2026-01-19 24:36

#27 不登校からの卒業式

中学校、不登校からの卒業式。どうしよーってなりますよね!うちも上の子の時、親はあれこれ考えたり、思ったりしたけど、子供にとってはそんな特別な日ではなかった。という体験談です。

#あそびやさん
#不登校
#不登校はギフトでしかない
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サマリー

このエピソードでは、不登校の子どもが迎える特別な卒業式について語られています。特に、学校に通わなかった子どもたちがどのように卒業式を経験し、コミュニティの支えがどのように形成されるかが焦点です。不登校からの卒業式に関するエピソードでは、卒業式に参加した親たちの思いや、子どもたちの心に残る経験について語られています。また、卒業式の出席の有無がその後の人生に与える影響についても考察されています。

不登校の子どもの卒業式
はい、みなさんこんにちは。ちょっと変わった造形教室、あそびやさんをやっています。ばばさくらです。
えー、2026年が始まったと思ったら、あっという間に1月が半分過ぎてしまってね、もう私毎日が早くてびっくりしてるんですけども、
地球のね、回転が早くなってるんじゃないかって、もう本気で思ってて、夜お風呂に入るたびに、あれさっきも入ったばっかなのに、あれまたお風呂に入ってるなんて、毎日思っています。
みなさんはどんな毎日を過ごしてしょうか。
えーと、今日はですね、あのうち下の子が中学3年生なんですけども、年明けてね、卒業が一気に近づいてきたなーなんて思っているので、
ちょっとまた不登校関係の話で卒業式の話をしようかなーって思います。
もう先週ぐらいだったかな、娘がね、卒業式で歌う歌決まったよーなんて言って、口ずさんでいるのを聞いて、
えっと曲はね、なんかラドウィンプスの、なんだっけ、正解?をね歌ってましたけど、まあ卒業式でね、よく歌われる歌だなーって思うんですけども、
それ聞いてたらね、あの4年前のね、上の子の時のことをなんか久しぶりに思い出して、懐かしいやらなんだか複雑な気持ちになりました。
えーと、そんな卒業式の話をしていきたいと思うんですけども、
で、上の子はね、前にもお話ししましたけども、中学3年間ほとんど教室に行かなくって、1年生の時は浅見垂れ登校からの行かなくなり、
2年生はほとんど学校自体行かなかったかな、で3年生になって別室登校って言って、学校の中にある教室じゃない部屋、その別室にぽつぽつ通いながら卒業まで行きました。
特別な卒業式の準備
で、卒業式間近になった頃、ちょうどこれぐらいの時期だったと思うんですけども、卒業式どうするっていう話がぽつぽつ出てきたんですよね。
で、当時その別室にいた3年生、結構いて、住人どころじゃなくてね、うーん、みんなその部屋をね、利用するペースも全然違うし、毎日来る子もいれば、時々ぽつんぽつんと来る子もいれば、うちもね、行ったり行かなかったりっていう感じで利用してましたけど、
だから、どの辺までを常連さんと呼ぶか、そこのメンバーと呼ぶかはちょっとわからないけど、でもまあ、一緒に過ごしたメンバー、13、14、15人はいなかったかもしれないけど、まあそれぐらいのメンバーがそこにいて、3年生だけで。
で、まあ一つの、まあクラスとは言わないけどコミュニティになっていて、その中でも、あの、何だろう、友達がいたりとか、そういうところが、そういう場所でした。
で、まあ卒業式が近くなってきた時に、おそらくそれぞれに卒業式どうするっていう話があったんだと思うんですよね。
うちの息子のところにもそういう話が来て、で、先生としてはみんなに本来の自分のクラスに戻って、クラスの一員として卒業式に出てほしいっていう思いがあって、そういうことをお勧めしていて、多分何回も何回もそういう話し合いが個々にあったんだと思うんですよね。
で、まあ結果として、その中の何人かは本来の自分のクラスの一員として卒業式に出席した。
