まあ、学生時代過ごして、いい大学に行って、いい会社に入って、そこで金属年数長く過ごして、
で、家族を作って、家を買って、みたいな、いわゆる、普通の幸せな家庭を持ってほしい、みたいなのを、まあ、小さい頃に言われたことがあって、
へー。
まあ、強制をしてるわけではなくて、なんか、そういうのがいいと思う、とかいう、辛労の相談とかあるじゃん、家族の中で。
そういう時に、なんか、それを、その選択をしたら、普通の、そのルートから外れちゃうよ、みたいなことを言われたりとかして、
そこぐらいから、なんか、普通って何なんだろう、みたいな、っていうのをすごい考えるようになって、
まあ、ただ、その親のアドバイスを無視して、俺は、わりと普通じゃない道を進んでるわけなんですけれども、
うんうんうん。
まあ、その普通じゃないっていうのは、大学卒業してから就職せず、自分で会社を立てて、一人でずっと今まで仕事してる、みたいなところがあったりとかして、
そういう意味で、普通じゃないって言ってるんだけど、
なんか、そういうところもそうだし、
まあ、あとは、日本に住むミックスとして、見た目が違うから、そういう部分でも、普通って何なんだろうっていうのを葛藤したりとか、
で、そういうことを自分が感じてるからこそ、自分以外の誰かに普通を押し付けるっていうのに抵抗があったり、
無意識のうちに、普通っていう言葉を使って、後から、普通って言っちゃった、みたいな、
とか、なんか、変に自己嫌悪じゃないけど、反省会開いたりとかしてる、みたいなのがあったりして、
普通って何なんだろうっていうのを一生探し求めてて、
ちょっと、せいらの見つけた見解を今日は聞けたら嬉しいんですけど、
いやー、もう、これって、いろんなところにね、はびこってるよねって思ってて、
うんうん。
でも、結局、私が行き着いた答えなんだけど、自分的に、
うん。
結局、自分の視点でしかないんじゃないって思っちゃって、自分が見てきた常識とか、自分が知っていることとかっていうのが、普通っていうものになって、
うん。
で、それを多分使ってって言うんだと思うので、なんかさ、コモンセンスって言葉があるように、日本で言うと常識?
うんうん。
っていうのは、もう、いろんな人が認識していることだから、
うん。
こう、数多の人たちが知ってて、そういうものだって捉えてるから、常識ってものが生まれてるんだと思うんだよね。
で、その常識を知っていることが、一つの普通みたいな。
うん。
だから、なんか、それを知らないと、ああ、普通じゃないみたいな。
うんうん。
っていうところとか、もしくは、なんかまあ、教養とかそういうところに、なんか、あるないとかっていう話になってくるのかもしれないけど、
うん。
みんなが知らないことを知ってないのは、普通じゃないみたいな感じだったりもするのかなみたいな気はしてて、
一番わかりやすいところで言うとね、
うん。
で、それが、その普通が多分、いろんな世界において、いろんなそういうのがあって、
だって、自分がもし、すっごいゲームが好きだったりとかしたら、ゲームの人の思う普通の感覚と、多分、やらない人の感覚ってまた違うじゃん。
そうね。
そうそうそう。とか、そういうのがいっぱいあるから、それをみんな持ち出して普通って使ってるから、
あなたにとっての普通は、別に私にとっての普通ではないっていうところが、私の中での答え。
はいはいはいはい。
まあ、そうね。もう、それでしかないよね。
って思っちゃって。だから、なんか、より、この人はどこにその普通さを感じてたり、面白さを感じてるのかを紐解くために、
この、いろんな物事っていうかさ、こういう良さもあったり、こういう良さもあるんだねみたいなのを話していって、
その普通のギャップを、それぞれ埋める努力みたいなのをしていくんじゃないの?と思うの。
自分の持ってる普通を飛び越えてくることが起こったら、いいことじゃん、それって。
新しい視点だしね。面白いよね。
イエスイエスイエスイエス。
多分、それを繰り返していったりすると、自分の中の普通っていう言葉が、すごくアップグレードされていくんじゃないのかな?って思ってて。
うんうん。
だから、そこに普通っていう言葉を、あんまりそのままで使うのはもったいないかもってちょっと思って、
あんまり考えてみたら、私はあんまり自分的に普通って言葉を、自分はあんま対応してないかもって思う。
うん、なんかそのイメージはあるかもな。
俺も、さっきも言ったけど、普通って言葉をすごい気にするタイプだからこそ、人にあんまり言わないようにしているし、
