始まりました、映画の話したすぎるラジオ第231回になります。この番組は、大阪で映画トークバイベント、映画の話したすぎるBARを開催している店長メンバーらによる映画トーク番組です。
私、映画の話したすぎるBAR店長の山口です。
マリオンです。
大石です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お願いします。
はい、では、近況の話に入っていきたいと思います。マリオンさん、いかがされてました?
そうですね、今週は3本ほど映画の話をしたいなと思っているんですけど、まず1本目が
The Monkeyですね。スティーブン・キング原作の短編かな?をラジオでも取り上げたオズグッド・パーキンス、ロングレックスのオズグッド・パーキンスが映画化したホラーコメディみたいな感じで、
太鼓を叩く猿の人形が呪われていて、その猿が何か叩き始めちゃうと誰か絶対変な死に方するみたいな、そういう作品なんですけど、
ファイナル・ディスティニーションとかを思い出していただければいいんですけど、残酷な死に方がいっぱい見れますっていう、死に方博覧会と僕は呼んでますけど、
そのぐらいいっぱい人が死んでいくので、それ結構見てるだけでギャーって言うか、笑えるというか、作品ではあるんですけど、意外とでも、なんかちょっと哲学的だなとも思う作品になってて、
今回、今作に描かれる死って、死というか人の命ってめちゃくちゃ軽いんですよね。もうその猿のおもちゃが太鼓叩けば誰かめっちゃ変な死に方するっていう、
突然、昨日までピンピンギンギンしてた人が、本当その猿のせいで不良の死を迎えてしまうというか、でもなんか死ってそういうものですよねっていう。
ある日突然不条理にやってくるものだよなって思うんですよね。だから結構ふざけてるけど、死という概念に対して結構的いているというか、
そんなふうにすごく思って。で、劇中、主人公、兄弟が主人公なんですけど、
その兄弟のお母さんが、主人公たちが子供の頃に大切な人を亡くした葬式帰りに、すごく死について説くんですよね。
死について結構怖いものだと、突然やってくるみたいなことを、子供だった主人公兄弟に説くんですけど、
その後に、まあとりあえず踊ろうかみたいな感じで、その後家に帰ってめっちゃ踊って楽しく過ごすっていう展開があるんですけど、
なんか僕それ結構いいなぁと思っているというか、死って考えすぎてたらどんどん不安になっていくじゃないですか。
明日死ぬかもしれないと思ったら、途端になんかどうしようって思っちゃうと思うんですけど、けどなんか恐れすぎてたら本当動けなくなっちゃうんで、
それだったら程よく笑い飛ばそうだよってスタンスがそこには描かれてるなぁと思っていて、
これってザ・モンキーという映画そのものもそうだなってすごく思ったんですよね。
なので頭空っぽで見れるホラーコメディーではあるんですけど、意外と哲学的な作品なんじゃないかなっていうふうに思う一作でした。
いや、ちょっとにわかには信じ難い切り口だなっていう。なるほどなぁ。
そう、まあこれはロングレックスの時も思いましたけど、なんかこっちがめっちゃ深読みしてるだけなのかもしれないと思って。
それをさせる監督ですしね。
そう、そうなんですよね。やっぱり監督のその生い立ちというか、の件はロングレックスの回の時にも話しましたけど、
なんか死というものに対してすごい得意なエピソードを持っている監督さんだと思うんですよね、やっぱり。
なんかそういったことも加味しちゃうからなのかもしれないですけど、
けどなんかその辺はなんか念頭において本人も作ってそうな気はするんですよね。
なので、あの、バカだなぁとか、うわぁもう残酷って思いながら、でもちょっと死について考えてみてもいいんじゃないかなみたいな映画になってるかなっていうふうに個人的には思いました。
で、最後が遠い山並みの光ですね。
和尾石黒原作で、監督がある男とか、あと僕の大好きなアークとか、三ツ鉢と縁来とかの石川慶監督の新作なんですけど、
今年って戦後80年じゃないですか。
で、やっぱそれに合わせて、いろいろ戦争を取り扱った映画って、結構いろいろ公開されてると思うんですけど、
