自己表現の一貫性
小田嶋三詠の心の起業学
ポッドキャスト心の起業学は、発信力プロデューサーの小田嶋三詠が、個性、才能の生かし方や転職の作り方、自分らしい成功を実現していくためのヒントを、リスナーの皆様からのご質問に直接お答えする形でお伝えしていく番組です。
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はい、今週も始まりました小田嶋三詠の心の起業学ナビゲーターのトーマス・J・トーマスです。よろしくお願いいたします。そして三詠さん、今週もよろしくっす。
はい、お願いします。小田嶋三詠です。
お願いします。というわけで10月も暮れのほうになってきましたけれども、
秋深まり。
秋ですよね、もう完全に。
はい、いいですね。
ドビン虫とかどうですか、食べました?
ドビン虫いいですね、食べてないけれども。
ドビン虫、去年初めてトーマスドビン虫食べて、めちゃくちゃ美味しいですね、あれ。
美味しいですよね。松茸の思い出話していいですか?
何、そんなのがあるの?
私、大学生の頃かな、小料理屋でバイトしてたんですよ。
小料理屋で。
で、その時に秋だったので、松茸の焼いたやつかな、普通に焼いたやつのメニューがあって、それを注文された男性2人組、結構年配のがいて、運んで行ったんですよ。
そしたら、それを見て、ずいぶん可愛いねって言われたんですよ。
何が可愛い、私が可愛いのかな?
はいはい、まあまあ思っていいと思いますよ、それは。
って思ってたら、松茸がずいぶんちっちゃいねって意味だったんですよ。
そういうことね。
そう、確かに小さいもののこと可愛いって言うもんだなと思って、でもその時本当にわかんなくて、なんか愛想笑いで、えーって感じで去ったっていうのを、今思い出しました。
そんなストーリー。
はい。
そんなストーリーですか。
まあ、なかなかね、困りますよね、学生とか若い頃にそういう対応って、どうしたらいいかわかんないですよね。
そうそうそうそう。
意味がわかったとしても、謝るのも変だし、どうしたらいいかわからないですよね。
まあ、愛想笑いですよね。
愛想笑い。
そうですか、小料理屋時代のみえさんがあったわけですね。
はい。
はい、ドビムシ食べたいなということで、じゃあ次はあれです、テーマについて話していただこうと思います。
そっちがメインですけども。
次。
SNSのキャラづけ
今日のテーマはこちらです。SNSの見せ方に一貫性はありますか?という投げかけ。
これはもうトーマスさんが黙ってないですよ。
黙ってない。
そう、さっき言われたんですよね、見せ方系の話になるとトーマスはすごい。
プロとしての表示が出てくるねっていう。
本当ですか。
出てきてますよ。
全然自分ではわかってないですけど。
そこがやっぱりね、それが本当にプロだから、トーマスさんはフォトグラファーさんでもあるので。
そうですね。
見せ方とかビジュアルとかっていうところに関しては、もちろん意見を持ってらっしゃる方なんですよね。
はいはい。
でも私はそういうのすごい苦手なので、ちょっと教えてもらわないとなと思ってるんですけど。
このSNSの見せ方っていうのは写真とかってこと?
