1. 勝手に”ドキュメント72時間”をしゃべるラジオ
  2. 第117夜 『群馬フードコート、..
放送回:「群馬 伊勢崎 いつものフードコートで」(2016年5月20日)

サマリー

群馬フードコートは今回の舞台となり、老若男女が集まる場所であることが明らかになりました。フードコートは時間帯によって様々な人で賑わっていて、ショッピングモールの中に位置していることからも、多様性を感じさせる存在です。フードコートは田舎の方々にとって心地よく、個人商店とは異なる安心感を提供しています。また、コロナ禍でのフードコートの変化と状況を推測することで、さまざまな人々の交流や経済状況を感じることができるエピソードです。グンマのフードコートを訪れることで、地方の雰囲気や労働環境の変化を確認することができます。

群馬のフードコート
真夜中、コンビニの駐車場で。
このポッドキャストは、1つの場所を72時間にわたって定点観測する、
東航橋放送局のドキュメンタリーを大好きな2人が、番組についての感想や愛を語ります。
群馬・磯崎、いつものフードコートで、という課について語っていきます。
今回はですね、タイトルの通りフードコートなんですけれども、
それもそのショッピングモールの中にあるフードコートが今回の舞台です。
値段が安く、いつでもくすろぎる場所ということで、
本当に老若男女ですね、いろんな方が集まるような、
このフードコート、いつものフードコートに密着した3日間の会について、
こんな参加があったでしょうか。
はい、なんかね、もうこれ本当に、
日本の中でこういう場所がどれぐらいあるんだろうなって結構思わされたというか、
本当に関東のだだっぴろい平野の中で突如として、
宇宙船のようにって言ってましたけど、本当にその通りで、
急にデカデカとショッピングモールがあって、
そこに実際にフードコートがあって、いろんな人が集まるという感じなんですけど、
本当に農作業を終えたおじいちゃんおばあちゃんがフードコートにご飯を食べに来て、
ここにしか休憩する場所がないからみたいな、
そういう状況が今あるんだっていうふうに思わせるような、
今のこういうショッピングモールがいろんなところにあって、
時にはそういうロードサイドの光景って日本全国同じだみたいにやゆされるんですけど、
そういうような場所で、
本当に今の日本人の全てが全部入れだなっていうような人生が入ってる場所って、
これなかなかそんな施設ってもはやないなみたいに思えるようなところで、
よくこのフードコートっていう本当に日本で数えたらどれぐらいあるのか分からないような、
たくさんある場所で撮影をしようとしたよなっていう企画も含めて、
この会はある意味素晴らしい会だなってめちゃめちゃ思いました。
この群馬の伊勢崎だからこそ、
それこそ家族連れだけじゃなくて、
さっき本田さんも言ってた農家の老夫婦みたいなのもいるし、
あとは外国人がいるっていうのも一個特徴ですよね。
そうですね。
そういうのもあって、より普通の、いわゆるどこに郊外でもあるフードコートよりも、
ちょっともう少し多様な感じがするというか、伊勢崎らしいみたいなこと、
多様性みたいなことはあると思いますね。
だけど、今の日本社会全部乗せみたいなところがあって、
そういう本当にさっき言った通り、フィリピンとか南米からデスカセキに来てるような、
本当に近くが工業地帯っていうところもあって、そういう方々も来るし、
本当にかと思えば高校生も来るし、
若者も来るし、シングルマザーも来るし、みたいなところで、
多様性って言いましたけど、本当に多分今の群馬で巻き起こってる全てみたいなところが入っていて、
それこそ最初の段階でフードコートに行って何聞くんだろうって思うんですけど、
1日いると本当にその場所でいろんな人が変わる変わる来るじゃないですか。
こんな人も来るんだ、こんな人も来るんだって、
そこまで人々が、いろんな人が交差し合う場所ってなかなかないなって思うんですけど、
群馬の中ではこのまさかのショッピングモールのフードコートがそんな場所になってるんだっていうのは、
なるほどなと思ったし、本当に人間観察的なところで言えば、
1日フードコートにいたら本当にどんな景色が見れるんだろうなって結構思うようになったきっかけの一つでもありますよね。
確かにね。フードコートって時間帯によっている人が違うっていうのも一つ特徴ですよね。
本当に分かりやすいところで言うと、それこそ3時とか過ぎて、4時とか5時とか6時になってくると学生が急に増えるじゃないですか。
