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2025-02-25 53:57

#86【淡路】青き春の日、菜の花の沖Part3

青き春の日、菜の花の沖。 波の彼方のものがたり3日目


日本の起源を物語る“国生みの島”、淡路島。本州、四国のいずれからでも楽にアクセスできる条件でありながら、急激な海流に阻まれたため、さながら“独立国”の体をなし、特異な自然や文化が育まれました。今回は、島のシンボルである菜の花の開花に合わせて訪れ、温かな春の陽気のなかに、古今受け継がれてきた多くの“物語”をしのびます。


【目次】

〜 謎解きゲームおすすめです!

〜 神話の島“沼島”とはなにか?

〜 鎌倉時代の智将の痕跡がなぜここに!? 【神宮寺】

〜 勇壮な“海の民”の航跡を讃える 【沼島八幡神社】

〜 現役漁師の営む海鮮食堂!驚きの送迎サービスも 【海鮮漁師料理 水軍】

〜 圧倒的な存在感を誇る日本の起源 【上立神岩】

〜 山中に突然現れる不可思議な鳥居群 【山ノ大神社】

〜 “猫が幸せなら、人間もきっと幸せである。” 【淡路市立中浜稔猫美術館】

〜 1日の振り返り

〜 “独立国”淡路の魅力を振り返って&初の試み!