そういった映画の中でも、軍を抜いて素晴らしいんじゃないかなと、出来栄えに関してはという風な映画でした。
なんというか、往年の日本映画のような奥ゆかしさがあるというか、そういったかつての日本映画を現代的に復活させてみせるというか、
っていうような印象がありましたね。
やっぱり石川慶の作品って、ほうがなんだけど、ちょっとどこかほうが離れしてるような、
なんていうんですかね、ルックというか、パッケージというんでしょうか、感覚があるんですよね。
撮影監督の人も、ポーランドの人ですよね。一緒にポーランドで学んでた人だったかな、ちょっと名前を忘れちゃったんで、
あれですけど、を読んできたりとか、あと音楽とかも、イーオーって映画あったじゃないですか、ロバってしてんのね。
あの映画で音楽やってた人とか読んでたりとかしてて、やっぱちょっとほうがなんだけど、ちょっとほうがらしからぬルックの良さみたいなというか、
色が結構、なんていうんですかね、現代パートと過去パートで、ちょっと色味が違っているというか、過去のパートがね、やけに色がパキッとして見えるんですよ。
結構なんか、鮮やかというか、ともすればちょっと作り物感のある過去みたいな、なんというかルックに見えるんですけど、
けど、そのまあ語られる過去っていうのが、だんだん見ていくと、あ、これって、っていうのがだんだんわかってくると、
あ、このなんかルックというか、絵のパキッとした感じって、結構意図的だな、みたいなのが、わかったりもする。
なんかそれぐらい作り込みがすごくされてて、もうなんかそういうのを見るだけで結構、なんかずっと見れちゃうというか、見惚れてしまう部分がまずありましたね、はい。
で、物語的には、やっぱりその、希望という光を追い求めたことで、ある悲劇が生まれてしまうというか、
っていうのが何とも悲しいというか、っていうことを描いているような作品になってて、
僕その原作とか読んでないので、わかんないんですけど、
まあ遠い山並みの光っていうのがやっぱり、まあその戦後、経て、まあ希望を見出してある決断をする、みたいなことになってくんですけど、
それによってっていうことがまあ、語られていくのが何とも悲しいというか、
でもまあ本当に置かれている状況的にやっぱ辛いくって、それでもそうした結果に待ち受けてたものがなんか必ずしも良くなかったかもしれないみたいな、
っていうのが何とも言えない苦みをもたらすというか、
で、そういった光を求めて決断をしなきゃいけないという状況を作り出すことを大元を辿ったときに、
長崎に落とされた原爆のこととか思い出す、それも大きな光だったわけですよね、
っていうところから、これ全て始まってるなって思うと余計にこう思うところがあるというか、
っていうようなことをまあ考えさせられてしまう作品になってまして、
すごい味わい深い作品で良かったなというふうに思いました。
これ僕も見てるんですけど、なんか本当現代的感覚でナルセ・ミキオの映画を撮ってるような感じというか、
なんかその役者の喋り方から全然違うんですよね。
なんかその辺りの再現度の高さもめちゃくちゃ好感を持てましたし、
なんかこう感情が、特にやっぱ応年の日本映画って表に感情が出ないけど、
内にこう燃えてる感じがあるなと思って見てるんですけど、
なんかそのやっぱり雰囲気が本作からはすごくする。
そうですね、めっちゃなんかあと主人公の部屋の描写というか、
キッチンと今を繋ぐ小さな小窓みたいで、
あれの使い方とかめちゃくちゃ技有りって感じがしたりとか、そういうとこがね、いちいち気が利いてるなというか。
そうなんですよ。だからただ真似した、ただ応年の映画を現代に生み返しただけじゃなくて、
現代的な撮影手法というか、現代的な映画の演出で当時を映してみせるみたいなアプローチに見えて、
その辺は本当さすがだなっていう感覚がしましたね。
ちなみにタウルさんも今年の日本映画で一番いいとおっしゃっていて、
なんとなくお好きなんだろうなとは思いました。
確かにこれはタウルさんごとみの応年の日本映画っぽさもあるよなってやっぱり見ながら思いましたね。
石川経営監督相変わらず鋭いですね。なんか切れ味が。
素晴らしいなって思いましたね。
今週はこんな感じです。
はい、大石さんいかがされてました?
