こんにちは、FURUYA Shotaです。Energy Intelligence and Foresightへようこそ。今回は、住宅用HEMSの現在地、グローバル市場スキャンをテーマにお話しします。
今回参照するのは、国際エネルギー機関4Eのエンダ・プラットフォームが、2025年2月に公開したResidential HEMS and Controllers Global Market Scanというレポートです。
このレポートは、オーストラリアのシドニー工科大学 Institute for Sustainable Futures のマシュー・デイリーをはじめとする研究チームが作成しています。
まず、このレポートの主題であるホームエネルギーマネジメントシステム、いわゆるHEMSの基本事項について触れておきましょう。
世界中の電力システムでは、再生可能エネルギーの比率が高まり、天候に応じて供給が増減する変動性が当たり前になってきました。
そこでカギになるのは、英語では Demand Flexibility、日本語では需要柔軟性、つまり電気を使うタイミングや量を賢く調整する力です。
家庭では、太陽光発電、蓄電池、EVの充電、給湯、冷暖房などの稼働を統合的に可視化、最適化するのがHEMSです。
HEMSが機能することで、ユーザーは電気代を節約できるだけでなく、電力系統全体の安定性にも貢献できる可能性があります。
HEMSは家庭内の複数の機器をネットワークにつなぎ、可視化と制御を提供します。
初歩的な段階では、消費と発電のリアルタイム表示、アプリでの遠隔操作や簡易スケジューリングなどを行うことができます。
もう一段階進むと、太陽光の自家消費の最大化、時間帯別料金への自動対応、さらに外部からの価格、系統シグナルに応じた高度な制御まで行うことができます。
これに関してレポートでは、機能の成熟度を4段階で整理しています。
第一段階が Monitoring、監視のみで、機器の稼働の可視化ができるものの制御はできないという段階です。
第二段階が Basic、基本的なHEMSで、複数の機器の稼働をスケジュール設定することができます。
第三段階が Sophisticated 、高度なHEMSで、家の中の機器を統合的に最適化することができます。
例えば、太陽光発電と蓄電池がある場合、晴れた日の昼間は給湯や洗濯を行い、曇りの日は蓄電するといった稼働を設定することができます。
そして第四段階が Orchestrated 、オーケストレーションで、外部の市場やネットワーク信号にも応答して稼働を設定することができます。
このレポートでは、こうしたHEMSについて世界中で導入されている51の既存機器を普及状況や製品カテゴリー、相互運用性などの観点から調査した結果をまとめています。
その結果を見ていきましょう。
実際、市場に出ている製品の公式説明を基に慎重に評価した結果、半数以上が監視・基本レベルのものでした。
一方、メーカーの発表や近い将来の機能追加などを含めた幅広な最大評価では、約85%が高度・オーケストレーションと評価することも可能であるという結果でした。
つまり、HEMSの機能の高度化は急速に進行中であるということがわかります。
次にHEMSの市場規模を見ていきましょう。
公開情報は限定的なのですが、現在のグローバル市場は年間約40億ドル、日本円で約6000億円規模であり、今後2030年までに3倍になる見通しがあります。
地域別では北米と欧州が先行していて、アジアも高成長が予測されています。
製品タイプも多様で、単体の機器ではなく家庭全体をまとめて最適化できるHEMSが着実に増えています。
製品タイプについて、レポートでは設置タイプ、設置の複雑さ、クラウド統合の程度の3つの観点からカテゴリーを分類しています。
設置タイプについて、設置場所に注目すると全体の61%と大半が分離型の専用デバイスで、既存のメーターなどに接続しないで、個別にWi-Fiなどのネットワークに接続するタイプです。
次に多いのが、追加ハードウェアなしでクラウドベースで機器をリモート制御するタイプで、これは全体の21%でした。
残りの18%は既存機器に組み込まれた製品で、スマートメーター、太陽光発電用インバータ、または蓄電池システムのいずれかが該当します。
地理的に見ると、北米及びオーストラリア、太平洋地域では分離型デバイスがより高い割合を占めているのに対し、欧州ではクラウドベースのシステムがより広く普及していることが述べられています。
設置の複雑さについて、自分で設置できるものもあれば、電気工事士による設置が必要なものもありました。
後者の場合、専用デバイスを設置するのに費用が数百ドルもかかるようなケースでは、電気代の削減効果を冷静に試算して機器の選択をする必要があります。
次に、HEMSの普及拡大に向けた最大の課題である Interoperability 、日本語では相互運用性について見ていきましょう。
