これを文法性判断とか容認度判断なんて言ったりするんですけど、
こういう判断をしてもらうことによって、
この言葉はこういう意味に使ってるんだなとか、
こういう文にはこういう意味がくっつくんだねみたいな。
意味の分布みたいなのを確認していくような。
分析、もっと他のことでもできるんですけど、
その分析の一つの手段として、こういう試行実験を使うんですよ。
で、今さっきももち子さんに判断やってもらいましたけど、
さっきのこの薬飲んだらキモくなったみたいなのって、
多分日本人全員ダメだと思うんだよね。
でさ、これ何がすごいって、ももち子さんさ、
これ国語の授業で習ったことあります?
これは間違ってる文法だよって、言わん習ってないです。
だってキモいってさ、ある意味新しい言葉というか、
あんまり良くない言葉というかさ。
何ならね、国語の先生とか学校の先生からしたら、
褒められた言葉遣いではないんじゃないかな、
くらいの言葉だと思ってますね。
そうなんだよね。だからわざわざ国語の文法とかの時間に、
キモいはこういう時に使います。気持ち悪いはこういう時に使います。
習わないのに、この薬飲んだらキモくなったら絶対ダメってわかる。
これが言語の面白さなんですよね。
日本語語話者だったら誰でもさっきの例文がおかしいって、
誰も習ったことないんですよ。ないはずなのに、
わかるっていうのがある意味、言語学の一つ面白いところ。
人間の言語の面白いところなわけですね。
たしかに。日本語勉強してる方からしたらね、
キモいは気持ち悪いの省略だよって習ったら、
この薬飲んだらキモくなっちゃってって言っちゃうかもしれないってことですよね。
で、母語話者のすごいところは、それを習ってなくても知ってるっていう。
日本人間違いないですもんね。
見たことないもんね。この薬飲んだらキモくなったって言ってる日本人。
それ言ってる人はキモいかなっていう。
そうだよね。これが一つある意味言語の面白さなわけですよ。
話はちょっと問題提起に移っていきたいと思うんですけども、
もともとキモいという言葉が気持ち悪いから来てるってのは正しいんですよ。
何でも同じ言葉の省略形なのに、
自分の体調とかあるいは内面の方の気持ち悪さには使えなくなっちゃったのかっていう疑問が、
言語学者としては湧いてくるわけですよね。
これについて今度お話ししていきたいんですけども、
これの中にはですね、内部構造の消失というキーワードが関わってきます。
元々の気持ち悪いっていう単語は、それを見てもらったら分かるように、
気持ちっていう名詞と悪いっていう形容詞が入ってますよね。
キモチが悪いんでしょうね。
そうそう。今言ってくれたみたいに、気持ちが悪いって言ったらある意味文章じゃん。
文に近い内部構造を持ってるんですよ。
気持ち悪いはね。気持ちが悪いって言ってるのと一緒だから。
画が括弧になってるような感じはします。
ある意味主語である気持ちっていう内面的な状態が意味の方でもまだ生きてるわけですよね。
主語味があるというか、主語っぽいみたいな。
その気持ちが主語で、それが状態が良くないですよっていう意味が残ってるんで、内面には使えると。
自分の内面の状態が良くない。内面の気持ちの状態が悪いっていうふうに使えるわけですよね。
ところが気持ち悪いって長いからキモいにしちゃえって言って、
きっと当時のJKたちがエイヤーってやったんだと思うんですけど。
やるじゃないですか。JKたちは信語作るのすごく上手だから。
その短縮が発生した瞬間に何が起きたかっていうと、内部構造を失ったんですよ。
キモだからですか?
そう。キモっていう語根、元になるものを作っちゃったせいで、気持ちのとこがどっか行っちゃったわけですよね。
私、キモいは気持ち味があんまりないというか、キモいで一単語感がすごいあるなっていうのはあるような気がしますね。
そうなんですよ。そのキモっていうのを新しい言葉として定義してしまった結果、内部構造がなくなっちゃったんですよね。
さっきは気持ちが悪いで、中に構造があったのにってこと?
そう。構造がなくなっちゃったんですよ。構造がなくなると何が起きるかっていうと、構造なくなったんだから意味変わったよねっていうふうに、
違う意味に捉え直すっていうことが発生するんですね。
元々文章だったものは文をベースに意味が取れるんですけど、今回キモいっていう新しい単語を作ってしまったんで、もうそこには気持ちがいなくなっちゃったんで。
気持ち悪いだと本当に100%一緒なんだったら、気持ち悪いでいいじゃんってことは、きっとキモいには気持ち悪いでは表せない何かがあるんだろうみたいな推理じゃないけど、
なんかこうちょっと考えちゃうかもしれない。
そうなんですよ。なんで気持ち悪いから気持ちっていうパーツをある意味引っこ抜いちゃったわけですよね。
そうすると残ったのは純粋な悪さだけが残って、つまり対象が持つ見た目が良くないであるとか、そういうネガティブな性質だけが。
気持ち以外でも何か状態が悪いとか、見にくいとか。
どちらかというとネガティブ寄りなことを全般をさせるようになっちゃった。
構造がなくなった結果、こういうネガティブな性質を持ってるものだよねっていうのを描写するためだけの機能特化が起きたわけですよ。
それは意味が広がっちゃったのかなって思ったんですけど、むしろ特化になっちゃったってこと?
