この本作の中に出てくる悪人には絶対俺はならないから、あんな悪人やっつけちまえっていうつもりで見れると思うんですけど、
本作って、要はいわゆる暴力振るって無理やりなんとかするレイプじゃなくて、なんとなくうやむやでその場のノリでえいってやっちゃう感じの。
これって正直、割としちゃうタイプの男性多いかなと思って。
少なくとも一撃的な意味でのレイプイメージに出てくる悪役よりも身近だなと思って。
いわゆるワンチャンあったら行くぜみたいな発想の男の人って相当数いると思うんですよね。
それって見てる側が他人ごと扱いできない指さされてる感じがあって、座りの悪さがあるんですよね。
本作は被害に遭った女性がデイスさせられて、デイスしてかデイスさせられてかわかんないですけど、
その意識が明確じゃない状態で無礼成行為をされるっていう状態の話ですけど、
それっていわゆる暴力振るってのレイプよりもなんか境界線がちょっと近いんですよね。
すごい本作の怖さがあるなぁと思ってて、他人ごと扱いできないんですよ普通のレイプリベンジよりも。
そこがすごく怖いなっていうのがあるし、
あと主人公のキャリーの親友なんですよね、その被害にあってっていうのがあって、
レイプされた後、その親友の女性はどうも自殺してるっぽいんですよね。
それは直接的には語られないけど、周囲の会話の流れとかでなんとなく自殺してるっていうのがわかるんですけど、
キャリーの過去の写真の中でしか女性っていうものは姿が出てこないんですよね。
その過去のシーンの回想とかもなくってっていうのが結構僕本作の描き方すごい肝だなぁと思ってて、
それ3つぐらい理由あるかなと思ってなんとなく考えてたんですけど、
まず1つとしてはもう取り戻せない喪失感っていうものを出すのに、
過去の回想シーンが入ってこないっていうのがすごく強い役割を果たしてると思うんですよね。
回想シーンが入ると生きてた事態っていうものが観客側にも伝わるから、
それでちょっと喪失感が薄れる部分があると思うんですけど、
あくまでキャリーの思い出の中にしかいないっていうのがすごく、
見てる側からはもう絶対に届かないとこにいる人の話としてすごく刺さるっていうのが1つあるかなっていうのと、
2つ目にその被害に遭った女性に対する印象を観客側に勝手に持たせないっていうのがあるかなと思うんですよね。
で、映画の中の話でも出てきてたんですけど、
売信員がそういう奔放な女性だからそういう面に遭うこともあるよねっていうので、
判断を甘くするみたいなのがあるっていう話があったと思うんですけど、
それを観客側にもさせないと。
実際におそらくこの女性は普段からデイスしてたって話だったんで、
結構その奔放なタイプだったのかなっていう風には想像させるんですけど、
例えばそれを観客が実際にその人が出てきて様子見て普段から寄ってるのを見たら、
この様子ならそういう目に遭うこともあるよねとかっていうのをかけらでも思わさせないと出てこないことで。
あくまでこのキャリーにとっては完全に被害者であって、
未人でもゴブゴブだろうが窮地だろうが多少でも犯人側の事情を汲むというか、
被害者側の費用を多少でも持たせるみたいな見方をさせないみたいなのがあるかなと思うんですよ。
あくまでこっちが被害者でやり返してやるんだというのがあるかなと思うんですね。
3つ目が一番大きいかなと思うんですけど、
被害に遭った人物が出てくないことで観客からのセカンドレイプにならないっていうのがあると思うんですよ。
このレイプリベンジ物って要はレイプされた人物を見たら、
この人レイプされたんだなって思いながらこっちも見ちゃうわけじゃないですか。
それ自体がセカンドレイプ性を帯びてると思うんですよね。
レイプリベンジ物って正直ホラーとかスリラーとか、
そのエクスプロイテーション的な、
要はゲビた見方をするタイプのジャンルだと思うんですけど、
それって要は自分が直接レイプするようなものじゃないけど、
レイプされた人を多少面白がってみるっていう側面あるジャンルだと思うんですよ。
それをさせないと。そんな見方はさせない。
あくまで被害者は被害者なんだから、
そうかはもう正規化して絶対に触れさせないと。
