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はい、本日は前回からの続きで、私のお父さんの話をしようと思います。
前回は、いかにかべちゃんが愛され慣れ子になってしまったのかっていうのと、お父さんが今もなおね、そんなマナー娘のさやかちゃんを見守ってくれてるかっていう話。
僕から見た目視点のお父さんのことっていうのを話してきたっていう感じですね。
前回ね、ちょっと、ぼかしてというか話していたことが、お父さんがすごく信じるものをずっとあったっていうふうに伝えたんですけど、
そこをね、ぼかすよりもラジオを聴いてくれてる人とかには伝えてもいいかなっていうもので、僕らは普通に公開をしてるんですけど、
お父さん、私の両親もそうなんですけど、旧統一教会の信者で、そこをね、必死に信じてやってきてたっていうところがあり、
そこの話を抜きにして、話すことが難しいなっていうので、そこもしっかり話していきたいなっていうふうに。
もう一つだけ付け加えると、ノートとかね、僕も書いてみたんですけど、なかなかやっぱり言いたいこと伝わりきれないなみたいなところは多段にあり、
あと報道されている内容も、変更報道っていうふうには思っていないんですけど、いろいろ切り取られている部分があるので、
大前提として僕、統一教会のことは組織とか思想レベルのところであんまり好きじゃないというか、はっきり言って嫌いですというような感じなんですけど、
それを差し置いてても、そこに巻き込まれている人たちのリアルなことっていうのは、全然世の中に知られてないなというふうに思うので、ちょっといい機会なので話してみようかなっていう感じですね。
ここは結構、ガチャも私もだけど複雑な立場で上手く言語化できるかわからないんだけど、私ちょっと頑張って話してみようかなと思ってます。
あと、その導入のところで一個だけ補足ね、その後話していいから。これ何度も話したりするんだけど、ポドキャストってSNSの中では一番感情が伝わりやすいメディアだというふうに僕は認識をしていて、
だからこそ、今聞いている人がどういうふうに聞こえているのかというのはちょっと気になるんだけど、それだからこそ感じてもらえるところもあるかなというふうに思っています。というのが補足ですね。どうぞかぐちゃん。
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私のスタンスも救急ドイツ協会に対しての組織レベルで、競技組織レベルでのスタンスで言うと反対です。抜けています。もう嫌いぐらいまで言っていいんじゃないかな。
ただ、昨日のラジオを聞いてもらえるとわかったと思うんですけど、その組織レベルの話と自分のお父さんお母さんが信じて、信じ抜いたこととか、信者の皆さんと関わる中で感じる感情はまた別の感情があって、そこは丁寧に扱いたいというか。
僕もさっき嫌いって言ったけど、嫌いはちょっと語弊があるなっていう。これ難しいね。嫌いっていうより一番近いのは無関心に近いのと、ちょっと怒りが混ざってるみたいな感じなんだけど、自分のドイツ協会に対しての感情を言語するとね。
その理由は本当にやってることがむちゃくちゃだったりもするし、それに対して返り見ないみたいなところもあったりとか、あと被害者とは思ってないんだけど、いろいろ弊害を受けた我々にとっては全然そこを返り見るっていうことをやってない組織なので、
そこに対してはここで話すことじゃないけど怒りも若干あるっていうぐらいの感じ。嫌いって言うとヘイトが向いてる感じになるから、若干ニュアンスとしては違うなっていう感じはしてて。
カメちゃんもね、嫌いなのかもしれないけど、俺はそんな感じですと。 そうね。ガンちゃんは無関心っていう言葉はずっと言ってたよね。で、昨日ちょっとこう怒りの感情を思い出したっていうのは言ってて。
それは本当にお父さん個人レベルの話じゃなく組織としてっていうところだから全然違う感じなんだけど、私も嫌いというか憎悪の思いはだいぶ克服したけど、一時期は本当にすごくて。
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なんでこんなに異性たちを放置したんだとか、自殺未遂した人とかもいるから、ガンちゃんも身近にいるし、