でも一方で午前中とかは家族連れだったりお母さんとかいたりして、
むしろ午後とかになってくると逆に仕事とかは引退した世代の人たちがいっぱいいたりしてみたいな、
そういう光景が平日は繰り広げられてるんだけど、
休日になるとまたガラッと変わって全部家族連れになってみたいな、家族連れとカップルとみたいな。
一方でまたぐるっと回って平日の夜とかになると意外と一人で食べてる人もいたりしてみたいな、
時間によってすごく表情を変えるっていうのもフードコートならではですよね。
フードコートだから結局レストランじゃないんですよね。
そうですね。
例えばラーメン食べようとか洋食を食べようとか中華を食べようとかっていうその時の決定によって行く場所が変わるんじゃなくて、
要はある程度全てが丸がめ冷麺からチャンポンからみたいな、ペッパーランチからみたいな、
本当に日本のチェーン店の全てみたいなのがそこに集合して、何を選んでもいいというか、
もはやそこで手作り弁当を食べてもいいみたいな、必ずしもそこで買わなくてもいいみたいなところは、
それも暗黙の了解的にあって必ずしもルール的には買って食べてくださいってことだと思うんだけど、
ひどい時にパック酒を持参するおじいさんって言いましたよね。
あれたぶんギリアウトですよね。
あれほんとギリアウトですよね。
あれは確実ギリアウトなんですよね。いくら総裁とかあそこで買ってたからといって、さすがにカップ酒で酒盛りはギリアウトなんだよなと思いながらね。
でも誰にも言われないからいいだろうみたいな感じで、ここしか集まるとこがないんだよみたいな。
いいっすよね。
で、2人ともつまんで先に行かれてみたいな感じで、親友同士で会うのが楽しみなんだみたいなのを聞くと、ギリアウトなんだけどじゃあしょうがないかみたいな。
そういうレストランではなくて、中は本当に暗黙の了解の中での市民の食堂みたいになってる。食堂というかリビングというか。
本当にそうで、途中に出てくる農家の老夫婦が、モールができてよかったって、散歩にもなるしっていうことを言うんですよね。
モールができてよかったみたいなことって、ショッピングモールが無数に立っていた時代、それこそゼロ年代とかには誰もあまり言わなかったんですよ。
ショッピングモールによって地元の商店街はシャッター街になり、悪になるみたいな、その建設が基本的にメインだったじゃないですか。
でも実体はもう10年代以降は、モールができたからよかったって思う人が多数になってきてるわけですよ。
特に住んでる人はそうなわけですよ、実感としては。
それが本当に農家の老夫婦の方が言うことによって説得力が尋常じゃなくているっていうか、散歩にもなるし、確かにそうだなみたいな。
その外から見た時のモールの外来種みたいな雰囲気と、そうじゃない感じが、すごいその発言に全てが現れてるなと思って、いいなと思ったんですよね。
結局その街の全部乗せみたいになってて、やっぱりショッピングモールのイメージって本当に土日に車で、それこそダタピロイ駐車場に停めて家族で行って、それこそフードコートでちょっとご飯を食べるかっていうイメージの中で、
フードコートの多様性
よくよく聞いてみると、さっきのパック酒のおじさんもそうですけど、パック酒飲んでるってことは絶対車で来てないってことじゃないですか。
そうですね。
農家のご夫婦も散歩がてらって言ってたし、あのダタピロイモータリゼーションの象徴みたいな感じの、みんな車でたくさん買って帰ってくみたいなショッピングモールかと思いきや、
平日の広場にはそういう普段の憩いの場みたいになってるようなおじいさんとかもいるっていうような、一つの側面だけじゃない全部乗せみたいなところがフードコートっていうかショッピングモールであるんだろうなっていうところがあって、
それがなんか普段の僕らが思うようなショッピングモールのイメージとはまた違うようなところもあるし、私やっぱその自分が人生の中で交差するかどうかわからない人たちがたくさんやっぱり交差してきてるっていうのは、
食べてるご飯もみんなバラバラでっていうところも含めて、なんか本当に全員バラバラ感が、なのに同じ場所にいますっていう、本当に時間帯が変わればまたさらに人も変わりますっていうところで、なんか夜頃になると明細の作業家が来た若者が現れたときは結構イメージ通りすぎて笑っちゃいましたよね。
