1. こもれび書店のこぼればなし
  2. Ep.1-京都の地蔵盆と太宰治と..
2026-01-11 45:32

Ep.1-京都の地蔵盆と太宰治とヘミングウェイの話

京都の御所西(地下鉄烏丸線丸太町駅より徒歩5分)にあるシェア型書店「こもれび書店」の店主ニッケさんと、元棚主のヒデドンの本にまつわるこぼれ話。

初回なので、緊張するかと思いきや、店内でのいつもの雑談と同じノリになってしまいました。なので、そもそも地蔵盆って、どんな行事なの?が抜け落ちています。

興味を持った方、ご自身で調べてくださーい

2026年1月中旬スタート、週一配信を目指しています。

サマリー

このエピソードでは、京都の地蔵盆の歴史や文化、地域住民の絆について深く掘り下げられています。また、近代化に伴う地蔵盆の変遷についても紹介されています。地蔵盆の伝統的な宗教的意味や、太宰治の作品『津軽』を通じての文学における個人的な体験が語られ、地域社会の変化や習慣についても探求されています。さらに、太宰治とヘミングウェイの文学がどのように影響を与え合っているか、作家としてのアプローチの違いについても議論されています。加えて、地蔵盆の文化的背景とそれに関連する文学への興味についても触れられています。

地蔵盆の文化と地域
今日の本のテーマとしたら、本が持っているポテンシャルをできるだけ読む人は、お得に吸収した方がいいと思うんだよなと。
タイファー、コスパ。
そうするためには、売っている方の人たちがその機械を作ったらいい、作らないと難しいのかなと思って。
なるほど、なるほど。
この本、めちゃめちゃ面白いけど、これ面白いですよっていうだけで、そうしたら伝わらない部分も多分あるので。
それは僕は、タイファーとかコスパって、他の人は読むかもしれないですけど、っていうより、やっぱり五感で感じられる。
単に読むだけだと、今どんどん読むっていうハードルが高くなってるじゃないですか。
こっちの方が早いんで、魅力的なんで。
やっぱりそうやって五感で、映画館がまたちょっと盛り上がってるみたいな。
その場所でしか、2時間だったら2時間、ぼっとせざるを得ない状況に強制的に置くみたいな。
例えばそれが文学作品だったら、それぞれの業館の読み方でいいと思うんだけど、
人文書とかそういう学術に近いものは、すごい先生であっても、文章表現の中で言い切れてない部分はたくさんあって、
それと読む人によって前提条件が違う。
それまでに何々を知ってる人が読むのと、何々までしか知らない人が読む。
前提条件の差を埋める一つの工夫としては、直接のコミュニケーション。
うちでトークイベントやっても、ほとんど講演会というよりもディスカッションを増やして、
いろんな意見を言い合いするというのをしているので、そこを埋めて前提条件の差を何かできたらなというのがあるけどね。
それでいうと、前提条件をイベントで埋まるのかという問いがあるじゃないですか。
もちろん近づくけれども、埋まることはないけれども、
同じここにいるということはできる。
ある意味同じ場所に空間にいるというので、空間的な前提というか。
だから前提条件の差というのは埋まるものでもないし、埋まったら気持ち悪いということなんだけど。
均一な人間がホワイトな社会になっちゃう。
それでも何らかのヒントというのかな。
方向性を仮に大間違いの方に行ってたら悲しいことになるので、大間違いにならない程度の。
だから赤信号を渡る人渡らない人がいるじゃん。
だけど渡る人も渡ったらあかんと知ってながら渡るわけだから。
そこまで持って行きたい。
だから赤信号が何なのかってわからなかったら、渡る渡らんというところの価値観の判断がないんだけど、
渡ったらあかんもんをあえて左右を見て10分以上来ないと渡る人もおれば、
信号が赤やから絶対渡らへん人もいるわけだから。
その判断は自由な判断をしているわけで、
それが赤の意味がわからなかったら自由な判断ではないので、
それくらいのきっかけを作りたいなというのかな。
じゃあこれまでイベントやってきて、
ちょっといきなり話それてますけど、やってきて感想みたいなのはありますか。
それてないのは多分今日北野さんが地蔵本の話をするんだろうなと思って、