あくまでこの話はその周囲にいた人間の屋上の話なんだから、
被害者をさらに追い打ちをかけるようなことを、
この映画自体がさせないっていう意思なのかなと思って、
本人が出てこないことで。
結構それって大きいことだと思うんですよ。
レイプリベンジ物って基本的にめちゃめちゃ下品だと思うんですよね。
話の構造というか、その映画を見たいって思う心境自体が
すごい下品なものの側面ってあると思うんですよ。
どんなに肯定しようと思っても。
その側面をできるだけ削ってるというか、
少なくとも被害者に許すような部分を優先してるっていうのは、
多分あんまりなかったんじゃないかなと思って、こういう撮り方って。
そうですね。やっぱりそういうレイプしてるとかそういうのとかを、
ちょっと罪な欲望みたいなのを満たす部分もあると思うんですよね。
そういうリベンジ物って。
そういう意味ではコンサが完全にすごく配慮、そういう意味で行き届いてて。
やっぱりそういうのを見ることですごくやっぱり、
ダッシュバックというか、すごく見てるこっちもすごく
ダメージを食らう可能性もすごくあるので、
今そういうテーマを扱う上で、
どうやって今観客に届けるべきかっていうのが考えられてるっていうのも、
やっぱりそこは山口さんが言ってたところで、
素晴らしいなって思いましたね。
いわゆる復讐物っていう題材を撮ってますけど、
かなり裏切ってくるわけですよね。
復讐みたいな、招立てみたいな感じで、
宙が始まってきますけど、
使っているその復讐のやり口っていうのも、
別に殺します、みたいな。
私と同じ目に合わせてやる、みたいなことじゃなくて、
まあ、当たりですよね、全部。
その辺のあたりもレバーだなと思いつつ、
一戦は絶対そこは越えないっていう部分があって、
ただそれをさらに裏切る形で、
主人公は多分最後親友をレイプしたやつに、
本気の復讐をしようとするっていうところまで持ってってしまう。
それはもう、ここに至る過程というのもとても楽というところが、
見終わって考えたときにすごく楽だったところですね、僕は。
やっぱり自分はそういうことしないって思ってるけど、
そうじゃないだろっていうのを、
やっぱりあそこで思わされるわけですよね。
実際に断るかもしれないし、
いなくてもあそこいう場でいて、
そこで笑ってるだけ、傍観者として見てるだけ、
みたいなことをしてしまっているとは、
これまでの人生を考えた中で、
レイプに限らずですけど、いじめ問題って考えたときに、
普通にあるわって思ってしまうんですよね。
振り返れば、あれはいじめだったのかもしれないとか言って、
いじめだろうなっていうこともあったし、
僕いじめられたなっていうこともあるし、
それだけじゃなくて、
人がいじめられてるのをただ見てるだけだったなってことも普通にあったし、
そういう自分の清廉潔白じゃない部分を、
改めてまざまざと見せつけられたなっていう気持ちになったんですよね、
けっこう女性映画みたいなふうに、
一概にも言い切れないなと思って、
社会的な暴力に関する話だと思うんですけど、
男同士でつるんでやっちゃえってやっちゃうような集団って、
別に男でも普通にいじめてると思うんですよね。
あくまでこの話が、デイスした状態でレイプしたって話だったけど、
あいつら普通に学校で男の子でもいじめてたと思うし、
なんならそっちで自殺に追い込むようなことがあってもおかしくなかった話だと思うんですよね。
ありふれてるというか、そこは割と普遍的というか、
単に女性の権利がどうこうってだけで済まない話だとは思ったりはしましたね。
メインはもちろん女性側の話。
当然あるんですけど、やっぱりそういうところも僕は考えてしまいましたね。
結構レイプリベンジ物みたいな作品とかも割と見たことあるんですけど、
これまでの作品って結構相手が絶対的な悪というか、
めちゃくちゃ悪くてめっちゃ嫌な奴でめっちゃひどいことをしてくるって描かれ方をして、
それに対してこっちも無茶苦茶なことをしてぶっ殺すみたいな映画が多いと思うんですけど、
この本作に限っては嫌な奴らとしては描かれてはいるんですけど、
そんな無茶苦茶な悪人ではないと思うんですね。
それがさっき言った普遍性にもつながってくると思うんですけど、
