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#65. 子育てとまちづくりの有機的な関係って?
2025-04-06 36:32

#65. 子育てとまちづくりの有機的な関係って?

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1歳8ヶ月のお子さんがいらっしゃるすばるさんと、理想的な子育てのあり方についてさらに深掘り。#シェアハウス子育て #地域での人の営みの最大化 #非効率が生む偶発的な価値 など様々な切り口から話します!


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感想

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00:04
はい、みなさん。えー、今日も、今日も、今回もですね。えー、すばるさんに、やばい、ちょっと待って。取り直します。ごめんなさい。ごめんなさい。取り直させて。なんて言えばいいんだろう。
はい、ということでね。
まってまってまってまってまってまってまって。
これ取り直させてっていうところも含めて流したいなっていうふうに思っていて。
ちょっと待って。恥ずかしいわ。これ全部。はい。え、待って。まじで、まじでやんの?このまま。
いいじゃん。いいんじゃない?いいよいいよ。やりましょうよ。
まあ、実際ね、あれから2年が経ちまして。
いや、違う違う違う。
あ、違うか。
盛り上がりすぎて、ちょっともっとすばるさんとね、あのー、いろんなテーマについて話したいっていう思いまして。
はいはいはい。
2本目撮っています。
はい。
という形です。
前回からの続きですね。
前回からの続きで。
前回からの続きでございます。
で、よりね、ちょっと、あのー、深いところというかね。
うんうんうん。
あのー、実際に1歳何ヶ月でしたっけ?お子さん。
1歳8ヶ月ですね。
1歳8ヶ月のお子さんを連れて日本を回って、その後2年間ぐらい世界を回るというところ。
もう、まちづくり、子育てとかね、営みを自分でも運営しながらそういうのに触れていくっていう場面の中で、
まあそういうところを、あのー、どういうね、考え方でやってるのかとか、そういうのを聞きたいって感じ。
教育と子育てを大テーマにして、今の話を聞きたいなと思っております。
はい。
はい。
子育てね。
どっから、どういう切り口?
正解がないから、難しいですよね。
めちゃくちゃ難しいですね、子育てが。
なんかまあ、旅するのも、言って怖い部分ってめちゃくちゃあって、
1歳8ヶ月の子を連れて、
そうだよな。
旅するって、わりとまあ、親の英語だよねっていう気持ちだし、
批判の対象にも全然なるなと思いながら旅してるんで、
そこは甘んじて受けるんですけど。
まあでも、本当に希望としては、子供のためにもちょっと当たったらいいなと思っているし、
逆に難しそうだったらすぐに辞めるっていうのもあるので、
そこはある種実験的にやってみるっていうことをやってる感じですかね。
教育に入る前に、これ素晴らしいなって思っているのが一つあって、
まず大前提として、子育てをするイコール、
親が何かを諦めるみたいなことが前提にあるっていうところのアンチテーゼみたいなところもちょっとある気がしてて、
それこそ奥さんがコロンビアに行きたいっていうところ、
こっさりかに行きたいというところとかも、
要はあんなに大変な思い出産して、やりたいことも、
いや子育てしてるからあと6年は我慢しなさいとか、そういう風潮じゃないですか。
そこでみんなそういうふうに思って束縛されてるからこそ、
03:02
そういうふうに自由に動く人に対して批判をするっていうのは、
甘んじて受け入れますって話だったんですけど、
甘んじて受け入れるんですけど、浮き流すことがない。
そうですね、それで変えることはあんまりしないかなと。
逆に言うと、もっとそういう自己実現と子育ての両立みたいなものは、
模索してっていいんじゃないかなっていうのは、
逆に言うとこんだけ豊かに世界がなったからこそできることなんじゃないかなっていうのは思っていて。
めちゃくちゃ勇気づけられますね。ありがとうございます。
いいね、自己実現と子育ての両立ってめちゃ大テーマだと思うのと、
あと純粋にちょっとお聞きしたいのが、奥さんもスバルさんも含めて、
葛藤があったかどうかみたいな、やっていいんだろうかみたいなところが、
当たり前のようにあったのかもうなかったのか、
それはパーソナリティの部分が大きいのか、
今までのいろんな人からの学びとかで自然とそういう価値観が醸成されてたのかというと、
どうですか?