〜 ★旅の終わりに★ “波の彼方”を想い、偲び、心を震わせた高田屋嘉兵衛と『菜の花の沖』


♪エンディングテーマ:あいみょん 黄昏にバカ話をしたあの日を思い出す時を


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00:03
大人になりたい旅がしたい。このポッドキャストでは、旅行と酒が好きな同級生2人が、大人だからこそ知りたい、ちょっとディープな国内旅行のモデルコースを紹介していきます。旅のお供はこの2人。
旅が生き甲斐な旅行ガイドブックの編集者、はるやです。 ディープな旅がしたいけど知識がない旅行初心者、内田です。
はい、もう既に結構年明けて、1月も半ば、まあ今撮ってるのはね、ぐらいなんですけど、ちょっと年末にね、前言ってた謎解きやってきたんですよ。
山手線のやつだっけ? そうそう、山手線謎めぐりっていうね、やつやってきて、ちょっと今年も楽しかったですね。
おー、どうでしたか? えっとね、まあこれ配信の頃にはもう終わってるので、まあもし来年もあったら是非皆さんもっていう感じなんですけど、
本編と続編があって、本編はこうなんか未来の自分から謎が送られてくる感じ。3年後だったかな。
で、謎解いていって、未来の自分を今の自分が元気を与えるというか、なんかこう、やる気を起こさせるみたいなストーリーで終わって、
で、その3年後の自分が、やらなきゃみたいな、なって行動した結果、なんか企みに飲み込まれて、囚われると。
ほら! それを助けるっていうのが続編。 あー、そっからってなる。そうそうそう。
えー、結構大仕掛けな。 そうなの。
で、なんか本当ストーリーも楽しめる感じで、どんどん伸びり込んでいく感じでね。 それを電車に乗りながらやるってことでしょ?
そうそうそう。電車乗って、山手線の駅で降りて、謎解いて。 面白いね。
だから全然知らないスポットとか、降りたことない駅とかにも常に降りれるから、やっぱ楽しかったっすね。
来年もあるといいっすね、これね。 これね、面白いんでぜひやってみてください。
まあ、他にもメトロとか。 あー、ありますね、メトロね。
電車とコラボしてる謎解きイベントとか結構あるから、なんかちょっと俺も興味はあるんだけどね。
なんか機会あったらまたやってみようかなっていう感じなんで、皆さんもぜひとも観光もできるんでね。 そうだよね。
というね、遥か昔の年末の話ですけども。
さて、今回は青き春の日、菜の花の沖、波の彼方の物語の3日目。
最終日ということで、前日までで結構オシャレスポットを巡るような、もう本当にデート向けな感じを巡ってますけども、
3日目はちょっとディープなところ? そうですね、ディープですね。
そして波の彼方とはどっかということなんですけれども。
まあこれはね、後々またちゃんと解消しますけれども、淡路島に我々今いるわけなんですけど、
03:00
なんとね、淡路島からさらに別の島に今日は行きたいと思います。
あ、そうなんだ。 なので淡路島から見ても波の彼方に実はとある場所があるんです。
なるほどね。 島を出る? 多分これはちょっと予想外だったかなと思う。 全然考えてなかった。
楽しみ。だからそのどこに行くのかっていうのも楽しみだし、何が待ってるのかっていうね。
というところで、じゃあ3日目よろしくお願いします。
前日ですね、相原市郊外の温泉街にある海のホテル島花さんに泊まっています。
こちらは当然ね、朝ごはんもつけていただけるといいと思います。
これも確かビーフエティティだったかなと思うんですけれども、本当に美味しい朝ごはんいただけますので、
ここで朝食を取っていただいた後の話をしたいと思います。
大体9時半頃に宿をチェックアウトしましたら、
今日はですね、車をちょっと使って南の方へ50分ほど行きたいと思います。
どこへ行くのかということなんですけれども、
着くのがですね、10時半頃に着くと思うんですが、
西巻線の羽生港乗り場というところです。
羽生というのは土に生きると書いて羽生港と読むんですけれども、ここに行くんですね。
じゃあもういきなり行くわけね。 そうです。
そしてこの西巻線というものなんですけれども、
どこへ行くのかというと、10分ほどで沼島に着きます。
沼島っていう島ね。
沼の島と書いてね、沼島って読むんですね。
これは一体何なのかということなんですけれども、
おそらく聞いたことないんじゃないかと思います。
ちょっと地図を見てみましょうか。
淡路島の南東に位置している離島なんですね。
だから本当に小さな島で、もちろん人は住んでるんですけれども、
10分ですぐ着けるところになっていますので、
ここに何をしに行くかということなんですね。
この沼島という島が何なのかということなんですけれども、
これは実は淡路島の歴史を語る上でも、
そして日本の歴史を語る上でも、
実は大きな役割を果たしている島でして、
ちょっと思い出していただきたいんですけれども、
1日目にイザナギ神宮というところに行ったと思うんですけれども、
このイザナギ神宮の話ってどういうものだったか覚えていますか?
海を天から練り練りして落ちた雫のところに島がまずできて、
そこに降り立って、そこから島をたくさん作っていって日本ができたっていう話だったよね。
そうです。
その最初にできたとある足場に立って、そこで産んでいった、
その最初に生まれたのが淡路島だったっていうことね。
なので日本の国産の島が淡路島なんだよってことになるわけですよね。
じゃあその足場は一体どうなったんだってことなんですよ。
そうなんだよ。
だからそれ話最初聞いたとき、その足場が淡路島なのかなと思ったの。
そうですよね。
けど違ったわけです。
そうなんです。
淡路島はあくまでその後に生まれた島なんですよ。
06:02
じゃあこの足場は一体どうなってしまったの?
崩れていってしまったのかと思うと残ってるんですね。
これが無島なんですよ。
へー。
本当の始まりは無島じゃん。
そういうことになります。
ただ、イザナギイザナミがそのまじわって産んだというよりも、
それ以前に足場として水滴でポトって落ちた小さな足場に
降り立った場所というのが無島だと言われている。
尾の頃島っていう風にね、神話上にはあるんですけれども、
その尾の頃島こそが今の無島なんじゃないかっていう説があるんですね。
それが有力視されてるんです。
つまり神話上に載ってるならば、
本当の意味で今の日本の国土で初めて生まれたのはこの無島なんですね。
へー。
もうなんかもっと有名であっても良さそうなんだけど。
見過ごされがちなんですけどね。
そういうすごい神秘の島があるんですね。
ここに行ってみたいと思います。
というわけで今無島基線の船で無島に着きました。
無島というのは淡路島と比較にならないくらい小さな島です。
一方で無島というのは神話の島として有名な場所ではあるんですけれども、
それ以降のちゃんと文化が、文明が栄えてきた後のね、
実際の歴史上においてもすごく大きな役割を果たした場面がいくつかあるんですね。
まずその指摘をちょっとめぐってみたいと思います。
無島港から5分くらいです。
のところにあるのが神宮寺というお寺です。
神宮、何々神宮ですよね。
神宮寺お寺ということで神宮寺なんですけれども、
これが無島の信仰文化の一つ大事なポイントになっているところでして、