誰ちもそうなり得るし、復習する相手の中に女性も入ってたと思うんですけど、
そうやって取り巻いて笑っている中には女性もいたり、
なんなら主人公がやっと心を許せて交意することができた相手ですら、
過去に少しでもそういうことがあったっていう、一緒になって笑っていたっていう部分。
なんかそう考えていくと、何て言うんですかね。
それがしかも10年前ぐらいの20歳ぐらいの本当に大学生で、
本当に一番人間がアホな時ぐらいの話じゃないですか。
それが10年経ってみんな結構普通にいい奴というか普通の人たちなわけですよね。
今見たら。
その集団もそうじゃない人たちから見たら嫌な奴らに見えるけど、
言ったら友情でつながってて、今はもう大学卒業してもずっと仲がいい。
で、ずっと結婚式も前日にみんなで集まって祝ってるみたいな。
個人的に嫌な人種ではありますけど、
そこまで悪人とも思えないっていうのがすごいこの映画の肝というか。
だからこそ自分が完全に被害者側の目線じゃなくて、
もしかしたら被害者の中に自分もいたんじゃないかって思ってしまうのは、
そこの描き方がやっぱりうまかったなと思いますね。
人事させないっていうと、やっぱりこの映画めっちゃ意識してますよね。
そういうところから。
なんかやっぱりリベンジ者ってやっぱり修したやつに復讐してそっきり。
定石ですけど、この映画に関してはそんなことなくて、
むしろ何かと残り続ける映画というか。
恋人のライアンがそいつらにつるんでたのっていうのが、
分かる瞬間きついなって。
本当に悲しかったもん。
まずあそこの様子を撮ったビデオが入ってるスマホかなんかを渡されて、
あれって見たくなかったら見なくていいよって言われても、
見るしかないやつですよね、あれ。
絶対に選択肢あるように見て絶対一択なんですよ。
あれは絶対見るしかないやつなんですけど、見たら、
今ちょっと手に入れようとしているとおぼしき平穏な日常が壊れるってことはもう分かってるんですよね、あれ。
絶対に自分が復讐の側に完全に振り切るっていうのは分かってるけど、
あれはもう見るしかなかったと。
で、見てみたら恋人が様子を茶化してる音が聞こえてくるっていうね。
映像はもう映らなくて、カメラはスマホの背中に向いてて、
それを見てる真子キャリーの顔なんですけど、悲しいあれは。
悲しい。しかもあの映画なかったらきっと最後の復讐もしてなかったと思うんですよね。
家族に前に行って、前を向いて、自分の人生歩んでくださいっていう風になってて、
自分としても今ならそうなれるんじゃないかっていうタイミングで、
あの女ってなりましたよね。
でもあれ自体がキャリーに対する仕返しもあったなと思って、
要は1個目の復讐じゃないですかあれ。
ロマ数字で1って出てきて、
で、ホテルに呼び出されてめっちゃ酒飲まされて、
で、ホテルの部屋取ってあるのに休まされて、
おそらく何かされてるっていう状態で、
とりあえず気休めとして、あの男は何もしてなかったよって言ってもらって、
安心したけど、あれされたんやろなっていうのは分かってると思うんですよ。
安心のために言ってもらっただけで。
だからそこに対する復讐であれを渡したっていうのもあると思うし、
かなと思ってね。
僕完全にもう言葉通りブラフだと思ってたので、あれ。
ああ、なるほど。
ああ、そう。
いや、あの男に対する振り方がそういう振り方かなと思ってから、
あれはもうされたのかなと思って。
なんか僕はその言葉通りブラフって受け取ったのは、
やっぱり復讐する側として一線あると思ってて、
やっぱり自分はそこには絶対超えないぞっていう意思があったんじゃないかなって、
あの時は思ったんですよね。
そうかもしれないですね、確かに。
ただやっぱり携帯の動画を見てしまったことで、
その一線も狂ってしまうっていうふうに僕は捉えたんですけど。
ああ、なるほど。確かに。
それで考えると2個目の復讐はしてない可能性高いですね。
だから2個目の復讐が、
要は学生の被害者の訴えを払いのけた学長、
当時学長か分かんないですけど、
話を聞ける立場にいた大学側のある程度の役割にある人に対して、
その娘を誘拐して、
娘を飲ませて、
要は被害に遭ってた親友と同じ状況にしてっていうので、