自分がいろいろ10代の時になんだこの宗教はっていう風に感じてきた。競技にいろいろ苦しめられてきたっていう事実は消えないわけだから、そこに対する憎悪と周りの同じように苦しんでる人が何百人何千人といるっていう事実を私が大学生ぐらいの時にだんだん見えてきたところで、
すごい憎しみの感情がわーっと出て、それを自分がそこから頑張って離れて、社会にいろんな価値観を獲得したり、それこそお父さんとかお母さんの改めて愛とかそういうのに触れていく中で、それがどんどん消えていった、克服していったっていう流れ。
でも過去にそういう時期があったっていうことが事実として残ってるっていう意味で憎悪の感情って言ってる。
まあまあそうだね。まあちょっとねスタンスとかはこの後話進めていく中でニュアンスをちょっと汲み取っていただけたらっていう感じではありますが、まあその前提があって、僕らの話はね、一旦今日は俺らの話は置いとこう。
で、もちろんそこにいろんな感情があるっていうことだけはちょっと理解してもらった上で、その上でね、僕の親もまだ信じていたりだとか、かべちゃんの親ももちろんそうなんだけども、信仰っていう言葉にひも付くんだけども、
まあ旧統一教会の教えを今も信じていて、心からね、そこを疑う余地もなく信じているというところが。で、これって全宗教に当てはまると思うんだけど、他人から見たらなんでそんな宗教儀式やってんのみたいなことってめちゃくちゃありますよね。
っていうことは普通に見たらたくさんあります。で、その前提でとはいえ、もう一つの側面とか、例えばキングボクシーとかマザーテレサとかそういう人たちを思い出してほしいんだけども、世の中にとっていいことをする場面っていうのもたくさんあるわけよ。
彼らが信じている世界っていうのは、いろんな宗教いろんな考え方があるんだけども、基本的には自分が良くなることと世界が良くなることを信じてるんですよ。基本的には。だから、そういう意味では、なんだろうな、闇の組織でディープステイトがあってみたいなそういうものじゃない。
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とにかく教えがあって、そこに共感して、それが信じたと信じて、それを盲信すると。盲信っていうか信仰するというところは、まああるよね。だからそういう、その信仰生活には、これもうまく伝わるかわかんないけど、少なからず心を打たれるところはある。
うん。それも事実。
そう。特に今回の話でいうと、お父さんについては、もう本当に、なんだろう、もちろんドイツ教会のことを信じてるし、ドイツ教会のことを信じた身としてこういう儀式が参加してほしいとかさ、俺らに言ってくることもあるんだけども、そういうの抜きにしても、鉄学者っぽいアプローチというかね。
押しつけてこない、みたいなところもあって、すごく敬重してくれるし、聞いてくれるし、それでもなお、信じてるんだよっていうことを言ってくるというかね。
で、ドイツ教会の人の中にそういう人あんまりおれはいなくて、お父さんがすごい特殊というか、そういう意味でめちゃくちゃ尊敬をしているし、もっと話を聞きたかったっていうふうに心から思える人。
イメージとして正しくないかもしれないけれど、嫌われる勇気の青年と鉄学者の対話みたいな、あんぐらい何を言っても受け止めてくれるというか、もう嫌われる勇気の青年とか意味わかんないくらいキレて散らかってたじゃん。
どういうことですか? そう、会ってどなり散らかして、すっきりして帰って、で、よく考えたらあいつ言ってることおかしいじゃんってどなり散らかすみたいな、そんな繰り返しじゃないですか、あれ。
面白いよね、あれ。 まあなんか、あの感じでも全然受け止めてくれる感じっていうか、まあそんなね、人の親に対してそんなになったことないけど、かべちゃんはあるんじゃない?
何が? え?お父さんになんかもう教会なんて嫌だ、みたいな。 あるある。ね、その時とかどうだった?
受け止めてた。なんか反論とかせず、そうだよねって。 うん。いや珍しいよね。
すごい珍しくて、なぜかっていうと、教会全体の風潮として、やっぱり本気で信じてるから、本気でこれを信じたら世界が良くなるし、これを信じなかったら世界は良くならない?