無島というのは本当に小さな島ですので、
もうお寺尋客それぞれ1個ずつくらいな感じなんですよ。
今のその集落においてはね。
無島は人口約400人弱ですね。
389人というのは2023年5月のデータですけど、それくらいの島ですので。
その集落にあって神宮寺というのは昔から信仰を集めているお寺になっていると。
神宮寺って一見不思議な名前に思えると思うんですよ。
そうね。神社と寺が合わさっているみたいな名前だよね。
そうですよね。
これはここだけじゃなくて神仏集合といって、神様は神社ですよね。
と仏様お寺が合わさったっていう文化が日本の信仰文化には結構濃厚に留まっていて、
このポッドキャストにもいくつかそういったスポットがあったと思います。
平成時白山神社だったよね。
分離する前はそこだったって話があったと思いますが。
そういった話ですね。
それがやっぱりここにも残っているんですね。
名残としてね。
神宮寺の見どころなんですけれども、小さなお寺なので一見何もないんじゃないかと思われがちなんですけど、
実はここにあるのが面白いのが、梶原五輪石と言いまして、
梶原の影時という人物のお墓がここにあるという伝承があるんですね。
09:00
梶原の影時っていうのは分かりますかね?
いやー分かんないですね。
これね、大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」をご覧になっていた方は絶対分かります。
あと結構その歴史上ヒール役として非常に有名な人なんですね。
何者かというと、源頼朝に協力した御権人の一人なんですが、
すごい作謀家みたいなイメージで描かれてて、いろいろ活躍をしたんだけれども、
ちょっと周りのライバルとかを暴躍で追い落としていったりして、
源頼朝と頼朝の間を裂いたというこの人だというふうに言われちゃったりもしてる。
そういう一癖二癖ある人物。
ただ姉妹には結局そういったことをやってたので、周りから嫌われて殺されてしまうという人なんですけれども、
「鎌倉殿の十三人」は中村主導さんが演じていらっしゃって、すごくお上手で知的な、ちょっと凄みのあるそんな方でありましたが、
彼は駿河の国、つまり静岡県で殺されたというのが通説なんですけど、
何故かこの淡路島の主島にお墓があるんですね。
というのはどうも、梶原掛時は死んだんですけど、その子孫が密かに主島に避難してきて、ここに住み着いたと言うんですよ。
そして戦国時代頃は梶原氏というのが主島を治めていたそうなんですね。
なのでこの梶原の掛時の子孫たちは実は主島で生きていたというのが主島に行くと分かるんです。
それはもう史実として言った。
そのようです。少なくとも梶原の掛時の子孫を名乗った人たちが治めてたのは間違いない。
実際の血縁が分からないけど。
不思議だね。何でここなんだろうっていう気もするけどね。
そうなんですよ。
おそらくなんですけど、淡路島というもの自体が当時はもちろん橋がなかったので、
九龍の中の九龍に、ナルトの渦島もそうですけど、渡るのするのが難しいのは、ある意味絶海の孤島と言ってもそんな風に見えないんだけどね。
そういった海の中の独立国だったわけですよ。
さらにその中の九龍に囲まれているのが渦島なわけですよね。
なので非常に生きにくかったんだと思うんです。たぶんこの時世以上にね。
ただそうすると渦島に暮らすヒトラビットはどういう人だったかっていうと、
もう送船技術のプロだったんですよ。
つまり普通の人じゃいけないような渦島の海域を十大文字に駆け巡っていた人たちなので、
この梶原氏自体もやっぱり戦国時代は水軍の大将としてすごい活躍。
この渦島州というのはたびたび出てくるんですね。
私学水軍の話でもちょっとこの辺は似てるかもしれません。
が、より規模が小さくて、より尖った専門技術に特化した人たちっていうのがこの渦島州と言われた人たちだったそうなんですね。
その一つ活躍の場となるのが、2日目にお話しした高谷嘉兵衛の話なんですけれども、
高谷嘉兵衛が事業を拡大して北海道の方に船で乗り出していったわけなんですけど、
実はその荒々しい北の海を送船できる人として、
やっぱりふるさとの淡路島、そしてその中でも渦島の人をたくさん採用して、渦島州たちが嘉兵衛の事業を支えたんですね。
12:04
つまりもう日本を代表する船のプロフェッショナルだったんですよ。
やっぱなんか小島の方がそういう技術が発展するんだね。
そうだね。特に瀬戸内海でいっぱい島がありますから、そういった共合企業みたいなのがいっぱいあるわけですよ。
その中でやっぱりこの人にしか頼めないっていうだけの技術をスキルを持ってるっていうのはこの渦島州たちだった。
なので実際実はこの神宮寺さんの中に行くと、その山道脇に石碑が立っていて、
そこには高谷嘉兵衛の生涯を描いた名の花の動きの中から、
柴田太郎さんが渦島と渦島州について讃える文章の石碑がここに残っています。文学誌という形でね。
あとは一方で渦島を避難所として利用している人たちがいたようなので、
そういった人たちが作ったと思われる枯山水の庭園とかもすごい綺麗なものだったりしますので、
そういった見どころがあるお寺になっています。
小さな島なんだけど実は文化とかにすごい生殖していた島なんですね。
これはなかなか自分じゃたどり着けない情報がな気がするね。
そうですね。僕もその巣元にたぶん1週間いなかったら来なかったと思いますね。
あと行ってないとこどこだろうって話してた時に、
エトワールのお兄さんから、歴史的な渦島はやっぱ一度は行った方が良いのでは。時間があるならば。
ということでね、休み取ってわざと行きましたね。そもそも休みみたいなもんだったのに。
というのがこの神宮寺さんになります。
そして神宮寺さんから徒歩1分ほど、本当にすぐなんですけれども、渦島八幡神社という神社があります。
これは渦島の港を一望するちょっとした高台の上に建っているんですけれども、
そういうわけでこの渦島を治めた梶原氏が、
京都の南の方にある岩清水八幡宮というすごい有名な神社がありますけれども、
そこの神様を勘定招いて、この渦島に呼んだということで建てた八幡神社になっています。
これもさっきの神宮寺さんと一緒で、やはり渦島州たちの息吹が濃厚に留まっているんですね。
実際このホームページを見ていると、海上安全、四季豊漁をもたらすということで、
やっぱり海の人たち、海の民たちの信仰をすごく一手に引き受けたような場所であるのと同時に、
これ階段が立っていて、その先に門があって、その先に車殿があるわけなんですけれども、
その車殿も入ることができまして、実際そこに行ってみると、
渦島州たちの活躍が描かれた絵馬とかが掲げられているんです。
実際、戦に乗り出していった海賊的な感じでもあるし、
あと柴良太郎さんがこの渦島州を挙げる上で必ずおっしゃっているのは、
渦島州っていうのは、日本の遠洋漁場の走りをやった人って、江戸時代ですよ。
まだ石炭とかもない江戸時代の船を渦島から乗り出していって、
なんと瀬戸内海を横断して、玄海などを突っ切って、津島まで魚取りに立つんですよ。
そこまで行かないといけない理由もあんまりピンとこないんだけど。
15:04
よりだから希少性の高い魚とか、大量を取ろうとしたんでしょうね。
つまり、やっぱり総戦術のプロなので、
