香川県丸亀市に位置する丸亀城の歴史や見どころ、日本一の高さを誇る石垣の魅力についてまとめた音声解説です。
個人で後から作品や資料を見返すにあたり、重要な情報を整理・記録する目的で作成しました。
※AI音声による自動アナウンスのため、一部読み上げや発音におかしなところ(不自然な点)がございます。あらかじめご了承ください。
Gemini Notebook で音声解説を作成しました。
作成日:2026/10/02
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サマリー
香川県丸亀市の丸亀城について、高さ約60メートルに及ぶ日本一の石垣と、現存天守の中で最も小さい天守との対比を解説する。扇の勾配は、防御力と石垣の安定性を両立させる構造で、古い技術書と現代の3次元レーザー測量が一致したという。築城の歴史や長坂十三郎の伝説、江戸時代の積み直しにも触れる。2018年の豪雨・台風による崩落では約6000個の石を復旧中で、過去の石垣の発見やグラウンドアンカー工法の採用によって完了予定が2028年3月に延びている。見学では石垣の積み方や刻印、復元アプリ、復旧PR館、大手門から本丸までの眺望、夜のライトアップが紹介される。最後に、変化しながら生き続けることを丸亀城の「本物」と捉える見方が示される。
丸亀城の石垣と小さな天守
今日は、2026年9月25日の金曜日ということで、絶好の秋の交絡シーズンですね。
はい、本当にいい季節になりましたよね。どこかお出かけたくなります。
そうなんですよ。そんなお出かけ日和の今日をお届けするのは、現在進行中の人気企画、秋の天使学特集の第9弾です。
おっ、もう第9弾ですか。
今回、リスナーのあなたと一緒にキリオシティノーツをリプライしていくテーマなんですが、香川県丸亀市にある現存十二天使の一つ、丸亀城です。
出ましたね。名城中の名城です。
別名で亀山城とか、蓬莱城とも呼ばれるお城ですよね。
はい、その通りです。
今回はこの丸亀城の魅力に迫るわけですが、手元には丸亀市の公式情報とか歴史ガイド、あとはちょっとマニアックなんですけど、
何でしょうか。
三の丸石垣の復旧勾配についてっていう石垣修復の専門的な測量データなんかもあるんですよ。
それはかなり本格的ですね。
はい。今回はお城初心者の方にもわかりやすく解説しつつですね、なぜ丸亀城の石垣が日本一高いと言われるのか、その美しさの秘密を探っていきます。
現代の最新技術を使った修復プロジェクトなんかの話もぜひしたいですね。
そうですね。では早速ですが、丸亀城の最大のアイデンティティである石垣の全体像から教えてもらえますか。
まずその圧倒的なスケールなんですが、山陸から山頂まで折り重なるように築かれた石垣の総高が約60メートルあるんです。
60メートル。ビールだと20階建てくらいですかね。
そうですね。これが日本一の高さを誇っています。
日本一。
はい。さらにですね、単独の石垣としても三の丸久保の矢倉台と呼ばれる部分が約31メートルありまして。
31メートルって言うとそれだけで10階建てのビルですよね。
ええ。これは大阪城に次いで全国で第2位の高さなんです。
いやーとんでもない巨大建造物ですね。
しかも山の頂上に本丸を置いてその周りを渦を巻くようにぐるぐると螺旋状に囲む渦角式という縄張りが採用されています。
渦角式ですか?
はい。非常に防御力が高い構造なんですよ。
これ、自分が攻め込む側の敵兵だったらって想像すると絶望的ですよね。
と言いますと?
だって、ただでさえ高い石垣の上から鉄砲で狙われながら、終わりのない巨大な螺旋階段を延々と登らされるようなもんじゃないですか。
まさにその通りです。その心理的な圧迫感も計算されているわけです。
ですよね。でもちょっと不思議に思ったのが、
これだけ巨大な要塞の頂上にある天守が独立式相当型の33階という作りで、実は現存天守の中で一番小さいんですよね。
よくご存知ですね。そこが丸亀城の非常に面白いギャップなんです。
なんであんなに巨大な石垣の上にちょこんと小さな天守が乗ってるんだろうって。でもそれがすごく美しいんですよね。
はい。視覚的なバランスが絶妙なんです。そしてその美しさの秘密を語る上で欠かせないのが扇の勾配と呼ばれるカーブです。
出ました。扇の勾配。下の方は緩やかで、上に行くにつれてぐっと反り返るような、あの美しい曲線のことですよね。
ただ、あのカーブは単なる芸術的なデザインというわけではないんですよ。
違うんですか?
