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おはようございます。このチャンネルでは、子育てが一段落しつつある50代の私が、好奇心と自分の感覚を大切にしながら、人生を面白がっている日々の様子をお話ししています。
子供がね、何か面白いことを言った時、「すごいね!」とか、「面白いね!」って普通に言いませんかね?
私すごい言っちゃいますけど、これね、私が今学んでいる対話型絵画鑑賞ではNGワードなんですよ。
で、これ頭では私も理解しているつもりなんだけど、実際にお子様相手にこの鑑賞をやっていると、いやこれ本当難しいなって思いました。
今日は先日初めて開催した親子での対話型絵画鑑賞のモニターセッションで、ファシリテーターとして感じた難しさとか反省とか、そういった私が今考えていることをお話ししていこうと思います。
前回、小春さんファミリーで7歳の息子くんが絵を見ながら夢中で話してくれたこととか、親子で絵を見る面白さについてお話ししてきました。
今日はその続きで、主に私自身の反省会になります。
今回のセッションに参加してくれた小春さん親子っていうのは、とても楽しんでいただけたようで、私としては本当に大満足で嬉しい。
反面、ファシリテーターとしての振る舞いで見ると、反省だらけだなっていうことがね、多々ありました。
特に難しかったのが、評価しない、誘導しないっていうね、この2つの大原則、大前提です。
私が今学んでいるのは、対話型絵画鑑賞VTSっていう、この中でもAMCっていうね、アートマインドコーチングっていうスタイルの鑑賞法なんですよ。
このコーチングスタイルでいくと、1枚の絵を見ながら何が見えるか、どこからそう思ったか、参加者同士で対話を重ねていくっていうスタイルで見ていくんですけども、
このスタイルで鑑賞していく絵で一番大事にされているのは、参加者の発言を評価しない。
これは一番大前提ですね。すごいですねとか、面白いねとか言っちゃいけないんですよ。
え、なんで?って思いませんか?それはいいじゃないかと思ったんですよ。何がいけないんだ?ぐらい思ったんです。
でもね、ここにはちゃんと理由があって、子供を前提に考えると、例えば子供が何かを発見して発言しますね。
で、それをコーチが大人目線で、え、すごいね、そんな発見あったんだ、みたいな感じで言ったとする。
それを褒められたというふうにお子さんが感じると、次も褒められたいと思って、大人が喜びそうなことを言おうとするっていう、そういう可能性があるよねっていうことなんですよ。
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本来はそういうことに関係なく、自由に見て、自由に感じて、自分が思ったことを言えばいいはずなのに、
いつの間にか大人の評価を気にして、大人に気に入られるようなことを言っちゃうかもしれない。
だからそういうことを防ぐためにも、発言の良し悪しを評価しないで、どんな意見もフラットに受け入れるっていう、それが大事なんですよっていう、これが大前提にあるんですよ。
理屈としてはすごく理解できるんですけど、私自身、人と違う見方をすることって面白いと思うし、そういった発見がいいなってすごく思っちゃうんですよね。
誰かの正解に合わせる必要もないし、自分が合わせに行くこともないので、だからこそこの大前提は大事だって思うけれども難しいというところに着陸しますね。
特に相手がお子さんとなると、これ本当に徹底するの難しいんですよ。
だって初めて会う子供がですよね、大人の私相手に一生懸命自分の言葉で自分の考えを伝えようとしてくれるんですよ。
それが私が思ってもない言葉だったりすると、すごいねとかやっぱり言っちゃうんですよね。
っていうか自分は実際に言っちゃったんですけどね。
以前先輩コーチの方たちがね、子供相手にすごいねとか面白いねって言っちゃいけないっていうのが本当に難しいって会話してたんですね。
そういうの聞いたことあるんですよ。
それ聞いてる時ふーんくらい思ってて、やっぱ難しいよねーくらい思ってたんですけど、
実際やってみたらこういうことかっていうのがめちゃくちゃ腹落ちしました。
身をもってわかりました。
でもね、私同時に一つ考えちゃったんですよね。
なんか本当に一切言っちゃいけないのかって。
もちろん冒頭でもお伝えしたように、褒められることを目的とするようになってしまったらそれは本末転倒なので、
本来の自由な感傷から離れちゃうから良くないなっていうのはわかるんだけど、
多分これは学級とかだと起こりやすいのかな。
誰かが発言して褒められて、じゃあ僕も私も褒められることを言おうみたいな、そういう考えになっちゃうっていうのはありがちかもしれない。
けどすごく小さいコミュニティで、まして家族みたいな感じだったら、
そこまでNGって言って封印する必要はないんじゃないかなって、私はちょっと思っちゃったところがありますね。
今回のケースでいうと、小春さん家の息子くんが初めて会った私に対して一生懸命伝えてる。
身振り、手振りで伝えてる。
それをすごい面白いねって、そういうふうに私からも返すことが必ずしも悪いことかなみたいな、
私ここはちょっとまだ答えが出てない部分だなって思いました。
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何でもかんでも褒めていいとか言ってるわけではなくて、
完全に封印することだけが正解かなっていう、ちょっとこうアンテナ立ててるみたいな、そんな感じがあります。
これは今後も少し実践を重ねながら、自分の経験として持っていきたいなっていうのを思います。
あともう一つ大前提として、誘導しないっていうことも大事なんですよ。
ファシリテーターがここを見てほしいとか、こう考えてほしいっていう方向に導くってことはNGですよと。