それも含めてですね、含めてなんですけど、言いたいことは2つあって、
1つはそのSNSで見せてる自分は本当の自分と一致してますかっていう、まずそこ。
もちろんこういうキャラで行こうって決めて、そのキャラを立てていくっていうのは、
特にインスタとかXとかだったら、やっぱりキャラ立てて必要ですよね。
こういう人っていう設定は必要で、それに沿ってやっていくことでブランディングもできるし、
発信の方向性ができていくので大事だと思うんだけれども、
それがやってて無理ないですかっていうのはすごく大事なことだと思ってて、
やっぱりある程度、特にインスタとかだと、ありと目立たないといけないみたいなところはあるので。
SNSってどうしてもそうなりますよね。
すごくキャラを専鋭化して、普通の本人はちょっと明るいぐらいな感じだとしても、
めちゃめちゃもういつでもハイテンション元気みたいな、元気姉さんみたいな感じにしちゃうと、
やっぱ基本的に無理だと生じてきちゃったりとかするので、
キャラもそうだし、言ってることって本当に思ってることですかっていうのはすごい大事ですよね。
だから例えば、今はこういう設定の女性を励ますような感じの人が受けてるんだなとか、
こういう美容コンテンツが流行ってるんだな、そういうのが人気出るんだなと思って、
好きでもないのにそういうのやっちゃうと絶対続かないじゃないですか。
続かない、続かない。
でも多分基本そういうの好きじゃないのにやってるから続かないし、
バズらないと思うんですけども、前にそれが人気出ちゃったらもっとやばいですよね。
それをやらざるを得なくなっちゃうっていう、好きじゃないのにみたいな。
めっちゃ苦痛するよね。
そんな人生だったら会社員の方がナンプがマシですよね。
確かに。
っていうところで、まず自分との一貫性で無理はないですかっていうところで、
自分が自然にやれるっていうことが一番大事だと思うんで、
そこは大事だと思ってるんですっていうことと、
じゃあ自分のやってることに、と出してることに、
そこの一貫はあると。
だけどじゃあその、見た人から見て、
例えばSNSXとかインスタとかブログとかによって、
印象が全然違うよね、言ってることが違うねみたいな風に思われてないですか、
みたいなことだったりもするわけですよね。
プロデュースの重要性
なんていうのかな。
例えば、女性のナチュラルさを引き出して、
魅力を快感するスタイリストですみたいな感じだとするじゃないですか。
そういう風に打ち出してて、
確かにインスタではそういうお客さんの写真として、
ナチュラルなものとかを載せてるんだけど、
フェイスブック見たら、あれなんかこの人自分の写真めっちゃ加工してるやんって。
やだそれは。
だったりとか、
あとは自分のそのプロフィール写真がナチュラル感がなくて、
こう都会派、すごい極端な例言ってますけど、
なんか都会派バリキュアリー風とかだったら、
そんな人いないだろうって思うかもしれないけど、
それぐらいなんかチグハグな感じって、
私たち結構やりがちじゃないですか。
目のこどって見えないですからね。
どう見せたいのみたいなのを、
自分私も多分やっちゃってると思うんですけれども、
人のものを見るとわかるけど、
でも自分もやっちゃうっていうところとかだったりして、
私なんかそのメッセージとなんていうのかな、
例えばその今の写真の話もそうだし、
メッセージと出してる商品のその一貫性もよくわからないみたいなことがあったり、
ナチュラルな女性の美を引き出すのが私の理念ですみたいなことを言ってたとしても、
でも日頃の発信からそういうトーンは感じられなくて、
なんかめっちゃメイクでモル技術とかよく教えてるよねとか、
服とかもマイナス何キロ痩せ見えみたいなのとか言ってるよねとかだったら、
え、なんか違くない?みたいな。
別にそんなマイナス何キロ痩せ見えが悪いわけじゃなくて、
そっちをやりたいんだったらちゃんとメッセージでもそうしましょうっていう話ですよね。
見てる側が結構そういう敏感に違和感を感じ取れるってことですよね。
感じますよね。
なんかその人がそれを本当に思ってやってるんだなとか、
そうじゃないんだろうなって感じて、なんかわかりますよね。
人の感覚ってすごいですよね。
すごいですよね。だからそれこそ第六感なのか何かわかんないですけど、
この人それ言ってるけど、そういうこと、この人に言われても魅力感じないとか。
あるあるある。
なんかそのちぐはぐさ、なんでそっち行っちゃったんだろうみたいな感じとかってあるじゃないですか。
私もそういうふうに思われてる瞬間とかあると思うんですけれども、
っていう前提でも喋ってるからね、私も含めての話をしてますから。
けれども、そういうところって伝わっちゃうので、一貫性は持ってたほうがいいんですよね。
どうしたらそこを自分でブレずにいけるんですかね。
客観視できないじゃないですか、自分のことって。
誰かと競合してお互いをプロデュースし合うというか、
ちょっとそこおかしいよって言ってくれる人が近くにいたら。
いいかもしれないね。
そういうプロデュースちゃんとしてもらうっていう視点もやっぱり必要だと思ってて、
特にビジュアルに関したりとか、企業のコンセプト作りとかに関してはそういうプロの力を借りる。
私、写真にビジュアルにしても結局どうしたいのって、自分がそれが結局メイン、中心にないといけないじゃないですか。
私、それをこうしたいんだとしても、それが自分にちゃんと、自分がそれを表現するに値するかっていうか、何て言うのかな。
例えば、どう見てもすごく信頼される、頼れる行使タイプみたいな雰囲気を持ってる人が、
私、はじけたキャラでいきたいんですみたいな感じで言ったとして、
はじけビジュアルを作ったとして、その時にちゃんとそれがしっくりくるのかみたいなこととかもあるじゃないですか。
その辺ってどうですか、トーマスさん。
この人からこのオーダー来るみたいなのってあったりします?