もっとより自分たちでガンガン、自分たちで強革してやろうっていう気持ちが、
多分バイタリティーがすごかったみたいで、
わざわざ何日もかけて、津島まで木造の船に乗り出していったっていうんですよ。
そういうスケールの持ち主だったんですね、渦島に行った人というのは。
すごいな。
なのである意味、正直にわざわざ、
こんな穏やかな瀬戸内海で暮らしてれば、
津島どころか、ロシアにいらっしゃる可能性もあるような、
エトロフ島、クナシウリ島なんて行きたくないじゃないですか、普通のほかにそうだって。
だけど海外にとってみれば、別にそんなに抵抗がなかったんじゃないかって思うんですね。
もう外洋に乗り出すなんていうのは、冒険をするっていうのは当たり前なんですよね、渦島省にとってはね。
ましてそこに北前船っていう威厳が絡んでいて、
高谷嘉兵衛っていう地元出身の英雄がここに絡んでいるとあれば。
それで渦島はね、渦島州たちは嘉兵衛の事業を支えたという人々なんですね。
すごい人たちが、やっぱりちっちゃい島にはそういう人が生まれるんだな。
でもやっぱり渦島っていうのはね、
世界史上の登場人物にある意味この人たちもなったわけなので、
やっぱ柴梁太郎さんもこの渦島のことに途中すごい指名を割くんですね。
名の花のおきの高谷嘉兵衛の話がメインなんだけど、
柴梁太郎さんの小説って、途中途中でちょっと脇道にそれてね、
歴史の実際いった気候文が挟まったりとか、
嘉兵衛の生涯置いてけぼりになって別の話になったりするんですけど、
そこでやっぱり渦島州っていうのが、
何なんだこの人たちって書いてるんですね。
こんな人が日本にいたとはっていうことを書いて、
それが神宮寺さんに石碑になってるわけなんですけど。
そういう人たちなんですね、渦島の人たちというのは。
たくましいね。
だからやっぱり渦島という神の島に生まれたっていうモチベーションがそうさせたのか、
なんかやっぱり特殊な精神構造を持って、
日本の歴史上の荒波に乗り出していった人たちなんですね。
文字通り荒波。
荒波に乗り出していった。
すごいな。
彼らがやはり海上安全とかを祈願して、
代々、みんな信仰を集めたのがこの渦島八幡神社。
なので、実際柴梁の裏には羅針盤みたいなものが彫刻されていたりして、
すごく不思議な神社です、ここはちょっと。
なかなかあんまり他に類を見ないような。
確かに神社で海の雰囲気を感じることってあんまりない気がするね。
そうなんですよ。
そしてやっぱり渦島市はおそらく経済的に豊かだったと思うんですね。
すごい着色された立派な額とかをたくさん飾ってあるんですよ。
だからやっぱり頑張ってるようにいただけのことはあって、
小さな島の住人なんだけど、
おそらくそういった側面はあったんじゃないかなという気はしますね。
なのでこの神宮寺さんと渦島八幡神社を合わせると、
より渦島というそこに生きた人々の特殊な歴史と文化が
垣間見えるんじゃないかなというふうに思います。
というところで渦島の帰船は結構出てるんですけど、
18:02
それでも時間をちゃんと注意していただきたいので、
これ想定では10時45分に渦島に着く便に乗った想定でいますので、
お寺と神社を回ったらもうお昼くらいになっていると思います。
ので渦島八幡神社の階段を降りていただいて、
港の方に戻りましょう。
これも本当に小さな島なので徒歩1分くらいです。
そこにあるのがですね、海鮮漁師料理水群さんです。
綺麗なお刺身は。
これ刃もね。
それはね、海鮮がすごい美味しいんだろうね。
我々小田原でもお馴染みですけれども、
こちらもやはりですね、現役の漁師さんが自らやっていらっしゃる飲食店ということでね、
これまでの経験値と比べてもこういうものに外れないわけですね。
そりゃそうだ。
実際すごい美味しいんですよここ。
いや、うまそうだなぁ。
淡路島というもの自体が三木津国ですので、
もちろん食事のブランドとして名高いものではあるんですけど、
特にこの渦島州たちはそういうわけで、
ある意味総戦術、漁業のプロフェッショナルでもありますので、
その伝統が今でもあるわけですね。
特にですね、これは予約制が確か必要だったかなと思うんですけれども、
当店おすすめメニューということで、
渦島の海の恵みを語る上で欠かせないのが、
ハモとタイです。
それは京阪神でハモといえば渦島と言われることです。
ということでね、やはりハモが名物、
そしてタイも名物ということでね、
この2つがやっぱり看板メニューだそうですね。
なるほどね。
この想定している時期で言うと、
タイかな、になりますが、
夏場に行けばこのハモも味わえるはずですね。
仮にこういうコースメニューじゃなかったとしてもですね、
この海鮮丼。
これ海鮮丼か。
もはやこれお刺身の皿に見えるくらいなんですけど、
これ海鮮丼なんですよ。
もう溢れちゃってますよね、完全にね。
え、すご。
魚の種類は季節により変わりますということでね、
本当に店主の方だったり、
近くの漁港から何が仕入れられるかということでね、
その日のメニューが変わるというものになるわけです。
なるほどね。
それはね、漁師の方がやってるお店はね、
小田原でも知ってますけど、
まあ外れないよね。
外れないです。
もちろんこういうフライもあったりしてね。
スペシャルということで、ハモチリ。
ハモ鍋コース。
すごいですね、ハモ一匹丸々使ったハモ鍋みたいですね。
これも食べてみたいですね。
ハモ、やっぱりちょっとお高いイメージがあったりもするけれども、
こういう漁師の方がやってるお店だったら、
そこもちょっとリーズナブルに楽しめるってことですね。
そういうことですね。
いいなあ。
恋しかったですね。
そして漁師の方もすごくフランクでね、
本当に他の漁師の方もいらっしゃってたんですけど、
やっぱりもう、
僕も平日に行ったので余計ね、
もう皆さん飲まれてましたけれども、
すごいやっぱり広島の、
島の人生の豊かさを目の当たりにしたような気持ちがありました。
21:03
これね、我々は今回お昼に行ってるんですけれども、
夜もやっているんですね。
なので、例えばそのハモ鍋とかね、
タイのやつとか、
まあそういったスペシャルコースみたいなのを頼むときは、
夜に行けばね、
よりちゃんと飲むこともできますし、
居酒屋としても使えるようですので、
そういったのもおすすめですと。
ただ一方で夜に行っちゃうと、
じゃあ沼に泊まらなきゃいけないんじゃないかと、
船がなくなっちゃうからね、
っていうことあると思うんですけど、
これがすごいところで、
なんとですね、
こちらのお店、
シューブネを逃したら、
なんと大将が自らの船でね、
送っていってくれるらしいです。
すげえ。
まあもちろん船を持っていらっしゃるので、
それをサービスでやってくれるそうなんです。
終電ならぬシューブネを逃したら。
うわあ、めっちゃありがたいじゃんそれ。
むしろ逃したいですよね。
だって漁船に乗るなんて、
なかなか得られない経験ですから。
じゃあまあ夜に行けば心置きなく飲めると。
そういうことです。
夜のクルーズ、
まあ自らクルーズというふうにも既におっしゃってるんですけれども、
天候が良ければ夜光中が光る絶景もご覧いただけます。
ということでね。
いや、こんなんむしろ乗りたいじゃん。
ここまで書かれちゃうとね、
この漁船に乗ってくれるそうなんですね。