去年のちょうど日本祭りと地蔵本の間ぐらいにイベントやってたわけで、
地蔵本って京都を中心に関西からある程度の地域で行われてるんだけど、
全く遠い地域の人は何のことかわからへん。
僕も愛知県出身で全然家がわからない。
お地蔵さんという言葉とお盆という言葉はだいたい知ってるわけで、
そうするとわけわからんものに対してある程度知ってる言葉があると、
誤解の幅は広いわけだよ。
自分の知ってるお盆と自分の知ってるお地蔵さんが結びついてしまうわけな。
そうですね。
全くわからん言葉だったら、もう白になるんだけど、
それでイベントやって、知らない人が思うお地蔵さんと日本祭りとかいろんなものと、
この地蔵本との距離はちょっと直ったというか。
すごく誘導するわけじゃないけど、紹介するというかな、出会いを。
近代化と地蔵盆の変遷
出会いを紹介するという感じだったかな。
そのままぬるっと始めると。
僕は盆踊りと京都の環境を調べるにあたって、
やっぱり地蔵本というよくわからないものに対して、
ちょっと関係あるかなと思って、せっかくなんで読んでみたというところで、
ざっくり内容を紹介すると、お地蔵さん自体は、
本の名前をきちっと言うところだからね。
村上範雄さんの作著で、京都地蔵本の歴史、構造館文部です。
お経の中で、これは日本で作られたという感じで書かれたんですけど、
儀教というか、お地蔵さんに関するお経みたいなのがあって、
そういうのでお地蔵さんの信仰が、
お地蔵さん自体はゆるふわなというか、
結構抽象的な仏教の中でも存在だと思うので、
そういうところで生まれましたと。
それで静かに広がっていたけれども、
京都では墓標として使われていた、11世紀以降とか。
その中で、お地蔵さん信仰というよりかは、
墓標として、お墓としての役割をなぜか担っていて、
しかも死中というか、落中の中で、
お墓がどえらい田舎に建っていたんじゃなくて、
街中にあって、それで戦乱とかあって、
豊臣秀吉とか、ちょっと話し取るんですけど、
16世紀ぐらいに大規模なおどいでしたっけ?
おどいという、地水工事であったり、堤防を作るみたいな。
その時に戦乱とかいろいろあって、
土に埋まってきた墓標がひょっこりと、
しかも大規模でやっていたので、
どんどん埋葬されていたものが表に出てきて、
これは何だというので、
最初は子どもたちがノリでワーイみたいな感じでやっていたら、
基本的にはそういうノリというのは一時的で終わるものだけれども、
多分京都の人たちも大規模に、
それまでは下業と上業しか存在しなかった京都、
今はそれなりに広いんですけど、
落中といわれるところもっと狭いエリアで、
ここ御所が御所西にある、
ちょうど今収録している場所よりもどんどん広がっていく中で、
心の土地の都害というか、
住民が何かを求めていたというところで、
お地蔵さんにまつわる話も生まれたり虚偽があるけれども、
という中で地蔵がまつるように、
より区画整理がされて、
ご番の目で置かれるように、
その土地の特徴もあって生まれて、
筋というか筋、
交差点ごとに置かれるような形が、
京都では自然発生的に生まれてしまったみたいな感じが続いて、
京都自体、江戸時代に入ったときに、
より京都諸次第というのはあったけれども、
自治がかなり、
自分たちで自分たちを取り仕切るというか、
そういう文化も他の土地に比べてはかなり強かったみたいで、
その中で住人たちの独特の絆というかが生まれる中で、
お盆、旧暦のお盆なので7月だったりしたんですけど、
そこで一つの住民を一つにするお祭りみたいので行われたというので、
また明治に入ったときにまた大きなことが起きて、
近代化ですよね、明治に入ると。
そのときに最初に京都を取り締まる、
今までいう不知人みたいな人がかなり厳しくて、
近代化イコール明神みたいな宗教を取り締まるというので、
一回地蔵文を禁止したと、行政の指示で。
でも十数年たってその人がいなくなって、
あまりにも近代化が推し進めすぎて、
その反動みたいな形で、
最初に盆取りが解禁されたみたいな、
ちょっと盆取りはここ置いといて、
地蔵文も復活していいよっていうお触れが出されて、
やっぱりギスギスした近代化を一気にね、
