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#40. ③ぼくたちが信じたいものは?
2024-11-12 34:32

#40. ③ぼくたちが信じたいものは?

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それぞれがそれぞれの立場で一生懸命生きてる。そこに優劣も正誤もない。誰もが今生きてるだけで価値がある。周りの人や家族のために、私たちが出来ることって何だろう?


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00:06
はい、今回も前回からの続きになります。3本立てでやろうということになりまして、1回目がお父さんが一周期兼濃厚図識ということで式に行ってきたというところと、
お父さんへのいろいろ感謝とか、いろいろ言って、次に前回が実は統一教会を信じてた信者で、
それに対して我々が人生でどういう感情を抱いていたのか、結構複雑というか、なかなか言語化しづらい部分もあったんですけど、
このニュアンスとかもうまく前回お伝えできたかなというところです。
今回が改めてお父さんを忍ぶ回というか、忍んで過去にどんなことをしてくれたのかという感謝を改めて伝えるのと、
それに対して2人がどういう風に未来を生きていくのかというところまでお話できたらなと。
未来回、未来につなげる回ということで。
感謝はもう1回目で結構伝えてるから、それを通してどうしていきたいかみたいな。
前回の回でも壁ちゃんの神殿という言葉とかも出てきたりとかちょっとずつ見えてきてる部分もあると思うけど、
そういう話をできたらという感じだけど、そういう意味では感謝という意味ではどうですか。
ありすぎるからな。具体的なエピソードの話になってっちゃう。
じゃあ感謝はもうたくさんありますっていう感じで。
もうたくさんあります。本当にたくさんあります。
スタップ細胞もありますって感じだよね。
スタップ細胞もあります。ありがとう。
はいっていう感じでね。
まとめてしまいましょうこれは。
ありすぎてね。
もし言うなら愛情面。
お兄ちゃんも壁ちゃんは障害を持っていたりもするんだけど、本当にそこに対しても愛情深い家族ですよっていう。
そこの人を人として信じるみたいなところはすごいお父さんから学んでるところかなっていう感じで。
その信仰とか関係なくね。
じゃあ1個言うとしたら。
いいよ。
1個言うとしたら、改めてパパとママもそうだけど、パパの人格のおかげでいびつな壁家の構造が守られてた感はあるなっていう話だけ。
これもまたいずれするかもしれないですけど、私が養子で、このラジオの第1回目か2回目とかで言ったかもしれないけど、
03:05
パパと血は繋がってないという。
それも統一協会のいろいろ競技が関連しててそういう風になってるんですけど、
結構壁家は一般的な家庭ではない形ではあるんですけど、
結果的に今感じている自分の感情が愛情深い家族だったっていう風に感じれてる。
伝わっている感じれている原因というか、理由はもう完全に父。
パパのあれだね。
人格だね。
これはね、今の壁ちゃんの現状をファクトベースで知ってる人しかわからないことなんだけど、
これはねめちゃくちゃ難しい。
全部説明できればめちゃくちゃ納得してもらえると思うんだけど、説明できない理由もあるし。
本当にいろんな大変なことがありますっていうことだっけ。
それは今もなおでしょう。
でもそれを乗り越えてでも本当に愛情深い家族だったっていうそれだけ。
そこだね。
これはちょっとね、半分客観で見れてる俺だからこそ思うところというか大変ですよ。
大変なんだけどね。
同じ事象が起こったときにその解釈を分けるものって完全に愛情とか人格とか。
感情面だよね。
そうだよなと思って。
だから同じ事象でも感謝できるようになるのかそうじゃないのかみたいなところの影響が親からの影響が多すぎる。
確かに一時期は自暴自棄になってこんな家族なんかみたいな思ったこともたくさんあるけど、
そういう過程をどう築くかだよね。
っていうことも考えてる。
いいね。
未来の話にもつながるけどさ。
最終的に残る感情が愛されてたのか、愛情深かったっていう感情さえ残ればどうにでもなるというか。