基本問題提起による復讐をしようとしてるっていうのはありましたよね。
あなた他人の子供ながら訴えも払いのけたけど、
自分の娘が同じ目にあった時どうするんですかっていう仕返しじゃないですか、あれは。
直接ではなくて、自分の娘だったらどうしたのって、
罪の意識を背負わせるっていう復讐かなっていう。
その意味では確かに1個目の復讐もしなかった可能性高い気がしますね。
当事者になれっていうところの復讐だから。
そのメッセージすごく観客に対してもありますよね。
観客に対しても、実際に暴力をあなたに振るわけじゃないですけど、
当事者意識は持ってますか?みたいなのをぶつけてくる映画ですよね。
一応1本目の復讐の1本線で、
あの定義でいくとマディソン。
同級生で今はリッチーな男性と結婚してる二子のまま。
結局マディソンは事件当時に被害者が訴えても信じなくて、
味方にならなかったが、一応最初の1本目の復讐相手ではあるんだけど。
そうですね。だから味方にならなかったっていうところでは直接手は崩してないですよね。
元恋人のライアンもそうですけど、
お前も当事者だからっていうのが復讐のラインを見てた側にはしてましたね。
確かにそういう意味ではそうか。1個目もそうかもしれないですね。
2人目が学部長。
マディソンが最後去っていくときにキャリーに対して
二度と会わないでって言うじゃないですか。
あそこちょっとなんでそんな怒ってるんだろうみたいなのを見てたんですよ。
もちろん二度と会いたくないのはその通りなんですけど、
すごい印象的なシーンで、なんでかなと思ったときに、
今マディソンの結婚生活も、なんか金持ちと結婚してある程度充実はしてるけど、
自己実現とか恐らくない生活をしているみたいなのちょっと匂わせあるじゃないですか。
ホテルのロビーでの会話で。
その要はキャリーが被害に遭った親友のことで絡んでこられると、
自分もまた抑圧されてるってことを思い出しちゃうから、
二度と会わないってくれって言ったのかなってちょっと思って。
今私幸せですよって。
ただ男は女バカだったら欲しいって思ってるけどねみたいな、
ちょっとその不満と満足が同居してる状態で、
その不満に対して目をつぶれば幸せに生きてるけど、
そこの不満を思い出してしまったら一気に人生が不幸なものになってしまうと思うんですよ。
なんか血ついてたのもちゃんとフランクフルトのケチャップがいっぱいついてたらダメやろって勝手に思ってたので。
ちょっと分かんないようになってましたねあそこは。
その考えもそうだよなあり得るかもしれない。
そうです確かに。
あとあのオープニングの朝帰り。
男を何らかのやり返しをした帰り道。
手に血かケチャップか何かを垂らしながらボロボロの格好で朝焼けの道を歩いて帰っている時に性的なことを言って茶化してくる労働者がいるシーン。
あれあそこねテルマ&ルイズを思い出したんですよね。
あー。
ありましたよねそのトラック運転手がなんか茶化してきて銃で追い返すみたいなシーン。
結構全体的にテルマ&ルイズ感はあったかなと思って。
あーありましたね。
あのテルマ&ルイズの片っぽが本当に最後まで酷い目やってたら残った方がこういうことやってた可能性あるなと思って。
でもなんかあそこで言われて言い返すわけじゃないけどずっと見てるだけでなんかこう何て言うんですか労働者側の人たちがなんかちょっとずつビビっていくのが面白くて。
なんかそういう側面ちょっとあるよなって言われてきっと言われた方が萎縮したり弱いって思ってるから言い続けるのであって。
あれこいつなんか全然ビビらへんぞってなった時にちょっと怖くなるっていう。
完全にイキったビビりみたいな感じで。
基本はその安全地帯にいる人間を咎めるっていうことをやるって話ですよね本当にこの映画自体が。
映画の一行事だったってことですね。
ちょっと話し飛んだんですけど、冒頭で夜の酒場で男を騙して獲物を買ったっていうので
1人ごとに線を1本入れて4本縦線並んだ最後に斜め線で消すっていうので5人1ブロックっていうのをやるのを
その本ちゃんの復習の方でやるんですよね。
で初めローマ数字でワン、ツー、スリーってなってるのかなと思ったら4個目の復習があれ?縦線が4つ並んでる?