やっていいのだろうかっていうのはその旅を。
旅をとか、結構大社会の子育てされている人とかは、
諦めなきゃみたいな風潮が結構大きいと思うんですよ。
そういう気持ちがあったかどうか。
諦めなきゃいけないっていう気持ちは全くなかったですね。
だろうなぁとは思ってましたね。
むしろ、でも多分妻は最初はそう思っている部分もあったと思うんですけど、
でもだんだんそれが溶けていった部分とかっていうのも、
それこそ周りの人にあって、
例えば子供が心配なさそうな子だねみたいな言われたときに、
それで溶けた部分があるとか、
やっぱり最初緊張している部分ってすごくあるんですけど、
周りのお母さんとかに声をかけてもらって、
その中でこうなのかもしれないなっていうのが結構妻の中にはあったかなっていうのはありますね。
あとは僕市民活動の支援とかしてたんで、
市民活動支援って結構お母さんたちといっぱい知り合うというか、
結構子育てとかって活動の中の課題の一つになりがち、
課題っていうのもあるんですけど、なりがちというのがあるので、
お母さんたちに会うので、
でも結構そういう意味では自己実現しているお母さんたちって結構いっぱいいる。
それを見ているからこそ自分が諦めなきゃいけないみたいなことはあまり思わなかったですね。
むしろ諦めないでいいよねっていうことを思っている人たちがそういう活動をしているので。
なるほどね。
でも大多数は多分そう思っていると思うんですね。
諦めないととか、子供がいるからなかなかできないよねとかってのは思っていると思うんですけど、
06:02
僕はあまり思ったことはなくて、
逆に子供ができて可能性が広がったなとさえ思っているところはあります。
感覚的にはシェアハウスに住んでいるじゃないですか、
シェアハウスの住人が1人増えてあげられない感じなんですよね、子供ができると。
そうするとその子の価値観というか、その子がいることによって変わることっていっぱいあって、
それって自分たちの生活だけでは生まれなかったもので、
そういう意味では新しい可能性がどんどん開いていっているっていうようにしかあまり感じていない。
全世界の皆さん聞いてください。
固定概念なんでしょうね。子供ができたら不自由になるっていうのを完全に思い込み。
そうね。自由っていうものへの考え方かなと思っていて、
もちろん例えば子供ができてから飲み会にあまり行かなくなったとか、
サウナに行かなくなったとかって全然あるんですよ。
そこにフォーカスすると自由がなくなったっていう印象になるかなと思うんですけど、
でもそれはそれで、でももっとやりたいこと、子供の顔見たいとかもそうだし、
言うてやろうと思えばちゃんと話せば妻と話して、お互いがやりたいことができるように調整するっていうこともできるし、
なんかっていうのがあるかなと思っていて、
自由っていうのは何でもいつでも自分がやりたいことをやるっていうふうに思っていると、
多分辛くなっちゃうんだと思うんですよね。
逆にでもその所有の条件の中でどう自分がやりたいことをやっていくかとか、
その中で自分の実現、自己実現をやっていくかっていうふうに考えると、
ある種パイが増える感じですね。
自分がやりたいことのパイが増えてるから、そういう意味ではより自由になったっていう感覚もある。
なるほどな。本当に考え方、全ては考え方っていうところになるんでしょうね。
そういう意味ではね、子供がいるからいてやる世界回ることの方が普通に回るよりも
格段に考えなきゃいけないことも多いし、考えることも多いし、
あと子供を比べることができるわけです。自分の子供と他の他国の子供とみたいな。
確かに。
そんなことって普通に一人で旅してたら絶対できないので、そこは全然違う。
そういう意味では子育てみたいな、未来にバトンをつなぐみたいな軸と、
親が成長するみたいな軸、全然別軸であると思っていて、
そういう意味では、親が成長すれば子供には良い影響があるので、