06:20
どんなに大変なことが起こっても。
それをどう作っていくのかっていうのはすごい大事だなと思います。
いいね。
思いますか。
本当その通りだと思うよ。
そういう意味では今後ね、それこそカベちゃんはデザインっていう領域で、
そういう現体験から生まれた人の思いっていうものをちゃんと形にする。
そしてそれを元に生きていくこと。
信じる道を生きなさいってお父さんの言葉。
それもおじいちゃんからも言われていた言葉だっていうことをおかべちゃんがお父さんが亡くなってから気づいたらしいんだけど、
それをそれぞれの信じる道っていうところを行ってもいいんだっていう。
それを形にしてそれを元に行動することがすごくかっこいいよねっていう。
ところからロゴデザインっていうものも着想してる。
着想してるというかそういう風に言語ができるよねって感じだよね。
言語ができるっていうことに後々やりながら気づいていったって感じ。
だからロゴデザイナーとして今やってるんで。
ロゴデザイナーっていう名称がそもそも珍しいんだけど、
そういう思いでやっているっていうことがまず未来のことだよね。
そこで体制するというかいろんな人の信念に寄り添って生きていくっていうことは一ついいことだし、
それが家族とかにも絶対将来伝わってくると思うよっていうのはあるよね。
そうだね。だからまず仕事面で言うと、まずちゃんと皆さんが信じる道、
あなたがやろうとしていることを信じる道をそのまま行くっていうのは正しいこと。
かっこいいんだよっていうことをちゃんと形にしてあげる。
伝えられる状態にする。
かつ、それが世間的にも正しいというふうに証明されるためには、
ちゃんとその事業がうまくいくこと、成功するところまで見届けることっていうところも
セットで考えないといけないなっていうのは常々最近で考えていることで、
そのためには自分が力がまだまだなさすぎるから、
それをちゃんとつけていかないとなっていう。
一方で、きれいにちゃんと形にするっていうところで、
09:01
ロゴデザイン自体のクオリティもちゃんと上げていきたいなって。
で、ちゃんとショーも撮っていきたいし。
その先に何があるのかはよくわからないけど、
そういう人の確信に触れるようなデザイン、
心のお守りになるようなデザインをずっと作れていけたらいいなって思いますね。
それはいいよね。
それは多分、そういうことを仕事でやってるっていうのは
多分家族にも絶対伝わるから、いいと思うよ。
子供には…
別に説明をしなくてもいいし、でも大きくなって理解できるようになった時に
こんな思いでやってたんだっていう風にわかると全然いいと思うけどね。
でも子供って大体親のことなんてそんな深く知らないから。
知らないよね。私もパパからこういう仕事したよみたいなこと
どういう仕事してんのっていろいろ教えてくれたけど、大体忘れて全部。
やっと亡くなってお葬式の時とかに人からいろいろ話をよくよく聞いてみたら
パパってなんかすげえみたいなことを知るみたいな。
だから私が死んでから子供にはそれが伝わればいいや。
ぐらいの感じだよね。
そうね。
じゃあ、自分たちがやれることとしては
別にそんな押しつける、子供に押しつける
こうやって生きるといいわよみたいなのは
そんな直接的に言わなくてもいいけど
染み出して、それを感じ取って
子供が感じ取ってくれるように行動をする。
それもすら必要ない。
自分がそういう風に思ってやってるったら勝手に伝わるから。
ちゃんと覚え続けてること。
それこそ信念を持ってやり続けてること以外に何も何もない。
お父さんの仕事に対してさ、別に細かく何をしたかとか関係ないんだよ。
それを持って行動し続けてるからこそ
ああいう風な形になって現れて
いずれ何かしらでどうにか伝わるわけよ。
勝手に伝わるっていう。
そういう意味ではね、お父さんに関連するところで言うと
僕はね、お父さんの死に際っていうところを見させてもらって
死っていうものはすごく曖昧だけど大事なものっていうことは思っているので
いずれはちょっと死に関することを
事業なのかサービスなのかやりたいなと思っていて
一応構想とかも考えてたんだけど
なかなかマネタイズとかは難しいなっていう
難しいなというかできはするんだろうけど