なんでかなと思ったら5つ目の復習が斜めに消すっていう。
あ、なるほどね。あれの続きだったんだなというのがわかるっていうね。
あれイキな演出ですよね本当に。
あれ面白かったです。
あれ良かったですね本当に。
私この映画でライアン、結構ライアンすごくいい感じじゃないですか最初から。
すごくいい感じでいい人で、本当に主人公と一緒に見てるこっちも主人公が恋に落ちる感覚と同じ感覚でずっと見てるから
途中すごいラブストーリーじゃないですけど、すごいハッピーな時間訪れるのに
それがなくなっちゃうのが本当に悲しくて。
なんか良くないことが起こりそうっていうのはなんとなくわかってるんですけど
今見てる光景はとても幸せそうなんでやっぱそっちに乗ってしまいますよねあそこ本当に。
でもあれいい感じですよね。
男側のキャスティングが絶妙。
絶妙ですね。
絶妙な優しい男がキャスティングしてくるじゃないですか。
最初のアダム・ブロディとか、クリストファー・ミッツプッセ、マック・ラビンですよね。
スーパーバッドとかのいいなーって。
だって、ああいう男、一番憎んでるタイプのはずやのに、どうやってその人脈見つけたのっていうのがね、
そういう男のことはめっちゃ嫌いでしょ、あなたっていう。
なんで親みたいな人なんよ、きっと。
これまで復讐した人の中から、おいちょっと貸せや、貸せや、みたいな。
お前そういうの好きなんだろうって。
そういう過激としてやってるかもしれないですけどね。
わかりませんけど。
ライアンも彼女から問い詰められた後の反応がやっぱり、
こいつもそっち側やなっていう反応をするじゃないですか。
言い訳を押し、結局悪態を作っていう。
あのあたりの引き因さはすごくうってなりますよね。
お前もかっていうのと、
そうやって穴にしていくことにみんな怒ってるんだけど、
それに気づいてないっていう。
やっぱ辛いんですよね、そこが。
そうですね、風化するっていうことが許せないっていうのはありますよね。
単に復讐というよりも、
なかったことにしていっていることが許せないっていうのはありますよね、やっぱり。
確かに。
あそこ飛び詰めるシーンで、子供の絵飾ってるのとか意地悪でいいなと思いませんでした。
ありがとうライアン先生みたいな子供の描いた絵が、
小児科の先生やからって貼ってあって、意地悪やなと思いました。
あともう一個飾ってあるもので印象的なのが、
キャリーの実父と話するシーンで、
その親友も幼馴染だから、やっぱり両親もすごい関係が深くて、
みんなが悲しんだと、彼女が亡くなった時はと。
でもみんな立ち直ろうとしてて、
君もついに恋人ができて立ち直るんだねっていうのを安心している横に、
すごい赤ん坊の女の子の写真が飾ってあるんですよね。
で、すごい印象的で、おそらくあれキャリーだと思うんですけど、
忘れていこうとみんなしているけれども、
でも恥ずかしめを受けて尊厳を奪われて、
命をなくしてしまった女の子がいたんだよっていうのがそこに焼き付けられているようで、
あれがある限りキャリーはもう福祉を捨てれなかったよなと思って、
すごいきついシーンだったですね。
特に僕も一応二人子供いて、二人とも娘なんですよ。
ちょうどあれぐらいの3、4歳5歳か、それぐらいの歳の子が一人いるんですけど、
その子の尊厳が奪われたりとかって考えたらやっぱきついですよね。
いやーきついわーと思って本当。
で自分がそれに対してじゃあ完全に善でとかって言い切れないのがまたきついなと思って、
本作でもあったけど自分の言葉のことだったら必死になるけど、
他人のことだったらそんなに真剣にならないというか当事者にならないし、
なんだったら男親だったら娘のこと大切にするけど、
よその女の子にはひどいことしてる男性だって世の中にはいるわけですよね。
なんかその構造がちょっと見えちゃうというか、
身内と他人を分けて他人に対して当事者意識を持たずに、
なんだったらひどいこともできちゃうっていう構造がこの話の根底にずっとあるなと思って、
そこに対してあなた娘こんなことされたら言うさんはって言ってるけど、
自分が若い時酔っ払ってる女の子にひどいことしなかったんですか?