双方向性に良いものなんじゃないかなっていうのは、
子供のために安全にみたいなところを荷重にやったとしても、
親がそれで成長の機会を減らされると、子供の可能性を潰す。
09:01
だから自分の、親は子供に超えて欲しいというふうに思うけど、
その超えるハードルが低ければ、あっという間に抜かされちゃっておしまいみたいな。
そうですね。
パパママ何やってんの?みたいな。
それよりも、パパとママこんなこともやってたの?っていうのを、
君のおかげでここまで成長できたんだよって言える関係の方が、
双方向性。
かっこいいなっていう。
かっこいい。
なんか今の話を聞いてて思いましたね。
いいテーマだね。
いやめちゃくちゃ、俺がすごい今泣きそうだもんね。
そうっすね。
なんかそんな気がしましたね、今の話を聞いてて。
それが一方向になってしまうと、それこそ本当に子供に過度に期待を知ってしまうことになりかねない。
それが子供にとって負担になったり、それこそ押し付けみたいな形になりかねない。
これがどっちも成長するっていう、そのためのいろんな挑戦っていう意味では、確かにね。
まさに。
同じ時間を過ごしても、二つどっちも成長するというか、二倍の価値になる気がしますね。
エゴって言ってましたけど、もっとエゴイストでいいんじゃないか。
そうかもしれない。そうかもしれないですね。
世界一のストライカーを目指さない限り、世界一の子供を育てられない、感じられるかもしれない。
子供といい意味で競うみたいなね。
君も成長させるし、僕たちも成長するからね。
かっこいい。
そういう気がしましたね、今の話を聞いて。
スバルファミリーはそうなりますね。
なっていこうと思います。
それも含めて営み、さっきの前編の話と関わってきましたけど、子育てっていうところと、
生活の幅を広げるとか、心地よさとか、
そういうものって、心地よさって完全に主観だと思うので、
そこの主観の幅を広げるみたいなものって、
結構これ、最近の僕の中で大抵でもあるんですよね。
どう自分の営みの幅を広げれるかっていうか、その広げることに対して心地よさを感じれるかみたいな。
要は社会に関われば関わるほど、物理的にというか時間構造的には増えていくなっていうふうに思っていて、
社会を良くしようとか、社会に貢献しようとか、
そういうものがあればあれほど責任が止まるし、いろいろ制約は増えていくんですけど、
でもそれって極論心地よいからやってるっていうことだと思うんですよね。
でもそれって誰にでも押し付けられることではないなっていうのもちょっと思ってはいる中で、
どこまで社会として水準を求めていくべきなんだろうみたいなのは結構大テーマで考えていて、
12:01
民主主義のあり方もそうですけど、みんなが自由に、自由っていう言葉が楽にっていう方向に今いってる気がしていて、
そこのバランスのところはめちゃくちゃ考える方が多くて、
ある程度全員が楽しようと思えば、別に今から働かなくなって精神病ですって言って、
全員生活保護ですって言っても別にできちゃうわけですよ。
極端な話で社会制度的にはそうなっている中で、
そういうのをどこまで許容するべきかみたいな、
多分普通にプロパガンダしてそういうふうになったら社会主義国家的なものになって、
簡単にできちゃう、成りかねない。
そうならざるを得なくなっていくっていう、理想とかじゃなくて。
成り立つよねっていう風になっていくのが結構経輪としてある中で、
どこまでそれを、つばらさんみたいに、
コーヒーが好きな奥さんとコスタリカ行こうとか、街をサードプレイスにしたいとか、
そういう風に思ってやってらっしゃる方はたくさんいるんですけど、
本当一部だと思っていて、
そうじゃなくて逆に意義とかやりたいこととか見つけられないみたいな人が大半推しの中で、
どこまでそういうものをデザインしていくべきなのかみたいなのはすごく悩んでいて、
結論身の回りの人からだけでしょっていうのが一番安倍なんですけど、