そうですね、僕結構今週4連休を取ってしばらく映画を見れてなかったので、
たまってたやつをダダダッと見た感じなんですけど、
5本ぐらい、鳥山の目の光さっきおっしゃってくれたものも含めると、
たぶん5本ぐらい見てるんですけど、その中でいくつか話したいのがあって、
まず前回ディアストレンジャー界お休みしちゃったんで、その話をしようかなと思うんですけど、
今週予約見まして、お二人のお話も聞いたんですけど、
なんというか、あんまり僕そこまでリーチしてないというか、
つかみきれずに終わった感じがすごいして、
怒りにつながりきらずに終わった感じというか、
怒りきれずになんか終わったなっていう風にして幕を閉じたんですけど、
ちょうどこのタイミングで、
うちの話に合わないの方のテーマとして、
夏目漱石の心を読み返してたんですよ。
で、その心における先生、
特に僕、後半は東語の授業で読んだことあるから、
衣装のシーンはしてたんですけど、前半読んだことなくて、
いわゆる主人公と先生との関わり合いのシーンなんですけど、
なんか、その時の先生の振る舞い方がめちゃくちゃ西島秀俊だなって思って。
あるな、あります。
西島秀俊見ありますね、確かに。
そうっすよね。
そう、だから結構、僕一緒にラジオやってる二人は、
割と先生のその感覚に漢字入りながら読めたんですけど、
こういう映画をちょっと職商気味に見たせいか、
あんまり先生のその漢字に乗れないというか、
お前ずいぶん勝手だなってな感じになっちゃったんですよ。
で、なんかその感じがちょうどお二人のディアストレンジャー表と相まって、
やっぱそうだよなって思って。
いやー、別に怒ってたわけじゃなくて、
映画自体にはそんな怒ってなくて、
なんというか僕、自分が喋ったことに対して怒り始めてたんで途中から。
なんか僕もちょっと似てるというか、
映画自体は結構いいんじゃないって思ってたんですけど、
喋ったらなんか結構文句言っちゃったな、
文句しか言わんやったなみたいな感じになって、
おかしいなみたいな。
で、わかるんですよ、心になぞらえたりとか、
やりたいことは頭ではわかってるんですけど、
絵として入ってきてないから、
わかるけど絵になってないんじゃないかっていう気持ちがむちゃくちゃあったんですよね。
そうですよね。
そもそも心なんて本当に文章で見事にそこを描いて見せてるなっていうのは、
やっぱり見返して改めて思いましたけど、
やっぱそれに加えてやっぱりより抽象度が高すぎるというか、
っていうところをお二人がおっしゃってた通りだなっていうのは思って、
人形劇における意味合いのわからなさ、
あれはだいぶ置いてかれながら見てたというか。
置いてかれますよね、あれはね。
悪くない。
なんかあとは、本の出版で講演するシーンとか見た時に、
なんかちょっと僕あれ、なんか良くない感じがするんですけど、
なんか研究者のSNSにおける振る舞い方だなとか思って見てて、
あんま良くないこと、あれですけど、二問いですけど。
まさにあれSNS的じゃないですか。
そうですね、通りがかりにふっかけられて、
それに熱こもって反応しちゃうみたいな。
そうそうそうそう。
僕のタイムラインよくああいうやり方、
なんかああいうやりとり見るんで、
これはちょっとあるあるだなって思いながら僕は見てました。
僕やっぱり人形劇の後の他の観客たちの拍手みたいな
欺瞞に満ちた行為をしてはならないと思うんですよ。
やっぱり本作は、ん?ってなった後、
劇場を出て行くような態度を示すべきだと思うんですよね。
本作に対しては。
本当に抽象的すぎるって言って出て行かなきゃいけなかったっていうのは、
劇中のお便りにもそう書いていただいてましたけどね。
そうですね。
あれが本当は正しかったんだなっていうかね、と思いますね。
そうだからなんとか飲み込もうと頑張ってたんですけど、
無理で良かったんだなってお二人の裏付けで安心しましたもん。
やっぱ飲みにくかったよな、あれって思って。
もちろんあれを深く解釈して、自分のものにして行くっていうこと、
それで良い作品だったって思うのは全然いいんですけど、
いやでもほっかれんきーなーみたいな感情もね、
決してなかったことにはできないっていうことは、
それを吐き出せて良かったんじゃないかなと。
ちょっとだから僕はリスナーとして救われました、あの会話。
そうで、ちょうど同じ日に見たもう一個の作品なんですけど、
これが素晴らしかったのでちょっと話したくて、
普通の子供っていう映画なんですけど、
僕が生きる二つの世界とか、
あとはそこの目にて光り輝く謎などで、
監督されてるオミポ監督の新作で、
脚本も多分オリジナルの作品なんですけど、
物語としては主人公の男の子がいて、
その男の子が作文を書いてくるっていうところから始まるんですよね、
クラス全員で。
僕の日常みたいな感じの確かタイトルだと思うんですけど、
で、自分としては渾身の出来の作文を作っていくんですけど、
うんこうしたら流すみたいなこと言ったら、
先生からはいふざけるのは違うぞみたいなこと言われて、
クラスが爆笑の渦に巻き込めたのに、
