教師のバーアウトとケア
みなさん、こんにちは。教育カフェテラスの水野太一です。
こんにちは、高橋紗友香です。教育に関するニュースをゆったり語りながら考えていく番組です。
今日はアメリカのヘトサージという教育ニュースサイトの記事を取り上げます。掲載日は2026年1月21日。テーマは、教師のバーアウトとケアの文化の再構築です。
バーアウトって、よくニュースでも聞くけど、教育の現場ではどんな風に起きているんでしょうか?
まさにそれがこの記事の出発点でした。著者のメリンダ・メディナさんは、ある時自分が限界に近いと気づいたそうです。職員会議中に体が悲鳴を上げていたっと。
あ、想像できます。先生たちっていつも忙しそうですもんね。
コロナ禍の後、子供たちも家庭も傷ついていて、それを受け止める先生たちも疲れ切っていたそうです。にもかかわらず、研修やデータ管理ばかりで、心を癒す時間がなかった。
セルフケアって言葉だけが広まって、実際の支えがない感じですね。
そう、そこでメディナさんは思い切って職員に、あなたにとっての喜びは何かあっと尋ねたんです。そこからスタッフコミュニティモーメントという試みが始まりました。
なんだか素敵ですね。どんなことを行ったんですか?
例えばステインモノ先生が教室をダンススタジオにしたり、美術の先生がみんなで絵を描く時間を設けたり、ヨガをしたりパリ風カフェを開いたり、とても自由で楽しい時間だったそうです。
仕事の延長じゃなくて、本当に人として過ごす時間ですね。
ええ、そして興味深いのは、こうした時間の中で私はこんなに疲れていたのかと気づく先生も多かったこと。まさにケアの文化の入り口です。
文化っていうのがいいですね。単なるイベントじゃなくて、学校全体の空気を変えていく。
そうなんです。しかもこの記事では、教師自身がトラウマを抱えている場合もあると指摘しています。
で、先生はトラウマを?生徒じゃなくて?
はい。ACS逆境的承認期待権というフレームワークがあるんですが、教師も過去に虐待や家庭の不安定さを経験しているケースが少なくないそうです。それが教育現場で再び刺激されることもあります。
なるほど。教える側も心に傷を負っていること、意外と見落とされがちですね。
さらに、セカンダリトラウマといって、生徒も辛い話を聞くことで、教師自身も心理的ダメージを受けることがあるんです。
生徒からの相談で心が重くなる。確かにありそうです。私は教育実習で少し感じたことがあります。
そうですよね。記事では、教師が泣きながら授業後に一人になる場面もあったと書かれていました。それだけ日々の関わりに心が動かされているということです。
文化の変化による影響
でも、それを弱さじゃなくて、人間として自然なことなんだと認めるのが大事ですね。
まさにその通りです。メディナさんは、本当のケアは命令では生まれないと言っています。だからこそ、強制しない。で、選べる。安心できる場を作る。
日本の学校でも、こういうスタッフ同士の癒しってあまり聞かないですよね。
まだ少ないですが、最近は先生のウェルビーングを重視する動きも出てきています。例えば、教員のメンタルサポート研修やケアサークルなど。
ケアサークルって先生同士で話し合う会のことですか?
そうです。メディナさんも同じように、小さなチームで語り合う場を月一回設けたそうです。校長も参加して、上下関係を超えた信頼の場になっていました。
そういう場があると、相談していいんだって思いますね。
ええ。そしてリーダーが思いやりを持つことも大切です。会議ばかりではなく、最近どう?と声をかける。人として寄り添うことが文化を作るんですね。
記事の最後には、どんな変化が書かれていましたか?
翌年、学校全体の雰囲気が変わったそうです。先生たちは笑顔を取り戻し、協力するようになり、生徒たちまでその変化に気づいたと。
生徒が感じ取るってすごいですね。やっぱり大人の雰囲気って子供に伝わるんだ。
その通り。だからこそ、教師の幸福が教育の質を支えるんです。バーアウトは個人の問題ではなく、環境と文化の問題だと。
今回の話を聞いて、ケアの文化って教師のためだけじゃなくて、学校全体の幸せにつながることなんだなと思いました。
そうですね。この記事の教訓は、私たちも人間であることを取り戻すこと。教育とは、人と人が支え合う営みなんですね。
リスナーの皆さんは、学校でのケアの文化、どう感じましたか?小さな一歩でもきっと変化は起こせると思います。
今日の教育カフェテラスはここまで。最後まで聞いてくださってありがとうございます。次回も教育をめぐる温かい話題をお届けします。
それではまた次回お会いしましょう。