そこを乗り越えるべきなのかみたいなのが結構一つの原因で。
そうっすね。
めっちゃでかいテーマで、すごいAIっていう言葉をめちゃめちゃ今感じたというか、
AIがあるおかげでどんどん楽できちゃう方向になっていっているっていう、
AIとの付き合い方みたいな、ちょっとね議論発散しちゃうかもしれないですけど、
その中でどれくらい自分の意思、自分がやる理由を見つけて、
自分が価値を出したいと思う場所にコミットできるかっていう、
人としての在り方みたいな話になっていく気はしている。
そうね。自分たちがやりたいことをできる範囲でというか、
なんだろうね、難しいな。難しいっすね。難しいですけど。
でもできる範囲のことをやっていくっていうのが多分一番シンプル。
街作りとか考えていると、それこそ社会参加じゃないですけど地域参加みたいなところをどこまで求めるのかに近い。
そうそうそう。まさに今それを考えていて。
自分たちが心地よくできる範囲内でやるっていうのは結構僕も重視しているところで、
全く何でもやらないとそれこそ孤独感も高まっていくし、
何かやりたいなっていう気持ちって結構持っている人は意外といて、
15:01
ただその入り口がなかったりとかっていうのは結構あるんですよね。
やってる人は上の方にいるというか、自分の手が届かないところにいて、
自分は見ているだけしかないよねっていうのが現状の中で、
どれだけそこの参加ハードルを立てて、本当に一緒にどうやってやっていきましょうかみたいなことをやっていく。
かつ誰かに幸せがいかないようにちゃんとそこをオーガナイズしていくというか、
自分たちがやりたい、これやりたい、これやりたい、これやりたいっていうのを合わせていって何ができるかっていうところに持っていくっていうのが、
僕がやっていることというか、やりたいことですしやっていることなんですよね。
それで何個かコミュニティを動かしているんですけど、
今のところいい感じに動いているかなと思う部分もあって、
結構みんなコミュニティとかをオンラインサロンみたいな感じで、
上を目指すすぎている感もあって、もっと身近でいいと思うのがいいですよね。
バーを動かす、みんなでバーを運営するみたいなので、
それを誰に知られなくてもいいけど、
ちゃんとプラスアルファぐらいの人が来て、そこがサードプレイスになっていくみたいなので、
結構自己自立にもつながるし、
そういうのをいっぱい作っていくっていうのがいいんじゃないかなと思うんですよね。
今までは結構できる人がやるしかなかったけど、
それこそみんなの力がついてきているし、
AIとかも使えるしってなってくると、
一人一人のスキルが拡張している感はあって、
だからこそ、
なりわいにしなくても、自分たちの活動の範囲内でできることができる。
それがガガガっていっぱい街の中にあれば、
それはそれでいい街なのかなっていう感じがするっていう。
いやー面白いな。
面白いね。
今の話を聞いていると、
街に営みの数がたくさんあればあるほど、
活気づいてていいんじゃないかっていうのと、
その営みに参加するハードルが低ければ低いほど、
いろんな人が参加できて、いろんな営みが生まれていくんじゃないかっていう、
そういう話な気がしてて、
地域の活性化っていうのはそういうことだよねみたいな。
一方でというか、
最近聞いた話で、PTAの話でちょっと面白かったんですけど、
ビジネスマンの人がPTA会議に参加して、
学校の運営というか、祭りとかそういうものの運営に携わったときに、
ママさんとかがめちゃくちゃワーッといろんな参加をしてくれて、
端的に言うとめちゃくちゃ非効率的なこととか、間違ってることとかをどんどん勝手に進んでいくみたいな。
はいはいはい。
で、もう放送が効かなくて。
でもビジネス的にはありえないけど、
でも結局当日なんとかなってるみたいな。
そうなんですよね。それめっちゃ面白いんですよね。
18:01