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それが子供に対しても強い感情が向くから、恋愛をしちゃいけないとか色々あるんですけど、教えから反したことをした時に、本当に善意で鬼の行走で止めてくる。
すごい極端な話を言うと、本当あんまり強いやつはいっちゃいけないかもしれないけど、暴力振るってわけでもないけど、なんていうかな。 いやまあいるよ。暴力振ってる人もいるし。
振ってるとか、学校に行かせないとか、学校に行かせない友達と遊ばせないぐらいまでいる。それが一見毒親のように見えてしまう。それを組織全体として起こってる。なぜかっていうと競技でそれが統一されているから。
それがね、これは難しいところで組織的にはやってないんですよ。カルチャーでやってるんだよ。だからそんなことを指導していないって言うし、教会は。でもそれは受け取り手次第でそういうことをやっちゃう人もいるっていうのがあるんだけど、
まあそれは少なからずあるし、そういう声を聞いた現役の信者の人はそんなことやる人いないって言うけど、そんなこと家庭でやってることを教会の中で報告しないわけよ。娘がこんなこと言ったから殴って黙らせましたみたいな言わないわけよ。だからそこはめちゃくちゃ隠れてる部分だよねっていう。
そう。で、お父さんのすごいところが絶妙なラインなんだけど、絶対的に信仰しているその信仰をよりも子供の気持ちをちゃんと尊重してた。のが伝わってた。
確かにね。それなかなか大事だよね。その伝わってるっていう状態が大事だよね。 娘 その伝わってて、でもお父さんもこの自分の信仰があって、子供がこれを信じたら本気に良くなるっていう風に思っているんだけど、ちゃんと聞く耳を持ってくれてたっていうのがすごいなって。
すごいよね。 娘 だから比較をしたわけじゃないんだけど、他の異性の子たちの話を聞いてるとそうじゃないところもあったりしたから、恵まれてたっていうとちょっと本当に失礼かもしれないけど、でもそう私は感じている。
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娘 かつ、結局、他の異性に対してその親が異性って言われてるんですけど、やっぱり子供の気持ち尊重している子供が一番大事って思わない親はいないんじゃないかなって思って。それがちょっと歪んでるから。
まあ、歪んでるというか、それも競技なんだよね。自分の子供じゃないって教えられる。 娘 ああ、神の子ってことね。 それを預かってるみたいな教えだから、だからこそそういうことが起きちゃう組織的な構造になってると俺は思っているし、みんな子供が可愛いし、でも子供それこそね、聖書の遺作検索っていうエピソードとか必ず教えられるんだけど。
遺作検索、簡単に話してみて。 娘 遺作検索は、アブラハムっていう。 有名だよね、映画になったりもしてるし。
娘 アブラハムが遺作っていう子供ができたんですけど、その子供を神様に捧げないといけない。で、遺作、人間以外にも牛とか羊とか色々捧げてたんですけど、なんだっけ、ちゃんとは覚えないんだけど。
娘 遺作を、自分の子供を神様の捧げるっていう名の下に、目の前で殺さないといけないっていう。で、自分の親としての愛情と信仰との戦いで、最後神を選んで、本当に首に包丁振り下ろすぐらいまで行ったけど、そこで止められて。
娘 信仰、あなたの信仰がわかった、愛情もわかったから、殺さなくていいっていう風に神から止められたっていうエピソード。 そう。で、まあね、その遺作検索サイトからね、ぜひ調べてもらえたら全然出てくると思うので、あれなんだけども。
神の言うことを自分の感情を押し殺してでも、 娘 信じる。 そう信じる。もしくは子供が可愛いとか、そういう次元じゃない戦いを人生の中でしなきゃいけないっていうことを、遺作検索はね、一つわかりやすい例だったから言うんだけど、
それ以外でも聖書のエピソードとか、いろんなエピソードを通して、まああと創業者じゃなくて教祖の人のエピソードとかを通してこんなにつらい思いをしてきて、こんなに世界のために、人類のためにやってきてるから、それを私たちも答えなきゃみたいなところが結構大きくて、
