今日はこの対偶が一つ主役になってきます。
はい。
持川さん大好き対偶が主役なんですけど、私がやってる形式意味論の世界では論理学の知識を使って言語の意味を表現することで人間の言語にしかない意味が見えてくるよねっていうようなことをやってるわけです。
今回この対偶を使って何がしたいかっていうと対偶関係って人の言語の中でも必ず成り立ってるのっていうことに注目していきたいと思ってます。
簡単な例を考えてみましょう。まず新種の生き物を見つけたとしましょう。
この生き物が哺乳類とか腸類とか爬虫類とかどのカテゴリーに属しているのかってことを調べたいとする。
そうした時に私がこれが魚ならエラ呼吸をするって言ったらそれは正しいですよね。
そうですね。魚の定義ですもんね。
ってことはこの対偶をとっても正しいはずですよね。
エラ呼吸をしないならこれは魚ではない。正しいじゃないですか。
この例だけで見たら自然言語でも成立しそう。
他の例でいくと例えば法律の話をしてる時にあなたが未成年ならお酒は飲めないよ。正しいですよね。
ってことはあなたがお酒が飲めるなら未成年ではないですよ。これも正しいですよね。
法律の話ですもんね。
法律の話です。あくまで飲める飲めないってポテンシャルの話じゃなくて法律上飲めるのであればあなたは未成年ではないです。
法律の解釈としてはそうですね。
ていうことで自然言語でもどうも対偶関係っていうのは成り立ちそうであるっていうのがこの例を見るとわかりますよね。
これに注目していくと実は必ずしもこれが成立しないケースというのが出てきます。
それがメインのお話ですね。
じゃあそのメインの解剖主体をお話しに行きたいんですけどこの部分を考えてみてください。
ちょっと先にこれ英語の方が有名な例なんで英語で読みますね。
日本語にするともしお腹が空いてるなら冷蔵庫に残り物のピザがあるよっていう文なんです。
もちこさんこの文対偶取ってください。
もしお腹が空いてるなら冷蔵庫にピザがあるんですよね。
ピザが冷蔵庫にないならお腹が空いてない。
困りません。
困りますね。
すごいこと起きてますよね。
冷蔵庫にピザがないと思えばお腹が空いていないぞっていうとんでもないことになっちゃう。
なんで冷蔵庫のピザの海に私の空腹感が支配されてんねんみたいな感じのことが起きてますよね。
びっくりじゃないですか。
さっき魚の例とかお酒の例では対偶成立してましたよね。
なんでこれ急に対偶成立しなくなったんでしょう。
ちょっと話の勝手が違うなっていう予感はしますけどここだからだってピンポイントではあんまり今すぐには言えなさそうです。
これ実はすごく有名な文で言語学の世界ではビスケット条件文とかレラバンスコンディショナル関係性の条件文なんていうふうに呼ばれています。
ピザ文ではないですね。
ピザなのは私がちょっとピザの方が面白いかなと思って書いちゃったんですけど。
ピザ条件文でもいいですか。
ピザ条件文でもいいです。
もともとはオースティンっていう哲学者の先生が欲しかったら棚にビスケットがあるよっていうのを例文として使ったのでビスケット条件文っていうふうに呼ばれています。
ピザ文でもいいです。
このピザ文面白いのは何が面白いかというと条件文の最初の方前半戦さっきのPならばQで言えばPの方ですよねがQの成立の原因になってないんですよ。
そこに因果関係がない。
もしPがQであることと因果関係があるのであればさっきの対偶っていうのは成立するんですけど
お腹が空いていることと冷蔵庫の中にピザがあることには因果関係がないですよね。
なのでこの因果関係のない文っていうのは実は対偶を取ってしまうととんでもないことになっちゃう。
魚ならっていうさっきのところのifとお腹が空いてるならのifはちょっと話が違いますもんね。
そうなんですよ。
なのでこういう特殊な条件文その対偶が成立しない論理学の世界ではちょっとおかしなことになっちゃう条件文のことをビスケット条件文とか関係性の条件文っていうふうに呼ぶわけですね。
日常生活ならむしろこっちの方が多いですけどね。
そうですね。実際だってこれが魚ならエラ呼吸をしているはずだみたいなことあんまりないですから。
お腹空いてるならピザあるよの方がこう。