まあ漁船だからね、
もしね、船酔いとかする方はちょっと厳しいかもしれないけど。
でも10分ですから。
ああ、まあそうね。
そっかそっか。
まあだから送り届けてくれるんでしょうけども。
いやあ、いいな。
これますます行きたくなりますよ。
そうだね、夜行きたいな。
というのがあるんですね。
非常に面白い店でかつ美味しいので、サービスもフランクで。
というね、主はすごいんですよ。
夏に来る方はね、釣りとか、海で濡れてね。
ダイビングとかなのかなこれな。
ウェットスーツ書いてあるんでね。
そういった方が来ても、そのまま外でも食べられるようになってるっていうね、お店になっています。
海鮮バーベキューもおすすめって書いてあるね。
本当だね、これもできるんだね。
多分オーダーメイドでいろいろやってくださるんじゃないかと思う、この方ですね。
すごいサービス精神が旺盛というかね、すごくいろいろしてくださるんだね。
ということでぜひね、ランチもいいんですけどね、僕もちょっといつかこれ夜行ってみたいなと思うんですよ。
例えば夏昼ここで海鮮バーベキューさせてもらって、ルシマ一回りしてのんびりした後に、夜にハモ鍋コース食べて、そのまま船で送って行ってもらうとかね。
そうね、いいっすね。
ということになります。
こちらがね、水群さんでした。
そしてね、今我々ルシマの西海岸の港の方にいるわけなんですけれども、そこからね、そのルシマを横断して東の方に行きたいと思います。
何を見に行くかというと、神立神岩です。
これ要はね、海の中にドカーンと立ってるね、巨大な岩なんですね。
24:03
確かに名前の通り上に立ち上がってる岩だね。
そう、名前はねこれね、上に立つ神様の岩と書いて神立神岩と言うんですね。
この写真なんかいいですけれども、展望台から見るとね、この水平線上にね、こうドカーンと立っている。
これが国海の足跡だと言うんですね。
最初に雫が落ちたとこ?
これはね、解釈によっていろいろありますので、ルシマ自体がオノコロジブラと言われているので、諸説ありという前提なんですけれども、
一説にはですね、この神立神岩はですね、国海神話に登場するネリネリしたあのホコ自体がこれになったと。
最初に刺してそのままなってこの岩になっているっていう説があったりとか。
天のぬぼこって言うんですけれども。
ぬぼこ?
ヌシマのぬにほこですね。
あるいは天の見柱と言って、そのまあ降り立ったそのオノコロジマにあった岩で、
ここでそのイザナギとイザナミはまあそういうことをしてっていうその場所だというふうにも言われている。
いずれにせよ、日本の起源というものに深く関連する本当の最初の最初のさらに最初みたいなものだったかもしれないのがこの岩だと言われているんですね。
そうか、もしホコだとしたらこのヌシマができるより前だもんね。
ある意味そういうことになります。
むしろ神様の落とし物かもしれない。
そうね、確かにここの眺望としても普通に面白い岩だよね。
ちょっと独特なね、ロウソクとは言わないけどなんて言うんでしょうねこれね。
そして青みがかってるんですよね。
これはね緑色片岩、緑色の片方の岩とかで緑色片岩って言うんですけれども、
そういう珍しいというかちょっとこの辺りでなかなか見ないようなね岩にかたどられている。
のでこのちょっとねエメラルドグリーンに染まったような独特の色合いなんですね。
確かにねこの写真によっては結構な緑色に見える感じですね。
でこれ30メートルくらいあるんですよ。
だからこれ写真で見るより実物を見ると思った以上に大きいですこれ。
確かにこれはただ物じゃない、ただ事じゃないなという気はしますね。
ああこんな感じね。
巨大ですかなり。
これは確かになんか普通に知らないで見ても神秘的な何かを感じるものですね。
そうなんです。
ましてこの海の中に一つだけこんなに突き出ていてね。
ここに実際上がることとかはできないんですけれども、
ヌシマの島自体からこの展望台みたいなところがありますので、
そこから見下ろす形で、あるいは横に並べて見るような形になっています。
結構これ一度見始めると本当にいろんなことを考えさせられるようなすごいスケールの持ち主ですね。
これがそういうわけでその国生み神話のさらに起源となったって言われている神立神岩というものですね。
27:08
そういうわけでヌシマというのは非常に小さな島なんですが、
こういう神秘的な物語だったり遺跡というものが点在していまして、
そのもう一つ僕がちょっとドッとするようなところを見つけてしまったんですけれども、
この神立神岩から港っていうのは割と一本道をちょっと丘を乗り越えていくような格好になるんですが、
途中でこの山の方に分かれる道があるんですね。
こっちにもこっちにもあるんですけど、
ここに次の目的地です。
神立神岩からこれだいたいGoogleマップだと10分とか出てくるんですけど、
めっちゃ結構坂道なんですよ。
なので実際に15分から20分見たほうがいいと思うんですけど、
山の大神社っていう神社があるんです。
うわー、これはちょっと現象な感じが、現実的というかね。
本当に獣道に細い鳥居が並んでて、
これは本当に始まりを見てる感じがするね。
そう、本当におっしゃる通り獣道、山道の中、小さな人一人が通れるようなところに、
なぜか鳥居がその一つの道だけを守っているようにガーって連続してすごい数の鳥居があるんですよ、山の中に。
その中を通っていくと神社があるっていうね。
ちょっと異空間、千と千尋のあれの世界に迷い込んだような、本当にそんな感じがするんですね。
こんな感じでポツポツと始まって、進んでいくと赤い鳥居がグワーって並んでるんですよ、ずっと。
途中降りてしまったものとか古いものはあるんですけど、
本当に異空間へ自分が入っていくんじゃないかっていう、
この道になんでこの小さな一つの道をこんなに鳥居でガードするんだろうかっていうのは不思議な現象なんですね。
ちょっと怖さもあるよね。
怖いです、ちょっと怖いですこれ。
しかも周りに人なんて誰もいないので、これはちょっと怖さもあります正直。
暗くなってからとか本当に行かない方がいいと思います。
こんな茂みのところに鳥居が立ってるっていう、ちょっと近寄りがたい感じがするけど。
道自体はちゃんと歩ける道ではあるんですけどもね。
車殿はすごいちゃんと綺麗にされてて、鳥居を抜けた先にこの車殿があるんですね。
ここはやっぱりさっきの主島八幡と同じように、島の人たちから海上湾船とかいうことで、すごく厚い信仰を今でも受けている神社だそうです。
なので無人ですごい小さいところなんですけれども、ちゃんとこうやって鳥居を立てるっていうことは、それだけここに寄信をするっていう信仰をちゃんとしている。
そしてそれをできるだけのお金があるということなんですけれどもね。
やっぱり主島州というのの片鱗がここでもちょっと垣間見えるわけなんですね。
これはちょっと知らないと入れないね。
入れないですね。
僕もここ行くかどうかもかなり迷いました。
私途中思った以上に茂みになってきたんで、これ帰ろうかなと思ったんだけど、さすがにここまで来てっていう感じもあったので、頑張って行ったらよかったですね。
30:01
なるほどね。
ちょっとこれ今我々が見てるサイトだと山道の写真しかないんですけど、途中途中この木がちょっとなくなっているところもあって、