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そうなってくる時に子供よりも大事な何かに突き動かされて、そういう行動をする人っていうのは少なからずいるっていうところはあるよね。
そういうことをしっかりとわかった上で、なお子供の人格とかを尊重できる人っていうのは相当難しい。
なかなかいないよね。
そう、イメージしてもらえるかわかんないけど、1945年の日本みたいな感じの時に子供の命を一番大事だって思って言える人っていないと思うんだよ。
大日本帝国のために命を捧げること、英霊となることがこの国の土地を守ることだってみんなが思わされてるわけじゃん。
その中で、あなたの自由意志は大事だっていう話とかをできる人だってほぼいないと思うんだよね。
それと同じ、教会の雰囲気っていうのはちょっと語弊があるかもしれないけれど、そういう神の摂理っていう言葉を教会用語では使うんだけど、
神の計画みたいなね、ミッションみたいなものを遂行するためにみたいなところで、
旧統一教会の人はみんな同じ方向を向いてるわけですよ。
その中で、子供と本当に向き合うみたいなものって、普通の人だったら優先度下がっちゃう。
けど、お父さんはその優先度を落とさずに両方ともちゃんと向き合ってたっていうね。
それが何だろうな、すさまじい人間力がないとできないことだなっていうのはね。
どちらも基準を落とさずに両立させたっていうのは、精神的な感じ方だけじゃなくて、経済的な。
うちの家はお金に困らなかったって、少なからず私が感じているのもすごいと思ってて、経済的にも両立させてるように見せてたのはすごいなと思って。
結構、晩年は、うち、壁掛けやべえじゃんっていうのがいろいろ分かってきたんだけど、
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それでも私が大学卒業するまでは、お金にめっちゃ困ったっていう記憶はない。
そこもうまくやってくれてたんだなって。それはお母さんもそうなんだけど。
それも感謝。
すごいよね。行動としてもちゃんと立派にやっていたっていうところはあるよね。
いろいろその裏にもいろいろあるんだけどさ。お金困ってたやんみたいな。
そこはさっき言ったように、俺ら目線の話だから一旦そこは抜いたとして、だから全体の話を戻すと、
お父さんであったり、我々の親世代は信じるものがありますと。
それはもう聞く人が聞いたら普通にいいことなんだよっていうこと。
それを信じる上での組織的な弊害とかカルチャーの押し付けみたいなものは、状態的に発生しているんだけども、
それを乗り越えてというか、それを感じさせないって言ったらおかしいけど、
そういうこともやってくれてる人っていうのはほぼいない中で際立っているというところだね。
かつもう一個はみ込むと、これ若干我々の話にもなってくるんだけど、
信じるものが違ってくるわけですよ。親と子で。
我々は、僕とかべちゃんは、そういう考え方の世界を信じないという選択肢を取ったわけで、
僕もこれを親に言うときは、もう親関係切れると思って言ってたし、
それで最後だなっていうふうに覚悟を持って、21歳の時かな、20歳の時かな、話をしたりだとか、
それぐらい違うことを信じるってことに対してのコストってすごい高く感じるというか、
小さい時から天国に行くためにはこうしなきゃいけない。
一方でこれを貸すと罪を背負って地獄に行くっていうね。
そのための天国に行くための宿命を背負っているみたいなものから、
だからその教えを信じるのであれば地獄に落ちますって言ってるみたいなもんだから、
そういうね、何が言いたいかというと、信じるものが違うっていうことに対して、
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ものすごいコストがかかりますっていう。
本当にそうだね。
でも、だからこそ親子間関係とかはめちゃくちゃザタンになってる人もいるし、
