で需要を減らすような調整をすることでズレを埋めることができます。
こうした調整を発動することができる能力が柔軟性であり、柔軟性は供給側だけでなく需要側も含めて、
様々な調整方法を組み合わせることで変動への対応力を高めることができます。
具体的には、火力発電の出力を抑えたり、太陽光・風力の出力を抑えたりといった供給側で実践する方法や、
工場や商業施設で需給の逼迫を避けるように稼働時間を調整するといった需要側で実施する方法、
さらに送電線の増強や運用の改善といった系統側で実施する方法、
そして、需要を超えて太陽光・風力が発電する際に蓄電池や熱供給システム、水素生産などで吸収するといった方法もあります。
また、気象予測システムと連携することで太陽光風力の発電電力量をあらかじめ予測しておいて、
1日の中でどの時間帯にどれだけの柔軟性が必要なのか計画を立てることで電力システム全体の対応力が高まります。
柔軟性の方法は非常に多岐にわたるので、詳細はレポートを参照してもらいたいのですが、
定義でも触れたように、信頼性高くかつ費用対効果的なものから取り入れていくことが重要となります。
そのため、柔軟性のいくつかは電力の需給状況に応じて市場で取引され、量と価格が刻一刻と変化するといったものもあります。
柔軟性を充実させていくことで、変動する太陽光・風力を電力システムに統合していくことが可能であるということが分かりました。
これを踏まえた上で、レポートでは、変動性再エネ、英語ではVariable Renewable Energy、略してVREと言いますが、
その導入割合に応じて統合の段階を6つのフェーズで整理しています。
初期段階のフェーズ1および2では、太陽光や風力の発電電力量がまだ少なく、需給バランスへの影響は小さいままです。
ただし、天候に応じてVRE、つまり太陽光と風力の出力が上下するため、
従来の発電所はこまめに出力を上げ下げするなど、系統運用を柔軟にすることで対応することになります。
次に中盤となるフェーズ3および4では、昼間の太陽光が増え、日中に電力が余りがちになる一方で、
夕方に太陽光が急速に抜けていく状況が年間を通じて頻発するようになります。
この時の需要曲線はアヒルのように見えるため、専門用語でDuck Curveと言いますが、
まさにアヒルの喉元の形状として現れる急変動に対応するため、柔軟性の発動が求められます。
ここでは火力発電をより速いスピードで調節したり、需要化がピーク時に合わせて省エネするデマンドレスポンスを提供したり、
蓄電池を導入したりすることで変動に対応することになります。
また、この段階以降は戦略的に柔軟性を確保する必要があり、電力システムの運用の考え方そのものをアップデートしなければなりません。
そしてこの段階になると、時間帯によってはVREだけでほぼ需要を満たせるようになります。
最後にフェーズ5及び6では年間を通じてVREが需要を上回る時間が増え、
余剰分を蓄電したり連携する地域へ送ったり、熱や水素に変えて利用するような工夫が必要になります。
この段階ではVREが長期にわたって主力供給となるため、セクターカップリングや長時間貯蔵なども有効になってきます。
VRE統合の段階は国や地域の再エネ導入割合によって異なります。
では先駆的にVREの導入と統合を進めている国や地域はどこなのでしょうか。
レポートでも先端事例として特筆して取り上げられているのがデンマークと南オーストラリア州です。
デンマークは世界で初めてフェーズ5に入った国の一つです。
2024年1年間の電力供給に占める再エネの割合は88%に達しています。
その内訳は風力57.9%、太陽光11.3%、バイオエネルギー18.8%で圧倒的に風力発電が供給の中心になっています。
もちろん風力の供給は時々刻々と変動しますが、デンマークでは地域間連携線の活用、ヒートポンプや地域熱供給システムとの連携など、
技術的な方法はもちろんのこと、電力システムの運用や市場設計も含めた包括的な柔軟性の取り組みが行われてきました。
今後はEVも含めた蓄電池やグリーン水素、グリッドフォーミングインバーターなど、新たなテクノロジーの活用もコスト効率性を前提として検討されています。
ちなみにデンマークのエネルギー政策の検討は、私が所属していたオールボー大学の Sustainable Energy Planning Research Group の研究が大きく貢献してきた歴史があり、
これについてはこのポッドキャストでも取り上げてみたいと考えています。
もう一つの先端事例が南オーストラリア州です。
2024年、1年間の電力供給に占める再エネの割合は74%に達しています。
その内訳は風力45%、太陽光29%で、特に家庭の屋根上での太陽光発電が多く、州内の3世帯に1件が太陽光を導入しています。
そのため、まさにダックカーブへの対処が中心的な課題ですが、
南オーストラリア州では他の地域との連系線が乏しく、また水力発電もない中で、ガス火力の調整と系統蓄電池の組み合わせによって柔軟性を確保してきました。
そして現在、蓄電池の価格低下が急速に進行している中で、家庭用蓄電池の普及も急加速しており、分散型で柔軟性が発揮されていく見通しがあります。