これ面白いのは条件文っていうのを数学的な論理学的なpならばqっていうすごくドライな定義で自然言語の意味を形式で表すということをしてみた結果
初めて人間が使ってるその自然言語のifってその数学のifよりも幅広い意味があるよねっていうことがわかるっていう面白い例文がこのビスケット条件文なんです。
極めて人間らしいところが入ってる文章なんだなと思いました。
なのでこういうのをちょっと見てみると数学という物差しを使って自然言語を測ってみるっていう形式意味論の面白さを実感していただきたくて今日この話を持ってきました。
ぜひですね皆さんも大愚ちょっと日常生活の中で意識して測ってみてはいかがでしょうか。
なんか面白いことがわかるかもしれません。面白いことがわかったらぜひこちらの番組にお便りいただけると嬉しいなと思います。
では今日の1015室の言語学はこの辺で次のコーナーに行ってみましょう。
もちこの持ち込み。
このコーナーではもちことリスナーの皆さんが日常生活で発見した奇妙な言い回しや新しい若者言葉などのビジネス用語そんな日常にあふれる不思議な言葉遣いを計算に分析してもらうそんなコーナーです。
今日はもちこが思い出した言い間違いについて聞いてみたいと思います。
小さい頃の話なんですけれども結構よく言ってしまっていた言い間違いがありまして
血が出た。蟹に刺された。
蟹に刺されたんですか。
とよく言っていました。
親御さんから聞いている。
そうですね。でも私もそう言っていた記憶がぼんやりとあります。
血が出たとか。結構本人ピンチなんで。血が出た時も蟹に刺された時も。
本当に言いたいことは血が出たとか蟹に刺されたって言いたいことですね。
蟹ではないです。私内陸の出身なので蟹には刺されませんが。かよくなるほうの。蟹に刺されたというふうに言っていました。
でもこれ何も私だけじゃなくて結構小さい子言いがちかなというふうに思っていたので
この言い間違いが脳の発達段階の問題なのか
あるいは言語上あるあるなのかみたいなところをけいさんに伺いたいなと思って持ってまいりました。
なるほど面白い例ですねこれもね。
私の研究室英語の先生のフロアがあって結構年配の先生から若い先生までいろんな先生がいらっしゃるんですけど
やっぱりお孫さんが蟹に刺されたとか血が出たって言うんだよねっていう風なお話をされてた先生もいらっしゃるので
結構一般的に起きる話なんじゃないかなというふうに思ってます。
実際日本語の言語獲得なんかの専門書とかのお話の中でも出てくるぐらい結構いい例なんですよ。
あるあるなんですね。
結構よくある例でこれ何が大事かっていうと以前ルドブンの会でお話ししたニモーラ一塊。
1フット1隠立脚のルールが結構重要なんだよっていうふうに言われています。
どういうことかっていうと子供が獲得していくプロセスの中で都度自分の中の日本語の文法をアップデートしていくわけですよ。
そのアップデートのステージの中で段階の中で日本語の単語って絶対ニモーラじゃなきゃいけないって思い込んでる時期がどうもあるらしいんですね。
その確率の方が圧倒的に高いですもんね。
一時で意味なしてる単語ってそんなに多くないんですよ。
お名前とかにないですしねまず。
本当にかとかちとかあと木あとは子。
子供の子。
だからそんなに子供が学習していく段階で一般的な単語じゃないわけですよ。
概念的ですよね。
死とかもそうですけどあのポエムにしても亡くなる方にしてもちょっと幼稚園くらいの時に習得するものではないような感じがします。
やっぱり習得段階的に目に見えるものであるとか触れるもの。
木とかとちぐらいじゃないですか本当に。
の方がやっぱり習得しやすいのでそうなっていくと身の回りに一文字のものがあんまりないわけですよね。
そうすると最低二文字なんだっていうことを習得しているというかそういうふうに思い込んでいる段階だとこいつらがやべ二文字じゃないどうしようどうしようっていう風になるわけですよ。
で困った時に何をするかっていうと後ろの助手をコピーしてきて二文字にしちゃえって言って多分作ってるんじゃないっていう風に言われてるんですけどそのせいで血がとか血がのところを要は一つの塊としてみなして血がが出たって言ったりとか