表面上は付き合ってても、かなり備えになってる人もめちゃくちゃいる。
中で親関係っていうものを続けるっていうのは相当な意思がないとできない。
けどそれをちゃんとやってるのが壁ちゃんの家だし、
お父さんだったっていうのはあるよね。
何が言いたいかというと、信じるものが違ったり、関係が悪くなったりとか、
いろいろある中で信頼関係を築くのもそうだし、
ここにちょっと一番ギャップがあるなって思ってるのは、
冒頭に言ったように、スタンスとしては無関心であったりだとか、
憎しみも若干ある人もいれば、怒りもある人もいるという状況の中で、
それを乗り越えた上でも、僕らは親のこと好きなんですよ。
苦しい思いもたくさんしてきたし、何か間違ってることもあったし、
それは生きてれば多少なりともあるかなっていうふうに思うのと、
ここがめちゃくちゃ伝わりづらいところかな。
ここは親と喧嘩したっていうレベルのものじゃないというか、
明らかに理解できない人間特性というかを、
自ら選び取っている人とうまくやろうというか、
一緒に関係を築こうと思える人も少ない。
2世の中でもね。
ちょっと伝わりづらいな。
だから急いで追いつきを解散しろみたいなことも思ってる面もあれば、
27:05
そうじゃない面もたくさんあるっていう。
たくさんあるって言ったら語弊が。
これも語弊があるんだけどね。
基本的にはもう組織として、
あと教えとしていろんな弊害を生んでいるっていうことはもう分かっているから、
それを是正できる能力もないってことも分かっているし、
そういう意味ではもう解散してほしいっていうふうに思ってる部分もあるし、
中の人の声を聞いてても、これはもう末期だなっていう感じなんだけども、
でも一方でその信じて、そこを信じ続ける選択肢っていうのは、
与えてあげてほしいなっていうか、
究極の話ね、
急いで追いつきを解の教えが正しいか正しくないかって、
全人類誰も分かんないですよ。
適ってるかもしれないもんね、もしかしたら。
それを信じてるわけではないんだけども、
それはどの宗教に対して、どの哲学的思想に対しても、
全てを否定することは難しいし、
それを本気で信じてる人がいるっていうのは、
それこそ憲法に書いてある信仰の自由だよね。
そういう意味では大事なんだろうなとは思うね。
だからそうなんですよね。
信仰の自由もあって、
その上で旧統一教会早く増を振りかざして、
解散してしまえばいいって、
簡単に口走れば口走るほど自分自身が傷つく。
なぜかっていうと、親子だから。
そこは連動してて。
だから信仰の相互尊重っていう言葉を私は言ってるけど、
それぞれが信じる道を行ければいいと私は思っている。
それも信仰っていうと、
人の言葉を仰ぐって書くじゃん。
それが神の言葉なのか人の言葉なのかあれだけど、
仰ぐっていうことは自分じゃない誰かの言葉っていう。
そうじゃなくて、
もっと自分が信念っていう言葉をずっと口酸っぱく言っているとか気に入っているのが、
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人の言葉を仰ぐじゃなくて、今の心って書いて念じるじゃん。
人の言葉は今の心って書くから、
だから自分の心に今あるものをちゃんと信じる。
それがちゃんと相互尊重できている状態に、
親子レベルでもそうだし、社会レベル、世界レベルでもなったら、
いい社会になるんだろうなっていうところにつながってるんだよね。
私の中では。
それをどうやって実現すればいいかは分かっていない。
けど仮説で自分が得意なことで、
身の回りで需要がありそうなことでうまく実現できる方法は何かっていうところで今の仕事もしてるしっていう感じかな。
お父さんの存在はそれだけ大きい。
だから旧統一教会の話と親と子の信仰の違いみたいなものと、
それを乗り越えた家族愛じゃないけど、
そういうものがあって、
これややこしいのは信者の人とかが将来聞くかもしれないから一応言っておくと、
教えには愛の方が教えよりも強いって書いてあるんだよね。
だから人間は失敗してきたって言ってるんだよ。
愛の方を優先したからってこと?