なるほどね。その非効率をどれくらい受け入れるかみたいなところも大事ってことですね。
でも逆に面白いんですよそれが。
それこそ勝手に進んでいってるんですけど、この間クリスマスマーケットやったんですね。
で、そしたら突然自分の友達が東京のホテルでクリスマスのオブジェクトは余ってるからくるってみたいなのがあって、
勝手に全部それが進んでいって、突然大きなツリーが出来上がる。
その偶発性みたいなもんね。
そうなんです。それが面白くて。
トップダウンでとかビジネス的にやっていくと、効率性を求めていくと、
プロジェクトマネジメントしてこれを目指しましょうみたいなのが決まっちゃってるんですけど、
それが下に行く部分もあるけど、
アップサイドの面白さに繋がっていくこともあって、それが面白いなと思って。
めちゃめちゃ大事だと思うな。計算し尽くさない中で生まれる価値ですよね。
だからね、やめられないんですよ。
だから好きなんだと思います。
こんなこと起こるみたいなね。
デザインしてないからこそ、極端な話で、
例えばお祭りで店やりますで、たこ焼き作りますで、
当日100円も儲かりませんでしたみたいなのがあったとしても、
そこで手伝ってた子供がめちゃくちゃ勉強になって、
将来めちゃくちゃ優秀な経営者になるみたいなことは否定できない。
あんなことをやっちゃダメだみたいになるかもしれないし、
いろんなことが想像できる中で、やっぱり営みが活性化されてるほうが
街としていいよねみたいなのは今の話を聞いて。
本当にそうですね。
一つの成功事例でそこに寄ってっちゃうと、
どうしても子供が参画する場がなくなったりとかするので、
もっと非効率なものがいっぱいあっていいと思うんですよね、街の中には。
なるほどね。
街づくりの指標としてはイベントの開催数自体とか。
開催数とか、そこにどれだけの人が関わっているかとか。
参加人数。
イベントをやってる側でいうと、
イベントをやったからこそ生まれた関係性ってどういうのがあるんだろうねとか、
そういうのが指標になってくるんですよね。
なるほどね。
そこを収益とか、そういうお金を指標にしちゃダメっていうことですよね。
儲かったら楽しいですけどね。
儲かっても楽しいですよね。
より良いと。
難しいのは、行政とか公共のものでやると、
その無駄が増えすぎることにより負担が大きくなってるよねみたいな批判にさらされるみたいな。
そこのバランスがすごい難しいなっていうのは。
多摩の場合は全部、今、市から公園、
多摩は別に民間の地域団体でやってるんで、
山積とかではないんですけど、
共産地域の商店からもらって、
21:03
サントリーさんとか、
共産で回してて、
市では公園っていう形で、
博付けだけしてもらっているっていう感じなんですけど、
それが良いかなって感じですね。
公共性が入っちゃうと、
そういうランダム性を説明責任に求められるときついですもんね。
補助金とか助成金とか、
どういう価値をそこで出したかみたいなのを説明するのは良いことなんで、
そういうとこでもらうのはいいかなと思ってます。
確かにバランス、説明バランス。
できる、じゃあできるけど、
それを理解してくれるかどうかは別っていう感じ。
結構今までの活動のおかげもあって、
皆さんわかってくれるんで、
それは良い感じですね。
人並みが増えれば増えるほど参加できる人が増えて、
参加してると自己効力感が生まれるようなコミュニティに在籍できる機会が増えて、
みたいなところですよね。
それを地域であるのか、
ネットで探せる人は別にいいと思うんですけど、
偶発的に歩いてて目に止まってみたいなものでデザインできてると、
より良い町にはなるようそうですよね。
そういう町で子育てして。
そういう町を作ったにも関わらずそこから出てくる。
まだ戻るかもしれないし。
逆に言うとそういう町が増えればいいって思ってるのかもしれない。
本当にそうだと思います。
僕のテーマは有機的な社会を作るっていうテーマを持ってるんですけど、