いいっすよね、あのね。なんか職業なんですかって言って詐欺心ってやつですよね。いいっすよね、あの感じね。なんかこうフードコートがある世界とない世界って両方を見てるじゃないですか、この新しくできたショッピングモールだからこそない方の世界も知ってるわけですよね。
それに対してやっぱりあることによる便利さとか、あとはさっき本田さんも言ってたんですけど、いろんな人が集まることで、なんかモールがその都会にある匿名性悪いモールの中って得てるような気がするんですよね。
本当に田舎っていうか郊外って、誰誰がどこ歩いてたよみたいなことっていう世界じゃないですか。なんとかちゃんが風邪ひいてとか、男と歩いててとか女連れてたみたいな話とかもそうだし、そういうのがモールになった瞬間にいろんなとこから何万人も来てるから、突如東京とか大阪とか名古屋みたいな大都会と同じような匿名性を急に帯び始めるんですよね。
それが田舎の人たちというか郊外の人たちにとってはすごく心地いいもの。ちょっと生きる都会というか匿名性の場所だから逆に安心感もあるし、何者にもなれなくなれる瞬間がそのモールの中で存在するからこそ、モールの居心地の良さって多分そこにあるんだろうなと思うんですよね。
いわゆる街の付き合いの中での馴染みの商店とか、馴染みの食堂でほんわかした人々のやり取りがいいって、やっぱその都会の人間は思いがちですけど、やっぱそれだけじゃみんな行き詰まるよっていうのは結構フードコードに集う人々みたいなのを見て、それは本当に思いますよね。
分かりやすい刺激じゃないけどね。本当にざっくり匿名性っていうようなところで求めてるんだろうなというところはこのフードコードで思いました。
それがなおかつチェーン店っていうところもいいじゃないですか。チェーン店の安心感ってあるじゃないですか。チェーン店もさっきのモールとチェーン店って結構同じ部類だと思うんですけど、個人商店の敵みたいな感じで言われがちですけど、やっぱりチェーン店があることの安心感っていうのってあると思うんですよね。
分かりやすく言うと海外とかに行ってセブンイレブンあったりするとちょっと安心するみたいなことですよね。それに近い感じだと思うんですよね。そこまで極端ではないにせよ。何かこういつもの味がいつものどこにでもあるみたいなことのすごさっていうのはフードコードってそういう感じで。
それをもう何か一つこの安心感だったりとか、さっき本田さんが言ってたことにもつながってくることなんじゃないかなと思いますかね。
なんかそういうショッピングモールが持つ場所性みたいなところが浮かび上がる一方で、結構今回の回って本当なんかこう、かなり群馬全部載せたと思ってるんですけど、来てる人たちのそれぞれの人生みたいなのが、
フードコートでの人々の人生
本当にこういう人生があるのだっていうのが、それが良い悪いとかでもないし、すごくそこに幸せを見出してる人もたくさんいれば、やっぱり今のこの行き詰まる社会の中で少し上手く立ち入っていないって思ってるような人とか、
そういう人が一個一個現れていくから、全員群馬の人はこういう人ですとかっていうことではなくて、この関東平野のだらっぴろい群馬のいせ先にある中で、こんな人も住んでるし、こんな人生を歩んでる人もいるし、
例えば、日本全国で多分こういう状況が起こってるよなっていうような、高校生が100均でメイクドッグ買ってプリクラを取るみたいな青春もあるし、その子たちが帰ったかと思えばさっき言った明細の作業着の若者って、高校とか中退して行ってなくてっていうので働いてるっていう、
実は多分同い年みたいなその青春がこの場所で高校には行ってないけど、そこがクロスしていくようなこととか、そういう群馬感もあるし現代日本感みたいなのもあるし、そういう一つ一つの人生がすごい全文のせになってて、
ここまで話みんなから拾えるっていうぐらいあったなぁと思うんですよね。
もっとわかりやすく海外とか、海外って大きく言うとあれですけど、欧米とかのほうがもっとわかりやすく階級によってエリアが分かれるじゃないですか、言ってしまえば、労働者とかお金持ってるとか学生とかもそうですけど、
それがこのフードコートってそれが均一だと思うんですよね。だからそういう価値観とか金銭感覚もそうだし、別に社会的な地位みたいな話もそうだけれども、あと立ち位置、社会的な立場もそうだけども、それがみんなこのフードコート上では均等っていうところですよね。
いろんな人が集まれる場所になってるっていうことですよね。