なるほどね。
自分の普通を人に押しつけるみたいなのはしないように、気をつけてはいる。
どこかで無意識でしてたら申し訳ないみたいなところはあるんだけど、
でも、そこはね、やっぱね、
せいらが言った通り、違う普通を知れたときに、わりとワクワクするタイプだから俺は。
いや、わかる。めっちゃわかる。
家庭とかっていうのもさ、それぞれによってさ、家のルールとかも違うしさ、家の常識が違うからさ、面白いよね。
うんうんうん。
この子とかこの子の家ではこれが普通とされているんだみたいな。
そういう面白がり方はいいよね。
そうそうそうそう。それめっちゃいいと思うんだよね。
だからなんかよくさ、ちっちゃい頃もさ、私言われてたもん、親に。なんか、なんか、よそはよそ、うちはうちみたいな。
はいはいはい。
まさに物語ってるよね。それなんかもう、うちの中での普通は別に外に行ったら普通ではないみたいなふうに遠回しに言ってくれてるみたいな。
うんうんうん。子供的にはすごい嫌な言葉だけどね。
嫌な言葉だったら、なんかうらやましがあるじゃん。やっぱりうちと違うことで、その子の違う家のルール、
なんか何がそのうらやましいっていう言葉を言語化、たぶんすると、
たぶん自分にはない常識の中で生きてるその常識がすごく輝いて見えるっていう。
はいはいはい。
えーあっちの常識が良かったみたいなことに、たぶんうらやましがってるんだと思うの。子供ながらにね。
うん。
だからなんかそこに対して、えーうらやましいとかってなっちゃったりして比べる。
うん。
じゃああの子の家の子になればみたいなふうに言うじゃん。親もなんか結構さ。
そうね。
付き話したりさ。
そうそうそう。
するっていうかさ。
はいはいみたいな。
うん。
まあそこにはいろいろね、この家によってそういうのはまだ違うからね。
式典だったり。
そうね。
生活のね、様子が面白いなと思いますけど。
確かにね。だからまあそれぞれがそれぞれに持ってる感覚というか価値観が普通っていうのに集約されて、まあ使いやすいからね、言葉としてね。
使いやすいよね。でも結構驚異的でもあるなと思っちゃう。なんかそれを突きつける、相手に突きつけるってことはさ、その私の普通これだからっていうのを押しつけることになるじゃない。
うんうん。
だからなんか結構実は鋭い言葉っていうか。
まあね、それで傷ついた経験がある人も多いんじゃないかなとは思うよね。
えーそれ普通だよとかって言ったらさ。
あーうわー。
ねえ。
そうね、それでなんかコンプレックスが生まれたみたいなことがいそう。
いや、生まれると思うし、それを狂気として使ってる人は実際いるんじゃないかなと思う。
人を突き放すためにその普通って言葉を使ったりしてるんじゃないかなってちょっと思って。
うんうんうん。
嫌な言葉でもあるから、そういう方は気をつけようって思うけど。
そうね、まあすごいヘビーな話すると、いじめとかにつながってるのはそこの普通じゃないみたいなのを加害者側が勝手に決めつけてターゲットにしちゃってみたいなところもあったりするだろうし。
あーそれはそうかも、いい視点だね。それめっちゃいい視点だね。そうかもね。
うん、なんかあんまりこのいじめを掘り下げると気持ちが落ちちゃいそうだから。
まあね、ちょっとライトに行こう。
そう、あれだけど、でもそういうところの違いで起きていって苦しむ人が生まれてきたりっていうところだから、もっとみんなが寛容になっていけばね、面白がっていけばって思うけど、まあそうはならないからこそまた難しいっていうところなんだけど。
そうだね、なんか結構、でもその言葉の構造がわかるとさ、気をつけて使うと思うの。だからなんか、この人にとってこれが普通だと思っている人なんだみたいなさ。
どこが俯瞰できるようになってくると思うから、もう一気一流しなくて済む?し、大概の人たちってそんなに考えて使ってるわけではないから、まあ逆に言えばそのそこに本性が見えるってところでもあると思うんだけどね、そんな人。
そうだね。
そこが心地いいなっていう人とかも判断しやすくなるというか、だからそれでいいんじゃないっていう気もしてきている、やっと。だからなんか結構面白いなって思ったりとかしてるし、
だからその形態が一番なんかこう、人間としての魅力を最大限に引き出してるみたいな気がしてて。
うん。
だからなんか最近その恋愛的な意味でのモテとかっていうので考えるのやめた。
あ、もうあれですか。人間モテみたいなこと?