まさにそういう一個一個の個人と共同体ともう少し大きな社会と、
どう有機的につながっていくのかみたいなことをデザインできたらいいなって。
それがある種見たいものって感じですよね、世界一周しても。
面白い。
面白いな。
仕事もそうですし、子育てっていうプライベートでの営みが、
すばるさんの中でも有機的につながっている感じがすごくして素敵だなと。
それがちゃんと循環しているというか。
子育てでの学びが仕事に行き、仕事でのあれが子育てに行きというような感じになっているような気がします。
仕事でイベントとかやるんですけど、毎回来てます。
それが街で仕事をする良さですね。
確かにね。
両方とも楽しい。
家族イベントにできるみたいな。
それめっちゃいいな。
この街を良くしていけば自分の子供の街も良くなっていくっていう。
そういうのはもちろんありますね。
一緒に良くしていけるっていう。
感じづらくなって、昔はそういうのを感じやすかったんでしょうかね。
うちが働くことによってこの地域が。
24:03
極端な話、江戸時代とかは藩ごとにそういうのがあるわけじゃないですか。
うちが栄えると南蛮国になるやつ。
確かにね。
そのためにみたいなのはあったんでしょうけど、
今の自分の仕事がこの地域の役に立ってるかなんてわからないことが多い地域。
もっと言うと日本のためになってるかどうかもわからないし。
外資経済企業で働いてる人はどうなんだみたいな。
本当にそうだと思います。
難しいですよね。
どこに価値が届いているのかが、距離がどんどん長くなっていっちゃってるっていうのがあるかもしれない。
社会の流れとしてはどちらかというと分散というか、どれだけ自由にできるかみたいな話はありますけど、
その中にどういい意味で枠をつけていくかっていうのが大事かなと思っていて、
地域は地域、不中止は不中止とか、さかみ晴らしはさかみ晴らしみたいなのもあるし、
あと僕がやってるのは同窓会の活動もずっとやっていて、外大の同窓組織の活動やってるんですけど、
そこもある種、一つのコミュニティとして作っていて、
みんなそれぞれ仕事をしているけれども、一つの自分が出た大学っていうのでまとまっていく。
そこに貢献していくっていうのも自分の貢献感につながっていく話でもあるし、
自分がやったことによって良くなっているなっていうのが見えるっていうのを作っていった方がいいだろうなっていう風に思ってるんですよね。
そういう分散型の社会だからこそ、どこに何がつながっているかわからないからこそ、
どこにつながっているかっていうのは一応見える場があった方がいいんじゃないかなっていうのは僕は思ってることなんですよね。
ブロックチェーンとかができてくるとそこら辺が見えやすくなってするのかなとも思うんですけど、
今のところまだイメージが湧かないんで、今の状況としては地域とかそういう枠を空いて作っていくっていうのが一個効果的なものなのかもしれないなと思ってるんですよね。
確かにアイデンティティをタグライン付けしていくみたいな。
タグライン付けの役割として地域はめっちゃでかいですよね。
なりやすいですよね。
なりやすいと思いますね。
何にもとらわれないってすごい理想的というか理想的に見える、ユートピアに見えるんだけど、いざなってみると自分がふわふわしちゃうみたいなところがあるから。
所属感がないというか。
身体制度のギャップみたいなのがある気がする。
かっこ悪いですからね。モンゴル法木民がイギリスでめちゃくちゃ強い強大な舞台で、いつ死ぬかわかんないみたいな、だからもう強くなり続けるみたいな思想になっていたことを考えると。
歴史が証明してくれる。
強くないと移動できないっていう。
略奪しないといけないし、みたいな。
当時はね。一定の場所に留まってる方が穏やかに、濃厚民族の方が弱いけどね。
27:07
みんなで協力しながらいたのね。
あるかもしれないですね。
他なんかありますか?