あくまでも参加者の気づきを発見を大切にしましょうということなんですよね。
これも私はちゃんと意識してるし、分かってはいるんだけど、今回あえてこのNGをやりました。
この部分について何かもうちょっとよく見てもらって感じること、考えたこと、発見ありますか?みたいな、結局誘導しちゃったんですけどね。
これNGだって分かりながらあえてやっちゃってるんですよ。それは大丈夫なのかっていうところあるんだけど。
結果としてはそこからいろんな発見が出てきて、見方は広がったなっていうのはあるので、
セッションとしてはそんなに悪い展開ではないんじゃないかなと思いつつ、
これもだからいいだろうって話にはならないですよね。
ちょっと自分でも整理しきれてない部分ではあるんだけど、どうしたらいいもんかっていうふうに、
これも同じくアンテナが立ったっていう感じになります。
参加者の自由な発見を大切にするんだけど、それは大前提としてもちろん持ってるんだけど、
必要に応じて視点を広げるきっかけづくりとしてはあってもいいのかな、このバランス大事かなっていう、そういうことを改めて感じるきっかけとなりました。
さらにね、あともう一つ大反省したのは質問の重ね方ですよね。
私がやっているこの対話型絵画鑑賞では、どこからそう思いましたかっていう質問を重ねていくんですけど、
これもね聞きすぎたら負担にしかならないじゃないですか。
もっと聞きたい、もうちょっとなんかあるかなみたいな感じで、
あんまり重ねすぎると結局ね、今回も息子くんがわかんないっていうふうに言った瞬間があって、
ちょっと私聞きすぎたな、やりすぎたな、完全アウトだなっていうところに行ってしまったんで、
そういう言葉が出るとこまで行ったらやりすぎだなっていうのをすごく反省しました。
相手にも余白を残す必要あるなっていうね、今回の一番の大きな反省点ですかね。
こうやって考えていくと、やっぱり評価しないことも、誘導しないことも、質問しすぎないってことも全部つながってるかなって。
結局ファシリテーターの私がどこまで関わって、どこから相手に委ねるかみたいなところのさじ加減、
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それに全部かかってくるかなっていうのをね、思いました。
鑑賞者の発見が面白くて、つい一緒になって楽しんじゃうっていうところね、あるし、
それ自体は悪いことではないんだけど、ファシリテーターとしては自分が楽しむことと、
鑑賞者が自由に考えられる場を作る、これを両立させる必要があるなっていうことを感じました。
でもこの反省ができたのも、実際にやってみたからこそっていうのもあって、
頭では理解していることって結構いっぱいあるんですけど、
実際に目の前に鑑賞者の人がいると思ったようにいかないっていうこと結構あるんですよね。
だからこそ、一つ踏み出せたっていうか、
体験できたっていうことは、ちょっと自分に対してもよくやったっていうのを思いつつ、
反省はちゃんと次に生かしていきたいなというふうに思います。
あと、今回の経験を振り返りながらもう一つ思ったことは、
私自身が対話型絵画鑑賞を続けてきたことで変わってきたなっていう部分もありました。
私、かれこれ20セッションくらい参加者として受けてきた部分があると思うんですけど、
その中で何度も聞かれてきたわけですよ。
どこからそう思いましたかっていう問いを。
今まさにこれを鑑賞者の方に投げかけている問いでもあります。
最初は絵を見ながら自分の考えの根拠を説明するための問いとして受けてきたんだけど、
最近では、日常生活の中でも自分に対して同じことを問いとして投げかけているなということに気づくようになっています。
例えば何かを見ていいなって思った時とか、
あるいは何かに違和感を覚えた時とか、
私はどこからそう思ったんだろうって、
これってすごく大きな変化だなっていうのを感じてるんですよね。
こうやって考えていくと、
対話型絵画鑑賞って、
絵を見て考えを深掘りしていくこと自体ももちろん楽しいし、
他の人の視点を感じることもすごく面白いんですけど、
絵の前だけじゃない場面でもそういう面白い変化があるなっていうのを、
最近、副産物として感じているところがあります。
だからこそファシリテーターとしても、
鑑賞者の方が自分で発見して、
自分の言葉で話せる時間を大切にしたいし、
この言葉を繰り返し問いとして投げることが、
その方の日常生活の問いにも転用していただけたら、
こんな嬉しいことないなっていうのを思います。
まだまだ反省することも多いし、
今後学んでいくことももっといっぱいあると思うんですけども、
今回初めて親子セッションに参加してくれた小春さんファミリーのおかげで、
私は本当に学び多かったなっていうのを思いました。
この学びを次にはぜひ改善ポイントとして抑えて、
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活かしていけたらいいなというふうに思っています。
ということで今日は、
初めての親子での対話型絵画鑑賞を通じて感じた、
ファシリテーターとしての反省と気づきについてお話ししてみました。
この無料モニター、引き続きまだまだ募集しています。
当初は10月いっぱい無料というふうに考えていたんですけど、
もうちょっと期間延長していこうと思っています。
興味のある方はぜひ概要欄の詳細をご覧いただいて、
スタイフのレターからお声掛けいただけたら嬉しいです。
また今日のお話についての皆さんのご意見やご感想も、
ぜひコメントやレターで伺えたら嬉しいです。
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最後までお聞きくださってありがとうございました。
また次回お耳にかかりましょう。
素敵な1日をお過ごしください。
エミでした。