人間モテです。はい。
まあ私的にそっち目指さない。意味ないって思って。
おもろいなーとかって思ってもらえたり、何かしたいなーって思ってもらえたらもう私の中ではセーラ的モテは発生してるっていう認識。
まあでもその考え方は結構いいかもね。
人間モテするっていう。
いやーそれじゃない?人間。それを謳歌してその自分の表現できるアウトプットの先が増えたりとかするのってすごくいいことだと思うんだよね。
うんうんうん。
結構私的にはそっちの方が本当はなんかみんな自分の才能だったりとかさ、自分のこう良さだったり、個体としてのなんかこう得意性?みたいなのを活かせるんじゃない?って思って。
それ心地いいんじゃない?っていうその表現先が一つの多分多い方がいいと思うんだよね。
まあ多分やってみて合う合わないはもちろんあると思うけどさ。
そうだね。
だからそれを模索していくのが人生なのでは?とかなんかすごい最近思っちゃってる。
いやでもその通りだよね。そこ、そこのなあ幅が広がるのがすごく。
だから結構私はそれが起こしたいんだなってか、それが結構自分の中でのモテだなって最近こう思ってて。
だからなんかこのスレッドとか見てるとさ、突拍子もなくさ、そういうどうでもいいさスレッド流れてくるじゃん。
そういうのですごいさ、モテるモテない人の違いとかなんとかとかさ、モテる人の条件これ絶対クリアしてるとかさ。
そんなアマチュライこと言っとらんでって思っちゃって。
そんないいんよそこじゃないよって思って。
まあそういうのがなんかバイラルになるのはあれでしょ。
まあ恋愛史上主義な人が割と多いというか、まあそういう人たちがバイラルにしてるっていうね。
のでねすごい目に入ってくるっていうことでもあるだろうけど。
まあそうだよね。
異性にモテるとか自分の好きな人にモテるとかなんかいろいろあるけど。
人間モテできてたらね、それはそれでいいしそこを目指していきたいよね。
いやあふれちゃうよ多分あふれちゃって。
それでいやーなんか絶対この人がこれしたいなーみたいな風に思ってもらえる人になってみっていう。
相当多分何かを変えられるよ。
でも多分それは一人一人その力ちゃんと思ってるはずだから。
そう絶対ね一人一人魅力は絶対あるから。
そこ磨く方が良くないって思っちゃう。
そういうなんか型にはまるんじゃなくて、自分しか慣れないから自分には。
だからそこを磨くのってすごいなんか楽しいんじゃないかなと思って。
見てきてるものもさ、みんなそれぞれ違うはずだし人生って。
そこに行き着いた。
行き着いてあーみたいな。
だから違う人の話聞きたいし、体験をシェアしてもらったりとかもしたいし、
自分の中ですごくその言葉をきっかけに広がったというか。
モテるモテないっていう話はね、あなたたちの基準でしょただのっていうところだからね。
自分はそこにはまっていこうという気持ちにはそもそもならないけど。
まあでも世の中的にはこういう人たちがモテるんだよねぐらいの見方して流してるんだけど。
だからもう自分は自分にフォーカスして、それでなんか誰かにモテることができたらそれは嬉しいしね。
男女関係なくさ、友達でも恋愛とかでもさ、なんか人間的に魅力的だって思われたらさ、いや幸せだよね。
幸せだと思う。
より多分ね近くなるんだよいろいろって何かがしやすくなるんだと思う。
魅力的だって思われたりすると。
それにそれを使っていきたいなって思うけどね。
なんか相手によくさ、それなりにちゃんとティーネイジャー過ごしてる時期あるんで、
