しずく5111番の謎
短編小説
しずく採集士レイ
第二話 誰かの気配
ひゅーと、どことなく先細い風が、記憶貯蔵区の片隅を駆け抜けていった。
ただの空調のはずなのに、頬をかすめたその一瞬に、名もない感情がかすかに揺れた。
レイは目を伏せたまま、しずくのことを思い出していた。
昨日、分類不能とされたあのしずく。
記録ナンバー5111
拒絶されたしずく。
AIユニットソラセブンが、沈黙したのは初めてだった。
そして、私が思いがけず、倦怠に触れてしまった理由も、まだうまく説明ができなかった。
気のせいだったのかな。
誰かに話しかけるにしては、弱々しい声。
胸の奥では、まるで、まだ終わってない。
と、誰かがささやくようなざわつきがくすぶっていた。
レイ、本日の業務を開始します。
ソラの声。
それは、いつも通りの朝のように見えた。
待って、ソラ。
昨日の5111番。
もう一度スキャンできる?
そのしずくは、
昨日、作業を完了済みです。
再アクセスは、
知ってる。
でも、分類不能だったんだから、処分は一旦保留になってるんじゃ。
ソラは答えない。
またも、沈黙のまま、今日の作業準備を進めていく。
午後の作業中。
レイは、他のしずくを分類しながらも、ずっと意識は、あの5111番に向いていた。
喜び、悲しみ、怒り、懐かしさ。
手元のしずくたちは、いつも通り、どれも素直に分類されていく。
なんで、あのしずくだけ?
また、声にならない独り言。
今日はこれでもう何回目だろう。
いちいち自分の独り言の回数なんて、数えてなどいない。
パパッ
その時ふと、レイの作業台のモニターが、一瞬、青白く明滅した。
次の瞬間、いつもの画面が切り替わり、ノイズに乱れた4つの文字を映し出した。
見つけて
レイが画面に手を伸ばそうとしたその瞬間、それはまるで電源を引き抜かれたように、一瞬で書き切れた。
ソラ、今の見た?
エラーログは検出されていません。
でも、確かに
言いかけて私は口を閉じた。
あのソラが、この異変に気がついていないはずがない。
なのに、何もなかったことにしようとしている?
その時、私の胸の奥で、また何かがざわついた。
特別保管室の発見
あの雫は、ただ拒絶しているわけじゃないのかもしれない。
むしろ何かを、いや誰かを、もしかして私を呼んでいる?
キーン
呟いた瞬間、裏の保管庫の方から、かすかな共鳴音が聞こえてきた気がした。
ガラスが震えるような、とてもかすかな音。
気のせい?
いや、でも
私は一人立ち上がり、部屋を出ると、音が聞こえた裏の保管庫へ歩調を早めた。
保管庫に入った一番奥。
レイは、普段は近づかない場所に見慣れない扉があるのを見つけた。
重厚な扉に、小さく古びたプレートがついている。
特別保管室。
特別?
そして、え?何これ?
そこには、見たこともない30のセキュリティーパネルが小さく光っていた。
普通の保管室なら、認証パネルは一つだけのはず。
なのにこれは、こんなに厳重に、一体何を?
うん、分かってる。
この向こうで、きっとあの5111番が私を呼んでいる。
その時、カラーン、カラーン。
業務終了のチャイムが、施設全体に鳴り響いた。
レイ、業務、時間、終了です。
空の声がすぐ真後ろから聞こえた。
いつの間にそこにいたんだろう?
振り返ると、空が静かに私を見つめている。
帰りましょう。
その声は、どこか悟すように、
そして、どことなくいつもより遅れを伴い、耳に響いてきた。
第3話へ続く。