HEMSが機能する上では、機器同士でうまくやり取りできることが最も重要な前提条件となります。
この相互運用性についてレポートでは、それぞれのHEMSのアプローチを3つに分類しています。
一つ目が Open Standard で、文字通り公開された基準に基づくプロトコルです。
このアプローチでは、異なるデバイスやメーカーとの幅広い互換性を実現することが可能で、市場に出回る製品の21%がこれを採用しています。
二つ目が Bespoke Integration、特注型統合と翻訳しておきますが、これはサードパーティー向けに公開されている独自のプロトコルで、より柔軟性の高い使い方ができます。
その一方で特注型統合では、他のデバイスとの接続設計や実装にAPIなど特定のカスタマイズ作業が必要になります。
現状ではデバイス全体の53%でこのアプローチが取られており、圧倒的に一般的となっています。
三つ目が Closed Ecosystem で、互換性のある特定の製品のみに相互運用性を制限する独自プロトコルです。
この場合、一部のブランドはサードパーティーが利用できる機器を特定のVPP統合のみに制限し、
自社ブランド以外のフルホームエネルギー最適化のような幅広い使い方をサポートしないことがあります。
テスラの家庭用蓄電池Powerwallはまさにこれに該当するため、クローズドエコシステムに分類されます。
現状、多くの事業者が機種ごとに投稿を作り込むため、時間もコストもかかり新規参入の壁にもなっています。
また、ユーザーにとってもどの組み合わせが本当に動くのかが分かりづらいのが普及の壁になっているのは明らかです。
今後、HEMSの普及がどう進むかは機器同士の相互運用性次第というところがありますが、
そもそもHEMSを導入することでどういった経済的メリットがあるのかを見ておく必要があります。
レポートでは、家計にもたらすHEMSの効果は世帯ごとに差があると述べられています。
例えば、2019年から2021年にかけてイギリスで24世帯を対象に実施された小規模な試験では、
既に太陽光発電とEVがある過程にスマートメーターと蓄電池を追加したところ、電気代を平均49%削減することができたという結果がありました。
1世帯あたりでは年間で495ドル、日本円で約5万4千円の節約です。
また、12ヶ月間での節約の幅は、104ドルから1064ドル、日本円だと約1万円台から10万円台と大きなばらつきがありました。
ドイツで行われた別の研究からは、自家消費を最適化することで実現できたコスト削減は約10%だったという報告もありました。
他の大規模研究では、ユーザーにとっての最大の期待は確実なエネルギーコストの削減であることが分かりましたが、
ユーザーの期待と実際の削減額には大きな乖離があることも明らかになっています。
デバイスそのものの技術的な成熟度だけでなく、ネットワークやクラウドとの統合など、システムとしての進化の余地も非常に大きいため、
今の時点で判断することはなかなか難しいところですが、支出に見合う便益を本当に得ることができるのか、事前のシミュレーションは欠かせません。
このレポートは、これまでまとまった知見を得ることが難しかった世界のHEMSの全体像を分かりやすく提示しており、極めて有意義なものだと僕は感じました。
また、今後システム全体の成熟が進むことで、より高度な機器同士のオーケストレーションが実現する可能性も知ることができました。
一方で、相互運用性の課題については、なかなか一筋縄ではいかないだろうなという懸念もあります。
例えば、先日カリフォルニアに調査に行き、EVと電力システムとの統合、英語ではVehicle Grid Integration、VGIと言いますが、これを推進する団体にインタビューを行った際に非常に重要な点に気づきました。
自動車は産業として約100年の歴史を持っており、電力も同じく産業として約100年の歴史を持っています。
そして、その2つの巨大産業のインターフェースとなるのがまさにVGIであり、実際に双方向充填、英語ではBidirectional Chargingと言いますが、
これを技術基準だけでなく法的にも整合させようとすると膨大な作業が発生するという課題が見えてきました。
それでも、課題のありかが特定できているということは、解決に向けた道筋を考えることができるということでもあるので、
これをきっかけに今後も世界のHEMSの動向を定点観測していきたいと思います。
今回は住宅用HEMSの現在地、グローバル市場スキャンをテーマに、HEMSの4段階、市場規模のスナップショット、統合運用性という課題、ユーザーにとってのメリットなどについてお話ししました。
レポートの詳細や参考資料のリンクは概要欄からご覧ください。
それではまた、次回お会いしましょう。