第2話|誰かの気配
ヒュゥ……と、どことなく先細い風が、記憶貯蔵区の片隅を駆け抜けていった。
ただの空調のはずなのに、頬をかすめたその一瞬に、"名もない感情"が、かすかに揺れた。
──レイは、目を伏せたまま、シズクのことを思い出していた。
昨日、分類不能とされたあのシズク。
記録ナンバー5111。「拒絶されたシズク」。
AIユニット〈SORA-7〉が沈黙したのは初めてだった。そして、ワタシが思いがけず検体に触れてしまった理由も、まだうまく説明ができなかった。
「……気のせい、だったのかな」
誰かに話しかけるにしては弱々しい声。
胸の奥では、まるで"まだ終わってない"と、誰かが囁くようなざわつきがくすぶっていた。
〈レイ、本日の業務を開始します〉
SORAの声。それはいつも通りの朝のようにみえた。
「待って、SORA。昨日の5111番、もう一度スキャンできる?」
〈そのシズクは昨日作業を完了済みです。再アクセスは──〉
「知ってる。でも、分類不能だったんだから、処分は一旦保留になっているんじゃ…?」
SORAは答えない。またも沈黙のまま今日の作業準備を進めていく…
————————
午後の作業中、レイは他のシズクを分類しながらも、ずっと意識はあの5111番に向いていた。
喜び、悲しみ、怒り、懐かしさ── 手元のシズクたちは、いつも通りどれも素直に分類されていく。
「……なんで、あのシズクだけ」
また声にならない独り言。今日はこれでもう何回目だろ。いちいち自分の独り言の回数なんて数えてなどいない。
── パパッ…
その時ふと、レイの作業台のモニターが一瞬青白く明滅した。
次の瞬間、いつもの画面が切り替わり、ノイズに乱れた4つの文字を映し出した。
── …み…つけ…て…
「…!」
レイが画面に手を伸ばそうとしたその瞬間、その文字はまるで電源を引き抜かれたように、一瞬でかき消えた。
「SORA、今の見た?」
〈エラーログは検出されていません〉
「でも、確かに──」
言いかけて、ワタシは口を閉じた。あのSORAがこの異変に気がついていないはずがない。なのに、何もなかったことにしようとしている…?
その時、ワタシの胸の奥でまた何かがざわついた。あのシズクは、ただ拒絶しているわけじゃないのかもしれない。むしろ何かを──いや、誰かを──
「…もしかして、ワタシを… 呼んでいる……?」
キィィン……
つぶやいた瞬間、ウラの保管庫の方から微かな共鳴音が聞こえた気がした。ガラスが震えるような、とてもかすかな音。
「……気のせい?いや、でも…」
ワタシは1人立ち上がり部屋を出ると、音が聞こえたウラの保管庫へ歩調を早めた。
保管庫に入った一番奥。レイは普段は近づかない場所に、見慣れない扉を見つけた。重厚な扉に、小さく古びたプレートが付いている。
『特別保管室』
「特別……?」
そして──
「え、なにこれ……」
そこには見たことのない三重のセキュリティパネルが、冷たく光っていた。
普通の保管室なら、認証パネルは一つだけのはず。なのに、これは──
「こんなに厳重に、一体何を……」
ううん、分かってる。この向こうで、きっとあの5111番がワタシを呼んでいる。
その時──
カラ〜ン…カラ〜ン…
業務終了のチャイムが、施設全体に響いた。
〈レイ、業務時間終了です〉
SORAの声が、すぐ真後ろから聞こえた。いつの間にそこにいたんだろう。振り返ると、SORAが静かにワタシを見つめていた。
〈……帰りましょう〉
その声は、どこか諭すように、そしてどことなくいつもより遅れをともない耳に響いてきた。
(…第三話へ続く)
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サマリー
しずく採集士のレイは、拒絶されたしずく5111番の存在に心を奪われ、何かを感じ取ろうと奮闘しています。特別保管室の扉の前で、彼女はそのしずくが自分を呼んでいるのかもしれないという不安と期待を抱いています。
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