今まで話聞いて、子育てっていうテーマだったからさ。
ずっと考えてたのは、やっぱり子育てをする地域の何かイベント、地域の一貢献者としていろいろ動いていきたいなって思いは芽生えた感じです。
子育てする場所、地域に何かボランティアでもいいし、何かのプレイヤーとしてちょっとでもいいから参加するっていうのが結構大事なんだろうなって思いましたね。
多摩で、毎月第4土曜日かな、掃除をしてみんなでピクニックするっていう。
おじぎりを食べるっていう。
結構最近掃除のイベントがよくありますけど、それやっていてめっちゃ楽しいです。
どこを掃除するんですか?
駅の周りを2班とかに分かれて、だいたい最近多くなってきて、子供が多いんだけど、30人とか40人くらい集まって、励勤員さんとかも来て。
みんなで見拾いして、地域にあるお惣菜屋さんのおにぎりを150円で買って、みんなで人工芝の上に座って食べる。
楽しい。
めちゃくちゃいいな。
そういうのを日常的にやっていくのが楽しいし、それが繋がりづくりだし。
ガンちゃんはどう?感想というか、これまでの話聞いて。
すごい面白い視差が多かったなって思っていて。
居心地の良さの追求みたいなのは確かに面白い視点ですし、なかった視点だなっていうのも。
そこに対して居心地の良さってどういう風に規定されるのかって、完全に一人の主観だよねって思っていた部分もあったけど、
それを環境要因で作り出せるみたいな可能性は今日すごい感じていますね。
それがランダム性のある非効率性の高い人の営みみたいなものに起因されていることがあるっていうのはすごい勇気づけられること。
もっと無駄なことを増やしたいなみたいな。
無駄大事。
無駄大事。
そこのバランスが一方で、先ほどおっしゃったようにスポンサーがいてなりたっているみたいなところでは、
スポンサーは理順を追求して得た理順を回してくれているっていう、たぶんその役割の分担みたいなところ。
マクロで見た時には特に日本の場合はだいぶ税収が減ってきて、増えてはいるんだけど、
30:04
成長産業が減ってきているみたいなところがある中で、優秀な人であったりとかチャレンジできる人はそういうところで勝負し続けてほしいなと。
逆に勝負している人が地域とかに貢献できているんだなみたいなところを感じられる機会みたいな。
CSRとかCSVの活動がちゃんとその人たちに届けるようになったらいいなとかっていう感じがあって。
確かにね。
優秀な人が育っていく度合いにはそういう地域があったりするので。
なるほどね。
そこは本当に役割分担で、地域が豊かであってその中で育っていった人が優秀なまま行っていく。
だからこそ還元する意味があるっていう、この循環を作っていけるといいなと思っていますね。
まさに。
なんかワクワクしてきた。日本の未来にワクワクしてきた。
全て繋がっているなっていうのはいいなと思う。
逆に今はそういう社会的意義がある人に、ところに優秀な人がどんどん流れてきている傾向はあるなと思う。
それもいい傾向だなっていうふうに思っているけど。
逆にさっきのランダム性のある無意味なことに対してその優秀な人が受け入れられないんじゃないかっていうのもちょっと今浮くと思って。
合理性の塊から降りてきてくると、不合理性の塊のところにこれが本当に意味あるんだろうかみたいなものを実感するみたいなものを
ちゃんと理性駆動で考えられるんだろうか。
そうね、確かに。
むずいね。
でもそれは僕らみたいな地域のコーディネーターの腕のみってところでしょうね。
適材適所で。
そう、だしその人をどううまく入ってもらうかっていうのをやるのは僕らの仕事かなっていう感じがしますね。
本当さっきのクリスマスツリーの話とかもね、やっぱもう主婦とか強いと思うんですよね。
いや本当強いよね。
ちょうど今月の20日に僕の小学校が廃校になるんですけど。
福岡のね。
そこでイベントがあるんですけど、その地域のおばちゃんたちの動きがやばすぎて。
一学年マックス100年ぐらいだった小学校でそんな大きな規模じゃないんですよ。