あるいはチャンスあったらやりたいなとか思ってなかったんですか本当にって。
それって誰かの娘なんですよね。誰かの親友なんですよ。
それでもやりたかったんですよね。やったんですよねっていうのを指差して突きつけてくるんですよね、この映画って。
これきついの。僕がどんだけ親だから許せないわとか言っても、
そこがある限りそこに対してイノセントでいられないんですよね。
怖いですよ、この映画。
こういう話真面目に考えたら本当にもう気が狂いそうになるぐらい嫌な気持ちになりますね。
何の救いもないですからね、突き詰めると。復讐は果たせたけれども、
で?だから何?って。本人帰ってこないですけど?みたいなのはやっぱりありますからね。
そういうもののお約束ですね。
でもやっぱりその爽やかさもあるなと思って、少なくとも主人公本人が尊厳を奪われた親友の魂の救済と、
そして自分自身のために一つのことを成し遂げたっていうことだけは確かにこの映画の中には残ってるっていうのが、
ある種のカタルシスはあるっちゃあるんですよね。
ただ全面的にスカッとではないっていうところがやっぱりミソですよね。
やっぱり彼女は結局死んでしまうっていうかも。
その死に方もまたクラウコー顔を抑えつけられて、
それこそまさに血を閉ざすというか、つぐませるっていう暴力で死んでいくっていうのは、
結構あそこも、あそこにしかも暴力的な描写が初めて出る、直接的に出る場所なので、
あそこのインパクトというか、構図としてもすごくつらかったです。
あと長いんですよね、あのシーン結構。マクが抑えつけるシーン。
他の映画とかだと、首締めたりとか口を抑えつけられて窒息して動かなくなるまでもうちょっと早いかなと思うんですけど、長い。
それはなんかちらっと他の人の話で聞いたんですけど、
やっぱり実際どれくらいかかるのかっていうのを考慮した上で長さらしいんですよね。
そういうものなんだぞっていう、嫌な部分を全開にするっていう意味で、本当すげーシーンだなと。
こうやったら死にますっていう、死ぬっていう概念だけを描くためにじゃなくて、
死んでいくってことがどういうことかみたいなのを焼き付けろっていうのがあの棚さんにあるなとは本当思いましたね。
なんか反面、もし今自分のところに、もう本当に自分が忘れているような、
昔犯してしまった間違いとかを、もう今会社とかに全部公表するぞっていう人が現れたら、
もうどうしたらいいってなっちゃいますよね。
本当にもうなんかそっち側の気持ちもなんかちょっと考えちゃうというか、
なんかそんなにそこまでこうすっごいひどいことはしてきてないとかって思ってるものの、
もしかしたら自分がこう本当に気づいてないところとか忘れているところで、
それを蒸し返されて今、その罪を今代償払って償いって言われるときの恐怖は結構あるなと思ってましたね。
結構タイムリーな視点ですよね。そこってめちゃくちゃタイムリーですよね。
たまたま。
やっぱどうしてもそれ件は思い出しますよね。
普通に名前見ますか?大山田慶吾の話ですよね。
いや、つまりノリが似てるんですよね。
正直もうその場のノリで、いえいじめ楽しいぜってやったし、
そんなに悪いものと思ってなかったし、何より周りが別に悪いと思ってなかったっていうのもあると思うんですよ。
いじめてた当時も周りが、いやすげーなーって面白いなーとかって周りも思ってたし、
雑誌に載った当時も、いやなんかこういうやんちゃなやついいぜみたいな感じで載せてたと思うんですよね。
それってこの話と構造一緒だなと思って、
結局その周囲とか環境とかが本人にそれを指せたっていう側面あるっていうのもあると思うんですよね。
本人は別にそれ悪いって気づけなかったか、あるいはちょっと悪いと思ってたけど、
周りが許容しているからやっていいことだと思ってそのまま突っ走っちゃったみたいなことってめちゃくちゃあると思うんですよね。
だからやっぱりこの話は、そういう現実の状況に対して、
何よりも最優先としてやった本人が一番悪いっていうのは前提として、
それを見過ごしてた周りもやっぱり悪いっていうのを観客含めて突きつけると。
あの件もそうですよ。
じゃああなたいじめしたことなかったんですかってなったら、
いや俺はないって言い切れる人どこまでいるかなっていうのはあるし、