蚊に刺されたのにも蚊の方にくっつけちゃって蚊にっていう一つのものとしてみなして蚊にに刺されたみたいにニモーラ一塊っていうのを何とか作ろうという涙ぐましい努力の結果蚊にに刺された血がが出たみたいなことになってしまうと。
女子から持ってくるんですねそのなんか蚊蚊に刺されたみたいにそっちをコピーしないんですね。
どうなんですかねなんかその辺どういうふうにコピーしてるのかというと僕ちょっと習得の方専門じゃないとわかんないんですけどもしかしたらその蚊にっていうところでこう覚える時に切っちゃってるのかもしれないし
もしくはやべえ足りないって言ってコピーしてきてるのかもしれないしその辺は多分どういう理論を追ってるかによって専門の先生でも言うことが変わると思うんですけど
基本大事なこととしては子供の間習得していく間の時に絶対にに文字だって思ってる時にこういうのに出くわすと困ったってなって多分何とかそれを修正しようと。
そこでワンフレーズですよね蚊に刺されたとかなんかこう血が出たって血を出すってあんま使わないじゃないですか。
自分から出さないからね。
血は出るものだし蚊には刺されるものだからそこがワンセットすぎるっていうのもあるのかなとはちょっと思いました。
でも実際これは子供の習得過程ではすごくよくあることなのでもし今ちょうど学習段階のお子さんをお持ちのパパさんママさんがお聞きでしたら今この子の中には日本語文法ができているって思いながら見守ってほしいなって思いますね。
非常に面白い例をありがとうございました。
はいありがとうございますこのコーナーでは皆さんが日常で感じた言葉の違和感を大募集しています。
街中で聞こえた変な会話職場の謎ルールあるいは私が言い間違えました。
今回もそうですけどそういった形でも構いません。
あなたが確保した生きたサンプルをぜひ持ち込まれお知らせください。
優秀な報告書はKさんが分析をして当番組のアーカイブに永久保存しちゃいます。
報告フォームは番組の概要欄にてご確認ください。
皆さんの投稿お待ちしております。
さてそろそろ1015室の明かりを消す時間です。
もち子さん今夜の大偶とピザの話いかがでしたか。
人間の処理は面白いなと思いました。
必ずしも0110というのじゃないコンピューターの処理とは違う部分があるんだなというふうに思うのと同時に
これは01じゃなく処理できるようになってきた最近の生成AIとか
あいつはコンピューターなのに極めて人間的な処理ができるようになっているというところで面白いなというふうに思ったりしました。
そうですね。生成AI今すごいもんね。僕もGeminiとかGPTとか使いますけど
本当にまるで人間と話してるんじゃないかっていうぐらいの精度で
だからかつてのコンピューターだったら01だったと思うんですよ。
きっと彼らも私も詳しくないんであれですけど01で処理してるはずにも関わらずこれだけ人間が01でうまくやってないっていうところまでやれてるというか
なんなら人間よりも人間らしいような返答してくることもあるので
それが処理できるようになってきてるっていうところに時代の変化と言いますかテクノロジーの進歩と言いますか
そういったところで機械がどんどん人間に寄ってきているような
そんな感覚を感じながらもこの人間の必ずしも数学的に論理学的に処理できない部分に
人間らしさが宿ってるのかななんていうふうに思っておりました。
そうですね。また何かいつかこの生成AIと言語学の関わりみたいな話も
私も専門じゃないので専門の方から怒られるかもしれないですけど
お招きしましょう。
ちょっとやってみたりとかしたいですよね。
ではぜひリスナーの皆さんにも日常の中でちょっと待遇意識して生活してみると面白いことが
面白いですよ。待遇意識して生活するとおすすめです。
もち子さんもおすすめだそうなのでぜひやってみていただきたいなと思います。
番組ではリスナーの皆さんからの言語のバグ報告や番組の感想質問などを待ちしております。
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それでは皆様からのお便りお待ちしております。また次回お会いしましょう。
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