もう全然そんな団地の中にあるちっちゃい小学校なんですけど、そこが廃校になるっていうだけで張り切っちゃって。
街中の駐車場という駐車場を押さえてるし、実行委員会も膨れ上がってやってて、テレビとかラジオに特集されまくってて。
楽しみだね。
君たち何やろうとしてるのみたいな。世界征服でもしようとしてるのみたいな感じの。
それも最初からプロジェクトマネジメントしてとかそういうのじゃないのはね。
だってよくわかんないけどこの企業から協賛もらいましたみたいな。
雪だるま好きに大きくなってて、最初の要件と全然違うみたいな。
あれはね、すごいなっていう。
それが起こるのは豊かな証拠ですね、地域が。
33:01
その地域が好きだったっていうのと、やっぱりそこに自分の子供を育てたとか、いろんな思いが乗って育ってるんだろうなとか思うと。
クラファンとかやってクラファン支援したりしてすごく熱烈のメッセージもらって、実行委員会出てくださいよとか言われてたんですけど、
僕が出たらダメだったんだろうなって思っていて。
そういう意味でランダム性のあることをいかに大切にできるか。
大切にできる社会を継続できるかみたいなのは日本が。
さっきの掃除の話とかも文化度高すぎると思うんですよね。
掃除して楽しいみたいな。
そういうの楽しいんですよ。
文化度高すぎる。
めちゃくちゃ楽しいんですよ、掃除。
ベトナムの人に聞いたらもう意味わかんなくなるじゃないですか。
ゴミめっちゃ溢れてたんで、説教の家に行った時。
そうね。
だからもう掃除で楽しいなんて、どうなってんのみたいな。
文化度高いなっていうのは。
確かに。
それを守れるためにもいい街づくりみたいなものが機能していく。
その利益を、そのメリットをね。
維持したいなって思える人が増えるといいなって気がしますね。
日本のフードとして集団を大事にする、共同体を大事にするみたいなところが結構魂レベルでみんな共通して持っている感じがして。
同じことはアメリカとかでは起こりにくい気がしていて、
日本はその土壌が他の国よりは整っている、やりやすいんだろうなっていうのも感じます。
そうね。
ヨーロッパとかだとね、スクエアっていって、街の交差点みたいなところが広場になってるんだけど、
そこでお祭りやったりとかマルシェやったりとかがあって、
それはそれですごくコミュニティの基点になったらしい。
あ、そうなんだ。
そうそう。だからそこでいろいろあるんですけど、アメリカも結構そういうところがあって。
全然改造とは引っ張ったな。
全然全然。でもね、共同体のあり方みたいなのは結構違うかもしれないですね。
社会の成熟度の問題かなって気はしている。
なるほど。
余剰が生まれないとそういうことにならないから、そもそも。
だから先進国でしか生まれないんじゃないかっていうところと、
逆に言うと原始的であればあるほどそういうのはあるから、
そこの今、中間地点にはいる。
そうですね。逆に屋台がいっぱい出てるところだったら、
ストリートで結構いろんなことやられてたりとかもするんで、
結構それが逆にいいよねっていうのもあったりする。
フィリピンとかも、どこだっけな、インドネシアかな、
ジョグジャカルタとかのストリートとかも結構そういう目で見る人があって、
ある程度面白いんで。
なるほどね。
だって日本で今屋台出そうとできないですもんね。
逆にそれが継続してできてるっていうのは、ある種すごい。
36:03
し、楽しいよね。
にぎわいという意味ではめっちゃ繋ごしい。
楽しみだね。
楽しみですね。
またちょっとぜひ帰ってきたら。
ぜひお願いします。楽しみにしております。
身元でも。
途中見、途中見かみたいな。今どこですか?みたいなね。
フィリピンですみたいな。
ぜひぜひまた話聞かせください。
こちらこそありがとうございました。
本当に楽しかったです。ありがとうございました。
36:32

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