サステナブルな優しさの定義
こんにちは、ドキンちゃんです。ドキンちゃんのお金と豊かさ研究室へようこそ!
はい、気づけばちょっと久しぶりの配信となりました。結構間が空いてね、あのちょっとね口の中に大きな口内炎ができて
そう、あのなんかね喋るのがね、喋ったり食べたりするのがね結構ハードなんですよね。
そう、なんでちょっとあのしたたらずでお聞き苦しいかもしれないですが、はい、あのちょっとね話したいこともね、もう山のように溜まっているので、はい、あの
口内炎があろうとなかろうと、はい、ちょっとお話ししていきたいと思います。ということで久しぶりの配信テーマは、今日はね
サステナブルな優しさについて話したいと思います。
なのでね、今日、そうね話を聞いてほしい人、特に話を聞いてほしい人は、優しい人だとか、あの
うん、そうね、あの善意の心で、善のある心で、こう周りと接することができる人とか、まあ人の喜ぶ顔が見るのが好きでね、あの人生の生き方のベースがギバー与える人ですね。
はい、っていうタイプの人だとか、あとちょっと詳細言うと、うーん、職場とかでね、よく新人さんから他の人よりも私めっちゃよく質問されますって人。
うん、で、新人さんの質問に手を止めて、親切丁寧に対応して、すごく優しい先輩だと思われてる、うん、ような人、そうそう、にぜひ聞いてほしいと思います。
はい、あの、今日ね、あの私ね、とある方とね、個別セッションしてたんですよ。
まあ個人情報なのでね、あのその方のことについては話さないんですが、うん、プラスリッチサロンでね、私のサロンにコミュニティに入ってくださっている方と、まあ個別のねセッションしてたんですよね、そう、そうなのよ。
で、その中で、うーん、なんか、その人にさ、伝えたいメッセージとして、あの、その人すっごいいい人なのよ、もう本当にいい人、うん、いつも見るたびに思う、あの優しいなあとか、愛にあふれてるなあとか、うーん、なんかいつもね、その人を見るたびにね、うーん、マザーテルサのような人だなあって、その思ってたんだよね、そう。
で、なんだけど、なんかその人と今日個人セッションするってことがあって、ふと、まあどんなことを伝えたいかなあってノートに書いてたら、うーん、もし機会があればサステナブルな優しさ、サステナブルな善意について、
あの、ちょっと文脈的に、あの、大丈夫な、こう、感じであれば、今日これを伝えたいな、みたいな、こう、ワードでね、こう出てきたんですよね、そう。で、ちょうど、なんかそれを言えそうなタイミングがあったので、ちょっとお伝えしてみたんですよね、あの、サステナブルな優しさというキーワードを今日あなたに伝えたいと思ってたんだよね、っていう話をね、してみたんですよね。
優しさの希少性とその影響
このキーワードを聞いてどう思います?みたいな話だとか、まあいろいろね話を発展していったんですけど、うーん、皆さんこのサステナブルな優しさ、サステナブルな善意って聞いて、こう、どんな印象を受けますか?サステナブルだから、まあ持続可能なとか、そのエコなとか、まあちょっとなんか無理がないみたいな感じのね、うーん、優しさ。
あの、これはね、私ね、その優しい人、優しいと自認しているすべての優しいパーソンにぜひ聞いてほしいんですけれども、あの、優しいことはね、とか、善意があることは素晴らしいことですよ、と。うん、尊いことですよ、と。
【森】うん、みんなさ、自分のことばっかり考えている現代社会において、なんかその人に対してすごく優しくできるって、もうそもそも尊いことだし、えー、なんならさ、その昭和の時はまだあの、なんていうか、人情派の優しいおっちゃん、おばちゃんとかたくさんいたけど、今って結構個人主義だし、あの優しさっていうのが、そもそもなんか優しさに希少性すら、その、
あふれてきたよねっていうふうにドキンちゃんは思ってるんだよね。そう、なんかそんなこと言うとちょっと悲しいけど、まああの優しいっていうそのポジション、優しい人です私はっていうポジションに、その、希少価値すらあると思ってるってことですね、私がね。そう、そう、そうなのよ。
そう、なんか優しい人、私大好きなんだけど、大好きなんだけど、大好きなんだけど、でも優しい人に私がさ対峙すると、なんかいつも思うのが、んー、無理してないってことなんだよね。そう、あなたは無理をしていませんか?っていう。
自分をすり減らしてまで他人に与えようとしていませんか?っていうのは、あのー、いつも思ってるんだよね。そう、そうなのよ。
うーん、あのー、無理、無理してるっていう自覚がない場合もあるんだけれども、あの、なんかさ、その一番最初に具体例で出したその職場でさ、新人さんから他の人じゃなくてよく私の方にも質問がね、たくさんこうやってくるみたいな感じの人って、うーん、