で、それのなんかこう、それのなんか限界も来てるみたいなところもやっぱりあって、一億総中流みたいなその時代から、みんなマイホームを妨害に立ってみたいなところの時代からやっぱり流れてきてるから、さっき言った通り本当に海外と違って階級社会ではないんだけれども、
確かにみんな同じように都会の丸亀正面にもタワーマンに住む人は並ぶし、この伊勢崎の丸亀正面にももっと仕事がうまくいってない人とかが並んでたりするわけじゃないですか。そこの同一性があって、一億総中流みたいな言説は崩壊してるんだけど、
このフードコートの中でいろいろな人生が巻き起こりながら、同じ場所にいるっていうことが起こってるっていう、なんか限界も感じるんですよね。なんかそのこれまでの日本の崩壊みたいな、要は昭和の崩壊みたいなところが、このフードコートによって可視化されるっていうよりはそうなっちゃってるみたいなところがあって、それがこの一個一個インタビューしていくごとに分かっていくっていうところがあって、
ちょっとそれは恐ろしいことだなっていうのも同時に思うっていうことで、真面目風に言うとですね。だから、こんな人がいるなっていうことだけではない、一個一個見ながらそういう頭の抱え方もするような回として、割と重要というか、このタイトルとか場所設定からでは全然わからない重要さが結構隠れてる回だなっていうのも思うんですよね。
なんかここが72時間の残酷さみたいなところでもあるような気がするんですけど、じゃあどうすればいいんだっていうことを教えないっていうか、解がないじゃないですか。
その途中出てくる人で言うと、20歳の息子とお父さんがご飯食べてて、その20歳の息子は工場勤務なんだけど、その工場でいじめにあって最近退職しちゃってみたいな、お父さんが丁寧すぎてるけど働かなきゃいけなくてみたいな話とかあって、そういう風景の話をフードコートでご飯食べてるんでインタビューして聞くけれども、じゃあどうしたらいいんだみたいなことは特に考える暇もなく次の人に行くわけじゃないですか。
それって記録としてはすごく正しいやり方なんだけど、めちゃくちゃ残酷な切り取り方じゃないですか。
本当そうですね。
別にこの方だけじゃなくて、もっと今回って結構そういうのが多いじゃないですか。
海外から来て家族に会いたくてテレビ電話してるみたいな方もいらっしゃいますし、一見楽しそうに見えてもそうじゃないっていうこともあったりとか。
そこがフードコートっていう場所、さっきの匿名性みたいなところにも関係してくるのかもしれないですけど、集まりやすい場所だと思うんですよね。
家でもなくて職場でもない、いわゆるサードプレイス的なところで、集まりやすいからこそそういう思いを持った人というか抱えてる人も来やすい。
しかもそれがチェーン店だから安心して来れるみたいなところにつながっていて、こういう今回のような回になっている。
てかそもそも伊勢崎のフードコート自体がこういうふうに、2016年自体は切り取られているかもしれないなと思いますかね。
うん。だからこれは本当に過去回で取り上げたっていうところもあって、ここから日本がさらに悪くなってるような気もするし、でも変わってないような気もするし、
もしかしたらこのフードコートの中だけの話かもしれないし、それはわかんないんだけど、ただこの残酷なそれぞれの人生における現実みたいなところはこうやって記録されているっていうのが本当に淡々とあって、
なんかそれが別に社会問題としてくくられている全然わけでもないし、っていうところがこのフードコートが持つ魔力というか、
当たり前じゃんってみんな多分思うとは思うけど、それはフードコートいろんな店があって誰でも来れるからそれはいろんな人いるよねって、
当たり前なんだけど、実際にいろいろインタビューしてくるとこんなにいろんな人生が繰り広げられている人々が、
特にそこについては触れずに普段、チェーン店のご飯を美味しく食べて帰っているような場所なんだなって思うっていう、
そこの本当に恐ろしさじゃないけれども、実際そういう現実があるのだっていうのが2016年時点で見えてくるっていうのがあるので、
アーカイブとしては非常に重要な回です。
今のそれこそ2023年の話で言うと、またちょっと状況は変わっているような気はするんですよね。
大きく言うと、コロナがあったことによって大きく変わったのって、
この言い方が合ってるかわからないですけど、日中男性が一人で歩いていても通報されなくなったっていうことだと思うんですよ。