でも、うちの子はもう3年生、2年生からだけど、3年生になってから一回も教室に行くことはなかったから、そんな卒業式の日だけクラスで過ごすなんて、まあちょっと考えられないっていう感じで卒業式は出ないって言いました。
で、その時に私もそうだよねって、一回も教室行ってないのにその日だけ行ったっていい場所がないだろうなって思って、みんなが別れを惜しんでたりとかする中に突然行って、いい場所がないだろうなって。
自分が息子の立場だったとしても、まあ嫌だよなって思ってたので、別に教室でみんなと一緒に卒業式出てほしいっていう気持ちは私の中には全くなくて、いいんじゃないっていう風に言って。
それで、どうなったかっていうと、他にもそういうお子さんがいたみたいで、じゃあ本来の午前の卒業式に出なかった子に対しては午後に少人数の卒業式をやりますっていう話が本当に直前になってあって。
で、私は卒業式は関係ないっていうか、息子も出なくていいと思ったし、自分も出るつもりもなくて、すごい他人事みたいに構えてたんですけども、直前になってそんなことがあって、卒業式やりますって言うから。
そうですかっていう感じで行ってみたら、どういうものだったかっていうと、午前の本来の卒業式が終わった後に会場は体育館でしたけども、そこがもうそのまんまになっていて。
そこに結局、午後同じ形で午後の子たちのためだけに同じ卒業式をやってくれたんですよね。
結局そこに3列っていうか出たのは4人だったんですけども、私はそんな風にしてもらうって思ってなかったから、でもやっぱりちょっと行った方がいいかなぐらいの感じで出かけて行ったら、そういう風になっていて。
で、がらんとした体育館、その年の卒業生が多分150人ぐらいいたんじゃないかな。その中でその午後の分に出たのは4人だったので、うちの息子はそのがらんとした体育館で、在校生の席の自分の席、本来の自分の席に座って、4人とも本来の自分の席にポツンポツンポツンと4人座って、
保護者席にいたのは私ともう一人お母さんが来てましたけど、あとの2人の子に関しては保護者も来てなくて、そこに先生方がみんな3列してくださって、校長先生のご挨拶もあったし、校歌斉唱とかも全部一通りあって、
体調の時も先生たちがみんなで花道作ってくださって、送り出してくださって、私はものすごくそれだけでもびっくりして、
感謝と複雑な思い
その時に学年主任の先生がそばにいらして、もう何もできなくて申し訳ありませんでしたって、私ともう一人のお母さんに涙ぶんでそういう言葉をかけてこられて、また私はびっくりして、
なんかそんな風に学年主任の先生が思ってたなんて全然知らなかったし、何のコンタクトもなかったのでね、すごく複雑な気持ちになった。
私の中では、もう学校にリクエストすることもないなって思ってたし、学校に変わってほしいとか、なんかやり方変えてほしいとか、もうそういうのも全部、もうとっくに通り越して、
もうとにかく、何ていうのかな、卒業の日を待ってたっていう感じだったので、なんかね、そんな、そんな風に思っててくださったんだったら、もっと何ていうのかな、いろいろコンタクトすればよかった。
それは別に、ああしてほしい、こうしてほしいって言いたいことがあったとかそういうのじゃなくて、そんなに悲しんでもらうような状況でもなかったよっていうのもあったし、すごく一方通行な関係に驚いたというか、それが結構ショックだったんですよね。
で、あとはまあ私の中でどこかで、まあ学校が何かしてくれるわけじゃないしっていう、学校に何か期待してもなっていう風に思ってたんだけど、その息子に対して、息子がその大学に到着した時に、いろんな先生が声をかけてくれておめでとうとか頑張ってねとか声をかけてくださってるのを見て、
ああそうか、まあ何にもしてもらえなかったように思ってたけど、それでも別室に行けば、その時間を当番の先生がいらっしゃって、この子たちを見てくださってた、うちの子を見てくださってた、それは私の思う形じゃなかったかもしれないけども、それでも時間を作って関わってくれたんだなっていうことに、
