つまりエビレストに登る理由を言っただけであって、
山登る一般論を話したわけじゃないっていう、
明確な目的があったっていう話があるんですけど、
各言って往々にしてそういうものだったりするんですけどね。
でも、結構登山とビジネスと相性がいいような気がしてて、
話を戻すと、この本って山ノ康さんっていう日本有数のクライマーがいて、
その人がヒマラヤのギャチュンカンっていう、
7952メートルの山を登って降りてくるまでの過程を、
沢木さんが取材して書いた本なんですね。
ヒマラヤ山脈って東西に伸びてるんで、
北か南から登るんですけど、これは北壁、ノースフェイスの方から、
奥さんの太子さんっていう人と一緒に登った過程なんですけど、
山ノ康さんが苦闘の末に登頂、ギャチュンカンに登頂するんですけど、
登ったら降りるまでが登山なので、家帰るまでが遠足みたいなもので、
降りる過程があるんですけど、その降りる過程で、
嵐となだれにあって、完全に遭難状態になって、
足場のない、すごく切り立った崖の山、
で、その極寒の猛風吹雪の中で5日間過ごして、
結果的に山ノ康さんが両手の薬指と小指と右足の全部の指を切断するっていう、
超重度の頭傷を負って、本当に命からがら、
死の確率がのほうがはるかに高かったような状況で生き延びたっていう過程なんですね。
ほんとスリーリングで全部面白い話なんですけど、
引用したいところとしては、そもそもなんでエビレストとかじゃなくて、
ギャチュンカンとかいう、
ギャチュンカン、初めて聞きます。
知らないですよね、K2ぐらいなら知ってるかもしれないけど、
有名ではない山の、しかもすごい難しい山に挑んだのかっていうのを語る場面なんですけど、
ちょっと長めなんですけど、いきますね。
山ノ井は一般的にほとんど無名と言ってよかった。
それは山ノ井が本質的にあまり派手な車いを好まなかったせいもあるが、
登山の費用のすべてを自分で賄っているため、
名前を売ってスポンサーを見つける必要がなかったからでもある。
ただ、自分の好きな山を好きに登ることができさえすればよかったのだと。
でもあまり知られてないクライマーなんですよね。
そういう山ノ井にとって、8000メートルという高さはひまらや登山に必須なものではなかった。
ただ、素晴らしい壁があり、そこに美しいラインを描けるなら、
そのほうがはるかにいいという思いがあった。
で、中略。自分が登ることで壁に一本のラインが描かれる。
山ノ井にとっては、そのラインの美しさが何より大事なことであり、
ギャチュンカンはまさにそうしたラインを描ける山のようだったという箇所があって、
つまり、その美しいルートを描いて登頂するというイメージに導かれて登っただけだという話なんですよね。
僕は、いい仕事とは何かという答えがここにあるんじゃないかと思っていて、
例えばビジネスやってて、売れたいとか、有名になりたいとか、上司に褒められたいとか、
上司に怒られないためとか、そういう腹を持ってやることってあると思うし、
それは別に悪いわけじゃないし、人生と生活がかかってますからしょうがないんですけど、
でも、それよりも、この仕事につけばとか、このプロジェクトに携わったらとか、
もっといいとこの人と仕事をしたら、成功するかも儲けるかもわかんないけど、
自分が最も躍動できたり、自分が最も興奮できる、最も生きる実感を得られそうだっていう直感に導かれて成し遂げたことが、
結果的に人の心を動かす仕事になる可能性を持つんじゃないかということをすごい感じて、
僕もそういう本を作りたいなと。
売れるかどうかわかんないけど、岡田さんみたいな人と本作って売れるのが一番美しいし気持ちいいだろうっていう感じるんです。
素晴らしい。なんというもん。これでありがとうございましたっていう感じ。
優勝。
優勝は決まりましたね。
優勝です。
いや、もうおっしゃることですね。そうですね。
素晴らしい本。
なんか一貫してますよね、前半の金野さんのお話と。
熱いですね。熱い心持ってますね。
やっぱりね。やりたいことを仕事にしろというところですよね。
そうですよね。
そうっていうのを本当に感じますね。
しかもこれ取材の本なんで、めちゃくちゃ過程が細かく記録してあって、ノンフィクションライターとしての沢木さんの素晴らしさも感じられる本なんで、ぜひ読んでいただきたい。
なるほどね。私も最近出張のお供にまさにその本をずっと読んでるんですよ。
最近ですか?