なんか評価されない、なんでだっつって、
ちょっと服装にこう座ると。
その後に話した女の子が、
ちょっと見たいなー。
ちょっと何とか延長とか、
少し劇場を広げたりとか、
延長とか少し劇場を広がったりすると、
本当はいいんだけどなーっていうのを結構心底思うタイプの映画ですね。
これは。
なるほど。
覚えておきます。
はい。
今週こんな感じです。
はい。
僕はですね、
まず、
カーテンコールの明かりをこのタイミングで見れたので、
見たのと、
あと、
ファンファーレ2つの音。
以前お便りでもいただいてた作品と、
チェンソーマンレゼ編を見てきて、
あえて話したいのは、
カーテンコールの明かりなんですけど、
これすごい作品でした、本当に。
ですよねー。
マリオンさんもすでにお話しされてますけど、
ちょっと家庭でいろいろあったお父さんが、
アマチュアの演劇でロミエとジュリエットを演じてっていう話なんですけど、
見てって僕、
エンパシーに関する話やなと思ったんですよね。
エンパシーって言葉最近よく使われること増えたと思うんですけど、
日本語で感情移入って訳されることが多いと思うんですけど、
シンパシーの同情に対になる言葉として、
エンパシーって言葉よく使われるとは思うんですね。
本作においても、
主人公のお父さんがある物事に対して本当に同情できない、
同調できない出来事があって、
それで本人としてはもがき苦しんでいるんですけど、
それを演技、演劇を通じて、
エンパシー、
想像してそこに入り込むことで、
感情移入して理解していくっていうプロセスが描かれていくんですけど、
これが本当に見事なんですよね。
自分では同調できないものになってみるっていう、
そのプロセスが僕、まさにエンパシーだなって思ったんですけど、
本作で結構もう一個重要かなと思っているのが、
演劇の練習中に、
インティマシーコーディネーターに関して触れるシーンがあるんですよ。
これもまたエンパシーだなと思ったんですけど、
中に登場して、
演劇に参加している人、
ベテランの役者さんみたいな人が、
私たちの時代こんなのなかったし、
私はいらないと思うから必要ないっしょみたいなことを言うんですよね。
でもそれが必要とする人がいるんで、
やってみましょうって言ってやるんですよ。
これもまたエンパシーだなって思ったんですよね。
自分はいらないと思ってるけど、
誰かが必要としているかもしれないことをやるっていうことをやってるんですよね。
この本作における演劇自体が。
本作、演劇、演技を通じて、
誰かを理解するっていうことを、
学ぶみたいなことを描いてるんですけど、
演劇自体ってそんな絶対的なものかっていうことに対する、
疑問も投げかけてると思うんですよ。
そんな演劇が絶対的なもので、
新生化されたものとかじゃなくて、
演劇もまたそういうインティマシーコーディネーターみたいなものを取り入れて、
変わっていかなければならないっていう。
それは世代間の相互理解をしていこうとすることでもあるし、
今まで自分がやってなかったことを取り入れたら、
相互理解が進むかもしれないみたいな。
個人としてもそうだし、演劇、演技っていうこともまた、
新しいものを取り入れて変わっていくことができ得るっていうことを、
描いてると思ったんですよね。
ちょっとね、到達度がめちゃめちゃ高い映画だなと思いましたね。
たしかに。
なかなか演劇を絶対しないっていうところって、
新進とかって割と演劇に対して結構寄りかかっているところはある映画。
もちろんそれはある種の演劇の事実ではあるし、
あそこはある種実話を元にしてるってところもあるかなと思うんですけど、
そこを超えて見せようとするって、
ちょっと確かに一歩先を行ってるというか、
その先を描こうとしてる感じがしますよね。
その絶対的なものを設定してしまうと、
そこにエンパシーが生まれにくくなると思うんですよ。
絶対なんでそっちに寄りかかる必要ってないですよねって。
なっちゃうかもしれない。
でもそうじゃないっていうのを描いてるんじゃないかなと思って、
すごいリーチが長い映画だなと思いましたね。
たしかに。
ファンファーでもちょっと近いとこあるなと思いました。
カーテンコールに。
こっちはなんていうか、水槽学って言っていいのかな。
そういう楽器演奏をしていく人たちの話なんですけど、
これもまたそれを通じて相互理解。
行き分かれた兄弟が1人は音楽家として体制して、
1人は才能はあるけれども田舎で働いてますみたいな、
その2人が出会って音楽を通じてっていうのなんですけど、
本作は肝心固めのところは別に解決しないっていうところが、
なかなかクールだなと思いましたね。
あれ?この問題残ってるんじゃないかなみたいなのが、
いや、でもっていう感じで終わるんですよね。
結構クールな映画だなと思いましたね。
結構どっちもいい映画だなと思いました。
そうですね。ファンファーで僕も見たんですけど、
本当にお勧めしていただいてありがとうって感じだったんですけど、
めちゃくちゃ良かったですね、本当に。
結構運命みたいなというか、振り回される話じゃない?
