記憶の探求
短編小説、しずく採集士レイ 第四話
8.2秒の沈黙。朝が違っていた。 目覚めた後、
レイは静かにベッドの上で身を起こした。 さっきの胸の温かみが、まだ新鮮さを残している。
頬に残る涙の跡は、 昨日よりも
ほんの少しずつ深くなっている気がした。 また、そうつぶやく声が、
部屋の空気をわずかに震わせた。 記憶がない。
夢も覚えていない。 でも、
何かを感じた。 確かに、
心の奥の方で、 空、
再生環境を起動して、 今日もまたいつもの作業に取り掛かっていく。
レイはこれまで、 空に隠し事をしたことなんて一度もなかった。
でも昨晩のことは、 どうしても自分からは口に出せなかった。
空も昨晩のことは何も言ってこない。
あの声は間違いなく空だったはずなのに。 再生環境、準備完了、
入力対象を指定してください。 空の声はやはりいつも通り。
でも、5111番、
私は一人小さく呟いた。 空が
3.1秒の沈黙をした。 その雫は、
封印指定です。 そのデータへのアクセスは、
分かってる。 でも、
映像記録だけでも見せてほしい。 空を振り向くと、また沈黙。
空の反応が次第に少しずつ遅れていく。 部分的な波形データのみなら、
表示可能です。
ブーン。 目の前でホログラムの投影が始まった。
青く淡い光が空間に浮かび、 次第に雫の残像が宙に揺れ始めた。
レイはじっとその映像を見つめる。 静かに、
深く、呼吸を整えながら、 その時、
ホログラムの光がほんのわずかに揺らいだ。 ノイズのような操作線の乱れ。
一瞬だけあの映像が映った。 誰かの手を握る女性の姿。
でも今度は、昨日よりも少しだけはっきりと。
え、今の? 映像記録に異常はありません。
レイの言葉を遮るような空の声。 その声と反応に変化はない。
空、今の本当に見えなかったの? レイが空に送った視線に、
空は何も答えなかった。 トク、トクン。
レイは、自分の胸に手を当てた。 あの光の欠片が二つ。
そこに確かに脈打っているのを感じた。 心臓の鼓動とはまた別の。
これは、一体誰の記憶なんだろう? レイはそれが他人事とは思えなかった。
名前も顔もわからないのに、 確かに自分の心が強くそこに反応しているように感じた。
私、本当は…。
静かな部屋に、もう何も映っていないホログラムの光だけが、青白く残されていた。
特別保管室へのアクセス
また、5111番に会いたい。
レイは、自分の気持ちに正直でありたい。 強くそう思った。
すると空が、 レイの横を静かに通り過ぎていく。
空? 空は無言のまま部屋を出ていくと、
ゆっくりとあの扉の前へと向かっていった。 特別保管室。
三重のセキュリティーパネルが、相変わらず冷たく光っている。
レイが追いつくと、 空はゆっくりと振り返った。
8.2秒。 今までで一番長い沈黙だった。
レイ、これは職務違反です。
知ってる。 それでも?
うん。
レイの言葉に迷いはない。
またしばらくの沈黙。 そして空は静かに振り返ると、
カチッ! 空は無言のまま三つのロックを静かに解除していった。
重い扉がゆっくり開いていく。 扉の隙間から、
5111番の青白い光が、 再びレイを静かに照らし始めた。
第5話へと続く。