どういうことかって言うと、要はこれはもう本当に今の時代だからっていうのは昔そうだったっていうことだと思ってもらえばいいんですけど、
基本的に男が働きに出るもの、成人男性が一人で昼間歩いているっていうのは基本的に職がないやつみたいなことのイメージだったんだけど、
でもコロナ禍を経て、いわゆるパブリックイメージだっただろうね。
だけどコロナ禍を経てテレワークみたいなことがあるようになった結果、別に大人でも別にそれはもう今男女関係なく日中歩いていることもあるし、
僕もよくフードコートに行くんですよ。フードコートでたまに仕事したりしてるんですけど、それは何でフードコートで仕事してるかっていうと、
コロナ禍のフードコートの変化
それは本当にさっき本田さんが言った人間観察じゃないけど、いろんな人がいるなっていうのを感じられるから僕はフードコートで仕事たまにするんですよね。
そこそこうるさいんであんまり集中できなくて、あんま長い時間はいないんですけど。
ご飯食べるついでにとか、その感じが逆にコロナでいろんな人が、男性が一人で歩いてても違和感なくなったっていうのもあるし、
なおかつそこにやっぱりいると思うのが、コロナがあったからこそそういう繋がりを求めている人も結構来てるんじゃないかなっていうのは思うんですよね。
居酒屋みたいなので集まれなくなったとか、どこどこで集まれなくなったけど、フードコートだったら開けてほしいんじゃないかみたいな、結構僕コロナ禍に行ってたんですけど、
結構フードコートだけはいつでも人がいたんですよ。
それはすごくコロナ禍で、そうやって状況的にも変わったことだし、たぶん今の2023年になると、よりもうちょっと今回の悪い人たちよりもっとコミュニケーションを求めてきてる人っていうのが増えてるんじゃないかなっていうのは、
これは推測なんですけど、見てて今と比較してっていうところだと思いました。
確かにフードコートって昔のイメージだと、本当に人がいてご飯食べる場所を売って、それ以上でも以下でもないし、何なら本当に人が多くてうるさいから行きたくないぐらいの感じだったのが、
今だと確かにコロナ禍の時とかも、あそこなら空いてるんじゃないかみたいな感じ的なところもあるし、
確かに当時はそういうふうにして、いろんな人が、目色ではありますけれども、同じ空間にいて、人が生活してるっていうのは感じられるっていうのはあったでしょうしね。
だからこのフードコートに行ってみたいですけどね。今だからこそ。
そうですね。
どういうふうに変わってるのかっていう。
逆に何か全然変わってないっていうのはそれは面白いじゃないですか。
それもあり得ると思いますけどね。
全然あり得ると思いますよ、結局ね。別にコロナ禍で大きく変わったのはそういう都会だけだったみたいなのもあるわけじゃないですか。
だからね、そういうのも含めて、また今だからこそ見に行きたいとかっていうのはありますかね。
そこが多分あれかもしれない。来てる人の雰囲気みたいなのも変わってないかなと思うんですよね。
そうですね。
やっぱりこういう場所、結構近くに工業団地みたいなのがあるっていう感じで、結構作業服着たままお昼飯食べる気がしてると思うんですけども、結構多く出てましたし、今もそこは変わんないんだろうなっていうところもあるし、
そこに結構関連して、例えば派遣社員だと厳しい状態でとかっていうのは今も全然あることだから、そういう人たちもたくさん来てるだろうし、あとは外国人の方とかも、出稼ぎの方はどんどん年々増えてるような状況だから、
そこもグンマの状況は変わってない可能性もあるし、そこをちょっと確かにウォッチしたいというか、確認したいっていう。
ありますね。
よくこのフードコートを選ぼうと思ったなって思います。
本当ですね。ここまでのことが2016年のフードコートに着手して見えてたのかっていうことですよね。
企画段階でね。
企画段階で見えたのか。とりあえず行ってみようって言ったら結構いろんなものが取れたのか、どっちかな。
進めるなあ。
地方系はね、でも割とちゃんと考えていってる感じもあるから、あるんだろうなあっていう。
そういうとこ選ぶんだなっていうのもあったので、この回は非常に自分の心の中にも結構残ってる回。
では今回は以上となります。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
26:26

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