じゃあそういうふうに見えるというか、
結構個人ではどうすることもできないよねってことに、
ずっと見回れていくみたいな話だったんですけど、
それでもみたいな最後というか、
我ここにありみたいな終わり方というか、
しかも最後の終わりの曲はまさかのあれでしたかみたいな。
まさかのあれでしたね。
今年いろいろ映画見てる人だったらまたあれかとなる曲が流れるんですけど、
これはファンファーでのネタバレになるのでこれは言いませんけど、
でもやっぱ上がりますよね、あれ最後ね。
いい終わり方するんだよな、またな、本当に。
すごく良かったですね、ファンファーで。
めっちゃどうでもいい話に戻るんですけど、
それを逆算できてることがすげえなって。
だから、藤本達喜先生って結構映画的な絵を描く人、
映画的な展開とかカット割りをする人だなと思って読んでましたけど、
こんなに映画にピッタリなのかと思いながら、
見ましたね。
では、そんな感じで、お便り2紹介させていただきます。
マリオンさんお願いできますか。
はい。エスタンシさんからです。
みなさんこんにちは。エスタンシと申します。
テーマ作品とは関係がないのですが、
みなさんにお話ししたい出来事があったので、お便り送らせていただきます。
先日、普通の子供を見にテアトル梅田へ行った日のことです。
幕間で映画の予告編が流れた後、
映画館のメンバーカードのCMが始まりました。
そのCMのアナウンサーの声が山口さんにそっくりだったんです。
これは誰かに話したいなと思ったのですが、
この気持ちを共有できる知り合いがいないので、
みなさんにお便りさせていただきました。
YouTubeでそのCMを見つけたので、
もしよろしければ、みなさんの感想を教えてください。
PS、普通の子供ですが、
今年ベスト級にめちゃくちゃ良かったので、
みなさんもぜひご覧になってください。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
お二人聞きました?
これ、たぶん聞いてると思うんですけど、
あんまりその印象がなかったので。
たっかあったんですよね。
テアトルだから、テアトル系のメンバーズがCMですよね。
絶対流れますよね。
もう、映画泥棒と同じくらい聞いてるはずなんですけど。
そうかなと思って。
で、改めて聞いてみたんですよ、さっき。
YouTubeで見れるから。
見ていいんですけど、
声がちょっと高くなるときに近いのかなって思いました。
なるほど。
あれですね、ちょっとよさいきモードにしたときの質感に近いかもしれないです。
あれ、あの感じは。
それか、ちょっと熱くなったときのって感じですかね。
そうそう、ちょっと熱くなって声が上ずっていくじゃないですけど、
みたいなときの山口さんに近いニュアンスを感じました。
なるほど。
ちょっと今言ってみますね。
TCGメンバーズカード。
でもなんかっぽいな。
確かに。
言われてみたら似てるかもしれない。
ですか。
確かに結構似てるな、テイストが似てるかな。
本当ですか。
ちょっと集中して高い声出そうとしたら出る感じに近いのかもしれないですけど、
ただ、最近ね、僕ね、トミーに実感してるんですけど、
声が年取ってきてね。
5年前、ポッドキャスト僕が始めたのちょうど5年ぐらい前なんですけど、
あの頃より僕は明らかに声が低くなってるんですよね。
まだ声変わりってあるんですね。
いや、単純に衰えていってるんですよ、声帯が。
そっか。
今年ぐらいからね、なんか今までと違う声帯の震え方をしてる感覚があるんですよ。
今年に入ってから。
すごい、その感覚あるっていうのがすごいですけどね。
なんかこの震える方向に震えてなかったはずなのにみたいな感覚あるんですよね、喉に。
昔はもうちょっと声高かった気がしてるから、その頃の方が近かった気がするんですけど。
もっとね、昔は気張ってましたから、ポッドキャスト喋るとき。
気張って。
今リラックスして。
さすがにね、5年続けるとね、もう。
もうこなれてきましたね、みたいな。
ちょっとこの番組の解説文にリンク貼っとくんで、よかったら比べてみてください。
そうですね。
いや、この話は我々にしか共有できないのでは、ちょっと思いましたけど。
確かに。
なかなかこの話に。
これなかなか友達に言ってもね。
共有できる知り合いの方、なかなか多分いなさそうだったなと思いましたけど。
確かに確かに。
もういいですよ、そんな感じで我々気軽に送ってくださいみたいな。
ありがとうございます、そして普通の子供よかったですよね。