外から黒船のように持ち込まれたものでギスギスしてた中で、
再び住人の心をつなげるものとして地蔵文、
その時は地蔵祭か、地蔵祭が生まれて、
戦争も乗り越えて今に至ると。
文学の影響と未来
今の在り方はちょっと置いといて、
ざっくりこんな感じなんですけど、どうですか。
北野さんは愛知県で地蔵文を知らない時からこれにアプローチして、
ただ今はすごい盆踊りを関心を持って参加していると。
これにヒントがあるんじゃないかって買われた時に、
僕はないと思うと思ったんやな。
地蔵文と盆踊りには繋がりはないという呼び方をしてて、
ただ盆という言葉を使っているからあるのかなと。
その辺ですから、この後北野さんが何か見つけたんだったら教えてほしいんだけど。
僕らはもともと京都にいるから、あって当たり前のもんなんやね。
ないという世界観を知らない。
これが僕一番大事やと思って。
だからお地蔵さんって仏教のもんなんだろうけど、
ないってある世界観を知らないってのは宗族なんやな、風習なんや。
だから地蔵文というのは宗教行事というよりも風習なんだろうというふうに認識していると。
この著者の村上さんは奈良大学の先生だけど、
面白いのが、もともと文献史学という古文書にも学問の人だけど、
民族学的な視点も持ってて、文献だけじゃなくて、
実際フィールドを調査して、今の民族の状況を調べている人だと。
多分本人も文献からは読み解けてないと思う。
地蔵文風俗やから、文献に全て書かれてるわけじゃない。
この間夏にやったイベントは、ちょうど時期が下音祭と地蔵文の間ぐらいだったから、
下音祭の研究している先生に来てもらって、京都の夏の風物詩を比較してディスカッションしてもらった。
下音祭は完全に文献史論に残っているわけだ。
それは、われわれは明らかに町人の祭りだと思っているんだけど、
学校で習ったんだけど、かなりの部分で朝廷とか支配者の人が関わってたっていうのはあって、
僕はその時分かったんだけど、だからこそその文資料が残ってて、
いついつやっててこうなってるの。
地蔵文は残ってない。
残ってないことが逆に面白いというか、
そんなもんやろうな。
特に僕ら民族学とか人類学をやっている人たちにとっては面白いなというところ。
村上さんのアプローチがこれであっても、他に地蔵文をやっている人もいて、
いろいろまだアプローチの仕方が違って、
どういうアプローチでもできて、まだまだ生きた学問になっていく。
さかのぼって文献、一時資料追い求めるというオーソドックスな他の民族芸のお祭りのあれじゃなくて、
生きたやつでまだまだ出てくるなという期待感というか面白みがあって、
だからこそまた変化していくっていうかな。
守らなきゃいけないものはひょっとして文書に残ってないわけだから、少ないんじゃないかと思ってて、
実際この村上さんも言ってはったけど、京都の十徳というライブハウスが伝統的な、体験学区という学区なんだけど、
この町内の地蔵文は十徳でやってはるんだよね。
だからお地蔵さんを辻からライブハウスに運んで、そこで地蔵文をやってはるということなんだ。
二条城から上がったぐらいの。
上がったところのところね。
それはまさになんていうのかな、ルールにのっとってないわけだよね。
ルールにのっとったお祭りというのはお旅所とかいろいろあって、ここでなければあかんとかあるんだけど、
その十徳のやつは調べなあかんけど、今に合わせてるというかさ、人が集まれる空間づくりになってて、
これを思ったときに、沖縄にモアイという制度が、うちでイベントもしたけど、
それは大昔に金融とかが発達してないときにみんながお金を出しあって、
例えば5人のモアイがあれば毎月仮にだけど1000円ずつ集めるわけよ。
この月はAさんにその5000円を渡す。
次の月に集めた1000円かける5人はBさんに渡すという形で、
この5人の中でいろんなお金が回っていくという、それが金融の変わりを果たしてたと。
それでつながりがあって、今は銀行もできて、
今度とも遜色ない金融があるけど、それでもやってはんない。
なんでやってるかというとこれが変化して、車検モアイというのがある。
僕らも車を持ってたら、車検のお金って鬱陶しいもん。
3年に1回とか。