確かに。
この山は何千メートルか以上の山のギリ届かない山なんですよね。
8センチに届かない。
そうそうそう。だからそういう意味でも全然キラキラしてないというか、知名度を浴びるためにはベスト20みたいなところにギリ届かないんですよ。
名声を求めてないんです。
だけれども沢木幸太郎さんの作品って旅行記以外にもそういう無名のヒーローみたいなものを書き続けるような連作みたいな形でノンフィクションがすごい傑作沢山ありますけども。
これもその系譜に連なるものとして素晴らしいものと思いますけども。
確かにそれはありますね。だからそのいたずらに名声を求めずに自分の道を行ってこう突き詰めるんだよっていう哲学を持って望まれてる方を沢木幸太郎さんのそのたくみな読みやすいヒッチで書かれるからたまらないですよね。
でもビジネス書として思ったことはなかったから。なるほど。面白いですね。
なるほどね。いいですね。
ビジネス書だと思えばそれはビジネス書なんですよ。
そうですね。それ自体が名言っぽいな。そこに山があるからみたいな。ビジネス書だと思えば。なるほどね。
やっぱり優勝は決まっちゃいましたね。2位決定戦だわ。
是非聞かせてくださいよ。
僕ちょっと次行っていいですか。
僕もまさに同じようなメッセージを別の本から持っていこうと思いまして。
ノッカローとしてるわけじゃないですよ。
岡田さんから甘そういうこと感じないけど。秘めたのよね。青い炎がある。
これ普通にめっちゃおすすめな本なんですけど。タイトルが『書きたいを信じる。少年ジャンプがどうしても伝えたい。漫画の書き方』っていう。
岡田さん漫画家になりたい。
漫画家になりたいと思って買ったわけではないんですけど。
なるほど。
これ本当に去年か一昨年ぐらいの本かな。なんですけど、めちゃくちゃ面白くて。一昨年読んだ本の中でも上位に入るくらい面白かった。
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、そういうのを繰り返し言われると、
さらにそれによってアフリカが多くのアフリカ人によって 地域社となった回数は27回に及ぶという有名なイラン革命とか
エチオピア革命とかそういうのも全部目撃して実際に実地に運んで 色々危険な目に会いながら生き延びて
たくさんの著作を物されたという、方の最も代表的な本の一つが国団という内容の本があってですね
これはアフリカがメインのアフリカのいろんな国に行って
小文というかですね、短いそこでの滞在期みたいなのが書かれたような連作で どこから読んでも面白いし
寝る前に読む一冊子の読み物として読んでたんですけれども 今回近藤さんからこの企画聞かれて
旅の本で最初に読みたいのはこれだなって思って もう一回この年末年始読み返してみたら
これは役に立つところあるかなと思ってちょっと読んだのが一つご紹介しますね
1967年のナイジェリアのラゴスにこの人一時的に住んでたことが自らの意思でですね
私もラゴス行ったことあるんですけど、今まで行った中で一番治安に特徴がある
本当にここでもう人生終わるかなというところで、その50年前に行かれたところで
そこに住んでる白人の人はほとんど白人街のところにいるんだけど、この人あえてスラム街みたいなアフリカ人地区にわずと住んでいるということを知ったんですね
周りに猛反対されて、いろんなこと言われました
君、確実に死ぬことになるぞ、死に方はいろいろだ、殺されるかもしれないし、病死かもしれない、ひどい生活条件だからね
いう中でも一生懸命頑張って暮らしたと
なぜかって言ったら、知ったかぶりでアフリカを語るヨーロッパ人が尺に触っていたからであるということで自分で入ったと
住み始めてみたら案の定トラブルだらけで、空き巣に会いまくると、ものがどんどんどんどんなくなってくるし
そういうものを取った人とか見つけられたらその人は集団隣地になって、警察の人は殺されるのを止めるために介入するみたいな
めちゃくちゃカオティックな状況になっているみたいなところで、かなり厳しい状況なんですね
厳しい状況を読むだけでこれ全部のことを読むことになっちゃうから、そこは引用できないんですけれども
最後の方の一節ですね、とある日一人の客が来た、中年の男でイスラム教徒の白いガラビーヤという衣装を着ていた
北ナイジレアの出身、スレイマンと名乗った
この人はお前の部屋のガードマンになるよみたいなことでお金をせびりに来たんです
だけどそれはちょっといいよ、勘弁してくれよって言って
実はこのカプシチンスキンさんもお金結構なくて、5ボンドだけをこの人に渡したんですね
そしたらそのイスラム教徒の人は数日をまたやってきた
今回は椅子に腰を下ろした
紅茶をすすめて雑談となり、僕はアキスの悩みを打ち明けた
スレイマンに言わせると、アキスはごく自然なことだそうだ
盗みは確かに嫌なものだが、不平等を鳴らす役割も果たす
ものを盗まれるというのは結構なことであり、盗め側からすれば友情の表明なのだ
つまりあなたは彼ら盗人の役に立っているのであって、それ故にあなたは受け入れられる
だから安穏安泰と安心するがよろしい
危ない目にあったことがありますか?ってスレイマンさんが聞いてきたんですね
それはなかったけど、それご覧なさい
勝手に盗み出せばいい、そう構えている限りは安全でいられる