なんかさ、あの、聞きやすい雰囲気とかがあるんだよね。やっぱりその、なんて言うんだろう、まとってる空気感が優しかったり、あのー、そうね、あまり人に対して怒ったり威圧的な態度を取ったりしないっていうことに、こう周りがカコつけてというか、うーん、なんかさ、優しい人ってね、あのー、そうね、なんかちょっと言葉、言葉選びに迷うけれども、
あのー、テイカーも寄ってくるんだけど、その奪ってやろうっていう、あのー、なんかテイカーもね、寄ってくるんだけれども、それ以上にね、テイカー以上にマッチャーに人気なんだよね。そう、あのー、ギバー、テイカー、マッチャーってほら、いるでしょ。ギバーは基本的には与える人、テイカーはもらう人とか奪う人、で、マッチャーっていうのがどっちでもない人なんだよね。
で、あのー、そうね、まあ、うーん、人口比率でいくともちろん一番マッチャーが多いんだけれども、うーん、そのマッチャー達に大人気なんだよね。だから、なんかその職場だとかに、いざ優しい人がこうポンと現れると、なんかその人のところにばっかりこう課題解決のそのタスクがこう降ってかかったり、その人のところにばっかりこう仕事、ハードめな仕事が、
こう、なんか寄せられたり、うーん、してさ、その、まあ優しい人っていうのはとかく、なんかその、そうね、普通の人よりも抱えがちなんだよね。うーん、そうそう。だから、なんか、あのー、ほんと注意しなくちゃいけないなって思うのが、その優しい人が、その優しい人でいられなくなる瞬間っていうのがあるのよ。
その、私は周りの人に優しくありたい、あのそういう自分でありたいと思って、いろんな人に優しさや愛をその、うーん、そうね、与え続けていたんだけれども、その周りの人がさ、その、その人に甘える構図ができちゃうと、なんかね、一線越えちゃう瞬間っていうのがね、あるんですよ。
わかります?わかりますかね?なんとなくちょっと今日具体例とかもうちょっと入れたほうがいいかな?わかってくれます?
あのー、本当は自分は周りの人に優しくしたい、えー、溢れ出る愛を与えたいって思っていても、なんか周りがハイエナみたいなやつばっかりだとか、なんかあったらあいつに任せときゃいいやみたいな感じで、優しい人をすごくなんかこう、手のいいポジション、その手のいい受け皿みたいな感じで扱っちゃうと、もう優しい人が優しくあれない、そういう糸がプツンと切れる瞬間っていうのが、こう、現れる。
わけですよ。
具体的な体験談
うん。
だからなんか私ね、優しすぎる人は本当に要注意だなって、いつも優しい人を見ると思うんですよね。
そう。
1個だけ例を入れましょう。
はい、あのー、あまりにちょっと抽象的な話だったので、1個だけ例を入れると、あのー、私、前職で勤めてた営業会社で、あのー、リーダー職をやってた時代っていうのが昔あって、私含めて3人のリーダーがいたんですよね。
で、その下にこう、メンバーっていうのが、まあそれぞれについてるんだけど、3人のうち、私はこんな感じでマイペースさんで、もう1人は、うーん、そうねー、まあちょっとギバーっていうよりかは、こう、テイカータイプの、テイカータイプって、まあちょっとね、あのー、うん、我関せずって感じのリーダーで、もう1人がすっごい優しい人だったのね。
で、それぞれ3人の下にメンバーがついてるんだけど、そのー、最も優しい人が、あのー、すごくさ、いろんな人に自分の時間を割いちゃうの。
自分の時間とかリソースとか、新人対応とかもさ、全部引き受けちゃうんだよね。
そう、まあ私とか、そのもう1人のそのやつがさ、多分その、なんていうんだろう、あんまり自分のメンバーを帰り水こうポンポンポンポン前進していくタイプだったからだと思うんだけど、そのー、3チームあるのに、すべてのこうメンバーがその優しい人にさ、質問が集中しちゃって、その人がパンクしちゃうっていう事件が起きたことがあって。
うーん、そうそう、そのパンクしちゃうっていう事件があって、なんか、あのー、なんていうんだろう、その急にもうふっと、ふつっと糸が切れたように、こう、なんかもう、男性だったんだけど、俺はもうダメだと、もうこれ以上は、そのお前たちの部下の面倒を見てやれないみたいな感じで、こう結構ブチギレ気味にね。
うーん、あのー、こう、私に、こう、言われた時があったんですよね。
そう、うんうん。
で、その時に思ったんだけど、うーん、なんかその時さ、すごい反省したんですよね、私。
優しさの持続可能性
あのー、そう、まあ、優しい人がマッチャーに大人気、もうそのマッチャーで、すべての人にね、その人気であるがゆえに、そこに、こう、なんか集中してしまう、その人の優しさに、こう甘えてしまって、こう、その人が抱えきら、抱えることができるだけの、こうボリューム感であれば、まあ組織運営とかうまくいかない。