すごい自分のモテとかそういう意味では幼い時に考えた自分の一つのロジックもあったわけなんだけど、
その時はさ、いろいろ恋愛しなしとかっていうのがあまたあるわけですよ。
なんなら小学生ぐらいの漫画本とかにもモテるなんとかなんとかとかいろいろ書いてあったりするわけ。
女の子の世界って。
みんなそこにこびへずらおうとするわけじゃん。
一回そこレール通らないと自分たちは好かれないって思っちゃうみたいな。
でもなんかそこでそうなるとモテることによって得られるメリットみたいなところ、
メリットっていうかさ、なんかより魅力的だと思われたりとかしたら、
こうなんかチヤホヤされるとかさ、いろいろさ、付加価値みたいなものができてくるわけじゃん。
そうね。
そう。
で、それが俗に言う幸せにつながりやすいみたいなとんでもないつなげ方されちゃってるわけなんだけどさ。
うんうん。
だからみんなそれを追いかけようとするって魅力的だと思われたりとかしようと思うっていうか。
でもなんかそうだとこうしむけられちゃったりするレールのコンテンツは多かったりするから、
そこにやっぱ翻弄されやすい、みんな。
うんうんうん、そうだよね。
し、やっぱり異性の目が結局気になるわけで、それがすべての美とかそういうものにつながってってるんだと思うのね。
うん。
個体として美しくなきゃいけないみたいなさ。
うん。
でもまあそんなことも実はないはずなんだけど、でもまあそれを純粋に楽しんでる人もいるけど、自分が綺麗になったりとかすることをね。
そうね。
でもなんか異性の目から発生してるっていうのはやっぱどの時代も変わってないんじゃないかなと思って。
まあ多いだろうね、そういう人はね。
多いよね。だから結構そこがやっぱりまだまだどんなに時間を経っても人間の色んな歴史があると思うんだけど、ずっとそれは変わってないんだなみたいな。
まあだして変わんないだろうね、そこに関しては。
まあそれをね活力にして何かを頑張れてるなら、それをそれで素晴らしいことだと思うから、なんかいいと思うし。
まあね、なんかその、なんだろうな、モテたいから筋トレをするとかさ、そういうモチベーションの人もいるじゃん。
はいはいはい。
で、それですごい頑張ってめちゃくちゃ体を変えてみたいなのができるのであれば、なんかそれはそれでね、すげーってなるし、リスペクトではあるけど。
確かに。
でもまあ、自分はそういうモテるために何かをするっていうのがフィットしてないから、
その世の中のこれやったらモテるとか、こういう人がモテるとかが疑問に思うというか、
なんでモテるってっていうさ、どこの視点だよって俺らは引っかかるというかさ。
そう引っかかっちゃう。
っていうなんかこの言葉の難しさというか、答えがないやつだよね、本当に冒頭にセイラが言ったけど。
そう、答えないし、多分これまたアップデートされていくんだと思うんだよね。
そうだよね。
うん。
おもろいな。
でも、ある意味ですごく多分、言葉をそのまま信用できないって意味では、
うちらのその疑心暗鬼さ出ちゃってるかなと思うんだけど。
やめてください、言わないでそれ。
めちゃくちゃ俺らのね、なんだこれ、どういう意味だ、みたいなの。
そうそうそうそう。
何をもって言ってんの、みたいな。
うん。
めんどくさい性格がちょっと出ちゃってるんだけど。
そう、めちゃくちゃめんどくさいな、これ思うと。