実は防衛力と構造的な安定性を両立させるための極めて高度な物理学の結晶なんです。
構造的な安定性ですか?
はい。石垣の裏には大量の土が詰まっていますから、内側から外に向かって崩れようとするすさまじい圧力がかかるんです。
なるほど。雨が降ったりしたらもっと重くなりますもんね。
その通りです。だから、下を広くして踏ん張りつつ、上を急角度にして敵を登らせない、そのギリギリのバランスを狙ったのが扇の勾配なんです。
いやー、人間が重い物を受け止めるときに足を広げてぐっと踏ん張るのと同じですね。それをコンピューターもない時代に計算してたなんて。
本当に驚異的な技術です。では、なぜこれほど見事な石垣が作られたのか、ちょっと歴史的な背景にも触れてみましょうか。
築城の歴史と長坂十三郎の伝説
お願いします。誰がこの設計図を描いたんですか。
最初は、生駒近政、それから生駒一正、そして生駒正俊といった、生駒氏の時代に築城が進められました。
生駒氏の時代ですね。
はい。ただ、一国一条例などの影響もあって、一度は廃城になってしまうんです。
せっかく作ったのに。
そうなんですよ。でもその後、島原の乱などの影響で防衛を見直す必要が出まして、
関栄20年、つまり1643年に佐渚に入ってきた山崎一晴という大名が、築を開始します。
山崎一晴。資料によれば、この人って築城の名手だったんですよね。
大阪城の集築なんかでも大活躍したプロフェッショナルです。
プロの仕事だったから、あの見事な石垣ができたわけですね。
はい。そしてその後、峡谷隆一という人物に引き継がれまして、1660年にようやく天守が完成しました。
いやー、何代もかけてようやく完成したんですね。
そうなんです。ただ、この見事な石垣の裏には、ちょっと背筋の凍るような伝説も残っていまして。
ああ、あの葉坂十三郎のエピソードですよね。これ、リスナーのあなたにもぜひ聞いてほしいんですが。
はい。有名な免疫執行の悲劇ですね。
十三郎は、あの素晴らしい石垣を作り上げた後、自分が作った石垣をひょいひょいと簡単に登ってみせたそうですね。
ええ。それを見た上司の山崎家春が、感心するどころか激しい恐怖を感じてしまったんです。
彼がいれば、この難航不楽の城も簡単に破られてしまうんじゃないかって。
そうです。それでなんと、井戸の中で十三郎を暗殺してしまったと言い伝えられています。
いやあ、あれほどの美しい石垣を作り上げた見事な仕事が全く報われないなんて、権力者の恐怖心が生んだまさに人間の業ですね。
本当に痛ましい伝説です。
リスナーのあなたはどう感じますか?優れた技術が権力者を脅かして消されてしまうなんて、現代のテクノロジーの世界でもちょっと考えさせられる話ですよね。
古代技術と現代測量が解く石垣の構造
そうですね。ただ、その彼らが持っていた技術というのが、実は単なる職人の勘だけではなかったということが最近の研究で分かってきたんです。
あ、それがさっきの専門的な測量データの話に繋がるわけですね。
はい。1655年に書かれた石垣机を目録という技術書があるんですが。
秘伝書みたいなものですか?
まさにそんな感じです。その古いデータと現在の最新の3次元レーザー測量の結果を照らし合わせてみたんですよ。
あ、そしたらどうなったんですか?
なんと驚くほど一致したんです。
え?400年前のマニュアルと現代のレーザー測量のリバースエンジニアリングが一致したってことですか?
はい。測量によって石垣は高さに応じて、およそ2メートルから4メートルの間隔で意図的に勾配に変化を持たせていることが判明しました。
2から4メートルごとに少しずつ角度を変えていたと?
ええ。しかも初期の勾配、つまり地面に近い一番下の部分は65度以上という非常に急旬な角度で立ち上がっているところもあるんです。
ちょっと待ってください。さっき下の方は緩やかにして踏ん張るって言ってたじゃないですか。一番下が65度って結構急ですよね?