それのためにAさんの車検の都市にみんな集めたお金をAさんに渡す。
来年はBさんの車検やからみんな集めてBさんに渡すということで、
実践を伴っているわけだよ。
もともとの種族が形骸しているわけじゃなくて、
今の暮らしぶりにあった形で、無理矢理じゃなくて存続しているという風習がある。
それが多分こういう都会とか特に伝統的に日本の文化が何やかんや言っているところにはなかったと思っていたら、
僕は自動文はそういうものに近いのかな。
今に合わせて言っている。
多分宗教行事の部分じゃなくて、スタートからそうだったと思うんだけど、
みんな集まるというか、渾身の意味が保たれていて、
今じゃあライブハウスになったり、結局子供いない時代になっているので、
大人だけの集まりとかになってきていても、それはそれで自動文なんやろうなというふうに捉えている感じかな。
イベントの時に遠方から来られた人は、擬音祭と自動文というのはそんなに差がないもんだと思っていて、
京都の地蔵盆の意味
宗教行事の中で京都の人たちがおごそかに保ってきたもんやというイメージがあったんだけど、
全然その二つは違う。
教科書的には京都の町衆がというふうになるんだけど、
町衆がそれ以上の人たちと組んでやるものか、町衆がやるのかというので違いがあるんだろうなと。
だからこそ記録に残ってないんだけど、であるからこそ変化が容易やという感じかな。
そもそも面白いなというのは、自動文自体が子供のノリから始まって、現在でも何を祀っているのかがよく分かる。
お地蔵さんなのか、地域の先祖を守るのか、寄り合い的に年に一回集まるというのがかなりアバウト。
これは我々裏本という、京都で言うたら贈り日が午前の贈りは8月16日。
それでお盆は終わっちゃうわけだ。
あれは先祖を贈るお盆。
次の一週間後に地蔵盆が来るわけね。
一般のお盆が終わっているのになんで地蔵盆やというところに、地蔵盆の宗教的意味は何やというのが、
可能性としては多分この本でも論じられているだろうけど、言い切れるものは誰もないわけね。
地蔵盆という、お地蔵さんだというお盆がすごい関わりあるようで、まあアバウトというか。
そのお地蔵さんは町内が所有しているというか、所有権が微妙なんやね。
宗教の信仰対象ってお寺さんが持っていて、それがなくて、それの顕著なのが、
うちの家は下行の西本丸の近くなんだけど、元本国寺という日蓮宗のお寺、本山があって、
それがまあいろんな事情で山白に移ったと。
でもそんなの移ったらあかんという、教皇派の達中が7件ほど残っていて、
本本国寺をここで復興しよう、お夢見てはる人たちがいる町内なんですね。
お地蔵さんがない、地蔵盆はないんです。
それは日蓮宗の人にとって、お地蔵さんというのはインチキやとか、ないんだ。
だからこんだけお寺、うちの町内あるのに、お地蔵さんがなくて地蔵盆はないんだ。
だけど地蔵盆をやるという風習は残ってるから、今まで地蔵盆って言ってたんだけど、
お地蔵さんがないのに地蔵盆っておかしいから、
僕が福川と子供が生まれた15年くらい前、子供祭りとかにしてやって、
長陳とか地蔵盆の飾りするんだけどお地蔵さんがないと。
それでもずっと成り立ってたわけや。
いろいろ聞いてて、お地蔵盆の時にお寺さんの人が気張る時もあれば、
お坊さんが禁品とかもあるし、さっき見たような日蓮氏はどうなのかわからないけど、
宗派もバラバラで、ほんまに場所として盆踊り、その辺は盆踊りに近いのかもしれない。
夏祭りとか近いですよね。
宗教行事って思われてる側面もあるけど、別にそうでもない、実際は。
もともと僕が育ったとこはちゃんとお地蔵さんがあって、
おばあさんとかおじいさんが周りで何かやってたけど、
子供がそこへ行って手合わせって言われた記憶はない、お地蔵さんに。
ただおかしものって、僕らの時は夜遅くになったら広場で映画会までやってた、地蔵盆の日に。
暗くなって、屋外映画会みたいな。
ほんまに祭りやって、夏休み終わるのが見えた時期に、
普通だったら暗くなるのがそれでマシになったというか、
地蔵盆があるからええかなというか、そういう位置づけの感覚しかなくて。
それがいつの間にか僕らの世代は24時間テレビに変わっちゃって。
どういう意味ですか?