警察に通告して犯人探しをするのなら、その時はここを引き払うのが無難です
これ終わりなんですけども、全然常識が違っているじゃないですか
すごい、友情の証
圧倒されますよね、圧倒されるし、本当かみたいな
でも、めちゃくちゃじゃないですか
最後に手術師が現れて飾ったら盗みがなくなったってまたわけのわからない落ちなんですけども
それはともかくこの人のよくわからない価値観のまた違うところで言われるところなんだけども
めちゃくちゃひどい目にあっても、誰かの役になったって思ったら許せるのかなみたいな
でも納得は正直腹からはいらないんだけども、そういう方はいらっしゃるし
私は国際的な仕事をいろいろやってるから、本当になんでこの人はこんなめちゃくちゃなことを信頼を損ないようなことをしていくのかなっていっぱいいるわけですよ
そういう人をいちいち腹立てても仕事はなかなか進まないんで
そういう時にはこのスレイマンさんの言葉を1967年のナイジェリアのスラムガイで住んでいたポーランド人に対して語りかけてきた北ナイジェリアの人の言葉を思い出せば
まあそういうことなのかなって思って、これからの仕事に役立てていきたいと思っております
めちゃくちゃ仕事で怒鳴られたりしたら友情の証だと思ってた
友情の証って言葉は汎用性が広いですよね
盗まれた、殴られた、友情の証だ
友情はなかなか覚えないんだけど、ある意味宗教的に達官してるのか、ただお金を責めに来たいから適当なこと言ってるだけなのか
もしかしたらこの人はマッチポンプでこの人がアキスだったかもしれないけども
でもよくわからないまま、この人の文ってすごくユーモアもあって、ものすごく危険な目に遭うのは白紙的に文章超絶うまいんだけど
どこか余白があって、あんまり判明しないまま終わるんですよね
本当5,6ページで一つ訪れた場所のエピソード終わるから
すごい大人の視点としてすごくても余裕のある視点で書かれてるんですよね客観的な視点で
で藤子A先生は少しだけ新聞社とかを務められたりとかして
社会人経験があったりとかそこで出てくる嫌なやつの描写とかもあった
半端なくいい感じで嫌なやつなんですよね
でライバルのやつとかお金にこすいやつとか
逆にすごくお世話してくれる人とか
そういう人がみんな本当にこういうやついるわーみたいな感じで
非常に漫画表現も抜群の読みやすさで書かれてるから
ともすればスルスルっと筋だけをって読んじゃうんだけども
こうやって読み返してみると一つ一つのそのこの人が学生でまだ漫画家の卵みたいな時代の描写だから
結構叱られるシーン説教されるシーンが多いんですよね会社の同僚から失敗して叱られてとか
締切の原稿がちょっと遅れて間に合わなくなってめちゃめちゃ怒られるとか
怒られるシーンがめちゃくちゃ多いんですよ
でやっぱ藤子英先生がそういう辛かった体験を結構覚えて
それをエピゴーネみたいな形に自作品に昇華していくタイプのこの方漫画家だと私は勝手に思ってるので
そういう意味ではその辛かった思いが何度も何度もクレして出てくるんですよ
本人も多分ちょっと書き忘れちゃってる時からもう一回同じエピソード書いちゃってるのかなっていうシーンも実はちょっとあってですね
夢の中で原稿落としちゃったんだけれども起きたら大丈夫だったっていうエピソードなんか
何回も何回も出るんですよ
だからこれ連載漫画だから多分その場のあれ出てきて
で明らかに見た目同じ人物なんだけど違う名前で出てきてるとかね
そういうことも含めて読み味があるんですけども
そういうのをこうもしかしたら一番最新の判断でそういうのを直されてるのかもしれないけども
そういうことも含めて読んで僕はやっぱり一番刺さったシーン
本当にこれ全てのシーンが傑作なんだけども
一つがやっぱりさっき申し上げた何回か締切に遅れちゃうんですよ藤子富士王さんをモチーフにしたこの二人の主人公は
決定的なミスをしちゃって決定的にいくつも作品を引き分けすぎちゃって締切全部回らなくなって
骨も隠れしちゃってもう誰からも連絡つかなくなっちゃったんですよね
でももうどうすんだみたいな感じになってでも最後の最後ももう謝りに行こうみたいな感じでもう一回東京に戻ってきて
それでどうしようみたいなことになって一番お世話になった編集者の方
藤坂さんっていう人に電話をしようっていうことになったんですねどっちも嫌なんだけども藤子英先生とF先生が一番初めは僕らの藤坂さんにしようよ
そうだね藤坂さんは優しいからそんなに叱られないかもってF先生が言ってですね
ところでどっちが電話するってじゃんけんで負けた方が最初に電話することにしようってじゃんけんポンって電話したら
F先生を元にした方がですね負けてしまったんですね
で公衆電話もちろん携帯電話も何もないそんな時代じゃないからF先生が電話するんですね
僕らの藤坂さんをお願いしますって僕らっていう雑誌の名前のね
で藤坂さんですかあの足塚ですって足塚茂道っていう名前のペンネームで書いてることの設定になってるから手塚先生に憧れて
この度は本当にご迷惑かけてすみませんっていうねこの泣きそうなそこから突然セリフが全然なくなっちゃうんですよねこのページで
ずっとセリフのないままこのA先生独特の顔の真ん中に影が来るようなタッチで書かれてそれを不安そうに公衆電話だから中で何話してるのか分かんないまま見守っている主人公A先生を投影した人がずっと見つめてるんだけど