ちょっとやっていいものかっていう哲学的な領域で
難しいなっていうふうに思っていたりとかもするけど
12:03
でも死ぬこと、あと生きることみたいなものはセットでやり続けていることで
生きることの中に今のすべての仕事が関わってきているなというふうに思っていて
そういう意味では僕もすごく勇気をもらっているし
死ぬまでに一人でも多くの人がそういう愛情であったりだとか
幸せに築いていける世界になったらなというふうに思って
今のすべての仕事には取り組んでますね
ガンちゃんは死のカウンセルサービスのことも
今年の初めぐらいに共有してくれたよね
それは構造として持っているし
今もやってみるんじゃないかなと思っているけど
ちょっと手継ぎの仕方とか
あともうちょっと自分が経験を積んでからでもいいのかなみたいなのもあり
そういうことだよね
どこかのタイミングでは実現しそうな気はしてる
あとは家族っていう意味ではね
仕事とかっていう未来の話はそうだけど
家族っていう意味で今後できてきた場合は
どう接するかみたいな具体的なところで言うと
たぶんお父さんから学ぶことは本当に膝と膝を付き合わせるじゃないけど
でも時間的にはお父さんも本当に忙しかったから
たぶん一緒に過ごすとかは少なかったと思うんだけど
そうなんだよね
膝と膝付き合わせた回数は全然ない
でもその瞬間瞬間だよね逆に言うと
たったちょっとの時間の話とかを
その姿勢から子供は掴み取ってるわけよ
相手の姿勢とかを
だから軽い言葉で言うと
ちゃんと生きることが大事だと思う
ナーナーにして子供がこんなこと言ってるからみたいなのだと
たぶんいろいろ抜け落ちる
だからそれって相当難しいよね
そういう意味では何か信じるものがある方が
自信があってやりやすいっていうのは
そうなんだよね
それが私も悩みじゃないけど
人のことを仕事を仰げてたら
仰げてるものがあったら
楽って言うと本当失礼なんだけど
今の心の信念だと
15:02
自分の主観だから
それをどれだけ信じれるかみたいなところ
自分に基準があるものと
目に見えない超越的なものに軸があるのとで
なかなか難しいなって思うんだよね
俺はそれで言うと答えは出てて
そもそも信仰であったりだとか
自分のいかに信じれるかとか
全部関係なく
これはこのラジオで何回も言ってるけど
大前提誰もが今生きてるだけで
価値があるっていう
それがあるだけで価値があるんだから
どういう思想でどういうことをやってたとしても
価値はあるのよ
だからその大前提を共有し続けること
これは俺の信仰みたいなもんだね
人の言葉を追うっていう感じではないんだけど
俺の中でこれを鉄則にして生きていくことが
余分な意思決定を減らすことにもつながるし
大前提そこが誰もが今生きてるだけで価値があるっていう
その前提の中でどうやっていくかみたいなところは
めちゃくちゃあるなっていうふうに思ってる
確かにそうだね
大前提っていうのがすごいしっくりくるかもしれない
その上で何を信じる信じない何を思うが
勝手に乗っかっていってるだけで
あなたの大前提は何ですかみたいなところは
いいかもねそこを考える
これは危うい言葉なんだけど
ドイツ教会で言うと原理原則みたいな話になってくるよね
この原理原則が違うとぶつかるわけよ
大前提が違うとね
例えば誰もが今生きてるだけで価値があるっていうことを
大前提とした時にドイツ教会の信者とぶつかるのは
彼らは誰もが生きてるだけで罪があるんだよ
原罪があるっていう
だから愛入れないわけよ
罪を償うための人生だっていう
これはキリスト教の人もそうなのかもしれないけれども
キリスト的思想が入ってるよね
だからそこの前提が
これは宗教みたいなもんだと思っているよ
とはいえ思想が違うとしても
こっちのスタンスとしては
あなたたちは生きてるだけで罪があると思っている人たち
18:02
だけどもそう思ってるあなたも価値はあるんだよって
俺は思える
だからそこの思想の違いがあってもOKなんだよ
そう思ったらさ
誰もが生きてるだけで価値があるって
マジ最強じゃね?
まあ勿論葛藤はあるよ
ギャルみたいな
マジ最強じゃね?
って思うじゃん
でもこれは最強だと思う脳裏質なわけないわけよ
例えばだけど
じゃああなたの家族がサイコパスに殺されました
その人価値ありますか?
