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信号機の緑をなぜ「青」と呼ぶのか?:歴史と文化で紐解く色のフシギ
2026-07-26 15:35

信号機の緑をなぜ「青」と呼ぶのか?:歴史と文化で紐解く色のフシギ

信号機は明らかに「緑色」なのに、なぜ私たちは当たり前のように「青信号」と呼ぶのでしょうか? 本ポッドキャストでは、提供された複数のソース資料に基づき、日本語における色の歴史的背景や、英語との表現の違いについて深く掘り下げます。

【このエピソードで学べること】

  • 「青」の範囲が広かった古代日本: 古代日本語では基本の色名は「赤・白・黒・青」の4つしかなく、「青」は現在の青から緑、さらには紫や灰色までを含む広い範囲を指していました。
  • 「緑」の誕生: 「緑」はもともと新芽や若々しさを表す言葉であり、色名として独立したのは後になってからでした。
  • 信号機が「青」になった理由: 1930年に日本に初めて設置された際は法令上「緑色信号」でしたが、一般の人々の間で「青信号」という呼び方が広まり、後に法律もそれに合わせる形で変更されました。
  • 日常生活に溢れる「緑の青」: 青汁、青リンゴ、青菜、青竹など、実際には緑色なのに「青」と表現される身近な例を紐解きます。
  • 英語との違い: 英語では見たままの "green light" と呼ばれ、これが「承認」や「許可」という比喩的な意味を持つなど、言語による捉え方の違いを比較します。

※このコンテンツは、個人で作品を見返し、情報を整理してまとめるために作成したものです。 ※AIによる自動生成のため、音声アナウンスに一部不自然な箇所や読み間違いがある場合がありますが、あらかじめご了承ください。