24時間テレビって、読売テレビというか日本テレビ。
ああやってますね。
あれも夏休みの終わりなの。
ああそうですね。愛を地球を救う。
愛を地球を救う。夏の終わりはあれで感じるという。
今はもうあんまり見てる人はいないんだろうけど、
なんかそういう季節の区切りをつけるものでもあったのかな。
ああそうですよね。
なんで、話しててやっぱりちょっと抽象的というか、
あんまりこれって言って言えないのが実は思った。
そうそう。
初回からこれはちょっとアバウトなんですけど。
それで最初その雑案の中でも言ってたけど、
それで盆って縁やなと思うんだけどね。
太宰治の作品の魅力
これ特に文庫本なので、そのチャンスを開いてるだけの本だよね。
なるほどなるほど。
辞典でもなんでもないので、これで時蔵本別れというものでもないので、
それで僕はこの本を読んだときに、
比較対象もいるだろうというので、
日本松陰の本と比べてそれぞれの専門家にディスカッションしてもらう。
それでより時蔵本というファジーさというか、それがわかったというので、
比較するとはね、相対化するのと。
それがイベントをやって、余計にこの本の魅力が出たのかなと思うんだけどね。
今ね、この本に解決を求める本っていうのは割と多いよね。
これ一冊で何々がわかるとか、
そんなに、ここのお客さんも特にある世代以下の人がそういう本を求めたんだけど、
世代でもうちょっと分かれる。
分かれるね。
我々というか、僕はどちらかというとそういう本を避けてきた。
自己啓発症。わかりやすいけれども。
ビジネス症であったり。
そういうのは学校の教科書も好きではなかったので、
その稽古が今は割とそういうのが多くて、
タイパというやつがある。
それを読んだら自分の関心事が解決するっていう。
自分に思っていることが解決するというものを求める稽古なんだけど、
僕は逆にもっとわけわからんようになって、
そのわけわからんということを認識するのがポイントだね。
そこからさらに本に行ってもいいし、
逆に地蔵本やったら、
これはわからへんが来年、さっき言った10読でやってるやつやったら10読に行ってみて、
どうやってここをやるようになったのかという。
おばあさんとか地元の若い人も絡んでるんだろうから、
聞いてみるというきっかけになるわけで、
それで十分この本の役割を果たしてて。
なるほど。
その読み方というのはずっとそんな感じするけどね。
じゃあその流れで。
今日僕は本当は小森美書店で、僕の背景もあるので、
学術賞というのを何かというのはターゲットを決めて紹介しようと思ってたんだけど、
それはまた後々にして考えて、
僕がまずここにあるやつでもなくてですね、
そう自分を振り返ると紹介したいのが、
太宰治の津軽という本。
知ってる?
いや、知らないですね。
それは太宰治の調子が良かった時に、
地元の津軽に帰省して。
あの人地元津軽?
津軽なんですよ。
津軽半島のかなきというところを、
津軽鉄道に乗って小市時間で着くんだけど。
行ったことあるんですか?
その話が今日あるんだよね。
そこに社養館という豪邸。
すごい大きな、一時、もともと地域の政治家一族のやつ。
太宰河ですか。
津島家って言って。
お兄さんは、お父さんが大臣とか。
その末裔が、つい20年くらいまでは自民党で大臣になって、津島州なんちゃらっていう。
その中で育って、ああなっていくんだけど。
お坊っちゃんってこと?
お坊っちゃんね。
お坊っちゃんのナルシズムと、もういい加減なところがめちゃめちゃあるんだけど。
ずっと、中学ぐらいからずっと太宰河を見てて。
みんなね、なんで津軽っていうのは、別に他の作品でもいいんだけど、
太宰治が好きな人達って言っているわけ。
その人達って、いい加減な太宰が、いい加減なわけわからん暗いことを書いてるやつを評価してはるわけ。
有名な人間失格とか、社養とか、私自殺しますみたいな本を紹介して、
例えば自分社養が好きで太宰がどうのこうのって言う人が多いんだけど、
それは僕の理解を超えているところで、文学者なんやな。
文学者を評価するとき、当然いろんな情報があって、
人となりっていうのが見えてきて、作家の人となりと合わせてくるとかあるんだけど、
まず文学作品は楽しまなあかんと思う。
そう考えたときに、僕が太宰が好きなのは、
やっぱり振り返っても、そういう人の暗さとかいい加減さを除いたストーリーテーラーとしての太宰作品が好きで、
めちゃめちゃ面白いんだよ。
その津軽っていうのは、戦中なんかな、津軽半島をいろいろ回って、
昔の知人とかと会って交流していく。
自分の事情伝的なのが小説になっている。
そこの表現っていうのがテクニックも含めて素晴らしい。
完全に小説になっている。エッセイでもなく小説になっている。
そこに太宰治の力が小説家としての本領があると思って。
僕、さっきの児童本のような学術系の本じゃないけど、
津軽っていうところに興味があって、
いろんな自分自身の状況の変化もあるけど、
今までに4回ぐらいルートを旅しているわけ。小説に沿って。
大学生の頃、社会人になりたての頃、なんちゃらっていうので、
その時に絶えず津軽を持って。
彼が描写して語っていることと現実の違いも当然あるし、
ここで思った主人公の心象風景と自分との違いとか、
一つずつ確認しながら読んでいって。
文学作品って一つはそれでいいのかなと。
舞台に自分を置いて、
登場人物と同じような行動をして、
そこの違いとか、登場人物と自分の感じたことの違いとかを
経験するっていうのを文学作品の読み方であって、
いいと思っているので、
人間失格とか自殺するようなやつはあかんと思うよね。
してしまうやん。
それをえええって言っている人がいて、
それは自分たぶん自殺しやがらへんよね。
なんで自殺している人に何を求めているのかというのが、
代わりに自殺してくれていると思っているのかな、主人公が。
主人公がこういう窮地のところで。
そこがわかんない。
自分のアナザーストーリーとして、
擬似体験、ファンタジーとして楽しませてくれているってことかな。
ナルチシズムみたいな。
人間失格の初めの恥の多い人生でしたね。
なんでという感じしない?