そうするとこの赤い鳥居の連続している中に一瞬海がちらっと見えたりもするんですよ。
そうするとこの赤い鳥居、ちょっと朽ちかけてる赤い鳥居と海のバックに見えたりもするので、それもまた独特の雰囲気がありますね。
これはちょっと穴場というかね、実際行ってみるとより印象深く残りそうな感じがするね。
そうですね。
なのでデートに行くかちょっと周りから知れませんけれども、
ただ晴れていて気候が良ければいいと思います。
ただ結構本当に急な坂を登りますので、体力に自信のある方、あるいは歩きやすい格好の方限定で今回このお話は出てきたらなと思っていますね。
なので十分注意して行っていただきたいと思いますが、そのことが分かっていればそんな危険は僕はなかったかなという感じです。
というね、なんかやっぱりパーツパーツを組み合わせて見ていても、このヌシマというのはただ物じゃないというのはなんとなく伺える気がするんですよね。
そうだね。
なんかやっぱり島の方々とそういう信仰がすごく密接なのかなって感じがするね。
そうなんですね。
これがバーアイトワールドのオーナーさんに勧めていただいたこのヌシマというもので、日本の最初の最初かもしれないという神秘の島でした。
山の大神社から坂道を下って港の方に戻っていただいて、おそらくもうこれ3時くらいになってると思います。
25分ほどで港に戻れますので、15時10分にヌシマ港を出るヌシマキ船に乗っていただいて、15時20分に羽生港に着きます。
そこに車を止めてありますので、ここからキロに着きたいと思います。
今回は旅の出発を淡路インターチェンジ、つまり一番北ですね、にしていますので、今回も北に帰るという想定でキロのお話をしたいと思います。
ただですね、最後一つだけ寄らせていただきたいところがありまして、この羽生港から車で1時間ほど行ったところにあるのが淡路市立中浜実猫美術館です。
これね覚えてませんか?
えーっとね、いやそう、だからどっかで行った気がするなと思って、どこだったっけなってさっきから考えてるんですけど、どこだっけ?
どこというかね、コースの中では話してないんですよこれ一切。
あれそうだっけ?
あれか、おすすめ美術館で話したのか。
そうです。三重県のスカイさんからいただいたリクエストだったと思うんですけど、おすすめの美術館がありませんかということでね、
内田はたじみのモザイクタイルをあげてくれた、僕はそれで青森をあげたりしたんですけど、その時の一つにねここをあげさせてもらいました。
そうだそうだ。
この中浜実猫美術館という手前、その名の通りなんですけれども、猫の絵専門の美術館なんですね。
この中浜実さんという方は何者なんだということなんですけれども、この方は淡路市、今これ淡路市という一番北の市にいるんですけれども、ここにお生まれになった画家さんです。
33:06
今もご存命の方です。
この方は淡路で生まれたわけなんですけれども、それこそ関空ができたあたり、高度経済成長期の世の中を見ていて、
消費をどんどんして環境を壊してっていうせわしない日本の社会の変動っていうのにすごい疑問を感じて、
そこでそれを自分なりに問いかけられないのかっていうことを考えていた時に、
自分が偶然家で飼っていた猫を見て、その猫の姿に何かその答えが見えた気がしたというふうに悟って、
それ以来ずっとね、実在する猫たちの絵をずっと炭でね、描き続けていらっしゃるという画家さんなんです。
炭なんだね。
炭絵です、全て。なのでモノクロの絵です、基本的に。
これとかね、もう館内に7000匹くらいの猫たちが描かれているんですよ。
すごいな。
なんですけど、本当に一匹一匹が実在した猫なんですよ、基本的に。
中浜さんが出会った猫たちのことをだいたい描いている。そうじゃない時もあるんですけども。
本当のリアルなんですよ。実際にその猫たちの生きた証というのがここに詰められているんですね。
だいたい野良猫だったりも、あとはもう近所の何々屋さんの猫とかいう名前もいろいろ書いてあるんですけど、
そういった本当に一匹として同じ命がないというこの猫の生き生きとした姿を描いていらっしゃって、
もちろん絵としてもいろいろ展示してるんですけど、
このとある展示室に行くとね、この天井を覗いていただくと、天井の上から猫たちが見てるんです。
これ面白いね。
本当に天井だから見上げる形で、見上げると見下ろされてるっていう。
そうそうそう。そういうことなんですよ。
かわいいしなんか面白いねこれ。
面白いですね。
僕もここは一人で行ったんですけれども、平日だったのであんまり人もいなくてゆっくり見たんですよ。
でも僕すごく猫が好きなので、そういう猫好きくらいの印象で行ったんですけど、
もう本当にこれ冗談の時で、最後の方は涙が出てきちゃって、
すごい感動したんですよね。
この猫たちの一匹一匹の描き方の優しさだったり、猫たちの表情だったり、
あとはそのポツンと描いたタバコやる何々とか、何々寺の何々とか、
近所にいた猫とかっていう、本当に何気ない猫たちの一生の一瞬を切り取った。
ただそこに本当にさっき言ったように猫たちの生きた証がここにずっと留められてるっていう、
そのことに非常に感動を覚えて、
やっぱり一匹として同じ猫はいないんですけれども、
僕自身も7000匹の猫たちを見ている中で、
やっぱり自分がこれまで見てきた猫のことも、すごい思い出すこともいろいろあって、
なんかそれで結構感傷に駆られましたね。
僕も猫長く飼ってましたけども、そういう猫だったり、
あるいは前話したところで言うと、
36:00
行事にいたマロミという白猫の話も思い出しましたし、
福岡に住んでいた時に、やっぱり近所の八百屋さんに飼われていた猫が、
自分にとって猫の幻想的な体験がその猫だったんですけど、
その猫に近しい猫もやっぱりいるなとか思ったりして、
なんかすごくちょっとこう、うるっときちゃった感じがあって、
猫好きの方はここは絶対見逃せないと思います。
なのですごくおすすめですね。
やっぱその7000匹?
約7000匹かいとこ。
やっぱり自分の思い入れのある猫に似た猫がいるかもしれないしね。
そういうことですね。
そしてこの中浜実さんの展示ももちろんすごいんですけれども、
この方の名言が一つあって、
僕はこれが真理だなというふうに本当に思うんですけど、
人間が幸せでも猫が幸せとは限らないが、
猫が幸せなら人間はきっと幸せであるっていうことをね、
美術館に書いてあるんですね。
これは僕はね、真理だと思いました本当に。
あーなるほどね。
猫ってまあすごい幸せそうでね、
いつもねのんきでやっていますけれども、
そんな幸せな猫の姿を見ていると、
人間はどこか心がこだされたりとか、
心の余裕が生まれたりとかっていうのは、
やっぱり僕も猫を見てすごく思うこともありましたし、
やっぱりこう旅先でふとした瞬間に現れる猫の思い入れって、
やっぱりすごく思い入れ深いんですよね。
さっきのまろみもそうなんですけどね。
だからその一瞬の切り取り方とかね、
あとはその猫がいることによって、
人間が持つ温かい感情だったりっていうのは、
この言葉がもう一つ集約されてるなとかってすごく思いましたね。
なんかね、まあわかる気もするね。
そうね、猫が幸せな様を見てると、
もうこっちはもう気が緩むからね。