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作成日:2026/07/26

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日常のふとした瞬間、あの交差点で信号待ちをしている時とかに、あなたも一度はこう考えたことありませんか?
はい、ありますよね、そういう瞬間。 へえ、見上げるとそこで光っているのは、どう見ても緑色なんですよ。
物理的な波長で言うと、およそ500から550ナノメートルくらいの、生鮮自衛兵のグリーンですよね。
へえ、完全にグリーンです。
なのに、私たちは迷うことなく、それを青信号って呼びます。 赤、黄、そして、緑なのに青っていう。
あれは本当に、外国人観光客が日本に来て最初に首をかしげるポイントの一つですよね。 なぜ日本の信号は緑なのにみんなブルーと呼ぶのかって。
そう、絶対聞かれますよね。
英語圏の感覚からすれば、完全にバグというか、理解不可能に聞こえるはずなんです。
そうなんですよ。今日は、そんな私たちが普段当たり前のように受け入れている日常のバグ、ここから出発したいと思います。
非常に短でかつ奥深いテーマですね。
はい。今回のキュリオシティノーツリプライのミッションはですね、複数の言語学とか心理学、あとは最新の農科学のデータを重ね合わせて、言語がどのように私たちの現実をレンダリングしているのか、これを解き明かすことです。
単なる昔からの言い間違いではないんですよね。
そうなんです。人間の脳、歴史、文化がこの世界にどうやって色を作り出しているのか、という実はかなり壮大なテーマなんです。
よし、これを紐解いていきましょうか。
ええ。この信号機のたった一つの疑問を入り口にするだけで、古代日本の色彩感覚から現代の認知神経科学まで、驚くほど多様な点と点が線になっていきますからね。
ワクワクしますね。
まずはそもそもなぜ青信号と呼ばれるようになったのか、その歴史的なメカニズムから見ていきましょうか。
はい。最初の自動交通信号機が日本に設置されたのは、1930年、昭和5年のことですよね。東京の日比谷交差点で。
そうです。アメリカ製の信号機が導入されたんですが、ここが最初の面白いポイントでして。
当時の法令上の正式名称ですよね。
はい。
もともと英語のグリーンライトをそのまま導入したわけですから、当時の刑事庁告示第105号という規則では、はっきりと緑色信号と明記されていたんです。
ええ。じゃあ最初は緑だったんですね。
ええ。緑色信号、すすめは信仰すべきことを示すと。つまり最初は国も警察も物理的な実態に合わせて、正しく緑としてスタートさせていたんです。
なのに一般の市民とか当時の新聞記事は、こぞって青信号と書き立てたんですよね。
そうなんですよ。
結果的にその呼び名があまりにも社会に定着しちゃったから、戦後の1947年に制定された法律の方を、世間の呼び方に合わせてわざわざ青色に変更してしまったという。
その通りです。法律が市民の原母感覚に敗北したというか、非常に興味深い歴史的瞬間ですよね。
いや、面白いですね。でも、なんで当時の日本人は、どう見ても緑色の光を青と呼んだんでしょうか。
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そこで重要になるのが、古代日本語における色彩のカテゴリー分けなんです。
ああ、なるほど。古代の日本語には基本となる色を表す言葉が、白、黒、赤、青、この4つしか存在しなかったんですよね。
そうなんです。現代の私たちが持つ数百万色のカラーパレットからすると、ものすごく少ないですよね。
まるで初期の8ビットのコンピュータグラフィックスの世界みたいですよね。カクカクの。
素晴らしい例えですね。解像度が低いからこそ、1つのピクセルというか、1つの言葉がカバーする領域がとてつもなく広かったんです。
つまり、青が指す範囲が広かったと。
はい。白は明るい状態、黒は暗い状態、赤は明るく際立つ色、そして青は私たちが思い浮かべるブルーだけじゃなくて、
緑とか紫、灰色に至るまで、3色系でぼんやりとした広い範囲の色を全てまとめた巨大なグループだったんです。
はあ、なるほど。じゃあ、緑という概念は当時どう扱われていたんですか?
緑という言葉自体は平安時代に中国から入ってきたんですが、最初は色そのものを指す言葉じゃなかったんです。
色じゃないんですか?
ええ。もともとは締めとか若々しさ、生命の芽生えといった状態とか質感を表す概念だったんですよ。
ああ、なるほど。
それが独立した色の名前として定着するのは、もっと時代が下ってからのことなんです。
つまり、古代の日本人にとっての青って厳密なカラーコードみたいなものじゃなくて、新鮮で生命力あふれるものを全部放り込む巨大なフォルダみたいなものだったわけですね。
まさにその巨大なフォルダですね。
だからこそ、今でもスーパーに行けば青リンゴとか青野菜があって、健康のために青汁を飲むと、これらは全部物理的には緑色だけど、新鮮さの象徴として青フォルダに入っているわけですね。
ええ。竹林の青竹もそうですし、未熟な若者を青二歳と呼ぶのも、この若々しくて新鮮あるいは未熟という状態を青というカテゴリーで捉えてきた文化的な名残なんですよ。