文学作品なんだから。
ファンタジーを求めている。
ファンタジーを求めているんだったらいいけど、
その人たちたぶん、言い切れへんけど、
ファンタジーを求めているのかもしれないな。
あんまりリアリティが高すぎるのは、
その人たちにとっては息苦しいんじゃないですか。
小説には求めている。物語ではない。
本来は多分、学者の人はどう言うんだろうな。
僕は、なぜかわからんけど、
舞台に行きたくて、
そこでの主人公との比較で自分を見直したいっていうのが、
文学作品に対してあるね。
4回も行ってっていうのはやっぱり特殊ですよね。
特殊ですよね。
行くたびに何か更新されるものがあるんですかね。
だからいろんな場面が出てきて、
いろんな土地が出てくるんだけど、
行くたびに違って、まだ行けてないところもあるけど。
4回も行って行けてないところなんですか。
当然ある。
そんな壮大なストーリー。
津軽半島自体も結局すごく行きにくいんだよね。
鉄道があって、バスですぐ降りて、
例えばカニタっていう場所が出てくるんだけど、
そこは鉄道で行ったら3時間に1本ぐらいだから、
1回降りたら、
1回降りて、いろいろ思いを考えて、
それでも2時間ぐらいしか考えられなくて、
あと1時間どうしようかなっていうね。
何もないし。
戻るしかなくて、
青森に戻ってきて泊まるやん。
次、タッピン岬行くのも、
ミンマイアっていうところまで鉄道が行ってて、
そこからバスに乗らなきゃいけないんだけど、
それも何時間に1本のバスで行って帰ってくる。
ひもとしないで観光するのとはわけが違う。
青森で左側が津軽半島で、
右側が下北半島なんで、
たまたま仕事で下北半島行ってて、
ちょっと時間ができたから、
普通だったら、
なんとかっていう場所から、
津軽のカニ玉でフェリーが出てるんや。
それでまた行ったろうかと思って、
右から左に渡ろうと思って、
乗りに行ったら、
吹雪あって、
今日船出ますかって言ったら、
これ見て出ると思うんですかとか言われてさ。
そういういろんな困難があって、
まだまだ生きたら。
まだ生きたい。
まだ生きたい。
人生の事例。
まだまだ生きて、
それに頼る作品だと思うやつだろうね。
文学と自己反省
それはなぜかというと、
その自己反省とか、
指摘要素が意外に少ない。
他の恥の多い人生でしたって語るのは、
何か言い訳っぽく、
自分の中で収まってるような感じだよね。
そうじゃない。
他におとぎ雑誌とか面白い本があるね。
カチカチ山とかも。
だからその辺の評価が小説やなと思ってて。
気候文とか気候小説。
でもないね。
でもない。
小説ない。
小説。
うん。
詩小説でもなくて。
詩小説じゃなくて。
うん。
そこの具合が上手いっていうか。
上手い。
作品。
それが多分小説家としての技術が高いんだと思うね。
その技術、あえてそれに僕も天の弱なとこがあって、
技術が高い部分が評価されずに、
変な人っていうか自殺ばっかりして、
いうとこが余計に耐えられなくて。
得意性みたいなところが、
太宰の最大の魅力みたいに言われてるけれどっていう。
そうじゃなくて小説家太宰っていうので、
小説なんだからね。
だから多分今彼が生きてたらそんな伝説になってんのと、
炎上するだけで、
もうどうか言ってるわけだ。
確かに。
女性関係で。
そうそう。
入水自殺して相手だけ死ぬっていう。
もうひどいやつだよ。
ここで読書会太宰でやってて、
みんなどちらかというと、
太宰夫さんもすごいスーパースターのようなことをしてて。
そこに参加された方が。
あんなひどいやついいんでって言ったら、
ソース館でも夏木早に。
そうなんだ。
それはひどい人でしょ、普通に。
特になんかね、
