長男との特別な旅行
こんにちは、ぱんやのひとりごと、ちまちまです。
2025年3月28日、金曜日。
明日のパンの仕込みをしながら、撮っています。
我が家3兄弟も、春休みに入っていて、
少男は14日に卒業式があって、
三男は17日に卒園式があって、
次男は24日に就業式があって、
それから春休みを過ごしています。
私は家で仕事をしているので、
昼ご飯を作るという仕事ができているんですけど、
朝はゆっくりできるのが、すごくありがたいなと思っています。
子どもたちはそれぞれ、ほんとだらだらって過ごしているんですけど、
ゆっくりする。
子どもたちも見ていたら忙しいな、忙しそうだなと思っていたので、
休みを思いっきりだらだらするのもいいのかなと思って見ているところです。
今日は長男のことについて話そうかなと思っているんですけども、
昨日27日の金曜日の朝から、長男と夫2人で大阪の旅行に出かけております。
なぜこの旅行になったかというと、
友達がやっていたんですよね。
友達のお子さんが小学6年生の時に、
まずお父さんとそのお子さんのペアで旅行をして、
今度はお母さんとそのお子さんのペアで2人旅行してというのをしていて、
それを見てすごくいいなと思っていて、
うちも長男が卒業する時になったらそういうことをしたいなと思っていたので計画したんですけど、
本当は父親と息子、母親と息子みたいな感じで、
どっちもパターンもやりたいなと思っていたんですけど、
ちょっと時間とかいろいろと難しいのがあって、
じゃあお父さんと長男2人旅行しようかということになって、
昨日から出かけています。
大阪になったのは、
そういう旅行できたらいいと思わないという話をした時に、
じゃあどこに行くって話になったんですけど、
なかなか行きたいところって急に言われても出てこないもので、
自分もそうだなって気づいたんですけど、
いくつかこういうのはどうみたいなので、
長男はゲームをするのが好きだし興味があるなって思っていたので、
それ系でいくつか探してみたところ、
大阪にホテルの3,4階をゲーミングスペースにしているホテルがあって、
そんなのあるよとか、
あとは大阪つながりでモンスターハンター、
モンスターハンターの新しく出るイベント、
展示会みたいなのがあるみたいだよって話をしたら、
じゃあ大阪行きたいなというふうになったので、
行き先が大阪になりました。
ゲームのことについては私はもう本当に全然わからないし、
わからない人と一緒に行ったところで、
話も盛り上がらないなと思ったので、
それは夫に一緒に行ってもらったほうがいいなと思って、
夫と2人旅に行ったというところです。
卒業式の感動
2人がいいかなって思ったっていうのは、
家族旅行もいいんだけど、
そうなると下二人に合わせたりとか、
結構下二人もそうだし家族に合わせるっていうことも出てくるから、
長男がしたいとか行きたいとかいうことだけをするっていうのが
すごく難しくなってくるなっていうのがあって、
だからもうなかなかこんな機会もないから、
長男がしたいこと、行きたいところ、食べたいものを楽しむっていう時間を
作ろうっていうことで2人になりました。
昨日お昼過ぎに着いたよっていう写真とLINEが来てて、
昼から結構ガッツリステーキみたいなの食べたりとか、
モンスターハンター展で限定のスイーツみたいなのを楽しんだりとかしてるような写真がいろいろ送られてきて、
これは多分家族で行ってたらできなかったことだろうなと思うので、
待ち時間も結構あったっぽいし、
計画してよかったな、今のところって思ってます。
3月14日が卒業式だったんですけど、
無事に卒業したんだなっていうか、
当日、自分の感情がどうなるかなって全く想像もできてなかったししてなかったんですけど、
1人ずつ長男の名前が呼ばれて、卒業証書を後女先生からもらって帰ってくる姿を見たときに、
涙がバーって出てきて、
えー、なんだったのかな、とにかく、
よかったなっていう感じかな、涙がその時にバーって出てきました。
みんなが名前を呼ばれて、卒業証書をもらって、
よくある呼びかけみたいな、1年生の頃からを振り返って、1人ずつが一言ずつ言っていくみたいなのをやって、