いや、ここからが本当に面白いところなんですが、この緑を青と呼ぶ現象って日本特有の奇妙な文化だと思いきや、言語学のソース資料を読んでいくと、世界的に見ても決して珍しいことではないんですよね。
そうですね。
私、バーリンとケイの基本色彩語の進化に関する研究を読んでハッとしました。
さすが、よく読み込んでいますね。進化言語学の分野では、世界中の言語が色を分類していくプロセスには、普遍的な進化の順序があることがわかっているんです。
順序が決まっているんですか?
ええ。どの言語も、まずは明るいか暗いか、つまり白と黒の区別から始まります。次に、血とか火を象徴する赤が現れて、その次に緑とか黄が分化し、さらにそのずっと後に青が独立するんです。
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つまり、青と緑がごちゃ混ぜになっている時期が、人類のどんな言語にも必ず存在するってことですよね。資料にあったグルーという言葉がまさにそれですよね。グリーンとブルーの身分化な状態の。
はい。実は、英語圏でも13世紀の中世英語には、平原という青と緑を区別しないグルーを表す言葉が存在していました。
平語にもあったんですね。
社会が複雑化して、善良なんかの技術が発展するにつれて、初めてブルーとグリーンに分かれていったんです。
日本語の青フルナもまさにこのグルーだったわけですね。でもちょっとここでプッシュバックさせてください。
はい、どうぞ。
網膜が光の波長をキャッチしている以上、言葉がない時期でも、その物理的な色の違い自体は見えていたはずですよね。
ええ、物理的には。
なので、言葉とかラベルがないと色が認識できないっていう心理学の話には、ちょっと違和感があるんです。
だって、言葉を持たない赤ん坊とか動物でも、赤いおもちゃと青いおもちゃの区別はつきますよね。
言語が視覚を作るっていうのは、言い過ぎじゃないですか。
非常に鋭い指摘ですね。そこで、生物学的な知覚と認知的な処理を分けて考える必要があるんです。
分けて考えるというと。
おっしゃる通り、人間の網膜にある視細胞は、言葉の有無に関わらず、光の波長の違いを電気信号として視覚やに送っています。
だから、物理的な違い自体はキャッチできているんです。
はい、見えてはいると。
しかし、脳がその信号を意味のあるカテゴリーとして瞬時に認識して引き出すためには、言語というソフトウェアが必要になるんです。
つまり、ハードウェアである目はデータを拾っているけれど、ソフトウェアである言語にラベルがないと、脳の処理速度とか解像度が落ちるってことですか?
その通りです。これを裏付ける有名な心理学の実験があるんですよ。
おお、どんな実験ですか?
ロシア語には、明るい水色を指すゴルボイと、濃い青を指すスイニーという2つの独立した青の基本色があるんです。
ほうほう。
で、ロシア語派社は、英語派社よりもこの2つの明暗の識別が圧倒的に早いことがわかっています。
脳の言語中枢に2つの専用ラベルがあるため、視覚情報が言語情報と結びついて、瞬時に処理されるんです。
へえ、脳内にショートカットキーがあるようなものですね。
逆に、アフリカのナミビアに住むヒンバ族は、緑を表す語彙は非常に豊富なんですが、青を表す独立した言葉は持たないんです。
青がないんですね。
ええ。彼らに1つだけ青が混じった緑色のパネルを見せると、仲間外れを見つけるのに非常に時間がかかります。
でも私たちには、全く同じに見える微妙に違う緑を言い分けるのは一瞬でやってのけるんですよ。
それは私たちの現実認識の根底を多くすような話ですね。
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私たちは世界をありのままに見ているつもりで、実は自分の保護という言葉のフィルターでレンダリングされたカスタマイズ版の世界を見ているにすぎないってことですよね。
ええ。まさにサピア以降ウォーフの仮説、いわゆる言語相対性が示唆する世界観です。
虹が日本では7色だけど、国によっては5色とか3色に見えるのも、波長をどう切り分けるかっていうソフトウェアの違いなんですね。
そういうことです。
そして、このソフトウェアのアップデートは、現代でもリアルタイムで起きているんですよ。
あ、それソース市場にあった東北大学の研究ですよね。
栗木一郎純教授らのグループが行った調査、あれ面白かったです。
はい。320色の色見本を使って、現代日本人がどのように色を分類しているかを調べたものです。
ここで彼らは、軽平均クラスタリングという統計手法を使いました。
これリスナーのあなたのために簡単に説明すると、この軽平均クラスタリングっていうのは、人間にこれは何色ですかってラベルを強要するんじゃなくて、
集まった膨大な色のデータをコンピューターに読み込ませて、似ているもの同士を勝手にグループ分けしてみてってAIに任せるような手法ですよね。
その通りです。データ自身が持つ自然なまとまりを見つけ出す手法なんです。その結果、驚くべきことが分かりました。
何が分かったんですか?