組織運営とかうまくいくんだけど、ある意味さ、その人のさ、そのー、なんか裁量に、こう、かかってるわけじゃないですか、その人がもう嫌だ、もう無理だって言ったら、そう、それって、こう、うまくいかなくなる。
まあ、その組織の全員がその人に甘えていたんだな、私含めって思ってね。
すごく反省したんですよね。
で、その時に思ったのが、優しい人とか善意ある人っていうのは、あのー、もちろんそういう素養はあるけれども、えー、無理してしまうことってあるんだなって思ったんですよね。
そう、その、そうそうそう、正善説じゃないけど、あの、多分、本当に心の底から人に優しくすることとか、こう、人に喜んでもらうことに、えー、きっと心が喜ぶ。
だから人に対して、あの、優しくしたい、嬉しいって思ってもらいたいって言って、最初は、最初は正善説でさ、こう、うん、なんか、なんて言うんだろう、こう、善を周りに与えたいみたいな気持ちで、こう、うん、過ごしているんだけど、そこの善意にさ、周りが甘えてたら、
うん、多分、その優しさはサステナブルじゃないよねと、そう、なんか、あの、持続可能な優しさじゃなくなっちゃうんですよね、こう、そうそうそう、で、じゃあどうしたらいいのよっていう、そうそうそう、じゃあどうしたらいいのよっていう時に、えー、まあちょっと思うのが、うん、そうね、あの、優しい人はね、もうね、無理しないで、これに尽きる、そう、自分すり減らしてまで人に優しくしないで、これに尽きる。
そう、そうなのよ、あのね、うーん、そのさ、優しい人に寄ってたかる、そのマッチャーたちにも責任があるんだけれども、一番はね、一番は一番は、その自分が優しいタイプだって思っている人たちがね、その、うーん、自分がサステナブルな優しさ、サステナブルな善意を、えー、持ち続けられるために、ちゃんと、うん、その、意思表示していくために、
意思表示していくってことがね、めちゃくちゃ大事だと思うんですよ、うん、あの、自分を守る、そう、そう、そうなのよ、あの、だからね、なんか人に親切に、あの、しすぎる癖がある人、与えすぎる癖がある人は、うん、聞いてみるといいと思います。
その、ちょっとね、無理しちゃってんなーってときは、まあこの優しさはちゃんと自分にとってサステナブルかなと、長く続けられる?無理してない?っていうふうに聞いてみて、うん、そうね、その、その上で、うん、あ、全然大丈夫だ、OK、OKと、これはサステナブルな優しさですってときはね、あのー、まあ、周りにね、あの、愛や情熱、えー、情熱じゃないか、善意、優しさっていうのがね、
優しさっていうのをね、与えていけばいいと思います。あのー、そうね、基本は自分がしっかりあることです。自分がどっしりとあって、えー、自分がちゃんと満たされてて、それであふれてた部分を、その周囲の人に与えればいいわけですよ。
だから、まずは、あのー、自分の泉をね、満たしてくださいと、そう、なんか人に、そのー、自分の泉の中のね、水をね、こう、どんどんどんどん、あ、どうぞどうぞどうぞって言ってね、こう、与え続けて、こう、枯渇してるよ、じゃあ、ダメだよっていう、それはサステナブルな優しさじゃないから、うん、優しい人はある種、強さも持ち合わせていけ、いないといけないって、
自己保護の重要性
私は思うんですよね。ちょっと、あのー、そうね、今日の配信は、あのー、ついつい人に親切にしてしまう優しい方々にとったら、えー、お聞き苦しい配信だったと思いますが、でも、その優しさをなんか持続可能なものにしてもらうために、というか優しいって最初に言ったけど、めっちゃくちゃ今希少性があるので、あのー、希少人種なので、はい、あのー、
そうなのよ。だからね、優しい人そのままでいてほしいんですよね。だからこそ自分守ってっていう、そう、うん、定観に奪われないで、うん、そうなのよって思うのよね。なんか、なんかさ、記憶に残るのもまた優しすぎる人なんですよね。
このさっきの会社の3人のリーダーのうちの1人ってさ、まさに私の記憶にめっちゃ残ってんじゃんね。そう、やっぱね、ああいうふうに、うーん、自分よりも周りを優先する優しすぎる人っていうのもまた人の記憶とか記録、記録じゃないか、記憶か、うん、記憶に残るので、まあそういう生き方もまた一つありだなと思うんですけど、うーん、そうね。
まあ、ちょっと強さも持ち合わせてみるといいんじゃないかなって思います。
はい、ということでね、今日はサステナブルな優しさについてお話ししましたが、はい、あの、ついつい誰かから頼られると、こう、自分のリソースを割いて、こう、なんか喜んでほしいからいろいろやりすぎちゃうっていう人はね、そのバランス見てくださいねっていう、はい、話でした。
あと、無理しないでねっていうところですね。
はい、今日はそれをお話ししたかったです。最後まで聞いていただきありがとうございました。それでは失礼します。