その時に限ってアメリカ人も参加してて、
アメリカ人の太宰ファンがいて、
ちょっとケンカに近くなって。
日本人の心情が太宰に溢れてるとか言うて。
多分彼女の頭の中には、
腹切り侍の感覚が残ってて、
太宰と重ねてるんだけど、
それで文学を読んでるって言われたら、
デキンって言いかけたけど、
それを受け入れればわかるので。
でもそれこそね、今その参加者の人たちの、
ホント太宰のガチファン、ガチ勢みたいな人たちは、
やっぱりそういう得意なところが、
好きなんでしょうねっていう。
テクニックとかじゃなくて、
っていうところですよね。
今、木漏れ日の太宰主と常連中心で、
アスナロって、
あれ僕桜んぼという連載を永遠に続けてるんだけど、
桜んぼって、
言葉変えると応答になるんでね。
桜のモンボンって書いて、
太宰が桜んぼが好きで、
応答という面白い小説もあって、
亡くなった日を応答日って言って、
みんな集まる春日がいて、
明日はね。
それ応答にするのもありまして、
僕桜んぼにして、
好きかって書いてると。
連載にしたから止められへんけど、
そういうのもあって、
それで、ついでに言うと、
ここに手元にあるのが、
ヘミングウェイの移動祝祭日っていうのがあって、
これは基本的にヘミングウェイの、
自助伝に近いもの。
でも、僕にとっては津軽と一緒で、
ヘミングウェイの、
確かに移動ですね。
小説の中の最高峰だと僕は思っていて、
これはヘミングウェイっていうのは、
1920年代にパリで過ごしてるんだよね。
そこで日はまた昇るとか、
仏教さらばとか書くんだけど、
その時のことを、
死ぬ前に書いてる本だよ。
懐かしむ前に。
懐かしんで、
亡くなる直前に書いてる本。
自分の経験を書いてるみたいなんだけど、
まさにヘミングウェイの論体で、
小説になってた。
これが大好きで、
これも含めてパリに15回以上行ってる。
津軽には5回やけど、
パリに15回行ってる。
彼が見た場面場面を、
自分で確認しに行ってるっていうので、
僕にとって小説っていうのは、
そういう大好きなものは、
自分でその場に行って、
確認しないと、
気が済まないというか、
分からない。
ヘミングウェイはこう感じた、
ダザーイはこう感じた、
自分はどう感じるんだろうみたいな。
そう感じてるセリフの中に、
何が創作であって、
何が事実であって、
その創作部分にどういう感情があって、
その創作したかっていうことを、
実際現場で知りたいっていうのが、
それは多分、
地蔵本とかそういう系統の本でも、
やっぱり読んだ後は行きたいとかさ、
行く方向だよな、
そこで完結しない、
実用書じゃないので、
っていうのは多分、
どういう作品であってもそうしたいっていうのは、
僕の本の読み方なのかなというのが、
スタートの段階で言いたかったことかな。
ヘミングウェイの影響
分からないからこそ、
確かめたい、
現地に行きたいみたいな、
そういう入り口になると。
小説であろうが何であろうが、
小説で完結することは、
小説でさえ。
ないんちゃうから。
なるほど。
そんな感じで、
まず初回は。
ちょっと偏屈な読み方の紹介かもしれんけど。
いやだ、全然、
個性を出していった方が。
だから結局、
だからあれやな、
時代小説は読まないよね。
時代劇は。
柴良太郎とか。
その時代に行けないもん。
離れすぎてて。
名剤とかだったらまだ、
まだ。
分かるっていうか、
繋がりが感じられるけど。
チャンバラの気持ち別に、
分からへんよな。
行ったら分かるのかな。
近代以降ってこと?
近代ね。
これ。
45:32

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