30年前の同様の調査では、日本人はまだ青と水色を明確に区別せずに混用する人が多かったんです。
しかし今回の調査では、なんと98%の参加者のデータが水色を青とは別の独立したクラスターとして形成したんですよ。
つまり、この30年間の間に日本人の脳内で青の領域から水色が完全に切り離されて、12番目の基本色として独立したってことですよね?
ええ。たった数十年で、私たちの脳のカラーパレットがアップデートされた証拠をデータが捉えたんです。
すごいですね。
さらに、黄緑を表す代表的な言葉も、かつての草色から抹茶色へと変化していることが確認されました。
抹茶色に?
私たちの生活環境とか文化の変化が、色の境界線を今この瞬間も書き換え続けているんです。
こうやって、文化や言語によって色のグラデーションのどこに境界線を引くかが全く違うっていうメカニズムがわかると、私たちが日常的に触れる外国語、特に英語を学ぶときの視点もガラッと変わりますよね。
おっしゃる通りですね。
実は私、先日アメリカ人の友達に日本のチャトラの猫の特徴を英語で説明しようとして、ブラウンタイガーキャットって言ったら全然伝わらなくて困ったんですよ。
それは典型的な言語の境界線のズレですね。英語圏の感覚を理解する上で、動物の毛色って最も日本人が混乱しやすいポイントなんですよ。
ソース資料にもありましたけど、日本で言うチャトラ猫、英語ではオレンジタビーって呼ぶんですよね。
はい、オレンジですね。
そして日本人がグレーの島模様って呼びたくなるキジトラとかの猫はブラウンタビー。さらに日本人が見たら薄いベージュとかクリーム色って呼びたくなる一般的なラブラドルレトリーバーはイエローラブ。
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ベージュがイエローで茶色がオレンジでグレーがブラウンってもう。
だから単語調でブラウンは茶色って1対1で丸暗記していると確実に脳がパニックを起こすんです。なぜなら彼らは私たちとは違うフィルターで世界を見ているからです。
信号機の話にも通じますよね。英語圏では厳密に物理的な色に従ってグリーンライトって呼びますし。
はい、そしてこのグリーンライトという言葉は単なる交通ルールを超えて英語の文化圏に深く根付いと比喩として機能しているんです。
比喩としてですか。
ビジネスや日常会話でギブザグリーンライトとかゲットザグリーンライトといえばプロジェクトの承認をもらうとかゴーサインが出るという意味になるんです。
ああ、なるほど。じゃあ上司に企画を通してもらった時にHe approved our proposalっていうよりもHe gave us the green lightって言った方が彼らの文化的コンテクストにあって圧倒的にこなれ感が出ますね。
まさにそうですね。
つまりこれってどういうことなんでしょう。色の翻訳っていうのは単なる辞書の引き写しじゃなくてその国の人が世界をどう切り取っているかっていうパズルを解くことなんですね。
おっしゃるとおりです。文化が違えば光のグラデーションのどこに境界線を引くかが違う。これを理解して相手の視覚のレンズを想像することこそが真の意味での語学学習と言えるんじゃないでしょうか。
なるほどな。さて今日の探求はいかがだったでしょうか。交差点の青信号っていうあなたの日常にあるたった一つの素朴の疑問から始まりましたよね。
本当に些細な疑問から。
でもそこには古代日本の青という巨大なフォルダから始まって人間の脳が光の波長にラベルを張って処理を高速化する仕組み、そして英語のイディオムとか動物の毛色の違いまで見事な論理の糸がつながっていました。
網膜が捉える物理的な光そのものに色があるわけではないんですよね。色を生み出しているのは私たちの脳と文化、そして言葉が共同作業で描き出している主観的なレンダリングの結果なんです。
だからこそ次に交差点で信号待ちをするときはぜひこのことを思い出してください。今あなたの目の前で光っているその波長にあなた自身の脳と文化が青というラベルをペタッと張ってこの世界を鮮やかに描き出しているんだということを。
素晴らしい捉え方ですね。
そして最後に今日あなたに持ち帰っていただきたい少し挑発的な問いがあります。ソース資料の中に職人やデザイナーは豊富な専門用語と経験によって一般人には見えない細かな色を識別できるという事実がありました。
はい、プロの目ですね。
彼らは脳内に細分化された多数のラベルを持っているため私たちには同じに見える色も別物として近くできるんです。
15:00
だとすればもしあなたが今日から意図的に全く新しい色の名前を毎日一つずつ辞書から覚えていったとしたらどうでしょう。
それは面白い試行実験ですね。
言葉が増えれば増えるほど脳の処理ソフトウェアが世界をより細かくレンダリングできるようになるのならあなたの語彙力を増やすだけで眼球に物理的な手術なんか一切しなくても
明日から見える世界はもっと鮮明で解像度の高い全く別の景色に進化するのではないでしょうか。
あなたの現実の解像度を決めているのはあなたの持つ言葉の数なのかもしれない。
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