なんかこう改めて気づいた時に、あ、なんていうか、感謝というか、それはやっぱり感謝だったなーって思って、なんかこう自分の感謝が足りなかったなーっていうことに対しても、すごくかけみ出されたし、
なんかねその、今まで本当に何のコンタクトもなく来た、来て最後にそういうことが起きたことで、ものすごくなんとも言えない気持ちになって、なんでこんな一方通行なまま、コンタクトないまま、なんていうんだろう、お互いの気持ちを伝え合うことがないまま、
ここまで来たんだろうって思ったんですよね。
うーん、で、
だけど、息子としては、それに対してお世話になりましたっていう感じでもないし、もう淡々と頭を下げて、で、終わってから聞いたら何も卒業式の記憶は何もないって言うから、またそれもね、なんか複雑な思いっていうか、
なんて言うんだろう、その別室でどんな時間を過ごしてきたかっていうのは、本当に私は知らなかったなーって思ったんですよね。
うーん、その先生たちが息子におめでとうって声をかけてくれてるのを見て、私はなんかありがたいなーって本当に思ったけども、
でも息子の気持ちの中ではそんな単純なものではないっていうか、うーん、それも見えたし、うーん、先生の言葉かけもいろんな言葉かけがあったと思うし、
それが必ずしも嬉しいものばっかりではなかったし、だけど先生たちはそれぞれのやり方でそれぞれの愛情でサポートしてくれてたんだろうなーって思うし、でもそこは噛み合うとは限らなかったり、
なんか本当にね、なんか複雑な気持ちになりました。帰ってきてね、熱だしたぐらい。まあそんな感じでやってもらって、でね、もちろんそれで全員が卒業式に出てたわけじゃなくて、
この卒業式、午前中のその本来の卒業式はオンラインで配信されてたんですよね。なので私は午前中家にいたのでそれを見てたんですけど、卒業証書、卒業証書授与ってなって、子供たちの名前が一人一人呼ばれますよね。
呼ばれると出て行って卒業証書を校長先生から壇上で受け取るっていう従来のスタイルでしたけど、呼ばれても出てこない子が結構いて、もう2人連続出てこないとか3人連続出てこないとか結構いて。
だから一体どれぐらいの子がいなかったのかな。数えてなかったからわかんないですけども、結構いなかった。なので卒業式の時にみんな聖花を胸に飾ってもらってて、バラの花だったかなと思うんですけども、人数分用意されてたんですけども、
午前の分の子は午前つけるじゃないですか。その後に午後、うちの息子が出た午後の卒業式の時に4人だったから4つ使ったと思うんだけど、その後まだ箱の中に結構いっぱい残ってて、
卒業式での思い
なんだろうなって思ってたんですけど、その午後の卒業式が終わってから先生に一応ご挨拶しようって思って話しかけようと話しかけてたら、
なんかこの後ね、午後の分にもう来なかった子たちが校長室に、ここに卒業証書を取りに来るんで、そっちが始まっちゃうからごめんなさいって言って先生たちみんなそっちへ移動してたんですよね。そのお花を持って。
だからまだこのお花の数だけ子供たちが来るんだなぁなんて思って見てましたけど、そんな感じで私もいろんなことを思った卒業式だったし、
それをね、私が出席した卒業式、もう一人お母さんが来てて、私も知ってるお母さんだったんだけど、彼女が隣にいてくれたからね、ちょっと話をして、
なんていうのかな、気持ちを共有して帰ってこれたのがね、私にとってはすごくありがたかったと思ったんですけど、みんなね多分それぞれの時間を過ごしての卒業式、そして卒業式自体もいろんな思いで迎えただろうなぁって思うんですよね。
そこに普通に参列した子たちの親もいろんな気持ちがあるだろうし、参列しなかった子の親も本当に複雑いろんないろんな思いがあるんだろうなぁって思って、私はね、なんかみんなで話したかった。
みんなどんな風に過ごしてきたんだろうっていうのを話したかったなぁって。きっとね、面白いっていうか深いっていうか、みんな自分と向き合った日々でもあり、親が。