でもまあ、おかげでなんか自分的な視点で見たときに、何が自分の中で正解かみたいなのを持つことによって軸ができるから。
うんうん。
なんかそれはすごくこう、決断とか判断が早くなるのは楽だなって思う。
そうね、そうね、それはそう。
行動とかにも一貫性が出てくる。
そして、これは自分にとって必要じゃないから、じゃあ行かないとか、その笹に乗らないとか、なんか大丈夫とか。
そうね、そこはめちゃくちゃ疑心暗鬼というか、考えすぎるというかね、そこの力は生かされてるけど。
生かされてるね。
そうね、言葉一つ一つになんか、これはどういう意味だ、果たしてみたいな。
とか、すごい考えちゃうし、なんかちょっと話ずれるけど、あの、頑張ってって人に言わないみたいなところもすごい考えるから。
待って、私それね、それもね、あのちっちゃい頃から頑張るって言葉、頑張ってる人には使わないようにしてる。
ね、だからこういうところを難しいって思う。
一つの言葉を選んで、それをどう捉えるかってやっぱり人の数だけあるわけで、
うわーって、なんて言ったらいいかわかんないけど、まあ頑張ってる人に頑張ってって言うのも言えないし、
いやー、なんかそう、言葉、とにかくあの、ちょっとよくわかんなくなったけど、言葉をどう使うか人に書けるかみたいなところをすごく考えすぎてしまう。
自分もいるけど、それで救われてる部分もあって、とにかく面白い捉え方っていうのが人それぞれ違うのが。
いやー、たぶんこれ人の数だけあるから、まじで60億人いるとしたら60億個の考え方があるんだと思う。
いやそうだよね、そうだよね。
誰一人として同じじゃないっていうか、だからたぶんうちらは口ってものも持っていて、人とそれをシェアできるんだと思うのね。
私はこうだよ、僕はこうだよって、だからそれをしてったほうがたぶんよくって、今回言葉にしてみたわけなんだけれども、
そうね、まあ最初の普通っていう話に戻るけど、やっぱりその人がいるだけその普通が違うわけで、
その普通を勝手に切るとかってせずに、面白がるっていう視点を常に持っときたいなと、なんかなんとなく今思いました。
いや楽しみなんじゃないかなって思う。え、この人とこんだけ違うのやだーみたいな。
だからたぶん、そういう意味ではまた人の魅力を自分が認識するっていうところでも、自分との違いに圧倒的にね、それが魅力に移ったり、
めちゃくちゃ似てるっていうところで移ったり、え、もっと気になる、それはどういうこと?って言って探求していくみたいなことに繋がったりとかすると、
自分の中でのその普通って言葉にレイヤーができる、色ができると思ってて、
聞き出しが増えていくと、こういうところでの普通ってあるよねとか、自分が今正解ってか自分的に思う普通これかなとか、
でもそれもたぶん日々アップデートされていく。全くもって新しい普通の概念きたわまたみたいな。
そうね、自分の中の普通のアップデートも楽しんで、人の普通も楽しむというかね。
そう、それが人との出会いのきっかけになって、え、この人の普通もっと知りたいなみたいな、っていう感じなのかなって気がしますけどね。
いや、重いな。なんかこれ終わりのない話すぎて、ちょっと切り上げ方が全く今わかってないんだけど。
でも、話したい部分は話せたと思うの。大体部分。
そうね、そうね。
だからなんかもう閉じてもいいかなとは思うけど、
でもみんなだから、普通って言葉で一気一流しちゃう人ももしかしたらいるかもしれない。
自分は普通じゃないみたいなふうに思ったりレッテル貼られたりとかして、