価値ねえ
今すぐぶっ殺したいと思う
だよね
でもサイコパスは悪気もなく
自分の特性で快楽的にやっている可能性があるわけよ
それをどう扱うかというのは難しいわけよ
だから悪があるという風に考える方が
その悪の基準を動かせば
簡単にその人を休断できるという意味で
誰もが生きているだけで価値があるという風な考え方をする方が
ストレスがかかるシーンの方が俺は多いと思う
このクソみたいにムカつくこいつ
価値あんの?みたいな
日常的に起こる考え方だと思っているから
だから誰もが今生きているだけで価値があるということを言うと
それってどういうことですかという風に言われる人も多いから
ここは逆に言うと思考コスト高いかなという風には思っている
なるほどね
その上でも俺はそれで価値があるという風に思い続けたいという風に思っていて
さっきのサイコパスの例とかは分かりやすいんだけども
俺はそういう人ですら価値があるんだと思いたい
自分がそういう立場になったとしてもそういう風に思いたい
それはいろんな合理的な理由もあって
例えばだけどこればっかりは分からない
人類の歴史上どういう人が重宝されてきたのかというのは分からない
しこういう人が正しいというのもその時代時代によって変わるという大前提があるから分からない
し自分の例えば家族とかが死ぬみたいな事象も自分が死ぬみたいな事象も
それが良くなるのか悪くなるのかというのは自分で判断できないというのがあって
その価値を未来が勝手に決めてくれるって感じ
21:03
これ話すと長いけど
あとはダービンの進化論もそうだし
適切な生存的にはいろんな人がいた方が人類っていう
この個体としては生き残る確率が上がるよねっていう
だから障害を持ってる人とか生産的に価値がないと思っている人が
処理されるべきみたいなホロコース的な考え方
人種差別とかはありえない話だと思っているし
一方で今後いずれはひょっとしたら多分今も多様性って言われてる時代だけど
それの逆張りの時代も多分この後やってくると思うんだよいずれ
あとその振り子の構造だと思うんだけど
でもその振り子の構造の中でも
人類が向かっている方向はみんな幸せに生きよう
みんな価値があるっていう風な方向にうっすら進んでいると思っている
螺旋を描きながらね
だからそういう風に俺は信じているし
別にこれは押しつけるものでもないというか
すごい良い言葉だと思うよ
ガチャが初めてそれの言葉を言った時に私もこれ良いなって思って
解像度がどんどん上がっていってる感じはする?
その前提の上で行動するっていうのは俺は大事だなと思っているし
さっきの最強じゃねっていう風な
最強になるためのモロハは全然あるんだけど
それを乗り越えてもあまりあるぐらいの恩恵があるかなっていう風には思う
そのスタンスは共有していきたいですね
だからそういう意味ではその前提があると
子供とかの接し方とかも全然変わってくると思う
その価値ある時間を一緒に過ごしてくれること自体に子供に対しても有り難うになるし
そういう姿勢っていうのは子供にも伝わってくるとは俺は思う
今ね子敏家に毎週末遊びに来てくれる子供たちにも俺はそれを思っているし
なんとなく彼らにも彼女たちにも伝わってるんじゃないかなとは思っている
伝わらなくてもいいと思ってるけど
伝わってると思うよ
それはその言葉が思いついたのは2,3年前ぐらいなんだけど
24:05
バンライフ中だよね
バンライフ中なんだけどもそこにもやっぱり今回の話につなげると
お父さんの存在っていうのは多少なりともあるなと思っていて
やっぱり壁家はすごい大変だったんだけども
お父さんは歩けないし介護も必要だし話すことも難しいっていうところに対して
もう最後の10月26日最後の最後死ぬ直前まで
なんなら死んでからもなおずっと価値があるんだよね俺の中で
ってなるともう生きてなくても価値がある
そう生きてるだけで価値があるっていう言葉は生きてる人用の言葉だと思っていて
死んだ人用の言葉はまた別にあると思うんだけど
あとそもそも死っていう言葉の概念自体が人類共通で定義されてないっていうのが大前提
生っていうものはそれこそ受生のタイミングであったりだとか
いろんなところから定義は進んでいるんだけど
死ってめちゃくちゃまだまだこの100年単位ですら死の定義が脳死だったりだとか
心臓だったりだとか
あとは最近だとねSNSのアカウントとかの話もあったりだとか
あとは今後AIの話とかも出てきて
死に関する概念についてはまだ人類全体として解が出てないっていう
むしろどんどん曖昧になっていくんじゃないかっていうね
そういうのも含めて死については全然別軸で考える必要がある
だから生きてる人向けに生きるだけで価値があるっていうことだね
死んでからの価値があるってのはもうその通りだと思うけど
多分ちょっと別の言葉を用意した方がいいんじゃないかなって思うぐらい違うものだと思っている
という意味でお父さんにすごい気づかされている部分というか