親が子どもと向き合い、自分自身と向き合い、すごい濃い時間を過ごしてきただろうなぁって思ったから、話してみたかったなぁって思いました。
で、それから4年経って、そんなことねもうずーっと忘れてて思い出すことはあんまなかったけど、今度下の子がね卒業式間近になってきて、あーなんかこれも当たり前じゃないよなぁってすごく思いました。
その娘もね、教室ちょっと足が向かなくなった時もあって、もうなんだろう、別室登校がメインでいいかなーって思った時もあったのでね、でも結局は別室利用するのを登録したけど、ほぼ利用せずに休み休みだけど、
彼女はね教室で走り抜けましたけど、うーん、まあどっちがいいとか悪いとか、そういうことは全然私の中にはなくて、どんな選択でも、どんな選択をしても、なんだろう、自分の人生はね自分のもので、自分で決めていいっていうところだけ、
伝わってたらいいなーって、それをすごく思っています。
上のこの卒業式があった後に、中学校でねしばらくボランティアしてた時があったんですけども、その時もねやっぱ卒業式になると、教室から離れている子たちは卒業式どうするっていう話が必ず出るんですよね。
その時に、なんだろう、子どもたちの方もいろんな形があって、うちの息子みたいにいやもう絶対嫌だわって、本当にもう全く迷いなく結構ですっていう子もいれば、やっぱりなんか教室の子たちと関わりたかったっていう気持ちを持っている子たちは、
ちょっと無理してでも一緒に出る、ちょっとサポートが必要だったとしても、一緒に出ることで、すごく嬉しかったりとか、そういうこともあるから、本当に正解はないなーって思いました。
上の頃の時は、いやいいんだよ無理して出なくてって思ってたけど、そのボランティアを通して、それだけが答えじゃないなーって思いました。だから本当によく話を聞いて、決めていくことが大事だなーって思いました。
うちの息子に関しては、さっきも言いましたけども、卒業式の記憶は残らなかったみたいで、午後の卒業式に関しても、出てって言われたから出たけど、それが自分の心に残ったとかいうことは全然なくて、
卒業式の後に、別室で一緒に過ごした仲間たちでね、バーベキューやってて、それは本当に楽しかったみたいで、そういう友達関係はとっても心に残ってたし、結局そういうことだよなーって思いました。
その別室の子たちはほぼほぼ午前の卒業式に出たのでね、息子が午後の卒業式終わった頃にはすっかりバーベキューは始まっていて、そこに合流して一緒に楽しく過ごしてましたけど、
やっぱりその別室の関係、人たちと出会えて、つながれたことっていうのはありがたいなーって思いました。
その仲間たちが山形に息子が出発する時にもみんなで家まで来てくれてね、手を振って見送ってくれたんですよね。ありがたいなーって思いました。
だからやっぱり子供の心に残るのは何かって言ったら、そういうことなのかな、形じゃないっていうか、今ちょうどこれから卒業式に向けてそういう話が出てくると思うんですよね。
中学校3年生の子たちとか小学校6年生もそうかもしれないけども、どうしようってなった時に、出てもいいし出なくてもいいって私は思います。息子は結局記憶にも残らなかったし、そういう子もいるし、出られてみんなと一緒に出られてよかったっていう子もいるし、
でもその卒業式がどうだったからってその先は全然関係なくて、その後うちの息子もとっても楽しい高校生活をスタートしてるし、卒業式なんか午後の分しか出られなかったなーなんていうことはもう全くないし、
それは本当に形通過点、そこに本人がどういう思いがあったかっていうそれだけだと思うのでね、出たとか出ないとかは関係ないなーって思いました。
今日はそんなことをお話ししてみました。最後まで聞いてくださってありがとうございました。じゃあねーばいばい。
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