令和7年12月12日、第207回社会保障審議会医療保険部会が開催され、医療保険制度における出産に対する支援の強化について議論が行われました。正常分娩の出産費用は年々上昇を続けており、現行の出産育児一時金(原則50万円、産科医療補償制度掛金1.2万円を含む)では妊婦の経済的負担をカバーしきれない状況が生じています。本稿では、この会議で議論された新制度の方向性と今後の課題について解説します。
新制度の方向性については概ね一致しつつあります。現行の出産育児一時金に代えて現物給付化を行い、給付水準は全国一律とすることが基本方針です。手厚い人員体制を整備している施設やハイリスク妊婦を積極的に受け入れる施設には加算で評価します。アメニティ等のサービス費用は無償化の対象から除外し、費用の見える化を徹底することで妊婦が納得感を持ってサービスを選択できる環境を整備します。一方で、妊婦本人への現金給付の在り方や新制度への移行時期については、引き続き議論が必要とされています。
出産費用の現状と課題
正常分娩の出産費用は過去10年以上にわたり上昇を続けています。令和6年度の全国平均出産費用は約52万円に達しており、現行の出産育児一時金50万円を上回っています。平成24年度の約42万円から約10万円の増加となっており、妊婦の経済的負担は確実に増大しています。
出産費用には大きな地域間格差が存在します。令和6年度のデータによると、最も高いのは東京都で648,309円、最も低いのは熊本県で404,411円でした。その差は約24万円に及びます。妊婦合計負担額で見ると、東京都は754,243円、熊本県は460,634円であり、約29万円の差があります。
施設類型別にも費用の差が見られます。私的病院の平均出産費用は約53.7万円、公的病院は約48.4万円、診療所(助産所含む)は約52.6万円となっています。分娩時に診療報酬を算定している割合は全体の約8割に達しており、多くの出産で何らかの医療行為が行われている実態があります。
新制度の基本的な方向性
新制度では、保険診療以外の分娩対応を現物給付化し、全国一律の給付水準を設定します。分娩の経過は多様であることを踏まえ、特定のケースを「標準」とするのではなく、基本単価を設定して支給する方式が検討されています。軽微な医療行為などは引き続き保険診療として対応します。
手厚い体制を整備している施設への加算評価が設けられます。安全な分娩のために人員体制や設備を充実させている施設、ハイリスク妊婦を積極的に受け入れる体制を整備している施設が対象となります。身体的リスクだけでなく、精神的・社会的リスクを持つ妊産婦への支援体制も評価の対象として検討されています。
アメニティ等のサービス費用は無償化の対象から除外されます。お祝い膳、写真撮影、エステなどのサービスは、妊婦自身が選択できる形とし、費用の見える化を義務付けます。現状では多くの施設でこれらのサービス費用が入院料等に含まれており、妊婦が選択しにくい状況にあるため、この点の改善が図られます。
今後の議論のポイント
妊婦本人に対する現金給付については意見が分かれています。現行の出産育児一時金は出産に伴う一時的な経済的負担全体の軽減を目的としており、その性格を引き継ぐべきという意見がある一方、法改正により給付の性格が変更される以上、引き継ぐ必要はないとの意見もあります。出産費用が50万円を下回る場合に発生していた差額の取り扱いも論点となっています。
新制度への移行時期についても議論が続いています。妊婦の自己負担が年々上昇する中、できる限り早い段階での施行を求める声がある一方、拙速な制度変更により周産期医療供給体制が崩壊することを懸念する意見もあります。妊婦が希望に応じて施設を選択できるようにした上で、可能な施設から段階的に新制度へ移行する方策が検討されています。
地域の周産期医療提供体制への配慮も重要な課題です。過疎地域の小規模施設が赤字により撤退すれば、妊婦に長距離移動という身体的リスクを強いることになります。分娩件数が減少している地域であっても、施設の体制維持に係るコストが確実に賄えるような制度設計が求められています。
まとめ
第207回医療保険部会では、出産育児一時金の現物給付化を軸とした新制度の方向性について議論が行われました。全国一律の給付水準の設定、手厚い体制を整備した施設への加算評価、アメニティ費用の見える化という3つの柱については方向性が概ね一致しつつあります。今後は、妊婦本人への現金給付の在り方、新制度への移行時期、地域の周産期医療提供体制への配慮について、さらに議論を深めていくことが予定されています。出産を控えた妊婦にとって経済的負担の軽減は切実な課題であり、関係者の合意形成と速やかな制度構築が期待されます。
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サマリー
出産育児一時金の現物給付化に関する新制度について、日本の出産費用の現状や地域格差、医療の質が影響を与えることが議論されています。特に、地方の産科医療の維持と公平性のバランスが重要な論点として浮上しています。