確かに猫が平和に暮らして生きる世の中っていうのはね、
きっと多分すごく平和な地域であるってことだと思うんですよ。
確かに確かに。
あーなるほどね。
なんかよく考えるほどそんな気がするなっていう実感が湧いてくるね。
なのでね、これ本当に冗談抜きで、猫が好きな方はね、
ここを目的地に淡路島に行ったらもう全然不足はないと思います。
それだけの美術館ですので、ここはすごくお勧めですね。
だしキロにね、なぜ寄ったかというと、
道の駅東浦っていう道の駅に併設されてるんですよ。
なので高速道路とかを今回使ってるわけなんですけれども、
その道の駅の休憩ついでにここに乗れるっていうのもね、
すごくいい利便性としても非常に優れていますので、
なので最初に行ってもいいと思いますが、
ちょっと他の淡路夢舞台とか最初優先したので、
最後のスポットとしてね、
この中浜目のる猫美術館を紹介させていただきました。
で、この道の駅東浦から車で10分ほど行っていただくと、
今回の旅の出発点と設定した淡路インターチェンジに着きますので、
39:01
だいたいここに5時半ぐらいに着いてるのかなというイメージになります。
これでそれぞれのキロに着いていただければいいかなという感じです。
それでは3日目を振り返っていきましょう。
前日の夜は海のホテル島花さんに泊まっていると。
ということでそのホテルで朝食を食べていただくのがいいかと思います。
その後9時半頃に宿をチェックアウトしまして、
車で50分ほど羽生港乗り場に行きます。
そこから主島基線に乗りまして、
10分ほど主島港、主島という島ですね。
に着きます。
そこから徒歩5分ほど神宮寺ですね。
主島の信仰の由緒ある寺院ということで。
梶原の影時の母大寺。
で、その子孫を名乗る人がこの主島にいたと。
そこから徒歩1分ほど主島八幡神社ですね。
こちらも船に乗って海に出ていった人たちが安全祈願をする神社ということで。
こちらでも主島の信仰の形を見ることができるんじゃないかと思います。
そこから徒歩1分ほど海鮮漁師料理水軍さんですね。
ここは現役の漁師の方が営まれている海鮮料理のお店ということで。
今回はランチなので、ランチで海鮮丼とか定食とかを召し上がっていただくのがいいかと思います。
ハンモとタイが名物ですので、春だったらタイを食べるのがいいかなと。
おそらくね。
もし夜にここで食べるんだったら、船を逃しても大将が船で送り届けてくれるということで。
ちょっとそっちも魅力的なので、夜に行くのもいいかなという感じがします。
そこから徒歩20分ほど神立神岩の展望台ですね。
ここがもしかしたら本当にその神話の最初の最初。
この主島が一番最初に雫を垂らしてできた島だと。
小野頃島ということですが、もしかしたらそれよりも先にあったんじゃないかという。
神立神岩を望むことができると。
眺望としてもすごく迫力のあるものですので。
大阪湾方面を東側を望んでいる格好になります。
なのでここで映写とかも撮ったりしたらいいんじゃないでしょうか。
そこから徒歩15分ほど山の大神社ですね。
本当茂みの中に鳥居が並んでいて、そこを勇気を持って進んでいくとある神社ということで。
参道も含めてすごく神秘的な雰囲気のある神社だと思います。
そこから徒歩25分ほど主島港に戻りまして、主島基線に乗って10分ほど羽生港に戻ります。
42:03
そこから来るまで60分ほど北の方に行くわけですね。
淡路市立中浜実る猫美術館。
中浜実るさんが描かれている猫の住み絵を約7000匹の猫の絵が展示されている美術館ということで。
猫好きの方はぜひこちらに寄っていただいて、猫を通して平和を考えてみるという時間になるんじゃないでしょうかね。
そこから来るまで10分ほど淡路インターチェンジに着きまして、そこからご自宅へというところでこの旅が終了ということですね。
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なんか最後はちょっと異質な感じもあったけれども。
最後もプラスアルファっていう感じですね。結構ね。
いやでもなんか面白い、独特な魅力があるなっていう感じですね。
その神話の始まりだって言われるのが、少しちょっと感じ取れるような雰囲気がありましたね。
やっぱりね、この淡路島という島ではあるんですけれども、
やはりこの淡路の国という一つの独立した国だったわけなんですよ。
このことがね、すごくやっぱりこまめにね、インスタのフォトスポット以外のところを巡っていくとよりこう見えると。
ただそれでいて、やっぱりこのどこへ行ってもおいしいものを食べられてという未決国の様子もあれば。
実はその京阪の大消費地を支えた経済の根幹であった、工業の島でもあった。
赤レンガとか金棒の倉庫の遺産なんですね、すもとのね、とかっていう事実もありますので。
そういったいろんな側面がね、近いけど遠い、遠いけど近いようなね、不思議な立ち位置にいるのがこの淡路島になるわけなんですね。
なので今回は本当にデートで、でも本当にそれがオススメだと思います。
非常に穏やかで、いろいろ一緒にできることもありますし、おいしいものを食べられているのでいいと思いますね。
実際に行った時もなんか割とね、のんびりゆったり時が流れているような印象はあって、
このコース巡ってても、なんかそういう空気感、時間の中で島の方々がおしゃれな感じにいろんなことをね、それぞれにやられているのを感じられるような気がしますね。
でね、まあちょっとここからね、タイトルの回収と最後の話ということなんですけれども、
ちょっとね、初めての試みとしてですね、実は一つ考えていたことがあって、それがですね、僕ね、これ毎回はできないと思うんですけど、
45:03
旅のエンディングテーマみたいのをね、考えてみたら面白いんじゃないかと思って、
それがね、実は僕この淡路島に関してはね、この曲とすごくいろんなことが紐づいているような気がしていて、
ちょっとそれをご紹介したいと思っているんですね。
ということで、流せますかね、これ。
はい。
ということでね、お聞きいただいたのは、あいみょんさんで、「黄昏に馬鹿話をしたあの日を思い出す時を」というね、曲で、
僕はこれをね、今回のちょっとエンディングテーマとしてね、ご紹介させていただきました。
あー、なんかね、わかるね。
うん。
わかりました?
なんかこう、まあ全体の曲調はなんかこう、軽やかでね。
そうなんですよ。
なんかこう、風のように抜けていくような、このお島の空気感がすごくわかるし、
で、その、それで言って、この歌手の、もっと刺激をもっと混乱をとかっていうのは、やっぱり海に出てった旅のね、船乗りたちのことを思い出すし、
はい。
途中で寄った松原とか海岸とかで過ごす夕方の時間はやっぱり黄昏にね、馬鹿話をするかもしれないし、みたいな。
あー、確かにちょっといろんなところでリンクがある感じだね。
そうですね。
まああのおっしゃると、曲調としてやっぱりすごくこう春らしいね、軽やかな陽気の日に聞きたいなという曲もありますし、今の歌詞のところももちろんそうなんだけど、
はいはい。
あとは僕はね、これ、まあ実は淡路島に行った時にこれを聞いていたかというとそうではなくて、
個人的にね、あの、菜の花の沖というね、高谷歌平のことを描いた小説を読み終わって、しばらくした時にたまたまこれを聞いて、