そこが面白いところでして、あまり緩やかにしすぎると敵が簡単に歩いて登れちゃうんですよ。
ああ、なるほど。防衛機能として最低限の急角度を保ちつつ、そこから数メートルごとに絶妙に角度を変えて重心をコントロールしていたのか。
その通りです。完全に数式化されたアルゴリズムだったわけです。
すごいな。でも、いくら計算が完璧でも相手は自然ですからね。ずっとそのままというわけにはいかないですよね。
実際地中部の発掘調査をしたところ、標高32メートル付近に江戸時代の積み直しの痕跡が発見されました。
積み直しですか。江戸時代の時点ですでに一回崩れてたってことですか。
災害復旧と現代工法
はい。その時、胴着と呼ばれる丸太のようなものを地中に敷き詰めて地盤を補強する修理が行われていたんです。
つまり江戸時代の時点ですでに崩落があって、当時の職人たちが設計変更しながら必死に直していたんですね。
そういうことになります。
完成品としてずっとそこにあったんじゃなくて、常に自然と戦いながらアップデートされてきた生きた建築なんですね。
まさにその通りです。そしてその自然の脅威との戦いは現代でも続いているんですよ。
現代でもですか。もしかして、あの2018年の大崩落のことですか。
はい。平成30年の豪雨と台風の影響で、おびくる輪とあの三の丸羊猿やぐら跡の石垣が大きく崩落してしまいました。
あのニュース映像は本当にショックでした。あんな見事の石垣が崩れ落ちちゃうなんて。今も復旧プロジェクトが進行中ですよね。
ええ。ただこれが前代未聞の難事業でして、完了予定が2028年の3月へと延長されたんです。
どうしてそんなに時間がかかるんですか。現代の重機を使えばもっと早くできそうな気もするんですが。
それがですね、崩れた約6000個もの石をすべて元あった正確な位置と角度に戻さなければならないからなんです。
6000個。えっと、全部形が違う石ですよね。
はい。
いやいや、それ絶対に間違えられない巨大な3Dジグソーパズルじゃないですか。しかも崩れちゃってるのにどうやって元の場所を特定するんですか。
幸いなことに、崩落の前に3次元レーザー測量をしていたので、そのデータと回収した石の形をコンピューターでマッチングさせているんです。
デジタルの力すごい。でもそれだけじゃ延長の理由になりませんよね。
実は作業を進めていたら埋没していた過去の石垣が出現したんですよ。
埋没していた過去の石垣、どういうことですか。
昔の修理の時に古い石垣の上に土をかぶせて、さらにその上に新しい石垣を作っていたようなんです。
それがなんと47段、高さにして37メートル分も出てきまして。
マトリョーシカみたいに石垣の中から昔の石垣が出てきたってことですか。
それは難易度が跳ね上がりますよ。信じられません。
本当に想定外の事態です。でも、ただ元に戻すだけじゃなくて、現代の工法も取り入れているんですよ。
どんな技術なんですか。
グラウンドアンカー工法といって、崩れやすい地盤の奥深くにある固い岩盤に向かって、鋼鉄のワイヤーを何本も打ち込んで固定するんです。
なるほど。つまり、見えない地盤の中は現代のテクノロジーでがっちりと補強しつつ、表面は400年前の伝統工法で正確に積み直すと。
はい。過去の技術と現代の技術の素晴らしい融合です。
いやー、壮大なプロジェクトですね。これを聞いたリスナーのあなたも、絶対に現地に行きたくなったと思うんですが。
ぜひ行っていただきたいですね。
石垣の見方と丸亀城の観光ルート
実際に丸亀城を訪れた時に、どんなところを楽しめばいいか、具体的な歩き方を教えてもらえませんか。
もちろんです。まず、石垣観察のポイントとして、三木墨に注目してください。
三木墨ですね。
はい。石垣の角の部分なんですが、長方形の石を長い面と短い面が交互に組み合わさるように積んでいるんです。
あー、両手の手指を交互に組み合わせるような感じですね。角の強度を高める工夫ですよね。
その通りです。それから、自然の石をそのままパズルのように積んだ野良積みや、本丸の石垣の根元をぐるっと巻いて補強している、幅木石垣も見どころです。
幅木石垣。石垣のコルセットみたいなものですよね。
ええ。さらに、石をよく見ると、大名のマークが刻まれていることがあるんですよ。
マークですか?