そのベースの部分で教えてもらっていることはめちゃくちゃ大きい
だから今これはちょっとずれちゃうけど
社会保障費の中で高齢者の医療費負担を増やそうとか色を外そうとかいろいろあるわけよ
俺は概ね賛成なんだけども高齢者の負担を増やしてくださいっていうのはね
でも早く死んでほしいとは思ってないわけよ
その人の意思を尊重して生きてほしい
なぜなら生きてるだけで価値があるから
かつ老人の人高齢者の方って今俺らの世代の人はめちゃくちゃ軽視してると思う
27:10
っていうのは俺は課題感としてあって
彼らの経験であったり生きてくれてるだけで価値があるっていうポイントって
すごい事実の価値と今社会で扱ってる価値の差が大きすぎると思っている
けどそれは置いといても
これ難しいところだけど俺は尊厳死とかを選べる状態にしてあげるとかの方が大事かなとは思っているんだけど
いずれにしても生きてるだけで価値があるっていうことはお父さんから教えてもらったことだし
今生きるか死ぬかみたいな人がたくさんいるわけで
なんなら今日本は生まれてくる人よりも死んでいく人の方が多い国になってるわけだから
そういう意味でも毎日のようにそういう事例が増えてきている中で
生きたいと思う人に対しては俺は生きてほしいと思うし
ここで幕を閉じたいと思う人には幕を閉じさせるっていうことも
自分で知り方を選べるっていうのはすごく大事だなと思っていて
そこはちょっとさっき言った死の部分になるから
ちょっと生きてるだけで価値があるとは別の文脈になるんだけど
でもお父さんが延命するかどうかみたいな時も俺は心から生きてほしいと思ったし
生きてる人の立場としては生きてほしいと思うのが一番いいんじゃないかなと思っていて
でもその中でも自分の意思っていうものを大事にするっていうのは
なんかその命のやり取りって意味ですごく重要だなとは思うね
お父さんがね自分たちの価値観にも深く根付いてるよねっていう事の事例かな
そうだね
だから生きてるだけで価値があるっていうのと
元々の命題がお父さんみたいに愛情を伝えれるような
人生家族にするためにはどうすればいいかみたいなところだったから
そういう意味で何か他に考えてること言いたいこととかある?
30:09
医療とかの話になってくるか
どこまで家族がサポートできるかっていう
個人の意思と家族のサポートの限界と社会保障でできるところと
その意味ではね今は命をつなぎ止めるっていうことに対して
国の制度で手厚い保障があるけど
例えば3割負担になったりとかこういうものは外しましょうってなったら
それ個人が選択しなきゃいけないようになってくる
その時に今アカビちゃんが言ったような家族のサポートであったりとか
どこまで生きてる人が負担を背負うのかみたいなものは
より議論されることになるし
それが快楽的かつ短絡的な判断を社会でされるようになると
ディストピアみたいな世界になってくるから
そこはねだから政府もあれなのかもね
慎重なのかもしれないね
リアルの人も多分段階的に施行になるんだろうね
議論もそうだけど
家族のサポート限界があります
そうだったら結局国が個人の意思が尊重できない場面になったらどうしようっていう
そこを保障してるのは国だから
国ができませんって
そんな国にたくさんあるからね
まだ恵まれてる
日本がそうなるとは思えないけど
もちろん財政破綻してとかはあり得るかもしれないけど
それでも多分そういうところは残すんじゃないか
サハ的なところがバンバン改革してたらそんなこともなくなるかもしれないけど
もうこれはそこはなくならないでほしいかな
個人の意思を尊重できなく
制度のせいで尊重できない
無視せざるを得ない状態にはならないようにしてほしい
33:00
ぐらいかな今話せることは
ねえ俺がそういう話しちゃったからあれだけど
もっとお父さんから得たことで未来でこういうことやりたいみたいな
さっき元のお題に戻るとって話をしたけど
お父さんから得た愛情とか
子供とかそういうものに伝えていきたいよねみたいな
ところで言うと仕事の面ではさっきね
ロゴの話もしたし家族の面には
俺の話が半分ぐらいあるけど
生きてるだけで価値があるという前提の基礎説するとね
愛情っていうところとか勝手に伝わっていくんじゃないかな
みたいな話はしたけど他なんかあります?
それが全てだと思ってるけどね
最終的にその愛情がちゃんと伝わっているっていう状態が作れればいい
まあそれはねかなり前提の部分と
ゴールとスタートをざっくりとした話だけど
そのプロセスで
いやなんか別に具体的にならなくてもいいよ
話したいものがあれば
ここまで話したら今日はもう全然
もう200点満点って感じな気がする
そうだね
じゃあ聞いてくれてるお父さんに最後一言
ちゃんと人の言うこと聞きます
それは俺からもお願いします
ではではありがとうございました
34:32

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