これね、すごくこの菜の花の沖のテーマソングだなって思ったんですね、非常にね。
あー、なるほど。
あの、歌詞見ていただくとね、愛は全てを解決しない、金があれば何でもできるかもしれない、という話ですとか、
まあ要は高谷歌平という人物がね、ロシアとの間にやってきたことだったりとか、
あるいは自分自身もこう、すごい貧しい手でありながらね、こうやってあのへこたれずに頑張っていった結果、会社をね、大きくしていって、
その先により大きな世界的なスケールに巻き込まれていったわけなんですけれども、
それでいて自分のこう、冷静な判断力と端力と、そしてそのリコルドに対するね、あの同情とか気持ちとかっていうのをちゃんとわかった上で、
戦争になりかけたような状況を、高谷歌平とリコルドって二人のある意味友情がね、解決に導いて世界史に名前を残していったっていうね、
そういったところにもちょっとすごく共通するなと思ったりして、
あとはまあ、実際今ね、菜の花のお経を今日持ってきたんですけれども、
最後にね、リコルドと高谷歌平が函館の港で別れるんですね。
ご浪人を要はリコルドのもとに返してあげて、別れるんですけれども、
その前とかに要は、リコルドと歌平はね、もういつの間にか9ヶ月もいるうちに、
お互い敵同士だったはずなんだけど、友達になって行っちゃってるんですよね。
で、二人で最後船の中でね、一夜語り合っていろんなことを話したわけなんですけれども、
48:04
歌平の記録によるとね、リコルドに対してあなたは無二の好意だと、
二つとない好意、念ごろな意味だと、つまり無二の友達なんだということを言って、
ただこれは日本とロシアっていう超えられない壁があるから、
それが平和の間はっていうことだと。
もしお互いにこの後、クナシリとか北海道でトラブルが起こってしまえば、
お互いに刃を交えるかもしれないという中で。
ただしその中で、もし両国の和談が整えば、というふうに歌平は前置きして、
これは歌平がね、自分で記録に書いてるんですけれども、
これよりは親友となり、面白く暮らすべし、というふうにね、リコルドに最後呼びかけていったと。
そしてリコルドが無事に函館の港で別れる時の話なんですけれども、
これは小説の場面で言うとね、実際あったかどうかわかりませんけれども、
歌平は退職としてたんですけど、無理矢理港まで出てきて、
リコルドが怒りを上げてロシアへ帰っていくのを見送ったという時に、
その歌平が港に来ているのを見たロシアの水兵とリコルドたちは、
みんなで船の上から送別の歌を歌って、
で、うらーっていうのはやったみたいなロシア語らしいんですけど、
大将っていうのは高谷歌平がそう呼ばれていたんですね。
うらー大将、うらー大将っていうふうに3度叫んだと。
歌平は不覚にも顔中が涙でくしゃくしゃになった。
一貫張りの遠眼鏡を高く上げ、足元をよろめかせながら、
うらーディアナ、これはディアナ号という船ですね、ロシアの。
と何度も喚いたというふうに函館のみんなとで根性の別れをした。
そして実難なんですけれども、
これ菜の花の沖の実際の文章を読ませていただきますと、
歌平が兵庫や大阪にも出ず、
ふるさとの前の沖を見るだけで過ごすようになるのは、
文成7年56歳の春からである。
彼がその晩年を送るために筒子に建てた屋敷は、
小さな野に囲まれていて、
季節には菜の花が青い沖を残して野をいっぱいに染め上げた。
歌平さん、江戸地で何をしたのぞと村の人が聞いたとき、
この菜の花だと言った。
菜の花は昔のように村の自給自足のために植えられているのではなく、
実を結べば六甲山陸の多くの災流の水で水車を動かしている作業業者の手に売られ、
そこで油になって諸国に船で運ばれる。
という、実は菜の花っていうのは歌平が生まれたときから油を取れるじゃないですか。
あれを神戸の人たちに売るっていうことで淡路島の人が植えてたと。
坂田歌平はそれを実際にさらに植えたっていうふうに言ったんですね。
そしてちょっと中略をして最後の、これ読む人はあんまり聞かないでほしいんですけども、
歌平の隣住の最後の行なんですが、隣住のとき、周りの者に歌平の言葉として、
どうか頼む、みんなで大将うらと笑んでくれ。
おらんっていうのは叫ぶという意味です。
おらんでくれというふうに小さな声で言った。
周りの者は何のことかわからず、深くにも沈黙で報いてしまった。
51:03
歌平の生涯はいつも開封の中にいた。
この日も晴間なだに小地が吹いていて、
兵庫から北前に降り出していく白穂が見えたが、
夕刻その風に送られるようにして夜を終えた。
というのが最後の文章なんですね。
つまり、津市の我々は西海岸で行きましたけれども、
その一面に咲く菜の花の沖に、やっぱり船が出ていく。
その波の彼方にロシアの方に、江戸地の方に出ていく船を見ながら最後は終えて、
いつもこの海風、開封海風の中にいた波乱の生涯だったということで、
穏やかな最後を終えたんですけれども、
これが菜の花の沖の最後の場面なんですね。
っていうのをやっぱり見た時に、歌詞の中に、
あの歌に涙流し震えたあの日を思い出す時よっていうこととかね。
この辺りやっぱり小説読んだ人は最後にリコルドがね、
送別の歌を叫んで、
加平が一生最後にそれを思い出させてくれって言った場面だったらしいんですけれども、
のこととかをね。
そして途中からこの最後のサビのところから、
ヨーロッパのバグパイプみたいなのが流れてくるんですけれども、
これもどこかやっぱりリコルドと加平のね、
最後の別れの場面を連想させるような特徴だなとかって思って、
それでやっぱり、
これ高谷加平、七花の木の歌だなっていうふうにもちょっと思ったり勝手にしましたね。
曲調がやっぱり春の浦中な感じなので、
今回ね初めてね、
これも構想してた時からずっと思っていたことなので、
モデルコースをちょっと表現する曲としてこれをね、
紹介させていただいたと。
そしてあいみむさんご自身がね、
兵庫の西宮のご出身なので、
まさに高谷加平が店を出した場所なんですけど。
という話でした。
なのでもしよければね、
あわじ島あるいは七花の木を読んでね、
このあいみむさんの曲を聴いていただくと、
ちょっとより旅の臨場感が増すんじゃないかなという主題です。
このエンディングテーマ面白いですね。
ちょっとね、これをね、ただね、
できるとってできないといけないんですよ。
本当に思う、
これこのために考えたわけじゃなくて、
前から思っていたことなのできたんですけど、
もし今後も何かその思える回があったらね、
ご紹介できたらと思います。
いいね。
いやなんか閉まる感じがするね。
そうですね。
閉まるし、なんだろう、
このコースをいつもは俺らの語りでしかさ、
表現できないんだけど、
これ曲を通して、
なんとなくのこの雰囲気をね、
よりこう臨場感を持って、
感じられるような気がするんで、
ちょっと本当に聴いてほしいですね。
そうですね。
この最後にね、
Spotifyでちょっと切り替えていただいて。
そうだね。
うん。
ということで、
次回は雑談会をお届けします。
はい。
ということで今回はこの辺で、
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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