中にはありますけどね。
一応、カメラマン的にはその中間というか、ちゃんとミックスするところを狙って一回撮らせてもらいますけど、
それを見て、でももっとこっちって言われたら、仕方なくそっちに合わせて撮りますよね。
持ち味とやりたいことを無理なくミックスできるような形に。
ポジションをカメラマン的には狙っていきますけど、
でも本人がもっとはじけたいんだって言うんであれば、そっち撮るしかないから。
そうですよね。それもでも難しいですよね。
はじけたいんだが本人の魂の欲求だったら、今一瞬無理感があったとしても、そっちまず撮っちゃうことで、
そこに近づいていくっていうのもあるし、
それで自分でやってみて、自分には無理だって気づくこともあるだろうし。
本当にそれをやりたいのか、それがいいと思っているだけなのかっていうそこの差ってあるじゃないですか。
あるある。
本当にそれをやりたいんだったら、多分一瞬最初はそれこそしっくり感がなかったとしても、
でも撮ったら多分そうなる、しっくりになると思うんですよね。
あるある。大いにある。
ありますよね。本当にその人の純粋な、本当のキャラはそっちなんだよっていう。
真面目にこう進む、嘘じゃないんだけど、本当はもっと楽しい人なんだよっていうのが、
そう見せたいからじゃなくて、本当にそうだからっていうのであれば、多分写真にもちゃんとそれが落とし込めると思うんですよね。
だしその流れで言うと、プロデュースとかも大事なんだけど、日頃の発信でやっぱり大事なのって、
いかに素直でいるかってことだと思うんですよ。
いかに自分に素直でいるか。
自己表現と一貫性
つい私も含めてなんですけど、この場ではこう言ったら好かれるかなとか、こう言わないとなんか嫌われちゃうかなとか、
あるじゃないですか。こう言ったら仕事に発展するのかなみたいな。
あるある。
その時ってめっちゃ自分と離れてる状態で、本当の自分の素直なところを自分でこう無視しちゃってるというか、
蓋しちゃっても閉じ込めちゃってるってことだから、
私も最近それをね、断る瞬間にすごい意識するようになって、
今私緊張してるとか、緊張してるってことはなんで?みたいな。
今の例えば目の前にいる人に対して、どう言ったら相手にいい感じって思ってもらえるかなって思っちゃってるみたいな。
はいはいはい。
の時にいちいち気づいていって、もうやめようやめようみたいな。
やめやめようみたいな。
思ったことを素直に言えばいいんだみたいな、無心になるというか。
なるほどね。
みたいなのを結構すごい訓練してて、
で、発信とかにおいてもそういうことを意識してて、
これはこう思われたいから書くとかなのかな?
いや、本当に思ってることは何なのかな?みたいな。
それを意識していけば、やっぱりその一貫性って、
言うことがいつも同じことじゃなくても、
あえてバラエティーに富んだことを言ってても、本当に自分の素直さだから、
変なちぐはぐさってないと思うんですよね。
確かに。
変なちぐはぐさって、いろんな自分の意図、意図まみれになった時だと思うんですよ。
こう思われたい、それが他人軸、他人の評価みたいな。
それはあるかもですね。
で、その意図同士も矛盾してたりとか、自分とも矛盾してたりとか、
っていうことがあるから、なんか違うよね、みたいなことになるので、
ですね、だから戻ると、さっき写真の話と同じですけれども、
それが本当にそうなりたい、そうであるって思ってるんだったら、
それは写真にちゃんとビジュアライズもできるし、言葉にもちゃんと出せるっていうことだと思うんですね。
洗練されていく必要はあるかもしれないけれども、
少なくとも見た人に嘘だなって感じられるものではないっていうところなので、
やっぱその、そこが根本かなっていうふうに思いますね。
なるほどね。
だから意図、意図持っちゃう気持ちも。
意図が大事な時もあるけど、常にそれだと。
なんだろうな、なんて言ったらいいんですかね、これね。
でも多分トーマさん、フォトグラファーさんとして、
それこそじゃあその人が真面目な格子風で、今回もそれでいいですって来たとしたとしても、
その人の中に本当にもっと楽しさとか、女性性とかがあるのが多分見えるじゃないですか。
そしたらそっちも出そうよって口で言うかもしれないし、
言わなくてもそっちもちゃんと映してあげることってできますよね。
まあそうですね。
勝手にそうなっちゃうというか。