要はもともと気持ち悪いだったら文章的な意味が残ってたから、内面が気持ち悪いっていうディスクリプションもできたし、物の見た目が悪い、良くないっていう意味でも使えた。
ところがキモいになった瞬間、こっち側の対象の意味を落としちゃったので、ある種機能特化。
外面、見た目が良くないとか悪いっていうそのものの性質を説明する、ある意味その客観的な属性、赤いとか大きいとかと同じように、
そいつが持ってるその物体が持ってる客観的な属性であったりスペックであったりっていうものを描写するっていうことにある種機能特化した。
気持ち悪いは気持ちが悪いだったけど、キモいはより完全に形容詞っぽいというか、そんな理解で合ってます?
そうそう、そういうことです。完全に形容詞になっちゃって、形容詞って属性を基本的には表現するものなので、大きい赤いとかと同じ括りになっちゃったんですよ。
の結果、何が起きたかっていうと、この薬を飲んだらキモくなったが言えなくなったわけですよね。
なので、言葉が短くなるっていうのは、往々にして日本語の乱れだとかって言われたりするんですけど、単なる手抜きだったり乱れだったりということとは限らないっていうのが皆さんに知っていただけたらなと思って。
そんなふうに言語学者というのは、日々のコミュニケーションの中にある言語というものを面白おかしく見ていますので、この番組ではこんなような話をたくさんお伝えしていけたらなというふうに思っております。
ぜひフォローしていただけたら嬉しいです。では最初のコーナーはこんなところで、次のコーナーに行ってみましょう。
ミッドナイトオフィスアワー。
ということで、ここからはミッドナイトオフィスアワーのコーナーです。大学ではオフィスアワーというですね、大学生が自由に研究室を訪問できる時間が設定されているんですけれども、このコーナーはその大学のオフィスアワーになぞらえて、皆さんが日頃感じている言葉の疑問やちょっとした悩みにお答えしていくコーナーとなっております。
初回の今回はですね、言語学者へのFAQ、よく聞かれる質問ですね、を集めてきました。それではお便り読みを、もち子さんお願いします。
はい、ラジオネーム文法アレルギーさん。染みてますね、名前から。
そうですね。
けいさん、もち子さん、初めまして。
初めまして。
タイトルに言語学とあったので恐る恐るメールしました。正直に言います。僕は学校の国語や英語の授業が大嫌いです。
先生にここは文法的に間違いだとか、この表現は乱れていると赤ペンで直されるたびに通じればいいじゃんともやもやしてしまいます。
このラジオもそういう正しい言葉遣いを叩き込まれる場所なんでしょうか。けいさんの言う言語学と学校でやる国語の勉強って一体何が違うんでしょうか。
難しい言葉抜きで教えてくれると嬉しいです。というお便りです。
お便りありがとうございます。非常に第一回からして確信をつく良い質問ですね。確かに言語学者ですっていうふうに自己紹介すると、ある意味文法のマナー講師じゃないけど、そういうふうな正しい言葉遣いを教えてくれる人みたいな。
よろしかったでしょうかとか言ったら消されるんじゃないかみたいな。
みたいな目で見られること多いんですけど、決してそんなことはなくてですね。
言語学者って何をしてるのって言われると一言で言うならば、言語に関する脳の仕組みを解き明かしたい人たちなんですよ。
要は国語とか英語の授業だと言語のルール、いわゆる文法ですよね。
とか意味っていうのを教えてもらったり、あと国語とかだとその物語を読んで、筆者の心情とかこの時の主人公の気持ちをみたいなことをやりますけど、
言語学者がやってるのはそういうことではなくて、言語っていう窓、言語の使い方であったりとか、
この言語、例えば日本語をしゃべる人たちはこういうふうに言うんだとか、英語をしゃべる人たちはこういう表現を使うんだっていう、そういう窓を通じて、人の脳の仕組みを覗き見るっていうのが一つの目標なんですよ。
じゃあどっちかっていうと、脳科学であったりとかに近い。
そうですね。まさしくその通りで脳科学っていうのがある意味一番近いところにいると思います。
ただその人の頭を割っても、どこで言語が作られているかとかってことは全くわからないので。
解剖したりはしない。
解剖したりはしない。
人々が使っている言語のデータを集めていって、その人の頭の中にある言語能力っていうんですかね、どういう能力があれば言葉を話せるようになるのかであるとか、
あるいは母語話者っていうのがどういう知識を持っているのかっていうことを探求していくっていうのが言語学の学問なんですね。
人が出しているアウトプットが言語だと思うんですけど、その出てるものから中身を探りに行く。
だからある意味バックエンジニアリングだっていう説明をしたりするんですけど、
例えば我々パソコンとかスマホを使うときにあっていうキーボードを打ったらあが出るわけじゃないですか。
いって打ったらいって出るわけじゃないですか。
それは知らなくても使えますよね。
その中身がどういうプロセスがあってあってなってるかっていうのはわかんなくても使えるわけじゃないですか。
中身見えなくても別にね、中身わかってないならスマホ使っちゃダメだよとかないですもんね。
だから言語も一緒で、我々どうしてそうなってるのか、どういう仕組みで日本語がそうなってるのかってことは知らなくても日本語話せるんですけど、
でもそれを元にこういうふうに言うとOK、こういうふうに言うとダメ。
さっきのこの薬飲んだら気持ち悪くなったらいいけどキモくなったらダメだよねみたいな、
そういう試行錯誤というかトライアル&エラーを通じて、
頭の中でこういう仕組みが働いてるからキモくなったらダメなんだよねみたいなことを探っていくっていうのが言語学者のお仕事なんです。