だから統一原理っていう彼らの教えにのっとらないと人間は失敗するよっていう、
簡単に言うとね、そういうことが言われて、
愛の方が強いからそういう行動につながってしまうみたいなニュアンスで教えられているというところがあるから、
家族愛の方が上だっていうと彼らからすると違うんだよっていうようになるのがややこしいところで、
でもこれが組織的な問題を俺は作ってるとは思っている。
愛よりも原理の方が上だっていう。
だからこそ子供を犠牲にするとかは認めないし、世界のためだったら何でもしていいっていう。
キリスト教圏とかイスラム圏もそうだけどさ、
それこそ今テロを起こしてたりとかいろんなことって、
社会よりも重いミッションがあるときにそれをやるってしまうわけじゃん。
33:05
大義のために。
もちろん今の社会が正しいとは思わないし、完璧だとは思わないんだけども、
そこに対しての手段が社会との対話じゃなく、それを超えるものの押し付けじゃないけど、
それが暴力的手段なのか、政治的手段なのか、言論的な手段なのか、
それは様々あるんだけども、そういうことはありますよね。
だから難しいところではあるんだけど、僕ら目線では家族愛っていうところを大事にして生きるっていうことの方が、
人生を豊かになるんじゃないかっていうところが思っているポイントかなと思いますね。
これはね、誰に向けて話すっていうのを最初考えてる方が良かったね。
リスナーに焚き人に向かって話してるっていう前提なんだけども。
今回は結構、申し訳ないけど自分たちの生理のための時間に使ってしまった。
言語化は必要だと思うよ、二人にとって。
でも今言ったように旧トイテキュー側から見ると、いろんな言いたいことがあって、
ここはこうじゃないのにみたいなものはあるし、そういうふうに思って行動してる親のことも、
僕たちはある程度は理解してるつもり、彼らからすると全く理解されてないと思っている。
理由は信仰を捨てたから。
信仰よりも重いものは何もないのに、自分たちの子供はそれを信じなかったっていうところ。
それを仕方ないと受け止めてる人もいれば、もういずれ私が復帰してあげないと。
復帰っていう言葉を使うんですけど、私が取り戻してあげないとみたいな。
あのふうに思ってる人と、諦めてる人と、いろんな人がいるんだろうなっていうふうには思うけども。
一番大事なのは対話だよね。子供側もそうだし、親側も、
信仰とか原理とかそういうのを一旦捨てて、一旦真っ裸な状態で子供と膝つき合わせて話すっていうのが大事だと思う。
そういうことができないと思われている親側にも問題あるし、
そういうことをしないっていう子供側にも問題があるっていうのが一般的なことであるし。
36:00
だから今回の回で言いたいことは、ちょっと話がずれちゃったりもしたけど、
お父さんの信仰っていうのはすごく尊重しているし、それに対して行動してきたこれまでの行動は、
ひょっとしたら誰かを不幸にすることをやったのかもしれないけど、それは全く感じないというか、
本当に人のために動いてやってらっしゃったんだろうなっていうこと。
それを尊重もしてるし、尊敬もしてるし、その生き様はかっこよかったと。
心の底から思ってる。
もちろんこれを聞いた時に、こんな被害もあったりとか、こんな側面もあったとか言ってくる人いるかもしれないけど、少なくとも僕らはそういう風に感じているっていう。
かっこいいと思ってる。
これは信仰の違い、自分たちが信じるものの違いの上でそう思っているっていうことが今回のポイントというか。
違うけどかっこいいっていう。
ここがね、なかなかやっぱ難しいところかなっていう風には思いますね。
そうだね。
伝え方が。
でもだいぶ伝わったんじゃないかな。
これはノートとかじゃ無理だ。
このニュアンスは。
ということで今日はね、お父さんの信仰とそれに対しての僕たちの思いみたいなところを話しましたと。
話してよかったな。
天国にいるお父さんもね、聞いてくれてうんってうなずいて。
で、どっかからね、誰かを通してまた話しかけてくれるんでしょうという感じだね。
でしょうね。
ということでちょっと今日長くなっちゃったんですけども。
ありがとうございました。
ありがとうございました。