はい。細川家の田の字とか、森家の十字とかですね。
へー、歩きながらそういう刻印を探すの、宝探しみたいで楽しそうです。
楽しいですよ。そして、今の時代ならではの楽しみ方として、最新テクノロジーの体験もお勧めします。
最新テクノロジー?お城でですか?
ええ。よみがえる丸亀城という歴史体験アプリがありまして、これを使うと、今は思うない江戸時代の姿が、CGとしてVRで目の前に復元されるんです。
うわー、それは熱い。スマホをかざすと、昔の建物が浮かび上がるわけですね。
そうなんです。あと、石垣復旧PR館という施設では、先ほどお話しした石垣マッチングシステムのクイズに挑戦できたりもします。
自分も復旧プロジェクトのパズルに参加した気分になれるんですね。それは絶対行きたいな。
お勧めの観光ルートとしては、どう回るのがいいでしょう?
まずは、北側の正門、大手市の門から出発するのが江戸です。
大手市の門からですね。
はい。そこから見返り坂という坂を登っていくんですが、右手側を見てください。そこが、あの扇の勾配の最高の撮影スポットなんです。
あの美しいカーブを一番いい角度で写真に収められるんですね。
ええ。それから春なら、桜の名所である二ノ丸を通って本丸へ向かいます。
いいですね。桜と石垣。
そして本丸に着いたら、丸亀市の市街地やその向こうに広がる瀬戸内海を一望してください。
瀬戸内海まで見えるんですか?
はい。晴れていれば瀬戸大橋までくっきりと見えますよ。
60メートルの山を自分の足で登り切ったご褒美の絶景ですね。最高だな。
あと、マニアックな視点かもしれませんが、夜の楽しみ方もありまして。
夜ですか?
ええ。城外のドンキホーテ周辺からお城を見上げてみてください。
ドンキホーテ?あのお店の?
そうです。ライトアップされた天守閣が闇夜に浮かび上がる姿は、現代の街並みとのコントラストもあって本当に素晴らしいんです。
日常のすぐ隣に400年前の非日常がそびえ立っているわけですね。それはエモーショナルだな。
ぜひ、昼も夜も楽しんでいただきたいです。
リスナーのあなたもぜひ現地でこの壮大なスケールと歴史を感じてみてください。
お待ちしています。
変化し続ける歴史としての丸亀城
さて、今回もあっという間に時間が来てしまいました。
お城の石垣ってただ単に昔の人が積んだ石の山じゃなかったんですね。
全く違いますね。
400年前の長坂十三郎のような職人たちの汗と誇り、そして自然災害に立ち向かった江戸時代の人々、
そして今、最新技術でパズルに挑む現代のエンジニアたち、
すべての人々の情熱が積み重なったタイムカプセルのようなものだと気づかされました。
本当に現在進行形の歴史ですよね。
そこで最後にリスナーのあなたに一つ問いかけてみたいと思います。
私たちは歴史的なものに本物であることを求めがちですが、
この丸亀城の石垣にとっての本物とは一体いつの姿なんでしょうか。
1660年に山崎家晴や京国高勝が作り上げた最初の姿か、それとも江戸時代に積み直された姿か、
あるいは現代の鋼鉄のワイヤーで守られた未来への姿か。
変わらないことではなくて変化しながら生き続けることそのものが本物である証なのかもしれませんね。
次にあなたが石垣を見上げるとき、その石の一つ一つが語りかけてくる歴史の声に耳を澄ませてみてください。
いいですね。
今回もキュリオシティノーツリプライに最後までお付き合いいただきありがとうございました。
ありがとうございました。
大好評の秋の天使学特集もいよいよ次が締めくくりとなります。
次回第10弾は愛媛県の宇和島城へ向かいます。
宇和島城もまた非常にユニークな作りで魅力たっぷりのお城ですよ。
はい。丸亀城の壮大な石垣の記憶を胸に次回もディープに、あ、いや楽しく探究していきましょう。
それではリスナーのあなたまた次回の配信でお会いしましょう。
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