私そういう国家的な事業に関わらないからやっていいですとかって話でもないじゃないですか。
だからちょっとその問題が出てきた日のTwitterとかSNSでの周りの反応も結構濃かったんですよね正直。
当事者同士、例えばいじめた側といじめられた側がずっと念に持ってるからなとか、
そういうことに関して怒ってるとかっていうのは、それはいいんですけど、
本当に周りの人がやいのやいの言ってものすごく激に言葉が並び立てられていくみたいな状況はすごく怖かったんですよね正直。
本当このいじめの内容に関しては保護するところは何もないし、ひどいと僕も思いましたけど。
その状況を囲む周りの状況もすごく怖かったかなっていう。
あんまりちょっと映画の話と外れますけど。
でも関係ありますよ。
なんかやっぱ人ってどっかで自分が加害者じゃないっていう気持ちも、
気持ちがあるというよりもそれに気づいてない部分がでかいと思うんで、
そういう意味で自分って裁かれる側ではないっていう風に思えたことがこれまでのそういうリベンジものだったはずなのに、
この映画ではおいおい待て待てお前もや。お前も来いって言われて。
こっちも制裁させられてっていう感じのそういう映画でしたよね。
なんかちょっと私思った感じと違って、
もっと復讐ものってイエーイって感じになるんかなと。
結構かわいらしい役ばっかりなんで。
キャリー・マリガンがこんなポップな服装するんだっていうのにちょっとフレッシュだな。
あのコーヒー屋に勤めてる時の服めっちゃかわいくないです?
めっちゃかわいい。
からのデート行く時もめっちゃかわいくなかったですか?
いちごのワンピースか何かですかね。あれめっちゃかわいかったですね。
めっちゃかわいかったです。
しかもちゃんとデートに行くっていう気合を感じられて。
やっぱりナース姿のあのヘアスタイルからしてマーゴトロビー感がすげえあったなって思ったんですけど。
確かにそうですね。
でも途中ね、酒場というかバーに男の人に復讐する時にライアンに見つかるじゃないですか。
でもライアンあれなんか普通に考えたら結構きついと思うんですよ。男性からして。
例えば逆でも女性もきついですけど。
それをでも一回許してくれてるわけです。受け入れて。しかもあんまり深いことを聞かずに。
だからもうライアンを許してあげてよって思っちゃいましたけどね。
あれは普通許すとかじゃなくてもう無理ってなりますよ。普通は。
なりますかね。なると思います。
しかもその理由も別にちゃんと説明しないし、理由が何だろうがあの状況は無理ですよ。
そっから先は無理ですよ。
だってそのデート約束してた日に酒場に男引っ掛けてるとかなんでって。
なんでってなりますからね。あれはさすがに。
結構ね僕今年見た映画の中でも上に入れたくなる一本でしたね。
確かにそうです。
インパクトがとにかく。
あと結構話の構造自体は本当に普通の復讐ものだなと思って。
その手段が社会的な復讐に移ってるだけで。
例えばねこれが高倉ケン主役だったとしましょうよ。
だとしたらその幼馴染の兄弟分。
もうずっともう一人の自分かのように生きてきた人形の世界を一緒に歩んでる兄弟分がある日酒に酔わされてその間に暗殺されたと。
やつらのことは許せんと。
いやもうあなたもうそんなこと忘れて平穏な日常を私と一緒に歩みましょうって言ってくる女の人がいて。
いやそれでも俺はあいつのためにそして俺自身のために仇を撃ち抜くんやって言って打ち入りするわけですよ。
で最後自分は差し違えて命を失うけれども仇の命だけは取ったっていう構造だけを言えば復讐ものの典型として言えないこともないかなと思うんですけど。
確かにしかも男の人主人公やったらむちゃむちゃある感じですよね。
そうなんです。しかも結構それが男のロマンで彩られるんですよね。
親友のために命を懸けて平穏な日常を捨てて俺は仇を取るっていうのは結構男のロマンとして消費できちゃう。
しかもあんまり悲劇としては捉えられないんですよね。
いやもうケンさん男やみたいな感じに見れちゃう映画になると思うんですけど。
でもやっぱりこれは悲劇の話にはなっちゃうんですね。それは何でかって言ったら当事者が女の人だからだと思うんですよ。
そこにこの話のどうしても残ってしまう残酷さあるなと思って。