歌を2曲くらい歌って終わったんですけど、
なんかすごい良い卒業式だったなって思いました。
湘南の通う小学校はすごく子供が少なくて、全学年一クラスなんですよね。
だから、今回6年生も33人くらいかな、
短い方だったと思うんですけど、人も少ないから、すごくまとまっている感じがして、
クラス全体が。
他人の先生が、4年生の時もその先生に見てもらってたのもあるからかな、
子供たちも慣れてたのもあるかな。
あとはすごく、他人の先生も子供一人一人のことを、
みんな、どの他人の先生もそうだとは思うんですけど、
すごい一人一人のことをよく見て考えて動いてくれてたなっていうのも見えてたから、
こういう卒業式になったのかなって思いました。
良い一日、良い式でした。
子どもの成長と思い
その卒業式が終わった日に、
ちょっと同級生の子供、卒業生の一部の子と、
あと親数人と一緒にご飯を食べに行ったんですけど、
やっぱりなかなかコロナもあったりとかして、
親御さんと会話することってほとんどなくて、
初めて会話する人もいたりしたんですけど、
その一人の人と話してた時に、
その人は5年生で隣の学校から転校してきたんですけど、
なんで転校してきたかっていうと、
転校前の学校の他人の先生かなとうまくいかなくて、
ずっと引きこもっていたっぽいんですよね、女の子なんですけど。
学校行けない時期があったらしくて、
その子自身も暗黒時代だったと言ってたんですけど、
行けなくて、でも5年生で今の小学校に転校してきたら、
もうガラッと変わっていけるようになって、
会話しててもすごく明るい感じの女の子だったんですけど、
そんな時代があったなんて思えないなって。
そういう話って入ってこないから、学校からもそうだし、子どもからもそうだし、
そんなことがあったとかって、
みんな知らないところでいろいろあったり、
頑張ってここまで来たんだなっていうのを知ったっていう。
あとは別のお母さんと話してた時には、
1年生の時期は卒業する頃には33人になってたんだけど、
1年生の頃はもっと多くて、
2クラスにならなきゃいけないぐらいの人数がいたんですけど、
でも減ってったよねって話を私がしたら、
1年生の時に3人か4人ぐらい他人の先生と会わなくて、
辞めてたよみたいな話を聞いたりして、
全然知らなかったなって、それもちょっとびっくりしました。
そういう事実を聞いて。
うちの長男も1年生の5月ぐらいの時から実は一回岸ぶりが始まってて、
その時は長男は運動会の練習が嫌だみたいなことを言ってた覚えがあるんですけど、
今考えてみたら、もしかしたら他人の先生と会ってない部分もあったのかなとか、
あとはその頃には全然本当に気づいてなかったけど、
もっといっぱい悩んでたことがあったのかもしれないなって、
そういう話を聞いたりして思いました。
1年生の時の岸ぶりの時は一緒に登校したりとかして何とか行ってはいたんで、
行けてたからあまり原因とかを追求しなかったなとは思って。
でも今振り返って思ったら、あの時子どもの話を聞いたらよかったなって、
本当に今更なんですけど、思いました。
結局2年生の頃からだんだん岸ぶりが激しくなっていけない時期までになっちゃったので、
最初の動きがもうちょっとちゃんと見てあげられてたら、
そこまでならずに何かできてたこともあったのかもしれないし、
仕方がなかったことなのかもしれないんですけど、
当時は何も考えてなかった気がするな、私があって。
ちょっと反省したりしてます。
でも行けなくなったりしたことがあって、
私も子どもと向き合うということができたので、
必要だったことなのかなというふうにも今になって思ってます。
もしそういう子どもが行かないというふうになってなかったら、
結構子どもの気持ちとか考えてることとかを無視してしまって、
過ごしてたんじゃないかなって、ちょっと怖くも思ったりしてます。
行けなかった時期は子どももだったし、
私もしんどかったけどあってよかったのかなって思います。
今日はこんな感じで終わります。
3年の卒業式、卒園式についても話したいことがあるので、それはまた今度です。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。