だからあんまり考えすぎなくてもいいかもっていうところありますよね。
そっか。考えすぎない方がむしろいいのか。
もちろんちゃんと戦略的にっていうのもめっちゃわかるんだけど、
やっぱり結局は出るからっていう。
確かにね。そういうことですよね。
そっちの方に魅力がありますもんね、絶対に。
そうそう。
意図しない、意図してるようで、それは意図じゃなかったりするってこと?違うな。なんですかね。
なんでしょうね。なんか意図が悪いみたいに言っちゃって、意図ももちろん大事なんですけど。
大事だけど、意図なんて必要ない、ないんでしょうね、だから。
だから結局はもう裸で。
裸にもうその意図は含まれてるのに、わざわざそこを強調しちゃうから変になるんだ。
そうですね。
そういうことだ。
そうですね。だから結論裸で行きましょう。
裸で行きましょう。
SNSはじゃあ裸で。
SNSの見せ方に一貫性ありますかというタイトルで結論裸で行こう。
でもそういうことだと思いました、私も。
取り繕わないで行こうと。
そういうことだ。裸が大事。
裸が大事ですね。
そうですよ。そこに魅力がある。
ぜひあれこれ考えすぎずにですね。
そうですよ。
一番シンプルなところに立ち返ってやっていくと、結果的にそれは一貫性のあるものになるとならざるを得ないですよね、裸だから。
そうですね。そりゃそうだ。何も聞かされてないわけですからね。
裸の魅力
そう、よかった。
それいいんだよ。裸で行こう。
よし。
オッケーです。
よし、オッケーです。
なんか参考になれば幸いです。
裸を鍛えるのはありですよね、だからね。
そうですね。
ポヨンとしてるよりは始末とかはいいですもんね。
裸を磨くっていうね。
裸を磨く、そうですよ。よし、みんなしていきましょう。
はい、というわけでどうでしょう、今日の回答。それでいいの?とかツッコミもお待ちしてますけれども、
サブカル紹介
ぜひ概要欄にMieさんに通じるLINE公式アカウントがありますので、友達登録をピッとしていただきましてですね、どしどし感想をお待ちしております。
はい、Mieさんへの相談や質問もお待ちしてますのでお願いします。
というわけで番組の最後にサブカル紹介のコーナーです。お願いします。
はい、今週は本ですね。
本。
サザエさん打ち分け話っていう本がありまして。
サザエさん打ち分け話?
はい、サザエさんの作者の長谷川町子さんの自伝的な、漫画と文章も混じってる本。
めちゃめちゃ古い本なんですけど、結構前に復刻されて、今普通に買えるんですけどね。
これがその、サザエさんの長谷川町子さんの若い彼氏、女学生だった頃、まだ戦争やってた頃だったりとかのこととかも書かれていて、
なんかね、すごく面白いんですよね。戦争時代の話とかも長谷川町子さんが書くと全然悲惨じゃないっていうか、ちょっとほのぼのして感じるエピソードとかも生まれて、やっぱりなんか人柄なんでしょうねっていう。
長谷川町子さんってクリスチャンだったと思うんですね。そんな話にも入ってた気がするんですけど、ちょっと違ったらごめんなさいなんですけど。
非常にですね、今の現代の人には出ない趣のある、味わいのある、でも軽やかな、反自伝的なものなので、よかったら読んでみてください。
当時の世田谷とか、そういう場所の風俗とかもわかりますので。
そうですね、内訳話。みなさんいつ読んでるんですか、こういう本は。
これはなんか昔から持ってて、昔、古本屋で買って、あっ、あったみたいな感じで買って持ってたんですけど、今普通に復刻されてるので、よかったと思ってて。
みんな読んでみたいな感じなんで。
そっか、復刻版か、今Amazonで出てくるやつ。
そうそうそう、でも全然仲間同じだと思いますけれども。
なるほど、ぜひぜひ手に取ってみてください。概要欄にリンク貼っておきますのでAmazonでポチッとしてみましょう。
はい、というわけで、小田島美恵の心の起業学第95回以上で終了とさせていただきます。
今週もみえさんありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。
今週のポッドキャストはいかがでしたか。
概要欄にある小田島美恵LINE公式アカウントから、小田島先生への相談をお待ちしております。
些細な相談でもお気軽にご連絡くださいませ。
それではまたお耳にかかりましょう。
ごきげんよう、さようなら。
この番組はプロデュース、ライフブルーム.ファン、ナレーション、月明恵子がお送りいたしました。